稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 その5。

本日も高天原編の続きです。



「そうだ。あの亡骸からはいまだに種や蚕が溢れ出ている。それもいずれは止むかもしれぬが、今回手に入った種は恐らく世代を繋ぐ事が出来るだろう」

『フン、なるほどな・・・』

『スサノオノミコト・・・』

その時、銅鏡からスサノオを呼ぶ声が聞こえてきた。

ツクヨミはそのゆったりとした声を聞くと、少々気が休まる思いがした。

この姉と弟が諍いを起こさぬか気が気でなかったからだ。

「ほらスサノオ、姫君がお呼びだ。行ってあげなさい」

ツクヨミは会話を中断するよう促すと、再び団扇を扇ぎ、先程の内容について思いを巡らした。



ツクヨミは普段アマテラスの補佐の仕事をしている。

太陽神としてのアマテラスを補佐する事と、月神として夜の世界をつつがなく運営し、そしてまたアマテラスに引き継ぐ事が、ツクヨミの主な仕事だった。

なのでアマテラスのすぐ側で仕事をする機会は多い。

それなのにツクヨミは先程の話の内容を全く知らなかった。

他の者達も皆、何か知っている、隠しているといった素振りを見せる者は居なかったはずだ。

恐らく皆知らぬ内容だろう。

(・・・いや、そうではない・・・)

ツクヨミは一人だけ知っていそうな人物を思い出した。

その人物は、アマテラスの側近であり知恵の神でもある、オモイカネだ。

オモイカネは岩戸隠れをしたアマテラスを表へ引きずり出す作戦を考えた神だ。

オモイカネの編み出した作戦は見事に成功した。

だが、一度疑惑を抱いてしまえば、その作戦も、アマテラスの岩戸隠れ自体も、スサノオ追放の為に二人が共謀したものだったのではないかと思えてくる。



高天原の住人は、何か問題事があれば皆オモイカネの所へ相談しに行く程に、この賢人を信用している。

もちろんツクヨミもそうだ。

この二人がひとつの部屋で対談をしていても、怪しむ者は高天原にはいない。

二人が話し合って物事を定める事は良くある。

そして皆、この二人が間違った判断をする事はないと思っている。

ツクヨミ自身もそう思っている。

いや、そう思っていた、か・・・。

先程のアマテラスの話を聞いた今では、正直、本当にそうなのか分からなくなってきていた。

真相はまだ明らかになっていないが、とにかくこの二人が皆に黙ってオオゲツヒメの殺害を決め、スサノオに実行させたのは間違いないだろう。



スサノオは目を開けるとクシナダの声のした方へと顔を向けた。

「スサノオノミコト、仮の結びが終わりましたから、少しだったら動いても構いませんよ」

クシナダはスサノオの耳の前に集めた髪を、ようやくひとつに纏め上げていた。

美豆良は正中線で分けた髪を耳の前で一度纏め、その後にその纏めた髪を瓢箪の形に整えていく。

通常であればさほど時間のかかる作業ではない。

だが、今回スサノオの髪は酷いほつれ部分を切り取った為に、長さがバラバラであった。

それ故クシナダはその短い髪を長い髪の内側に隠し、短い髪が垂れてしまわぬ様に纏めあげる作業をせねばならなかった為、少々時間が掛かっていた。

もちろん、スサノオがじっとしていられなかったというのも、大きな要因のひとつではあるが・・・。

「だいぶ陽が傾いて来たな」

「はい」

「ちょっと座る向きを変えても良いかね?」

「どうぞ」

スサノオはアマテラスの「眼」がある方向へと座り直した。

これなら顔をいちいち動かさずに済むから、クシナダに叱られる事もなくなるだろう。

スサノオはふとクシナダを見ると、夕陽が顔半分を照らし、そしてその瞳にも差し込んでいた。

「眩しいかね?」

「いいえ、今時分の陽射しでしたら大丈夫ですよ」

スサノオは陽が差し込む側のクシナダの瞳を見つめた。

今迄は屋内でしかその瞳を見た事は無かったが、今は夕陽が明るく照らし、焦茶色の瞳が美しく透き通って見えていた。

(美しい・・・)

