稲田姫物語 オロチ退治前日の話 その10。

本日も稲田姫物語の続きです。




クシナダは言葉を発さずにスサノオを見つめていた。

スサノオが見せる何かに怯えるかの様な目、その目にクシナダは見覚えがあった。

(姉上達と同じ目をしておられる・・・)

クシナダは今は亡き姉達を思い出していた。



クシナダの姉達はひとりひとり、順番にヤマタノオロチの餌食となっていった。

毎年毎年同じ時期に・・・。

死の順番が回ってきた者はその時期が近づくにつれ、だんだんと心が蝕まれていった。

そして皆おおよそ似た様相を呈した。

始めはちょっとした物音に敏感になり、次第に幻聴を聞き、それから幻覚を見る様になると意識が混濁し始め、まるで気が触れてしまわれたかの様に見えた。

そうすると父と母が見た事のない何やら怪しげな男を連れて来て、姉に何か薬湯の様なものを飲ませると以前の姉に戻った。

それからは症状が出始めるとその薬湯を服用する様になり、段々と薬湯を飲む回数が増え、もはやその薬湯が無いと正気を保てなくなってきた頃にヤマタノオロチがやって来るといった具合だった。

その頃になるとクシナダの姉は周りの刺激に対して一切反応が無く、いつもどこか夢の中にいるかの様に見えた。

皆、そうだった。

その姉たちの様子を間近で見てきたクシナダは、恐怖で気が触れそうになってもその薬湯は飲まなかった。

父や母、そして近しい者達との思い出を胸に散って逝きたいと思っていたからだ。

そしていよいよその日が近づき恐怖に慄くあまり、気が触れた方がどんなに楽かと思い始めた頃、クシナダのもとにスサノオが現れたのだった。



クシナダが己の身体に触れた時、スサノオは怯えた。

過去に仕出かしてきた事によって己に染み付いた穢れにより、クシナダを穢してしまわないか心配で心配でたまらなかった。

穢れとは伝播するものだからだ。



クシナダと接するうちに過去の己は愚かだったと反省をする様になっていたが、だからと言って過去の行いを無かった事にする気は毛頭ない。

クシナダに聞かれればそれらを包み隠さず言うつもりだ。

己がどの様な狼藉を働いて来たのか、また、女をどの様に扱ってきたのか・・・。

それでクシナダから嫌われようが過去の己の蒔いた種だ、その罪は受ける。

だが、己がクシナダを穢す事だけは堪え難かった。



今のスサノオにとってクシナダは清らかなるものの象徴だった。

それは畏敬に近いものだった。

スサノオは己がいかに穢れた存在か、このおなごと接するごとに思い知らされていた。

己がいかに愚かな存在だったのか、嫌という程理解出来た。

そして己が今の様に過去の自分の行動に対し反省する事が出来たのは、ただただこのおなごのおかげだった。

だが反省したからといって過去の罪が消える訳ではない。

事実は事実として残る。

そして穢れた己の身体はいつまでも穢れたままだ。

それ故に、この穢れた身でクシナダの温もりを奪い去る訳にはいかない。

しかし・・・。

だからこそ、スサノオはどこか期待せずにはいられなかった。

己の穢れが祓われる日を・・・。



クシナダは溢れる涙を拭おうともせず流れるままにしているこの大男をじっと見ていた。

(このお方は言う、自分は穢れていると。けれどもわたくしにはこのお方が穢れている様には見えない)

(このお方はこの数日、ただただわたくしの命を救う為に手を尽くしてくださった。わたくしにとってはこのお方は希望、この世の中の全てを照らすあの太陽の様な存在・・・)

(このお方が何に対して怯えていらっしゃるのかは分からない。どの様な過去をお持ちなのかも分からない。だけれども、このお方はわたくしにとって尊い存在である事には変わりない)

クシナダはスサノオの過去をすべて受け入れる覚悟を決めた。

今日、ふたつ目の覚悟だ。

ひとつ目はスサノオと共に生きる覚悟。

そしてもうひとつ目は、スサノオのすべてを受け入れる覚悟だ。



クシナダはスサノオの顔を覗き込んだ。

相変わらずスサノオは迷(まよ)い子の様な表情をしていた。

(もうその様な顔を為さらないで・・・)

