稲田姫物語 オロチ退治前日の話 その9。

本日も稲田姫物語の続きです。




スサノオはクシナダの瞳を見つめていた。

二人はスサノオが「覚悟を決めよ」と言って以降、会話を交わしてはいなかったが、スサノオはクシナダの瞳を見ればその意識の変化を見て取れた。

(美しい瞳だ。人は己の役割を自覚すると、これ程までに瞳に宿す光が変わるものなのか・・・)

今のクシナダの瞳には、己の使命を自覚する者の力強い光が宿っていた。

(よくぞ私の言葉を理解してくださった)

それからスサノオは今はまだ何かを考えているように見えるクシナダから視線を逸らすと、先程己がクシナダに言った言葉を反芻した。

(『首長の唯一の子』としての自覚、自覚か・・・。よくもまぁ、この私が抜け抜けと『自覚せよ』等と言えたものだな)

スサノオは胸の中に込み上げてくる苦い思いを受け止めていた。



偉大なる創造神・イザナギの息子としての自覚。

大いなる太陽神・アマテラスの弟としての自覚。

そして大海を統べる者としての自覚。

クシナダに立場を自覚せよと大きな態度で言った己に、その様なものは一切無かった。

一切自覚が無かった上に逃げ回っていたと言ってもいい。

泣き、叫び、破壊し、それらから逃げ回っていた。

己にとってそれらは重荷だったのだろうか?

それすらスサノオには分からなかった。

そんな己を父や姉、そして兄は事ある毎に愛情を持って諌めてくれていた。

しかし当時のスサノオに彼らの愛情は伝わらなかった。

諌められれば諌められる程、反抗していた。

己を理解するものはいないと絶望し、暴挙の限りを尽くした。



(にも関わらず先程の己はどうだ?)

何ひとつ自覚を身につけていないにも関わらず、まるで己はクシナダの先達であるかの様にクシナダを諭した。

それらを既に身につけているかの様に振舞いながら。

(・・・情けない)

己にその資格がないにも関わらず、クシナダに説教をするとは何事であろうか。

クシナダの意識を覚醒させる為という大義名分を振りかざして。



しかし、今回指導する側の立場に立ってクシナダに語った事により、ようやく理解出来た事があった。

それは己を諌めてくれていた者達の思いだ。

(愛情、そう・・・、愛情なのだ。己がクシナダに対し愛情を持って諌めた今ではよく分かる)

(己が憎いから辛く当たっていたのではなく、愛情があるからこそ試練を与える事が出来るのだ)

己がクシナダに抱く思いを、彼らもまた己に抱いてくれていたはずだ。

(相手に対して愛情の無い者が真の試練を与える事は出来ぬ)

スサノオは今になってようやく理解出来た。

彼らと同じ立場になってようやく。

(そうか、私の目線が低すぎたのだ。あまりにも利己的で幼かった為、彼らの広い視野からもたらされた意図を理解する事が出来なかったのだ)



スサノオの胸が感謝の念や後悔、羞恥心といった複数の感情で覆われ、スサノオの思念が感情の波に飲み込まれそうになった時、不意に己の顔に何かが触れた。

スサノオはその感触に驚き、瞑っていた目を開き顔を上げた。

するとクシナダが心配そうな面持ちを浮かべ、何か布の様なもので己の顔に触れていた。

「何を・・・」

「あ・・・」

スサノオが咄嗟に身を引くと、クシナダは手を止めた。

それから一瞬の沈黙をした後、クシナダは気遣う様に言った。

「いかがなさいましたか・・・?」

スサノオはクシナダの言葉が理解出来なかった。

「何がだね?」

クシナダは不思議な面持ちを浮かべながら言った。

「だって・・・、泣いておられます」

「泣く?私が?」

クシナダはコクリと頭を垂れた。

(私が泣いていると言うのか?)

スサノオはクシナダの言っている事が理解出来なかったが、とりあえず己の頬に触れてみた。

すると確かにその頬に水分を確認する事が出来た。

(涙・・・?この私が泣いているというのか?)



クシナダの目には、この瞬間にもスサノオの目から次から次へと涙がこぼれ落ちていく様子が映しだされていた。

そしてまた手に持った布でスサノオの頬を拭いた。

その様子をスサノオは不思議な感覚をもって見つめていた。

(私はなに故泣いているのだ?己の過去に対する後悔の涙か?それとも愛情に対する感謝の涙か・・・?)

スサノオにはよく分からなかった。

己の感情が理解出来ない為、その涙の止めようが無かった。

(情けない。愛しい姫の前で涙を流してしまうとは・・・)

スサノオはクシナダの己の涙を拭き取る手を遮ると、自分の手で涙を拭った。

そして少々強がって言った。

「情けないところをお見せして申し訳ない。こんなものはすぐに収まるから放っておきなさい」

しかしいつまで経ってもその涙はとどまる様子を見せなかった。

(弱ったな・・・、この様な姿を姫に見せたくはないのだが・・・)

スサノオは情けない己の顔を見せまいと隠す様に俯き、そして瞳を閉じた。

はたはたと床に涙が落ちる音がいつまでも響いていた。

(まるで雨が降っているかの様だ・・・)

スサノオはしばらくその雨降る音を聴いていた。

すると柔らかな温もりが己の首を包むのを感じた。

ハッとしてスサノオが目を開けると、そこには胡坐をかいた己の脚の両膝の間に膝立で立ち、スサノオの裸の上半身に身を寄せて首に腕を回すクシナダがいた。



「ク、クシナダ姫!?」

スサノオは狼狽した。

あの美しき姫が己の首に抱きついている。

そしてその柔らかな温もりを感じると、サッと全身の血の気が引いていくのを感じた。

(私の穢れた身体に触れてはならぬ、姫が穢れてしまう・・・)

そう思うや否や、スサノオはクシナダの腕を掴み強引に引き剥がした。

「触れてはならぬ・・・、触れてはならぬ・・・」

スサノオは何かに怯えるかの様な形相を見せると、クシナダから距離を取った。

クシナダは己が引き剥がされた事よりも、そのスサノオの何かに狼狽した様子に驚いた。

「え・・・?」

スサノオの頬を再び滂沱たる涙が濡らし始めていた。

そしてその涙を流れるままにしているスサノオが呟くように言った。

「私の穢れた身に触れてしまうと、清らかなる姫まで穢れてしまう・・・」

「・・・穢れた身・・・?」


明日も続きます。


ヽ(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)ノ


musica 「今日はスーさんの鬱回でした・・・」

スーさん 「フフフ。認めたくないものだな・・・、自分自身の・・・若さ故の過ちというものを・・・」

m 「まさかのシャア!?」


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by garoumusica | 2016-01-30 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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