稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 その8。

本日も稲田姫物語の続きです。




高天原のアマテラスの私室はいまや、ツクヨミの啜り泣く声だけが響いていた。

アマテラスはその泣き声を聴きながら銅鏡を見ていた。

この私室にある数々の銅鏡の中で最も大きな銅鏡には、スサノオとクシナダの姿が映しだされていた。

二人は血に染まった手を握り、身を寄せてこちらを見ている。

アマテラスの「眼」は妖術の使えるスサノオにしか見えぬはずだが、クシナダもこちら側をじっと見つめていた。

おそらくスサノオの視線を追い、同じ場所を見ているつもりなのだろう。

そしてその視線は見事に的中していた。

(大したおなごよ・・・)

アマテラスは眼を細めてクシナダを見た。

(あのスサノオをこの短期間のうちに、ここまで改心させるとはな・・・)

(もしもこのおなごが生まれた時から跡継ぎとして然るべき事を学んでいれば、今や首長として立派に国を牽引して行けただろう)

アマテラスはここまで考えたところで、ふと気がついた。

(いや、違うな・・・)

アマテラスは銅鏡からその後ろに備わる窓の外の景色へと視線を移した。

(あの境遇故の、この性格か・・・。この世とはなんと因果なものか・・・)

そしてアマテラスはスサノオとクシナダの映る銅鏡の横にある、やや小ぶりの銅鏡に目をやると、

『もう充分であろう』

と、心の中で語り掛けた。



アマテラスはスサノオに問うた。

「スサノオよ、お前は改心した様な事を言っておるが、お前自身もそう思うか?」

スサノオは一瞬考える素振りを見せ、それから答えた。

『それは分かりません』

「スサノオ!」

ツクヨミが思わず名を呼んだ。

今はアマテラスに己の改心ぶりを見せる方が得策であるというのに・・・。

そんな兄の心を意に介さずにスサノオは続けた。

『今の私は、この横に居るおなごに遅れを取らぬ様、必死で追いかけているところでございます』

スサノオは苦笑いをする。

『先程も癇癪を起こしそうになったところを、このクシナダによって止められました』

(ほう・・・、謙虚さも身に付けたか・・・)

アマテラスは手で口元を隠し、小さく笑った。

「ではお前はクシナダが側に居なければ、以前の己のままだと言うのか?」

『いや、それも違う気がします・・・』

スサノオは首をかしげると少々考え込んだ。

『・・・私は既にクシナダの影響を受けております。だから以前の私とも違う様に思います』

「ではある程度は改心したと言えるか?」

『改心と言えるかどうかは分かりませんが、少なくとも感謝を覚えました』

そしてスサノオは居住まいを正すとアマテラスに言った。

『姉上、今迄私の為に心を砕いてくださった事、心よりお礼申し上げます』

「そうか・・・」

『はい』

二人の会話をツクヨミは見守っていた。

アマテラスとスサノオは、しばしの間見つめ合った。

そしてアマテラスは小さく笑うと、スサノオの映る銅鏡の横に並べられた小ぶりの銅鏡に向かって話し掛けた。

「もう充分であろう」

「え・・・?」

ツクヨミはアマテラスを見た。

スサノオは「眼」に映るアマテラスが己とは少し違う方向に視線をやり、誰かに話し掛けている様子を怪訝そうに見ていた。

「そう思わぬか?オモイカネよ」

『オモイカネ・・・?』

(やはりこの男か)

ツクヨミは口元を団扇で隠すと、スサノオの映る銅鏡の横の鏡に白髪の老人が映し出されていく様を見ていた。



このオモイカネをツクヨミとスサノオは快く思っていなかった。

この男は普段老人の様な形(なり)をしているが、本来の姿はもう少し若い様だった。

オモイカネは好んで老人の格好をしているが、その理由は年若な姿よりも老人の見かけをしていた方が、人々が警戒心を解きやすいからだと言っていたのを聞いた事があった。

二人はその話を耳にしてからというもの、この男にどこか信用出来ぬものを感じていた。

またアマテラスがこのオモイカネを重用している事も気に食わなかった。

「ご機嫌麗しゅうございますか?ツクヨミノミコト」

銅鏡に映るオモイカネはツクヨミに恭しく挨拶をした。

ツクヨミは団扇で口元を隠したまま返した。

「これはこれはオモイカネ、お久し振り。まさか貴方がいらっしゃるとは夢にも思いませんでしたよ」

オモイカネは恭しい態度を崩さずに言う。

「左様にございますか。ツクヨミノミコトは私が突然現れても少しも慌てる様子が見受けられませんでしたので、私の事は既に気がついておられたのだと思っておりました」

(相変わらず嗅覚の鋭い奴だ・・・)

