稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 その7。

本日も稲田姫物語の続きです。




「スサノオよ・・・。高天原を追われし者、葦原中国に放逐された神に命じる」

アマテラスは顎を上げ、銅鏡に映るスサノオを見下しながら言った。

「ヤマタノオロチに隠されし妖しき剣を・・・」

スサノオは掌の石を握り締めると、「眼」に映るアマテラスを睨みつけた。

「高天原の最高神アマテラスに献上せよ」

スサノオはその言葉の意味が分からぬといった様子で繰り返した。

『・・・献上・・・?』

「姉上!」

ツクヨミが声を荒げた。

「献上とは如何なる事ですか!スサノオは我らの弟ですぞ!?献上などという言葉を使うとは、まるでスサノオが姉上の家来であるかの様な言い草ではありませんか!」

アマテラスはツクヨミを一瞥もせず、銅鏡に映るスサノオに向かって語り掛ける。

「勿論ただでとは言わぬ。そなたがオロチの剣を献上すると言うのならば、そなたの処罰を撤回し名誉を回復してやろう」

『名誉を回復だと・・・?』

スサノオは拳の中にある二つの石を強く握り締めた。

『姉上はその様なものを私が望むとでもお思いか!?』

アマテラスはその優美な指先を唇にあてがう。

「スサノオ・・・。そなたが葦原中国の蛮地の跡取りの婿だと言うのならば、その蛮地の為にも素直に献上した方が良いと思うがの」

「それはどういう意味ですか!?姉上!」

ツクヨミが鋭い声を上げ、アマテラスを問い詰める。

アマテラスは視線だけをツクヨミに向けて言った。

「高天原から見れば葦原中国は赤子の様なものだ。その赤子の手を捻るのは造作もない事よ」

「姉上っ!それはスサノオに兵を向けるという事か!?」

アマテラスはツクヨミの質問には答えず、銅鏡のスサノオに問う。

「どうする?スサノオ。葦原中国に留まると言うのならば、そなたはクシナダの事を第一に考えて決断せねばならぬぞ?」

「クシナダ姫は関係あるまい!あの姫の事はそっとしておいてやれ!」

クシナダを引き合いに出せばスサノオは怒りを爆発させてしまうやもしれぬ。

ツクヨミは必死でアマテラスを止めようとしていた。

『クシナダの事を・・・?』

スサノオは呟く様にアマテラスの言葉を繰り返した。

「そうだ」

「スサノオ、クシナダ姫の事は気にするな!姉上の戯言だ」

そしてアマテラスは勝ち誇った声でスサノオに命令を下した。

「蛮国に降り立った神スサノオよ。クシナダを想うならば、ヤマタノオロチに隠されし剣を高天原の最高神に献上せよ」



クシナダは血の臭いに気がつくと眉を顰めた。

(血の臭いは姉上達を思い出すから嫌・・・)

クシナダはその臭いの元を突き止めようとスサノオを見ると、微かに腕を震わせ固く握り締める拳から、血が流れ出ている事に気がついた。

その固く握られた拳には、あのふたつの石が握られているはずだ。

クシナダは咄嗟にスサノオの顔を見上げると、スサノオは夕陽を睨みつけていた。

(夕陽・・・?違う・・・)

スサノオの視線を追ってみると、夕陽よりもっと近い位置の虚空を睨みつけている様だった。

再びスサノオの顔を見ると、何か苦痛にでも耐えている様にも見える。

(わたくしの考えの及ばぬ所で、スサノオノミコトの戦いは既に始まっているのかもしれない・・・)

