神社と古墳 その2 ちょっと古墳について調べてみました。

本日は昨日の記事の続きです。


古墳=お墓と神社の組み合わせがものすごく意外だったので、ちょっと調べてみる事に。

色んな説があり過ぎてどれが正解か分かりませんが、気に入ったものを書いていってみようと思います。



まず古墳時代が3世紀半ばから7世紀代。

西暦200年代の半ばから700年頃までです。

古事記が712年、日本書紀が720年に出来上がっていますから、丁度入れ替わりのような感じですねぇ。

ちなみに仏教伝来は、色々と諸説あるようですが538年と考える人が多いようです。



で、仏教伝来以前の埋葬ですが、庶民には埋葬の文化が無く山に捨てるのが一般的だったようです。

よく遺跡で甕や木棺に埋葬された遺体が発見されたりしますが、これらは豪族だとかそういった方達のみなのだそうです。

それから古墳への埋葬の仕方ですが、殯(もがり)という風習?があり、まず遺体を白骨化させるそうです。

白骨化したら、いざ古墳へ、となったようです。

亡くなったらさっさと古墳に入れるのかと思っていました。

そして白骨化した遺体が古墳に入った後も、故人を偲んだりの宗教行事が度々行われていたそうで、行事を取り仕切る為の施設や古墳を守る人の駐在所みたいなのが古墳の側に作られたようです。

これが古墳の側にある神社の前身なのだそうです。



一般的に古墳の造営は大化の改新が行われた646年まで続きました。

大化の改新で薄葬令というのが施行され、墳墓の規模などを制限させられたのだそうです。

もともと古墳造りは大和朝廷(王権)への服従?の印の様なものだったそうですが、大きな古墳は地方豪族の権力の象徴ですから、大和朝廷にとってはその権力が目障りになったようで。。。

結局古墳時代は大和朝廷に従わない豪族達によって7世紀末まで続きました。



で、仏教の普及に従い古墳の側の施設が仏教と神道の混ざったものの施設となったようですが、明治の神仏分離令によりお寺が廃止され神社だけが残ったそうです。

もちろんこれだけではなく、古墳があった事すら忘れられただ単に小高い場所だからと神社が建てられ、ちょっと改装しようとしたら古墳発見!みたいなパターンもあったり。

結構適当・・・。



今までの神社パターンは、もともと聖域とされていた場所に作られた神社だったり、神様の住居跡だったり生まれた場所だったりと何らかの由来のある神社と、神様をお招きして作った神社だったりでしたが、個人のお墓が神社となっているという新しいパターンがとても意外でしたw

しかも現在祀られている神様は神仏分離令によって祀られた、元々の神社には全く関係のない神様だったりっていうのがまぁ、日本らしいと言うか何と言うか・・・。

またひとつ神社に関して学ぶ事が出来ました。

きっとこれもおっさんの思い通り。

学び直す日本の歴史古代編を買わされるあたりねぇ・・・。






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by garoumusica | 2015-09-26 05:00 | つれづれ | Comments(0)

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