稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 その6。

本日は稲田姫物語の続きです。




スサノオはもうひとつ石を拾うと、再び己の掌に乗せた。

「クシナダ姫、あなたとの大切な出逢いも、掌の持ち主によって用意されたものだったとしたら・・・」

そしてスサノオは苦しげにクシナダを見つめた。

クシナダは作業の手を止めると、スサノオの掌を覗き込んだ。

スサノオの掌はふたつの石をコロコロと転がし続けている。

「そうですねぇ・・・」

クシナダは少々考え込んだ。

柔らかな夕時の日差しは相変わらずクシナダの顔を照らし、その美しい瞳を更に際立たせている。

スサノオは掌の上の二人をコロコロと転がしながら、その瞳を見続けていた。

そしてその美しい瞳がスサノオの瞳を見つめ返したかと思うと、次の瞬間、慈愛に満ちた眼差しを湛えた。

「それではその手の人物に感謝をしなければなりませんね」

「感謝?」

それはスサノオとって意外な言葉だった。

己を意のままに操る相手への怒りではないのか・・・?

「はい。だって・・・、その方がスサノオノミコトとわたくしを引き遭わせてくれたのでしょう?」

スサノオはハッと目を見開いた。

(そうだ、その通りだ・・・)

スサノオの驚きに溢れた目は、クシナダを見つめ続けていた。

(我々の出逢いが例え姉上の掌の上で転がされた結果であったとしても、これ程までに愛おしいと思える姫君と巡り逢う事が出来たのは、偏に姉上のおかげ・・・)

