日向神話を巡る旅 まとめ編。

長々と続きましたこのシリーズ、いよいよ最終回!

昨日のようなちょっとめんどい内容の翌日という事もありますし、どう纏めればいいの!?って事で、寝る前にスーさんに何かひと言メッセージをくださいとお願いをして寝たのですw

そして翌朝。。。



スーさん 「君は神社に行くという事についてどう思うかね?」

musica 「え〜、それを聞いてくるんですか?(´・_・`)」

ス 「君は昨日ろくに回答していないではないか。君の考えを纏めてみよう」

m 「そうですねぇ。。。 神社、神社・・・、私が神社へ行く時はスーさんに、神様に会いに行く時ですね。だから神社とは神様に会いに行く場所です」

ス 「神社へ行かずとも君は私と会話出来よう?特別な神事など無くとも私に会う事は出来る。本来神とは内と外で分かれるものではない。己の中にあるものだ」

m 「そうなのですが時々特定の神社のスーさんに会いに行きたくなります、て言うか呼び出される事の方が多いですが。そんな事を言うなら何で呼び出します?」

ス 「君に特定のエネルギーが必要な場合があるからだよ」

m 「えー?神は己の中にあるんじゃ無いんですか?」

ス 「特定のと言っただろう?」

m 「言葉遊びじゃん」

ス 「君は自分でも無意識に分かっているではないか」

m 「え?」

ス 「自分で『特定の神社のスーさんに会いに行きたくなります』と言っているではないかw」

m 「あっ!ほんとだ!気が付かなかったー・・・。まじで悔しい・・・( ;´Д`)」

ス 「ワハハ!神社というものは、ある者にとっては内なる神と繋がる為の場所でもある。君は『ねぇ、スーさん?』という君の呼び掛けで私と繋がる事が出来るのを知っている。だが残念ながら多くの者はその事を知らない」

m 「うーん・・・」

ス 「だからここに行けば確実に神がいるという場所が必要なのだ。神社や神事というものは、内なる神と繋がる為のシンボルに過ぎぬ。君が目に見える印があるとホッとするのと変わらぬ」

m 「なるほど」

ス 「さて、近年のスピリチャルブーム、パワースポットブーム、癒しを求める時代についての話をしよう」

m 「はい」

ス 「これらの時代の前には何があった?」

m 「就職氷河期とかバブル崩壊とか・・・」

ス 「そうだ、いわゆるバブル期と呼ばれた好景気の時代と崩壊。そしてその後だ」

m 「・・・」

ス 「戦後の何も無い時代からガムシャラに働き、そして手に入れた束の間の裕福な時間。ブランド品を買い漁り、海外へも足を運び、人々は浮かれた。ドン底から努力して這い上がり手に入れた好景気であったから、人々が少々浮かれてしまっても仕方の無い事だったのだよ」

m 「はい」

ス 「それにその事はその時代時代を充分に味わっているとも言える。これはこの物質世界に生きるという事の醍醐味だ」

m 「なるほど」

ス 「そしてそれは今日本へ来ている外国の者達も同じだ。彼らも我々日本人と何も変わらぬ。何も変わらぬが故にその後の展開にも注意が必要となる。。。」

m 「はい・・・(´・_・`)」

ス 「さて、君はそのようなバブル期を過ごした人と接してどう思ったかね?」

m 「うーん・・・、約10年東京で過ごした中で接した人達は、なんだかちょっと精神的に幼く感じました。それは40代だろうが70代だろうが年齢に関係なく・・・」

ス 「彼らは精神的に成長しなければならない時期に、自己の内面の成長では無く物質的な贅沢に目が向いてしまったのだ。何度も言うが、これは日本の時代の流れからして当たり前の事なのだよ」

m 「はい」

ス 「何も無い時代からガムシャラに努力した高度成長期、少しずつ生活に余裕が出来始めた時代、そしてようやく手に入れた好景気。それは日本の時代のサイクルの一環に過ぎない」

m 「はい」

ス 「そしてバブルが崩壊し、心身ともに疲弊した人々はようやく自分の内面の世界や宇宙の無償の愛に目を向けるようになった。それがスピリチャルブームやパワースポットブーム」

m 「でもその前からバシャールさんとか流行ったのでしょう?」

ス 「もちろんこの話はすべての人に当てはまる訳ではない。日本という国の大きな流れを言っているのだよ」

m 「あー、はい」

ス 「だからね、神社へ人々が押し寄せてエネルギーが崩れるだとか、パワースポットが荒れるだとか、私はそこまで心配していない」

m 「マジか∑(゚Д゚)」

ス 「マジだwこれは日本のサイクルであり、長い歴史からすればほんの一過性のものに過ぎないからだよ」

m 「一過性」

ス 「そうだ。だから神社へ人々が押し寄せる事に対して批判的な態度を取る者が居たとしたら、それは少々抽象度が低い。ごくごく短絡的な視点でしか物事を見ておらぬという証拠だ」

m 「えー、じゃあ観光で神社へ行って申し訳ないって言うのは?」

ス 「そんな事を思う必要は無い。そもそも来て欲しくないなら我々は初めから非公開・立ち入り禁止とするだろう。我々が不特定多数に公開しているのに何を遠慮するのだ」

m 「氏子さんや檀家さんや信者さんに申し訳ないとか、もしくは不快に思われるとか。。。」

ス 「それは我々ではない、人ではないか」

m 「じゃあ昨日のブログの内容は何だったのですか?私、2日かけてあの記事書いたのに・・・(´・_・`)」

ス 「フフフ、そろそろ次のサイクルに移る時だ、というサインとでも言うかな」

m 「次のサイクル」

ス 「そうであろう?かつて諸外国で不快な思いをさせてしまった日本人が、今は同じ事をされる側となったのだ。それは次のサイクルに移ったという事を告げるものに他ならぬだろう?バブルが崩壊し何年経った?バブル期を満喫した世代の者達はもう充分学んだ頃ではないかね?しかしいくら学んだと言っても実生活においてそれを実行せねば何の意味も無かろう?」

m 「うーん・・・」

ス 「神社へ行かなければ神に会えないという思い込みはもうやめよ。君たちが今いるその場所で、君たちの内側で神に会う事は出来る。もはや神社というシンボルは必要無いのだ。そのような情報はネットで検索すればいくらでも出てこよう。書店に行けばいくらでもその類の本が並んでおろう。私は君に言ったね?神の向こう側を見よと。この一連の神社巡り、どうであった?」

m 「はい、えーっと、地球が素晴らしかったです」

ス 「それで良いのだ。私は君に今回の旅は『パパはお仕事、君は観光』と言って聞かせ、日向神話の神々には一切触れさせなかった。それはこういう事だったのだよ」

m 「はぁ・・・」

ス 「天安河原の積み石、あれに対して君は苦手意識を持っていたが、それは何故だったかね?」

m 「人の欲とか念が顕在化した物の様に見えて・・・」

ス 「もしも君達が内なる神に繋がる事が出来る様になり、わざわざ神社へ参らなくても良くなった場合、あの場所は人々にとってどのような場所となるか?それは今回の君の様に地球を楽しむ為の場所となる。あの積み石はどうなるか?地球への感謝を示す為の物となり、君は同じ積み石を見て人々の感謝の念の顕現化した姿に感動を覚える事となろう」



スーさん・・・、ひと言ってお願いしたのに・・・。

スーさんの話が長くなったのであと1回!あと1回続きます・・・(T_T)

私だって(しょうもない事だけど)書きたい事があったのに!





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by garoumusica | 2015-07-10 05:00 | 日向神話を巡る旅 | Comments(0)

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