クシナダはその美しい顔に見た者すべてが魅了される様な笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で言った。

「穢れた身など、何を言われますやら・・・。スサノオノミコトは先程穢れを落とされたばかりではありませんか」

スサノオは目を見開いてクシナダを見つめた。

(このおなごは私の言う穢れを、何かの汚れか何かと勘違いしている様だ。勘違いをしているに違いない)

(勘違いをしているに違いないが・・・)

スサノオは縋る様な思いで次のクシナダの言葉を待っていた。

スサノオがクシナダの口から言って欲しい言葉はただ一つだけ・・・。



クシナダはスサノオの瞳をしっかりと見つめると、心を込めて言った。

「スサノオノミコトは今、誰よりも清らかにございますよ」

それはまさしく、スサノオが聞きたかった言葉そのものだった。

スサノオはうわ言の様にその言葉を繰り返した。

「清らか・・・、この私が・・・」

「はい。わたくしよりもずっと!」

スサノオは満面の笑みを浮かべるクシナダを呆然とした様子でしばらく見つめていた。

そして思うのだった。

(たとえクシナダ姫が意味を分からぬまま己の事を穢れていないと言ったのだとしても、今はその言葉をこの胸に抱いていたい)

そう思うと、スサノオはその両の目から再び涙を流した。



クシナダはフフフ、と柔らかく微笑むと再び腕をスサノオの首に回した。

そしてスサノオをゆっくりと前後に揺らしながら、その背中をポンポンと優しく叩いた。

(なんだ?この揺れは)

スサノオはクシナダが何をしているのかよく分からなかった。

よく分からなかったが、その温もりとその穏やかな揺れが心地良かった。

(あぁ、そうだ・・・。春の日の穏やかな海に抱(いだ)かれて、揺らぎ揺らいでいる時の様だ・・・)

クシナダはスサノオの背中を柔らかく叩きながら、優しく歌うかの様にスサノオの名を呼び続けていた。

そしてスサノオは、クシナダの身体から清らかなる光が己の身体に流れ込み、黒く穢れた己の身体が清められていくを感じていた。



しばらくその揺らぎと清めを堪能した後、スサノオはクシナダに問うた。

「クシナダ姫、この揺れは一体何だね・・・?」

「え?スサノオノミコトは幼き頃にこの様にされた事が無いのですか?」

クシナダは驚いた様子を見せると、スサノオの質問に対し質問で返した。

「うむ・・・」

スサノオは生まれた時からこの様な大男だった。

その為か、今クシナダが己にしている動きを経験したのは、この時が初めてであった。

クシナダはスサノオをゆっくりと前後に動かし、背中を優しく叩きながらフフフと笑うと、

「これは泣く赤子をなだめる時の動作にございます」

と、どこか面白がって言った。

「赤子?」

何故いま赤子が出てくるのかスサノオは今一つ理解出来なかった。

「はい」

クシナダはスサノオの首に回していた腕を一旦解くと、スサノオを見つめながら得意気に言った。

「目の前にいる泣く赤子をなだめるのは、世の道理にございましょう?」

「目の前にいる・・・」

スサノオはその言葉の意味を理解すると、思わず片手で顔を覆ってしまった。

まさか己のこの図体で赤子扱いされようとは・・・。

「大きな子にございますれば」

と言うとクシナダはフフフと笑い、再びスサノオの首に腕を回した。

(本当にこのおなごは不思議なおなごだ・・・)

スサノオは目を閉じたまま、クシナダにされるがままにしていた。

そしてその温もりを堪能した。

なんと心地の良い温もりであろうか。

(この温もりを永遠に感じていたい)

スサノオは、そう願わずにはいられなかった。



だがスサノオがそう願った瞬間、クシナダは勢いよく離れた。

「えっ!?」

スサノオは驚きのあまり思わず声を漏らしてしまった。

「スサノオノミコト、わたくし大変な事を忘れておりました!」

(クシナダ姫の腕に抱かれるよりも重要な事がこの世にあるのか?)

とは声に出さずに、澄ました声でスサノオは聞いた。

「何かね?」

「美豆良にございます。髪のほつれを直さぬままでは、爪櫛が挿せないどころか美豆良も結えませぬ!」

「あー・・・、そうであったな・・・」

スサノオは溜息交じりに言った。

(もう少しこのままでいたかった・・・。だが、これもまた自業自得か・・・)

スサノオは今程己のものぐさな性格を後悔した事はなかった。

クシナダはスサノオの顔を覗き込み、

「フフフ、ひどい顔をされてる」

と言うと、手にした布で再びスサノオの顔を拭いた。

スサノオは少々苦しそうに顔を歪ませながらもクシナダにされるがままにしていた。

ゴシゴシとクシナダに顔を拭かれていると、スサノオはふとその布の正体に気がついた。

「あー・・・、クシナダ姫。その布は一体なんだね?」

「え?何って、これは手拭きでございましょう?」

と答えながら、クシナダは手に持った布を広げた。

そして視線を落としその布を見た瞬間、ポカンと口を開けた。

「・・・」

「私の上着だね・・・」

スサノオは苦笑いをした。

クシナダは一気に頰を染めると、

「洗って参ります!」

と言い、威勢良く立ち上がった。

(このおなごは・・・)

スサノオはクシナダが飛び出して行かぬ様に服の裾を掴むと、笑顔を浮かべながら言った。

「今は髪のほつれをなおす方が先なのであろう?」

クシナダは赤く染まった顔を手で覆い、その場に立ち尽くした。

(あー、これは長くなりそうだな・・・。何か手を打たねば)

「そう言えば、美豆良を結うという事は生きる覚悟を決めたという事だね?」

「・・・」

「あー、そろそろ再開せねば屋敷の中に陽が入らなくなってしまうなぁ」

「・・・」

「・・・聞こえているかね?」

「聞こえておりません!」

「聞こえているではないか・・・」

いつまでも両手で顔を覆ったまま動かないクシナダの服の裾を、スサノオはいつまでも離さなかった。

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スーさん作の稲ちゃんの薄紅の首飾りとスーさんの剣。


今回のシリーズのテーマソングでした。




スーさん×稲ちゃん編はこれで終了で、明日からはアマテラねぇちゃん×つっくんがメインの高天原編に移行して、あと1〜2回続きます!


☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆


musica 「は〜、やっとスーさん×稲ちゃんの話が終わりました・・・」

スーさん 「ハハハ、お疲れ様。で?何か分かったかね?」

m 「スーさんが稲ちゃんに完敗って事がよく分かりました(`・ω・´) 」

ス 「本当に頭が上がらないのだよ、あの人には・・・」




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Commented by とーり。 at 2016-01-31 14:49 x
壮大なお話でしたねぇ。。

素戔嗚尊がとても人間臭くて、稲田姫がこれまた男前で(*^_^*)現代まで続くベストカップルにこんな歴史があったんですね.:*☆
これも作品の為のお勉強でしょうか?次回はどんな作品になるのか楽しみです♩

Commented by いよん at 2016-01-31 19:45 x
musicaさん、お疲れ様でしたー\(^o^)/
毎日拝見するのが楽しみになっておりました。公開イチャイチャという言葉に吹き出しました…
神様たちがこんなにも人間らしく、苦しんだり、喜んだり、心を震わせる姿を温かい眼差しで表現されていることに、感動しました…(*´ω`*)
愛故に… ですね♪
僭越ですが、読んでいる私自身にも学ぶことが沢山ありました。
ありがとうございます(≧▽≦)
Commented by garoumusica at 2016-01-31 22:15
> とーり。さん コメントありがとうございます。

2〜3日で終わるだろうと思っていましたが、結構続きました。。。
そうですねぇ、歴史というか、パラレルワールドのお話のひとつ位に捉えてください。
私自身、ダウンロードされたのを書いただけなので、この話が何かは分かってはいないんですよ〜(´・_・`)
Commented by garoumusica at 2016-01-31 22:28
> いよんさん コメントありがとうございます。

わ〜、毎日読んでくださってありがとうございました。私はこんなの文字に直していいのか毎日ヒヤヒヤでした(´・_・`)
公開イチャイチャ、時々私も書いてて恥ずかしかったです!(`・ω・´)

この話以外のブログネタを貰えなかったので渋々書きましたが、何かお役に立てたのなら幸いでした。こちらこそありがとうございます。
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by garoumusica | 2016-01-31 05:08 | 稲田姫物語 | Comments(4)

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