「いやいや、何を言われますか。驚きのあまり声が出ないとはまさにこの事でしたぞ」

それからアマテラスに向かい問う。

「姉上もお人が悪い。弟である私まで謀るとは・・・」

「すまない、中立的な立場の者も必要だったのでな」

ツクヨミは続けた。

「今オモイカネが現れたという事から察するに、姉上はオモイカネと共にスサノオを改心させる策を実行されていたのですね?」

「まぁ平たく言えばそうだ。スサノオよ、拗ねずに聞いてくれよ」

『心配なさらずに、姉上。クシナダがおります故』

そう答えるその声は硬い。

「ふん、勝手に言ってろ。・・・オモイカネ」

「はい」

「そなたから説明せよ」

「はい」



オモイカネの説明はこうだった。

アマテラスとスサノオが誓約をしスサノオの潔白が証明された後、スサノオの狼藉が酷くなった事に思い悩んだアマテラスが、スサノオを改心させ神として人心を集める良い策がないかとオモイカネに相談を持ちかけた事が、すべての始まりだった。

しかしオモイカネは世論を顧みると、ただ単にスサノオを改心させただけでは、誰一人として納得せぬだろうと判断した。

故に一度厳格な処罰を下し追放させ皆の溜飲を下げた後、スサノオが高天原の困窮を救う様な手柄を立て、更になんらかの貢ぎ物をし、その上アマテラスに順従を誓うというような事がなければならないだろう。

スサノオの手柄は穀物や蚕の幼虫を独占し、高天原に脅しをかけてきたオオゲツヒメの暗殺と穀物の種子の確保、そして貢ぎ物は噂に聞くヤマタノオロチの剣が適当であろうという事となった。

しかし肝心のスサノオは狼藉を働くものの、追放に値する様な決定的な狼藉は働いていなかった。

ヤマタノオロチが葦原中国にやってくる日時が刻一刻と迫っている。

ならば追放を決定づける事柄を起こしてしまおうという事で、アマテラスの岩戸隠れを実行した。

計画通りに太陽の無くなったこの世は混乱し、高天原の神々はおおいに怒り、スサノオ追放を口にした。

それからスサノオを監視する為に拷問と称して手足の爪を剥ぎ髭を抜き、妖術の道具として利用する事とした。

「後は皆様のご記憶の通りにございます」



(やはりそうであったか・・・。見事にしてやられたな・・・)

ツクヨミは己の読みの甘さに苛立ちを覚えた。

(スサノオは怒ってはおらぬか・・・)

ツクヨミは銅鏡のスサノオを盗み見た。

スサノオは口をへの字に曲げている。

(あー、これは不機嫌だな・・・)

それは無理もない事だった。

まんまと嵌められた当人なのだから。

ツクヨミはオモイカネに問うた。

「オモイカネに一つ聞く」

「はい、何なりと」

「今回のスサノオの働きと改心で、スサノオの処罰撤回と名誉回復を皆に納得させる事が出来るだろうか?」

スサノオとツクヨミはオモイカネの言葉を待った。

しかしオモイカネが口を開く前にアマテラスが言った。

「スサノオの処罰は撤回する事とする。異論は許さぬ」

異論は許さない・・・。

高天原の最高神のこの言葉は絶対であった。

オモイカネは溜息を吐いた。

「・・・だそうでございます」



「姉上!」

ツクヨミがアマテラスに抱きついた。

「鬱陶しい、離せ」

アマテラスはツクヨミから顔を背けながらスサノオに問うた。

「スサノオよ、その為には皆の前で私に剣を献上し私に服従する芝居を打たねばならぬが、それでも良いか?」

スサノオは微笑みながら言った。

『芝居ではなく本心で献上いたしましょう』

アマテラスとスサノオは鏡を通して見つめあった。

そしてアマテラスは微笑みながら言った。

「スサノオよ、お前は高天原へ戻る気はないか?」

『姉上、私は・・・』

この葦原中国の神としてクシナダと共にこの地で生きる。

そう言おうとして、スサノオの言葉はアマテラスの言葉でかき消された。

「お前はこれから太陽神として生きよ」


明日も続きます。


(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


musica 「久し振りにあの言葉をお願いします」

スーさん 「それでは本日も良い一日を志して過ごしなさい」



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by garoumusica | 2016-02-09 05:12 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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