稲田姫物語 オロチ退治前日の話 その7。

本日も稲田姫物語の続きです。



「私の最期の時に、私がすぐに手にする事が出来る場所へ置いておく必要があるからだ。最期に残された力であっても簡単に抜く事が出来、手中に収める事が出来る物、それが爪櫛だ」

「最期・・・」

スサノオのその言葉がクシナダの胸に鋭く刺さる。

そして無意識のうちに服の上から薄紅の玉を触っていた。

(最期などという言葉は貴方様の口から聞きたくない・・・)

一方、この様な内容はさらりと流した方が良いだろうと判断したスサノオは、そのまま言葉を続けた。

「己の身体が役に立たなくなった時、私の魂で爪櫛を覆い隠し奴の目を欺く。これが『クシナダは一度消える』だ」

「魂で覆い隠す・・・。その様な事が出来るのですか・・・」

「うむ。大した事ではない」

スサノオは当たり前の様に言った。

(魂で覆い隠すなどというとんでもない術を、高天原の方は事もなげに行われるのか・・・。やはり私とは住む世界が違う・・・)

クシナダは自分とスサノオの違いを目の当たりにし、一抹の淋しさを感じていた。

(このお方が余りにもお優しいので、私は思い上がりをしていたのかもしれない)

クシナダは胸の内を悟られぬ様に会話を続けた。

「それは身体に害が及ばぬうちに行う事は出来ないのですか?」

「これは魂を使う術であるから己の死が前提だ。死ねば使えるし使えば死ぬ。それにこの方法以外で君を隠し通せる方法を私は知らぬ」

「左様でございますか・・・」

(あぁ、このお方の口から死などという言葉は聞きたくない・・・)

「・・・では『九度目の日を迎えたところで戻る』というのは?」

「うむ。ヤマタノオロチについて皆に話を聞くと、どうやら頭が八つあるそうだ。それぞれが意思を持ち、そしてそれぞれが己の意思で己の頭を動かせるらしい」

「はい、その様に伝え聞いております・・・」

流石にクシナダは己の姉達を殺し、これから自身をも殺そうとしている者の姿を、心の中に思い描きたくはなかった。

「・・・クシナダ姫・・・、少々辛いかもしれぬが話を続けるぞ?」

「はい、心配はいりませぬ。わたくしがスサノオノミコトにねだった事ですから・・・」

(ねだる、か・・・。次はもう少し可愛げのある事をねだって欲しいものだな・・・)

そう思いながらスサノオはクシナダを見つめた。



「八つ頭がありそれぞれが意思を持つと言う。奴が考えの足りぬ者達であればとうの昔に諍い、そして殺戮し合っているはずだ。人を平気で食らう者達であるからそれ位の残虐性はあろう。だが奴らは毎年同じ時期に現れては、・・・あー・・・」

スサノオはクシナダの姉達の死に関して言い淀んだ。

クシナダはスサノオの気遣いを察知し、無言で頷いた。

「・・・という事は奴等の統制は取れているという事だ。奴等の中に意見をまとめ導く者がいるのか、はたまたそれぞれの意思を尊重する事が出来るのかは分からぬが、まぁひとつの身体で上手くやっているようだ」

「・・・」

「私を倒した後、奴等は君を探すだろう。ただひたすら闇雲に探すかもしれない。もしそうであるならば、案外早い時期に諦めてここから去るだろう。闇雲と言うのは集中力が必要だ。気力を使い果たすのも早かろう」

「はい」

「だが、ひとつひとつの頭が知恵を絞り、ひとつの案についてじっくりと時間を掛けて探すという事もあるかもしれぬ。実際、年に一度必ず同じ日に現れるというのは、結構な執念の持ち主である事の証拠だからね」

「それ故九度目の日を迎えたところで戻ると?」

「うむ、少々単純な計算だがひとつの頭につき一日だ。それにその頃になればヤマタノオロチに捕食された私の身体が奴の血となり、その身体を自由に扱える様になっておろう」

スサノオは両手を顎の前で組むとニヤリと笑った。

「身体を自由に?」

「うむ。いくら奴の目を騙し今回は君の命を守る事が出来たとしても、奴を殺さぬ限り来年また同じ時期にやって来るだろう。それでは真に君を守ったとは言えぬ。ただ一年ほど君の寿命を一年伸ばしただけに過ぎぬ。・・・私は今回で必ず奴を滅亡させる。この身を道具として使ってでも」

(大海に身を投げさせるか?それともこれまでクシナダ姫の姉君にしてきた様にお互いを喰らわそうか?いずれにせよ、お前を楽に死なせはせぬ。クシナダ姫が今迄味わってきた恐怖をお前にじっくりと味合わせてやる。利子をちゃんとつけて)

クシナダは恐ろしい目で虚空を睨みつけているスサノオをじっと見ていた。

(なんと恐ろしい策を思いつかれるのであろう・・・。でもそれは偏にわたくしの命を救う為・・・。スサノオノミコトは万が一の策だと言われているけれど、万が一であれ、わたくしの為にその尊い命を危険に晒す訳にはいかない・・・)