急いで髪の毛を麻紐で縛り美豆良を結い終えると、クシナダは血を滴らせるスサノオの手に己の手を重ねた。

スサノオはその感触に気がつくと、驚いた様な表情でクシナダを見た。

クシナダはスサノオの目を見つめ返しながらその顔に笑みを浮かべると、ゆっくりと一度頷いて見せた。

二人はしばしの間見つめ合うと、スサノオは微かに微笑み、そしてクシナダの手を握った。

クシナダの白く美しき手は、見る間にスサノオの血で紅く染められていく。

そしてスサノオの手によって操られていた血に染まった二つの石は、二人の手の隙間から零れ落ちた・・・。



『アマテラスオオミカミよ』

スサノオは高天原のアマテラスに話し掛けた。

「・・・」

アマテラスは無言でスサノオを見下ろす。

『この葦原中国に立ち上がりし神スサノオは、ヤマタノオロチに隠されし剣を・・・』

スサノオは己の腕に身を寄せるクシナダを一瞥すると、再び視線を戻し言った。

『喜んで献上させていただこう』

「スサノオ!」

ツクヨミが叫んだ。

『兄上・・・』

スサノオはツクヨミに向かって微笑み掛けた。

アマテラスは「そうか」と一言だけ言うと片側の口の端を上げた。

『はい。我ら夫婦の意思にございます』

スサノオは確固たる口調で言った。

「スサノオ!この様な姉上の戯れ言に付き合う事はいらぬ!撤回せよ!」

スサノオはツクヨミを見つめた。

『兄上・・・、兄上が教えてくださったのです』

「何をだ?この様な侮辱に耐えろとは私は一言も言ってはおらぬぞ」

険しい形相のツクヨミに対し、スサノオは晴れやかな笑みを浮かべて言った。

『兄上、夫婦というものはどちらか一方の評価でもう一方の評価も決まるのであろう?』

ツクヨミは先程戯れに乗じて言った己の言葉を思い出した。

『私が葦原中つ国に追放された神という評価のままでは、クシナダが誹謗されるやもしれぬ』

「スサノオ・・・、お前はクシナダ姫の為に侮辱に耐えると言うのか・・・?」

スサノオはクシナダの温もりを感じながら言った。

『兄上、侮辱ではございません。私は機会を与えられたのです』

「機会だと?」

『はい・・・』

アマテラスは頬杖を突きながら二人の会話を聞いていた。



『思えば姉上には様々な機会を与えられてきました・・・。泣き喚き大地を荒らしては機会を与えられ、狼藉を働いては機会を与えられ、そして高天原を追われては機会を与えられ・・・。姉上はいつも私に生まれ変わる機会を与えてくれていました』

スサノオは目を瞑り回想をしながら続けた。

『そして高天原に居た頃の私は、機会を与えられている事にさえ気がつく事が出来ませんでした』

ツクヨミは黙り込みスサノオの言葉を聞いていた。

『この葦原中国を彷徨う間、私は様々な事を考えました。高天原への恨み、己の過去の狼藉、そして後悔・・・』

スサノオはしばし間を空けた。

『そうして巡り逢った唯一の人・・・。この清らかなる姫と巡り逢い、私はようやく感謝というものを学びました』

スサノオは己の腕にもたれかかり夕陽を見つめるクシナダを一瞥すると、小さく微笑んだ。

そしてクシナダの視線と同じ方向にある「眼」からアマテラスの目を見つめた。

『姉上が私達二人を結びつけてくださいました。私達夫婦は姉上に対し感謝の念しかございません。その姉上がご所望であるならば、剣でも私の命でも、なんでも献上させていただきましょう』

そして一言付け加えた。

『クシナダ以外であれば・・・』

「スサノオ・・・」

ツクヨミは流れる涙をそのままにし、銅鏡に映るスサノオを見つめ続けていた。


明日も続きます。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


musica 「やっぱりまだちょっと、短気な所があるスサノオさんですね」

つっくん 「生まれ持った性質はなかなか改善しづらいものだよ。でもこのスサノオは短気を起こす度に気がつき修正をしている。気がつけば修正、気がつけば修正。これを繰り返していけば生まれ持った性質も改善していくものだ」

m 「根気がいりますね」

つ 「それもまた人生の醍醐味というもの」


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by garoumusica | 2016-02-08 05:02 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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