身体の気の流れ。続き。


昨日のブログの続きです。



スーさん 「そうだね、何事も臨機応変だ。時と場合に応じてその方法を変えねばならぬ。全体に働きかけるのか、部分に働きかけるのか、だ。今説明したのは、全体に働きかけるの方だよ」

musica 「じゃあミクロは?」

ス 「ミクロは君が言ったツボとか経絡であろう。以前君は経絡に流れる気を追いかけて行った事があるね?」

m 「あー、はい(※経絡をググるとこんな感じです。リンク!→経絡画像)。経絡って手の太陰肺経から始まるので、そのスタート地点から気の流れを追って行った事があります。と言ってもただのイメージに過ぎないのですが・・・」

ス 「良い、何事も己の身体で試す事に意義があるのだ」

m 「でも気は意思に準ずるのであれば、これもただ勝手にイメージで経路を作り出しただけかもしれないですよね?だから本当に経絡であるとは言えないのでは?」

ス 「そうだね。だが例えイメージで作り出したものだとしても、その経絡で治療が出来るのであれば何の問題があろうか?」

m 「まぁ、そうですね」

ス 「イメージであれ気の通るその道筋を自分なりに把握出来ておれば、その詰まり、不足、過剰に関して、人の意思によって対応する事が出来る。気功家と呼ばれる方々はそのように治療しておる」

m 「なるほど」

ス 「鍼灸師もそうであろう?ツボに鍼を打ち手技の操作により、気を抜いたり気を入れたりする」

m 「そうですね」

ス 「しかしそう言った専門家に頼まずとも、毎日経絡を流れる気をイメージしていると、ちょっとした気の変化に気づくことが出来る様になる。そうすると自分で気がスムースに流れる様をイメージすれば、気は意思に準ずる為その様に流れようとする」

m 「なるほど」

ス 「これがミクロの視点から見た治療だ」

m 「はい」

ス 「注意しなければならないのは、今は気をメインに話したが、中医学に於いては何も気だけで身体が構成されている訳ではあるまい?」

m 「はい、気・血(けつ)・津液(しんえき)と呼ばれるものが、人体を構成し、生理活動を活発にする基本的物質とされています」

ス 「そうだ。ただ、今は、部屋の気の流れの話から拡がった話であるから、気をメインに話しただけだ。それを忘れてはならぬぞ。あれか、これか?ミクロか、マクロか?ではないぞ」

m 「はい」

ス 「百人の人がいれば百通りの神がいる。それと同じで、百人の人がいれば百通りの治療法がある。いいかい?各々の考え方に合った捉え方をすれば良いのだ。自分の神が正しい、自分の考え方が正しいと主張することは決してするな。いいね?」

m 「はい」






[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by garoumusica | 2014-09-05 05:00 | スーさん | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica