『八雲立つ』に学ぶ その2。

本日は昨日の続きです。




いきなり話が変わりますが、昨日は通院の日で診察が終わっても体力に余裕があったので、市の民俗資料館へ先日記事に書いた神夏磯姫の古墳について調べに行ってきました!(`・ω・´)

職員の方が資料を色々と見せてくださったり、古地図だとかを見せてくださり、色々と勉強しました!(`・ω・´)

が!!!

うっかり、神夏磯姫ではなくていつも呼び出されるスーさんの神社の事だけを調べ、満足して帰ってしまいまして・・・(´・ω・`)



スーさん 「君は本当に私の事が好きだからなぁ・・・」

musica 「気がついてたのなら教えてくださいよ・・・」

ス 「私の社の事を楽しそうに調べているというのに、どうしてそれを止める事が出来ようか?」

m 「家に帰って数時間後にようやく神夏磯姫の古墳を思い出しました・・・」

ス 「まぁ君のうっかりは今に始まった事ではないからな。なに、また行けばよい」

m 「・・・はい。ところでスーさん、この神社は第14代天皇の仲哀天皇がスーさんを鎮斎したとの事なのですが、なんで割と古い代の天皇さんが出雲のスーさんを?ちょっとおかしくないですか?

ス 「フフフ、どうだろうね?自分で調べてみてはどうかね?」

m 「あっ、しまったー・・・。自分で面倒を呼んでしまったー・・・」

ス 「ハハハ!君は相変わらず扱いやすいな〜」


(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


はい、では昨日の続きです。

漫画「八雲立つ」の中でも、ひときわ印象に残った言葉があります。

それは「神」と言う存在について述べた言葉です。



「“気”といっても様々だからな。おれ達巫覡(ふげき・シャーマン)が依り憑かせる“気”は、親父なんかは神と呼ぶけどおれはそんなの信じていない。

あるのは何万年にもわたる蓄積された“気”だ。生ける物総てから放出されたエネルギーのかたまりだ。」



この台詞に出てくる巫覡というのは神に仕えて、祈祷や神おろしをする人の事です。

で、この台詞を言った人はいわゆる神の事を「何万年にもわたる蓄積された“気”」と言っています。

これは人の名前の付いている一般的な神様ではなく土地のエネルギー・万物のエネルギー、古代の人が畏敬の念を抱いた森羅万象に対する信仰と同じように感じました。



・・・今頃になって疲労が出て来て、頭の中の概念を言葉に変換出来ません・・・。

なのですみません、明日に続きます。





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by garoumusica | 2015-10-01 05:00 | つれづれ | Comments(0)

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