「スサノオノミコト」

「なんだね?」

クシナダは服の上から薄紅の玉をギュッと握り締めると、スサノオの目を真っ直ぐに見つめ言った。

「どうぞここからお立ち去りくださいませ」

(わたくしは貴方様に生きていてほしい)



「・・・」

(またこのおなごは・・・。万が一の話だと言っておるのに・・・)

スサノオは少々呆れながら言った。

「なに故その様な事を言う?」

「わたくしの命の為に貴方様の命を犠牲にする訳にはいきませぬ」

「だから初めに言っただろう?これは万が一の事態に備えた策だと」

クシナダは服の上から薄紅の玉を更に強く握りしめた。

そして、

「万が一でも貴方様の身を危険に晒す訳にはいきませぬ!これはわたくし達の部族の問題です。部外者はどうぞお立ち去りくださいませ!」

と、半ば叫ぶ様に言った。



(言い過ぎた!)

クシナダはたった今、己の吐いた言葉に酷く後悔した。

(今酷く傷ついた顔をされた・・・。どうしよう、取り返しのつかない事をしてしまった・・・)

だがその反面、それでもスサノオがここから立ち去りどこかで生きてくれるなら、それで良いとも思った。

(わたくしは貴方様を危険に晒す訳にはいかない。貴方様だけは生きていて欲しい)

クシナダはもう一度言った。

「どうぞ、ここからお立ち去りくださいませ」



スサノオは静かにクシナダを見つめていた。

(部外者、部外者か・・・。確かにその通り、私は部外者だ。そんな事は百も承知だ)

スサノオは微かな苦笑いを浮かべると、そっと目を閉じた。

(だが・・・、最愛のおなごに言われるとなかなか堪えるものだな・・・)



スサノオは高天原でも厄介者として疎外されていた。

母はスサノオが生まれた時には既に黄泉の住人であったし、父や姉にはいつも叱られ疎まれていた。

姉には挨拶をしに行っただけで攻撃を仕掛けて来たと思われた程だ。

勿論他の神々からも当たり前の様に疎まれていた。

他の者達の気を引こうとすればする程、何故か疎まれていった。

そして荒れた。

好き勝手にやった。

そうして最終的に財産を全て没収され葦原中国へと追放された。

失意の中彷徨ったこの地では親切にしてくれた者もいたが、大半の者に疎まれた。

そして今、ようやく巡り会った最愛のおなごからも部外者だと言われてしまった・・・。



(だが・・・)

スサノオは閉じていた目をゆっくりと開き、クシナダを見つめた。

その最愛のクシナダが掴んでいる上着の胸元の下には、己の贈った薄紅の玉があるはずだ。

その玉を握り締めながらスサノオに『部外者』と言い放った。

そしてクシナダの瞳は酷く傷ついているように見えた。

(私の独り善がりな考えかもしれぬが、その行為から察するに貴女の言葉の裏には私への気遣いがある様に思える)

スサノオはクシナダの己への配慮をひしひしと感じていた。

それは余りにも不器用な言葉でもたらされたが・・・。

(だから貴女のその優しい心に応える為にも、私は貴女に少々厳しい事を言おう。貴女には今、気がつかねばならぬ事がある)

(貴女を傷付けるかもしれない。貴女に嫌われるかもしれない。だが私が犯した過ちを、愛しい貴女に繰り返させる訳にはいかぬ)



スサノオはクシナダに問うた。

「なに故その様な事を言う」

「わたくしは幼い頃から最後に捧げられる娘として、その様に生きて参りました。今更生きたいとは思っておりませぬ。まして誰かの犠牲の上に立つ生など・・・」

「そうか、確かに君はこれまでずっと『最後の姫』として生きてきた。今更その命など惜しく無いだろう」

「はい」

クシナダは決意に満ちた目でスサノオを見た。

「しかし来年はどうだ?」

「来年・・・」

クシナダはスサノオが何を言いたいのか理解出来ずにいた。

クシナダの将来への展望は明日で終わっているからだ。

来年・・・。

自分に来年の話など関係あるのか?

スサノオはクシナダの目を覗き込むと挑む様に言った。

「この地の者達は君が『最後の犠牲者』だと思い込んでいるが、本当に君で『最後』なのか?」

クシナダはハッと表情を変えた。


明日でも続きます。


Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)


musica 「昨日『明日か明後日に終わります(`・ω・´) 』などと言いましたが、多分明日も終わりません・・・」

スーさん 「ハハハ」

m 「初めは2〜3日で終わると思っていたので、この長さにはびっくりです」

ス 「まぁ何事も勉強だ」

m 「それにしても今日の話のスサノオは、まだまだ残虐なところがありますね」

ス 「彼はまだまだ学びの途中だ。勿論この私もだ」

m 「神様の学び・・・」

ス 「うん、まぁ・・・、苦労してるよ・・・」

m 「それってどういう・・・」



[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by garoumusica | 2016-01-28 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica