稲田姫物語 オロチ退治前日の話 その4。

本日も稲田姫物語の続きです。




クシナダが首からぶら下げた薄紅の玉を手でいじっている後ろで、スサノオは紐の左右を結びつける作業に格闘していた。

なんとかひとつ目の結びを終えたところで、スサノオはクシナダの白いうなじを見た。

この辺りの者としては白過ぎる肌。

髪を垂らしているとは言え、このおなごの肌は少々白過ぎる気がする。

(これではまるで1度も陽に当たった事が無いかの様ではないか・・・)

そしてスサノオはようやく思いついた。

(そうか、このおなごは末の娘であるが故に、最後の姫として屋敷の奥深くに隠されてきたのか)

スサノオはクシナダの白いうなじを、今度は憐憫を含んだ眼差しで見つめた。

(それでは海で泳いだ事も草原を駆け抜けた事も無いのか・・・)



それからクシナダのあの自分の色香に無頓着な様子にも合点がいった。

おそらくこのおなごは今までごく限られた人物としか接した事が無かったのだろう。

もちろん屋敷の中から少々離れた場所にいる男を見た事はあるだろうが、男女の色香を含んだやり取りは無かったはずだ。

それ故に己の色香を理解する機会も、また武器とするという考えも生まれなかった。

それもこれも、ヤマタノオロチ故か・・・。



「クシナダ姫」

「はい」

「全てが終わったら、君に海を見せてあげよう」

「まぁ!海にございますか?」

クシナダは思わず振り返りそうになり、スサノオに止められた。

「こら、動くでない。あぁ、結び目が解けた・・・」

「ごめんなさい・・・」

「良い、気にするな」

スサノオはまた紐の長さを確認すると作業を再開した。

「海は良い。時に荒れ、時に凪、一刻も留まる事を知らぬ。そしてそれが何処までも続いていく」

「何処までも・・・」

クシナダは遠くを見ながら呟いた。

「そうだ。そして青い青い海の果てには大陸がある。いつか二人で舟に乗り海を渡ろう」

「・・・はい」



スサノオはクシナダの白いうなじを見つめながら、作業を続けた。

「春になるとこの辺りの山には、薄紅の小さな花々が木を彩るのだそうだね?一緒にそれを見に行こう。なに、君くらいならこの私が担いで山に登ろう」

「ふふふ」

クシナダは手を口に当てて笑った。

「新緑の眩しい季節になればその新しい生命の息吹を感じに行こう。その頃には君の足腰も強くなっていよう。二人で散歩と洒落込もうではないか」

「はい!」

それからスサノオは何かを思い出しているかの様に空中を見つめ、眩しそうに目を細めた。

「夏になればやはり海だろう。夏の海は抜ける様に青く、陽射しを受けてキラキラと輝く。そのなんと美しい事か。どれ、君に泳ぎを教えてあげよう」

「まぁ、泳ぎをですか?」

「うむ。手取り足取り」

「・・・」

クシナダは頬を赤らめながら俯いた。

「秋になれば朱く染まった山々を堪能しに行こう。この辺りの木は見たところ葉が朱く染まる木が多いから、それは見事な景色となるだろう。山道が辛ければ私の手を取れば良い」

「・・・はい」

「雪の季節になれば雪を肴に酒を飲もうではないか。舞い落ちる雪を見ながら酒を飲むのも一興。酌を頼んでも良いだろうか?」

「はい!」

クシナダは自分にも出来る事を提案され、明るい声で返事をした。

「フフフ」



スサノオはようやく結び終えた首飾りの紐を手で弄りながら、言葉を続けた。

「クシナダ姫、君は先程どうしてヤマタノオロチを退治しようと思ったのかと聞いてきたね?」

「はい」

「・・・惚れたのだ」

「えっ?」

「君に惚れたのだよ、私は」

スサノオは紐を手放すと、片側に寄せ胸の前へと垂らされたクシナダの美しい黒髪を、なんとなしに右手の人差し指ですくい、それからはらりと背中に垂らし始めた。

「えっ?」

クシナダはスサノオの言葉と行動に戸惑いを隠せなかった。

「あの・・・」

「終わったから髪を元に戻しているだけだ。じっとしてなさい」

「はぁ・・・」

スサノオは続けた。

「・・・惚れた女を護る為に闘う。その事に理由は必要だろうか?」

「・・・」

スサノオは再び艶やかな黒髪を指ですくうとまた、はらりと背中に垂らした。

髪をゆっくりとすくってはその背にはらりと垂らし、またゆっくりとすくっては、はらりと垂らす・・・。

「私は君を初めて見た時、なんと美しい花なのだろうかと見惚れた」

スサノオはクシナダの真っ直ぐに伸びた黒髪をゆっくりとすくいながら、ふと、兄であるツクヨミの言葉を思い出した。


『美しい花には毒があるものだよ。いくら女から近寄ってくると言っても、蝶の様にひらひらと次から次へと花を渡り歩いていると、知らず知らずのうちに毒に侵されてしまう』


スサノオはゆっくりとした動きでその大きな手から艶やかな黒髪を離すと、クシナダの背にはらりと垂らした。

やがてクシナダの白いうなじがその美しい黒髪で半分程隠されると、スサノオはようやくその手を止めた。

(この美しき花にも毒があるのだろうか?)

スサノオはしばらくクシナダのその白いうなじを見つめ、それからゆっくりと顔を寄せていった。

軽く匂いを嗅ぐと、何故か春に咲く甘い花の香りがした様な気がした。

(もしこの美しき花に毒があるのならば、その清らかなる毒でこの身を侵して欲しいものだ。私のこの穢れた身を)

スサノオはゆっくりと目を閉じ顔を傾けると、唇を白いうなじへと近づけた。

(その清らかなる薄紅の・・・)

(薄紅の・・・)

唇が白いうなじに触れそうになった瞬間、スサノオの脳裏に満面の笑みを浮かべ己の名を呼ぶクシナダの姿が映った。

『スサノオノミコト・・・』

スサノオは硬直したかの様に動きを止めると、目を開き、その凛々しい眉を寄せた。

(私の穢れた身でこの清らかなる花を汚す訳にはいかぬ)



スサノオは姿勢を正すと一瞬迷うかの様な表情を浮かべた後に、クシナダの艶やかで美しい黒髪を一筋ほど手に取った。

(私のこの穢れた身で、清らかなる花を汚す訳にはいかぬ)

(・・・だがせめて、美しき黒髪の、この一筋だけでも・・・)

スサノオはその黒髪をしばらく見つめるとゆっくりと目を閉じ、そしてそっと唇を寄せた。

(この一筋の黒髪に誓う。私はこれからどの様な事が起きようとも、この清らかなる乙女を護り続ける。例えこの身が朽ち果てようとも、我が魂は永遠に、永遠に・・・)

スサノオはゆっくりと唇を離すと姿勢を正し、クシナダの黒髪を静かに降ろした。

そして決意を込めた声でクシナダに告げた。

「私は明日、君を爪櫛に変えようと思う」



明日も続きます。


*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*


musica「今日はスーさんの見せ場でしたね」

スーさん「少々揺らいだがねw」

m「揺らぎましたね〜〜〜wしかもつっくんの言葉を都合良く利用しようとして!」

ス「ハハハ、以前のスサノオならこのまま欲望のまま突き進んだだろうね。だがクシナダの笑顔がスサノオを思いとどまらせた。クシナダの愛がスサノオを変えたのだ」

m「クシナダ無双ですね!」

ス「スサノオにとってはね」





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by garoumusica | 2016-01-25 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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