学びのわだち。

本日は昨日のブログの、

スーさん 「だがその前の興味を持った事柄に対して一定の理解を得られないまま次の行動に移した時は、それはただの無駄な行為に過ぎぬ。その後に興味を持った事も大して身に付かぬだろう」

musica 「そうなったらどうなるのですか?」

ス 「学びを得るまで何度でもやり直しだ。この辺りはスピリチュアルに興味のある者達の間で言う『学び』だとか『レッスン』と同じだ。理解を得、真に学ぶまでは似たような事柄の繰り返しだ」

からのスタートです。



ス 「毎日の生活の中で何らかの出来事が起こる。良い事や悪い事、内容は様々だ。しかし人は自分にとって悪い事、面倒な事が起きるとそれを学びだ、レッスンだと言う」

m 「そうですね」

ス 「その事に対して異論は無い、その通りだろう。だが学びやレッスンだと気がついてもそれだけで終わる者が多い。むしろ、学びやレッスンといった言葉を取り上げただけで満足し、そこから本当の意味での学びを得ようとする者は少ない」

m 「んー、よく分からないです。学びだって事に気がついているのでしょう?だったら学んでいるのでは?」

ス 「学んでいるつもりなだけなのだよ。その事にいつ気がつくか?それは同じ様な出来事が繰り返し起こる事に気がついた時だ。たまに見かけるだろう?似たような出来事ばかりが起きる者を」

m 「うーん・・・」

ス 「『アレ?この間も似たような事で悩んでなかった?』と突っ込んだ事があろう?」

m 「そうですねぇ・・・」

ス 「シチュエーションは違うが似たパターンでつまずいている者が多い。第三者から見ればまた同じような事に巻き込まれて等と気がつくのだが、当事者は別の事柄で問題が起きているので気がつく事が出来ない」

m 「以前起きた時にきちんと学んでなかったから、別のシチュエーションで学んでいるって事ですか?」

ス 「そうだ。またそれ以外だと、きちんと学ぶ事が出来たかどうか『追試』をしている場合もある」

m 「追試」

ス 「同じようなパターンの出来事が再び起きた時に、以前とは違う対応が出来るだろうか?という追試だ。きちんと学ぶ事が出来ていたら以前とは違う対応が出来るはずだろう?」

m 「まぁ、そうですねぇ・・・」

ス 「今回の君のパターンはとても分かりやすい。

O脚を放置していた為に疲れやすいのだという事に気がつく
O脚について学ぶ
矯正の努力をする
矯正が出来てくる共に身長が伸びた」

m 「分かりやすいですね」

ス 「これを放置した場合はどうだったか。

年々疲れが溜まり慢性疲労症候群が悪化
年齢が上がる毎に筋力が低下し更にO脚悪化
変形性膝関節症を発症
QOLの低下

とまぁ、こんなところだろうね。もちろん事ある毎に学びが入るがね」

m 「恐ろしいですね・・・。どういうところでレッスンが発生しているのか分からないところが恐ろしいです」

ス 「気がつく、という事が大切だね。日々の生活の中のちょっとした繰り返しの中に小さな学びが隠れている。小さいうちに学んでおけば痛い目に遭わずに済む」

m 「小さいうちに気がつく事が出来たらいいなぁ」

ス 「心の中に浮かぶ小さな違和感を大切にしなさい。小さな芽のうちに摘んでしまうのが良い」

m 「小さな芽のうちに学びを得るって難しくないですか?」

ス 「真に己を顧みる事が出来るならば容易い事だぞ」

m 「それが難しいんですよー」

ス 「ハハハ!」


◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎


それでは今日も良い一日を~。

南方先生 「朝起きたらまず窓を開け、寝ている間に排出した古い気を外に出してしまおう」

m 「これから寒くなるから辛いですよ~」

み 「古い気を部屋に溜めてはいけないよ。・・・ね?」←イケメンキラキラオーラ。

m 「・・・ハイ!」






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by garoumusica | 2015-11-05 05:00 | スーさん | Comments(0)

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