スサノオはその瞳によく似た玉を見た事があった。

それは以前アマテラスが身に着けていた、琥珀と呼ばれる玉であった。

「どうかなさいましたか?」

己の片目を見つめたまま黙り込んだスサノオに、クシナダは声を掛けた。

「あぁ、すまない・・・。夕陽が貴女の瞳に差し込んでいて、それは美しい玉の様に見えるものだから・・・」

クシナダもスサノオの瞳を覗き込みながら言った。

「それでしたらスサノオノミコトの瞳にも陽が差し込んでいて、大変美しゅうございますよ。とても不思議な色・・・。初めて目にする色にございます」

「初めて?」

スサノオはクシナダの瞳を見つめながら問うた。

「はい。高天原のお方だからでしょうか?この辺りの者には見られぬ色をしておいでです。それは美しゅうございます・・・」

二人はお互いの瞳に見とれながら、時の経つのを忘れていた。

『ねぇ、まだですかな?お二人さん』

流石に痺れを切らしたツクヨミがスサノオに声を掛けた。



「やれやれ、やっと我々の事を思い出してくれた様ですよ、姉上」

「本当にどうしようもないな、あやつらは・・・」

「まぁ、こういう時期は今だけでしょうよ、姉上。一年も経てばスサノオはまた他の女の尻を追い掛けましょう」

『そんな事はないぞ。独り身のやっかみか?兄上』

ようやく二人の世界から脱したスサノオが会話に入って来た。

『妻は良いぞ?兄上。兄上もそろそろ身を固めてはいかがか?』

「お、なんだ?相手が出来てから急に態度がでかくなりおって。たまに居るなぁ、身を固めた途端そうやって講釈を垂れる輩が。自由な私が羨ましいのか?ん?」

ツクヨミは団扇で口元を隠しながら言った。

『なんだと?私は兄上の事を思って・・・』

「あー、もうやめよ。みっともない」

アマテラスがさも興味がないといった様子で手を振ると、二人は会話を止めた。



「それでお前の質問はもう終わりか?スサノオ」

『いや・・・』

スサノオは迷った。

これからアマテラスに質問をしても良いものなのか否か・・・。

聞いてしまったら己の中で何かが変わってしまうかもしれない・・・。

何かとは何だ?と問われても上手く答えられる自信は無い。

ただ、聞くのが恐ろしい。

クシナダに対しても、今と同じ気持ちではいられなくなるかもしれない。

だが、聞かなければ恐らく後悔する・・・。

この後一生、なにか引っ掛かりを覚えながら生きていかなければならないだろう。

クシナダに出逢ってからというもの、スサノオの心は実に複雑になっていた。

『姉上、少々お待ち頂いても?』

「・・・よかろう」

スサノオは視線をアマテラスの「眼」からクシナダに移した。



「クシナダ姫」

「はい?」

作業の手を止める事無くクシナダが応える。

「クシナダ姫に聞きたいのだが」

「何でしょう?」

「うむ・・・」

スサノオは実際のところ、自分が何を聞きたいのかよく分かっていなかった。

己が本当に質問したいのかもわからない。

ただ自分の考えを纏めたいだけかもしれない。

だが、何を聞けば良いのだろう・・・。

スサノオはとりあえず、何とか今の己の心境を伝えようと努力をした。

「あー・・・、例えば己が誰かの掌の中に居るとする」

「はぁ・・・」

クシナダはスサノオが何を言いたいのかよく分からなかった。

スサノオは近くにあった小さな石ころをひとつ手に取り掌の上に乗せると、コロコロと転がして見せた。

「これは私だ」

「まぁ・・・」

スサノオは掌の上で己代わりの石ころを転がし続けた。

「私は誰かの掌の上でいつもコロコロと転がされているのだが、私はそれを知らない。私に起こる事はすべてこの掌の人物が用意しているのだけれども、それが私には分からない。いつもいつも自分の身に起こる出来事を、ただただ受け入れて生きていくだけだ」

スサノオはその掌の中の石ころの上に砂をパラパラとかけたり、草を引き抜いて石ころの上に投げつけたりした。

「こんな感じだ」

「・・・」

クシナダは手を休める事なく、スサノオの掌の上で転がる石ころを見ていた。

「何らかの試練だと思う様な出来事も、誰かとの出会いも、全て掌の持ち主が用意している」

「それには何か理由があるのですか?」

「それは私にも分からぬ。何か重要な理由があるのかもしれないし、無いかもしれない。もしかしたら面白半分かもしれない」

「・・・」

クシナダは困った様な面持ちを浮かべた。

「私がそれに気がつかぬうちは、ただただ生きるだけだった。それもまた運命だと思ってね。それはそれで幸せだった・・・。だが、気がついてしまった」

「誰かの掌の上で転がされていた事に、ですか?」

「そうだ・・・」

スサノオは縋るような思いでクシナダに聞いた。

「気がついてしまった時、私はどうすれば良いのだろう?」

「どうすれば・・・」

スサノオはもうひとつ石ころを拾うと、再び己の掌に乗せた。

「クシナダ姫、あなたとの大切な出逢いも、掌の持ち主によって用意されたものだったとしたら・・・」


明日も続きます。


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musica 「なんだか馴染み深い言葉が・・・」

スーさん 「掌コロコロかい?」

m 「そうです、私がスーさんの掌の上でコロコロ転がされてるってやつ。アマテラねぇちゃんがスーさんのガイドって事ですか?」

ス 「そうではないが、ある意味そうでもある。目の前にいる人は皆、ガイドの化身だよ」



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by garoumusica | 2016-02-05 05:16 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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