生と死がどっちでも良くなる落とし穴。

先日ふと気が付いたのですが。



私は震災以降化学物質過敏症になってしまい、ろくに外出出来ない状態が続いています。(よく日向旅が出来たな~って思います)

で、幸い実家が化学物質不使用な住宅なので、実家にいて空気清浄器の効いた部屋の中にいる限りは、フツーに暮らせるのです。

筋トレしたりとかも出来ているので、体力も結構フツーだと思うのです。

ですが先週レジンで遊んだ時には化学物質除去のマスクを着用し、窓を開けた状態で換気扇の下で遊んだにもかかわらず、ちょっと体調を崩してしまったり。

とは言え絵を描いたりアクセサリーを作ったりする程度なら、ごくフツーに活動出来るのです。



で、先日何に気が付いたのかと言うと、生きても死んでもどちらでも構わない、と言う心境になっていた事です。

今までもいつ死んでも悔いはないという生き方をしてきましたし、ずっとそう思ってきました。

が、それがいつの間にか生きていても死んでもどっちでも良い、に変化していたのです。

この事に気が付いた時に、あ、なんかヤバい、って思ったのです。



多分この変化って、外に出られず思う様に活動出来ない生活をしているからというのもあると思うのですが、スーさん達と接していて、身体の無いおっさん達から身体に縛られない生き方と言うものに理解が進んだからだと思うのです。

もしくは死後の世界がより身近に感じるようになったとか、そんな感じでしょうか?

生に執着を持たなくなったと言えば聞こえは良いかもしれませんが、これっていわゆるスピリチュアルの落とし穴ってやつじゃない?と気が付いたのです。



musica 「という事に、スーさんの記憶をお持ち帰り出来ない事実をさらに考察し気が付きました」

スーさん 「そうかね」

m 「なんで記憶にない状態が続いているのだろう?って考えたところ、きっと意図的なのだろうなって。じゃあなんで意図的にスーさんの記憶を失くされているのかって考えたら、私が無意識にスーさん達の世界に親近感を持ち始めたのかもしれないと思いつきまして」

ス 「そうだね、意図的に人型を伴って交流するのはアマテルのみにしている。でも君が我々の世界に親近感を持つのは、今の君の生活ならば致し方のない事ではあるのだよ」

m 「実際に生身の人間に接するよりも、身体の無い人に接する機会が多いですからねwでも自分でバランスがおかしくなってるぞって気が付けて良かったです」

ス 「自分で気が付いてくれると分かっていたよ」

m 「自分で気が付くように仕向けた癖にwでもそうやって導いてくださって、お気遣いくださってありがとうございます」

ス 「君が信頼してくれる以上、その信頼に応えずにはいられないからね」

m 「物質世界と非物質世界。外の世界と内側の世界。どちらの世界も無くてはならないものですが、どちらに偏り過ぎても問題がある」

ス 「どちらも大切なのだよ。どちらにも傾き過ぎず、バランスを取る事が大切だ」

m 「こういうスピ系の交流って、リア充の人の方が向いてるかもですね。物質世界で五体満足で仕事もあってパートナーがいて家族もあって。そういうリア充の人の方が非物質界に偏り過ぎず、バランス良く交流出来そう」

ス 「そうかね?」

m 「例えば親に虐待されている子供や長い期間引きこもりをしている人達が上の人達と交流をしてしまうと、死に対して何の抵抗も無くなってしまってあっさり自殺をしてしまいそうで・・・」

