稲荷神社は何故INRIというラテン語の表記を選択したのか。

稲荷の記事を進めたいと思うのですがー・・・。

とりあえず、前回はこれでした。→稲荷神社と八幡神社、秦氏の創った神社の神様。



スーさん 「進まない様だね」

musica 「書こうと思えば書けるのですよ。稲荷神社は秦さんの作った東方キリスト教の宗教施設ですよ、稲荷大神はキリストさんの事ですよ、空海さんが神社の格を上げる時に荼枳尼天と習合しようとしたけれども、キリストさんと習合させたくない秦さんは命婦神を差し出してこっちと習合させちゃいましたよ、です。が、気になる事があって」

ス 「相槌を打ってあげるからとりあえず書き進めてみなさい」

m 「はい。ユダヤ人の方が書かれた日ユ同祖論の本を2冊ほど読みましたが、著者のお二人は共に稲荷には触れていないのです」

ス 「うむ」

m 「秦さんや八幡神社、祇園祭りに関してはページを取って解説しているのに、稲荷神社に関してはまったく触れていない。『INRI=INaRI』を関連付けるのは日本人だけなのです。て言っても、ユダヤ人の書かれた本は2冊しか読んでないからなんとも言えないんですが」

ス 「それで?」

m 「で、INRIってラテン語の表記だったから、古代ヘブライ語を母国語に持つ秦さんがラテン語の表記の方をわざわざ選択するかなって」

ス 「イエス殿の罪状は3ヶ国語で記されていたのだったね」

m 「はい。ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語です。八幡に「ヤ・ハタ」や「ヤハウェ」とヘブライ語の裏意味を付けたのに、なんで稲荷はラテン語にしたのか・・・」

ス 「そうだね、ここで君にひとつ気付きを与えよう。これが正しいという訳ではないが、煮詰まっている様だから新しい風を起こそう」

m 「ほー・・・」

ス 「時代が違うのではないかね?」

m 「時代?」

ス 「そう。八幡神社は秦氏が渡来して間も無くの時期だろう?しかし稲荷神社はいつ創建したかね?」

m 「711年?」

ス 「その頃には東方キリスト教だけでなく、景教も日本に入って来ていなかったかね?」

m 「そうか、東方キリスト教は秦さんが弓月国にいた頃のキリスト教だ・・・。聖徳太子の時代にはもう景教が入ってきてましたね。じゃあ何が何でもヘブライ語っていう空気じゃなくなってたのかな・・・」

ス 「ユダヤ人の書かれた本に稲荷に関して載っていないのは、ただ単にヘブライ語由来ではないからかもしれない」

m 「そうですねぇ・・・。あと何冊かユダヤ人の方が書かれた本を読んでから考えます」

ス 「慎重だねw」

m 「少ない資料だけで結論を出すのは楽だけど・・・」

ス 「まぁ、我々の過去は変わらない。淡々と調べていきなさい」

m 「はい。は〜〜〜、それにしても本ばっかり買ってる・・・。これもまたいつか役に立つのですか?」

ス 「秘密だよ。しかしひとつ言うなら、人生に無駄な事など何ひとつない」

m 「もー・・・」

ス 「ほら、ガイド拝見にもあっただろう?物事を自分でコントロールしようとしない、と。たまには流されるまま流れ行くのも良い。私にその身を任せなさい」

m 「そう言われると抵抗したくなる(`・ω・´) 」

ス 「ハハハ!」


(last ゚Д゚)ノ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


うわー、今年も残りあと二日!

お互いに良い一日を過ごしましょうねぇ。


ス 「もはや何も言う事はあるまい。悔いの無いように今日という日を過ごしなさい」




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by garoumusica | 2015-12-30 05:09 | 神社巡り | Comments(0)

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