見せたい姿と、鏡としての姿。


南方先生の下絵を仕上げ中だった頃の話。


musica 『う~ん、この南方先生怒ってるのかな・・・?』←心の声

南方先生 「真剣な顔をしている、と言って欲しいのだが」

m 「南方先生?」

み 「真剣な表情と怒っている表情は違うと思うがね?」

m 「う~ん何て言うか、はじめて南方先生を見た時、南方先生は微笑んでらしたんですよ」

み 「えぇ」

m 「なのに今回は笑顔でないでしょう?それで・・・」

み 「それを気にしているのかい?」

m 「なんとなく・・・」

み 「初めて君に逢った時、君は震災の数日後でひどく怯えていたね」

m 「・・・」

み 「更に思いがけない事故も同時に起こった」

m 「・・・」  

み 「スサノオ殿が神は鏡だと言ったね?」

m 「はい」

み 「当然あの時もそうだった。しかし我々は鏡としての姿で君の前に現れずに、君に見て欲しい姿で君の前に現れた」

m 「・・・」

み 「何故か?それは何よりも君に安心して欲しかったからだよ。我々がついているから、我々も全力を注いでいるから安心しなさい。そういう意図であの映像を君に送ったのだよ」

m 「はい。あの南方先生を見て、みんなが一生懸命に守ってくれているから、これ以上大きな災厄は来ないと思って安心できました」

み 「では今回の私はどうだろう?今の君は絵だけに留まらず、真剣に我々と向き合うようになっただろう?我々も真剣に君と向かい合っている、その姿だと思わないかな?」

m 「う~ん、なるほど・・・。そう言えば初めて描いたスーさんは、めっちゃ怒ってました。描くのが嫌だったくらい」

み 「あの時は君が国に対して憤りを覚えた頃だろう?その時は鏡としての神として現れたのだよ、彼は」

m 「う~ん、見せたい姿と鏡としての姿、その選択の違いは?」

み 「震災の時は君を落ち着かせることが優先、怒っている表情の時は通常運転とも言える。それに君が彼に興味を持ち、絵に描きたいと思ってもらうことを優先した結果とも言える。同じ意識を持った者の方に、より親近感が湧くだろう?当時の君の意識のレベルに合わせた結果だよ」

m 「はぁ・・・。でも後者の方は、手のひらの上で転がされたような気がしないでもない。今と言ってることが違うし」

み 「2年ほど前の話だからね。今とは方針も異なるよ。まぁ、結果オーライだ」



少し前の会話でした。





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by garoumusica | 2014-07-11 05:55 | 南方先生 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


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