ス 「我々の存在が生きていく希望となってくれれば良いが、死に対する希望となってしまうと、我々の存在は一体何なのかという事になってしまう」

m 「難しいですね。。。私もスーさんと接するのがもっと若い時だったりしたら、自分がどうなっていたか想像がつきません」

ス 「人生に起こる事は常にベストな時に起こるのだ。現に君はきちんと気が付いてくれたではないか」



上の人・守護さんの存在を知って、力強く生きて行く人。

上の人・守護さんの存在を知って、死への抵抗がなくなる人。

バランスの難しい世界ですね。



今日の記事は昨日のブログの続きのような、より突っ込んだ話のような。

なんとなく書きにくい内容でした(´・ω・`)。





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Commented by RIKO at 2015-08-18 09:40 x
musicaさん こんにちは!
今回の文章を読んで、逆に生を手放してしまってはダメだと思っている理由はなんだろうな?って思いました。自分的にはすごーく表では、どっちにころんでもいいや!と思いながらも、根っこまで行くと、「死ぬの怖いよ~」なんていうのがあったりしますw。使命がとかそういう壮大なのではなくて、毎日の単純なこと(ごはん作ったりとか本を読んだりとかゲームしたりとか)ですらちょっと愛おしい気持ちもあったりして、普通だけどもうすこし生きていたいなってのかなって感じました。
Commented by garoumusica at 2015-08-18 15:37
> RIKOさん
コメントありがとうございます。

>生を手放してはダメだと思っている理由
これは私も考えました。まず一つはスーさんの影響が大きいですが、生きている間は今生きている物質世界を楽しみ堪能する事が大切だと思っている事。触れたり自分の身体で体験したり。もう一つは母を悲しませたくないという事です。あと祖母に何か事故があった時にすぐに対処できる人間がいないと心配ですし。。。

上のはあくまで自分自身に関してのみで、他の人の尊厳死などの決定に関しては、分別のある年齢の人間が熟慮した結果であるならばその意思を尊重するというスタンスです。
Commented by ひかり at 2015-08-18 23:34 x
ひょんなことから、九州旅行中です。今日はmusicaさんの日向神話記事をガイドに神社巡りをしました。
都農神社ではスーさんに、『musicaさんのブログをいつも読んでいます。二人のやりとりを楽しみにしています。これからもよろしくお願いします。』とご挨拶をさせていただいたばかりです。
こんなことができたのは、生きているmusicaさんのお陰です。
musicaさんとして生きられるのも100年前後と短いので、もう少しこの人生を楽しんでみませんか?

Commented by garoumusica at 2015-08-19 05:36
> ひかりさん コメントありがとうございます。

わー、なんだか誤解されるような記事を書いてしまってすみません。。。
生きていても死んでいてもどっちでも良いという心境を持ってしまいましたが、今すぐ死にたいとかそういうのは全然全然なので、ご心配なさらずに!でも、年を取って周りの人達も天に昇って私自身もスーさんの言いつけ通り物質世界を堪能し尽した暁には、スーさんにそろそろお傍に戻ってもいいですか?って聞きそうな気がしますw

九州旅の最中ですか!うらやましいです!そして私の記事をガイドにとは、嬉し恥ずかしです。ありがとうございます。
都農神社、そんなご挨拶を・・・、嬉し恥ずかしです。
守護さん達やおっさんsのご加護がありますように。よい旅を。
Commented by ひかり at 2015-08-19 08:57 x
musicaさん、安心しました。ありがとうございます。
今日も九州の大自然を堪能してきます。
いってきます。
Commented by garoumusica at 2015-08-19 22:30
> ひかりさん
遅くなりましたが行ってらっしゃいませー☆
Commented by さくら at 2015-08-20 10:33 x
こんにちは!

この記事、すごく解ります~
昔、私もそんな時期がありました。
死にたい訳ではないけれど死んでも惜しくないかな、的な。
その当時は一つ目の夢を叶えて現状にとても満足していて幸せだったのです。
その上スピリチュアルにどっぷりで(*^.^*)

でもある日、こんな気持ちでいると寿命でなくても変なやつらにアチラに連れて行かれるかも(ー_ー;)
と思ったりしてました。

その後試練もあり、数年たち、今はガッシリ「生きる!」になってます(笑)

やっぱりそういう気持ちになることってあるのだなぁと思ってコメしました~

それでは今後もブログを楽しみにしてます(^o^)
Commented by garoumusica at 2015-08-21 03:36
> さくらさん コメントありがとうございます。

あぁ~、やっぱり皆通る道なのですねぇ。。。
そうですか、試練でガッシリ生きるにシフトされたのですか。試練は大変ですがボーナスステージの様なものですから、乗り越えられてよかったですねぇ☆

>それでは今後もブログを楽しみにしてます(^o^)

ありがとうございます!おっさんsにネタを貰いながら書いていきます(`・ω・´)+

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by garoumusica | 2015-08-18 04:00 | スーさん | Comments(8)

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