クシナダは結いかけの美豆良から片手を離すと、その手を石を持つスサノオの手にそっと重ねた。

それはスサノオの手よりも遙かに細く小さく、そして冷たかった。

「難しい事は分かりませぬが、これだけは分かります」

スサノオ次の言葉を待った。

「わたくしは貴方様にお逢い出来て、幸せにございます」

その瞬間、スサノオはクシナダの手を握り締めると、その精悍な顔に満面の笑みを浮かべた。

それは全ての迷いがどこかへと消え去ったかの様な、晴れやかな笑顔だった。

二人の横顔を夕陽が赤く染める。

「クシナダ姫、貴女の言う通りだ。貴女と巡り逢う事が出来た、それ以上の喜びは無い」

「ね!感謝しなければならないでしょう?フフフ」

「ハハハ・・・」

二人はしばらくの間、お互いの掌の間に石を挟んだまま手を握り合い、そして笑い合っていた。

そしてクシナダが再び作業に取り掛かると、スサノオは掌の中にある石を握り締め、再び高天原へと繋がった。



『姉上!』

スサノオがアマテラスの「眼」から高天原の様子を見ると、二人は服の袖口で涙を拭っていた。

『え・・・、何事ですか・・・?』

スサノオは戸惑いを隠しきれずに問うた。

「いい子だ・・・、クシナダ姫・・・」

「あぁ、本当に・・・」

高天原の二人は先程のスサノオとクシナダのやり取りを見、涙に暮れている様だった。

「姉上、私にも良いおなごを紹介してくだされ・・・」

「馬鹿者、お前はまず女好きを治せ・・・」

「姉上酷い・・・」

「酷いのはお前の女癖だろう・・・」

スサノオが呆れながら言った。

『お前達は何を言っているのだ・・・。夫婦の会話を盗み聞きしおって・・・』

「何が盗み聞きだ、馬鹿者め。我らが見ておるのを分かっていながら戯れ合っていたのは、そちらではないか」

「見られているとかえって興奮する輩もいるそうですよ、姉上」

「それは真か!?なんと破廉恥な・・・」

アマテラスは下衆を見る目で銅鏡に映るスサノオを見つめた。

『もう一度言う、お前たちは何を言っておるのだ』

「お前の性癖を・・・」

『兄上!私のクシナダをそのような目で見るな!』

「アイタッ!」

再びスサノオの妖術がツクヨミの後頭部を直撃した。



「はぁ・・・スサノオよ、お前はちっとも分かっていない」

ツクヨミは目を閉じると、やれやれと言わんばかりに頭を左右に振りながら言った。

「良いか?スサノオ。夫婦というのは一心同体だ。夫婦どちらか一方の評判でもう一方の評判も決まる」

『どちらか一方の評判で・・・?』

スサノオが呟く様にツクヨミの言葉を繰り返す。

「そうだ。だから何か事を起こそうとする時は、まず相手の事を思わねばならぬぞ?周りの者はお前の行動を見て、クシナダ姫を評価するのだから」

『・・・』

「故にお前の性癖によって・・・」

『その様な性癖は無いわ!』

「あー、もう止めよ、お前達」

再びアマテラスがこの愚かな兄弟を制した。

スサノオは少々拗ねた様な表情をし、一方のツクヨミは団扇で口元を隠した。



アマテラスは再び脇息にもたれ掛かると、先の会話に戻した。

「で・・・スサノオ、お前の質問は何だ?」

銅鏡に映るスサノオはアマテラスを真っ直ぐに見つめている。

『ヤマタノオロチのくだりは聞かせて貰った。姉上の狙いは妖しき剣なのだな?』

「そうだ。オロチの体内に長き事在り続けてもその妖力を失わぬ剣、私はそれが欲しい」

『剣を調べ、我々の鍛冶技術に取り入れるつもりなのだな?』

「我々?」

アマテラスは秀麗な眉を片方だけ釣り上げると、少々可笑しそうに言った。

「そなたは追放された身、もはや高天原とは関係ない。我々などという言い方は許さぬ」

「姉上・・・」

ツクヨミはアマテラスを制する様に声を掛けた。



ツクヨミはこの2人が諍い合う事だけは、なんとしても阻止したかった。

アマテラスとスサノオは妖術に長けていた。

それ故に二人が諍い合い、妖術を使う様な事があってはならない。

特にスサノオは先天的にその能力が高かった。

己の感情によって周りの精霊を無意識に操る事が出来る程だ。

幼少期には泣けば嵐が起こり、海は荒れ、そして木々は枯れ果てた。

更には得体の知れぬ魑魅魍魎がその力に反応し、この高天原を跋扈(ばっこ)する様をツクヨミはこの目で見てきたのだ。

しかし、ヤマタノオロチ討伐の主要な作戦に剣と酒を利用し、妖術をクシナダを爪櫛に変えるにとどまらせている辺りをみると、スサノオの妖術は葦原中国では高天原と同じ様には使えぬのかもしれない。

まぁ、本人も妖術よりも剣を使って身体を動かす方が性に合うのだろう。

妖術が使えずともそう気にしている様子はない。

しかし先程ツクヨミの後頭部に対して行った攻撃は、一度目は少々時機が遅れていたが、二度目三度目は見事に合わせてきた。

無意識に妖術を使ったのだろうが、この短い時間で時機を調整出来たという事は、葦原中国へ降りてもスサノオの能力は高天原では有効のようだ。



一方のアマテラスは努力で妖術の能力を上げた。

幼少期にスサノオの能力を目の当たりにした後、妖術の修行を本格化させ、今の能力を得ていた。

スサノオがしでかした被害の甚大さに姉として責任を感じ、弟の暴発を抑止出来るだけの能力を欲したのだろう。

顕在的な能力は五分五分だろうとツクヨミは見ている。

だが、先天的な潜在的能力を持つという点では、スサノオの方が圧倒的だ。

現在のスサノオがこの場に居る状態で本気で怒り、その潜在的な能力を覚醒させてしまう事があれば、高天原などあっという間に壊滅させてしまうだろう。

そしてその怒りの引き金となり得るのは、クシナダしかいない。



また、アマテラスに関してはこの様な事があった。

アマテラスは以前、スサノオが黄泉の国の母に会いに行くと言って挨拶をしに来た時には、兵を集め武装した姿でスサノオを出迎えた。

これはアマテラスが妖術ではスサノオに勝てぬという事を、潜在的に理解している事を示していた。

妖術の争いになれば両者が高天原に居る間は、アマテラスはスサノオに勝てない。

だが、スサノオが葦原中国に居る今はどのような結果になるものか・・・。

葦原中国のスサノオが高天原を壊滅させる事は難しいだろうが、おそらくアマテラスが葦原中国を壊滅させる事は可能だ。

あれもこれも憶測に過ぎない。

しかし、ただひとつ確実に言える事は、この二人が争う事は世の中にとっても良い事はひとつも無いという事だ。

だからこそ今、ツクヨミは二人を抑える事に専念しているのだ。



『ほう・・・、そう言えばそうであったな。どうでも良い事なのですっかり忘れておったわ』

スサノオはアマテラスの嘲笑に対して挑発で返した。

『だが姉上もお忘れにおいでの様だ。私は既に高天原の住人ではない。クシナダの、この地を治める首長の跡継ぎの婿だ。姉上が剣を欲したからとて、己が手に入れた剣をやすやすと渡すとお思いか?』

「スサノオ!」

ツクヨミが声を上げる。

「姉上に対してなんという言い草だ」

アマテラスがツクヨミを手で制する。

「スサノオよ・・・。高天原を追われし者、葦原中国に放逐された神に命じる」

アマテラスは顎を上げ、銅鏡に映るスサノオを見下しながら言った。

「ヤマタノオロチに隠されし妖しき剣を・・・」

スサノオは掌の石を握り締めると、「眼」に映るアマテラスを睨みつけた。

「高天原の最高神アマテラスに献上せよ」


明日も続きます。


(●・ω・)(・ω・◎)(○・ω・○)(◎・ω・)(・ω・●)


musica 「ようやく佳境に差し掛かりましたね。今日でその6です」

スーさん 「まだ続くから気を抜かぬようにね」

m 「あと1~2回かな」

ス 「もうその様に言うのはやめなさい・・・」


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Commented by わさび at 2016-02-07 20:43 x
ええ子や〜!ええ子やなあ、クシナダ姫…涙。
うん、うん。
Commented by garoumusica at 2016-02-08 05:37
> わさびさん コメントありがとうございます。

。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!
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by garoumusica | 2016-02-07 05:23 | 稲田姫物語 | Comments(2)

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