日向神話を巡る旅 楽しかった霧島神宮古宮址編 その2。

霧島神宮古宮址編 その2です。



霧の中の古宮址。

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本来ならばこの祭壇の後ろに高千穂峰の雄姿を拝見出来たのですが、、、残念です。

それにしてもこの玉砂利、珍しいですね。

ひとつひとつが結構な大きさです。

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なんだか歴史を感じる佇まいですねぇ。。。

ここに霧島神宮があった当時は、山神社の様なお社があったのでしょうか?

霧島神宮・山神社↓

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ちなみにピンク色の花はミヤマキリシマツツジです。

このミヤマキリシマツツジは、霧島の他、阿蘇・久住・雲仙など九州の比較的標高の高い火山地帯に分布し、日当たりの良い風衝地に群生しているそうです。

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↑祭壇の裏手から。

昔の人々もこのツツジを同じように見たのでしょうか?



この手すり?↓の造りも長い時間の流れを感じさせます。

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この手すりの前にはどこかへと通じる道が↓。

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道はどこへ続くのか。。。

高千穂峰でしょうか?



八角形の何かが。


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これはいったい何でしょう? 

小さくポツポツ見える丸い物は硬貨です。

ネットで調べてみたところ、霧島神宮が執り行う『天孫降臨記念祭・天孫降臨御神火祭』の際に、この場所で薪をくべるようです→霧島神宮ホームページ

それにしてもなんで硬貨が投げ入れられているのでしょうね。

端から端まで探検したところで他の方達がいらっしゃったので、古宮址はここでお暇する事に。


帰り道。

この石畳の雰囲気も良いですねぇ。。。

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これも噴火に耐えた物なのかな。

などと考えていたのですが、ネットで調べてみると、これらの天孫降臨神籬斎場は1940年(昭和15年)に皇紀2600年記念事業の一つとして高千穂河原の古宮址に作られたそうで。。。


今までの画像の物はすべて火山の噴火に耐えた建造物の跡、という訳ではないのでしょうか?

皇紀2600年記念事業の内容について調べてみると、「霧島神宮古宮址ノ顕彰竝ビニ参道ノ改修」という記述を発見です。

古宮址を顕彰し、並びに参道を改修。

行事の時に天孫降臨の地の候補地の一つである高千穂峰に建つ古宮址の参道を整えて、それから讃えたよって事で良いのかな。。。

改修した参道というのは、これ↓でしょうか。

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階段もきれいですしこの辺が昭和15年作で、古宮址の祭壇が947年頃の作?

上の方で載せた手すりみたいなのも昭和15年の作なのか、ちょっと分かりにくいですね。



で、楽しい時間を過ごした後ちょっと違う道を通ってみたら、このようなものを発見です。

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避難壕・・・(´・ω・`)、噴火が起こった際のシェルターです。。。

こんな看板も。

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拡大。

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新燃岳の噴火、2011年だったのですね。。。

改めて火のエネルギーの地にいるのだなと認識。

活火山に来た時にはまず、シェルターの位置を確認しなければいけないですね。



明日は突然の予定変更の巻です。





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by garoumusica | 2015-06-02 05:00 | 日向神話を巡る旅 | Comments(0)

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