稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 その10。

本日も稲田姫物語の続きです。




「スサノオ・・・、兄上。兄上の本来あるべき姿、それは太陽神だ」

(スサノオが太陽神・・・)

ツクヨミはアマテラスの思い掛けない言葉に、息をつく事すら忘れていた。

アマテラスの説明は一々納得のいくものだった。

が、頭では理解が出来ていても心がそれに追いつかない。

ツクヨミにとってスサノオは悪友であり、手の掛かる可愛い弟だった。

それが兄だったとは・・・。

しかも自分が支えるべき相手。

それが嫌だという訳ではない。

太陽神の地位が羨ましいなどという事もない。

ツクヨミは己の器をよく分かっているつもりだ。

己には太陽神として立つ器は無い。

アマテラスの日々の職務を間近で見てきて、つくづく己は月神で良かったと思ったものだ。

しかし、その太陽神としての役目をスサノオが果たす。

それは以前の無法者のスサノオでは考えられない話だった。

器の無い者が権力を持つとその先に待つのは破滅のみ。

それは世の理だ。

だが、己を制御し感謝を覚えた今のスサノオではどうだろうか?

その凄まじき妖力、その凄まじき影響力、その凄まじき牽引力。

まさしく高天原を統べるに値する者ではないか・・・。

ツクヨミは今までとは全く異なる目線で、銅鏡に映るスサノオを見ていた。



アマテラスは言葉を続ける。

「兄上、スサノオという名はもはやその役目を終えた。兄上は本来の名を名乗るべきだ」

『本来の・・・』

「そうだ。私は父上から兄上の本来の名を預かっている。時が来ればその名を兄上に伝える様にと・・・」

『・・・』

「私はその時が来たと思っている」

「お待ちくださいませ」

オモイカネが突然声を掛けた。

「オモイカネよ、今姉上が話しておられるのだ。分をわきまえよ」

ツクヨミが冷たく言い放つ。

「そなたは先程から何だ?姉上の話に口を挟む様な真似をしおって」

「いいえ、私はその様なつもりは・・・」

「私にはそなたが先程から兄上が太陽神になる事を阻止しようとしている様にしか見えぬ。それとも何か?兄上が太陽神になるとそなたに不都合でもあるのか?」

オモイカネは頭を下げて言った。

「滅相もございません。ただ真の名には妖力があります。その名を知ればスサノオノミコトには太陽神としての役割が、アマテラスオオミカミより自動的に遷移する事になりましょう」

ツクヨミは言葉を詰まらせた。

オモイカネの言う通りだった。

アマテラスがスサノオの代わりとして太陽神を務められているのも、アマテラスという名の持つ妖力によるものだった。

アマテラスが太陽神としての役目を終える時、アマテラスという名は失われ真の名が与えられる。

その名が何と言うのかアマテラスは知らない。

真の名を知ってしまえば太陽神としての力が失われるからだ。

名というものにはそれ程までに持つ者に力を与えるのだ。

その説明に、この場でオモイカネの思惑を露顕させようとしたツクヨミの策は、失敗に終わった。



オモイカネはアマテラスに提案する。

「まずはスサノオノミコトに、太陽神としての役割を果たすお気持ちがあるのかどうか確認されてから、真の名をお伝えしては如何でしょう?何より大切なのはスサノオノミコトのお気持ちに御座いますれば」

「うむ・・・」

確かにその通りだ。

肝心の本人の気持ちを無視して事を運んでも仕方がない。

アマテラスはスサノオにその意思を確かめる事とした。

「兄上、兄上は如何される」

『え・・・?』

スサノオは動揺を隠せないといった様子で答えた。

「高天原へ戻り太陽神としてこの地を統べられるか?」

高天原に居る者達は固唾を飲んでスサノオを見守った。



しかし、スサノオの出した答えは皆にとっては意外なものであった。

『あー・・・、私はクシナダに約束をしたのだ。春になれば山々に咲き誇るという薄紅の花を共に見ようと』

「は!?」

一同はスサノオが何を言っているのか理解が出来なかった。

薄紅の花!?

薄紅の花が何だというのだ・・・。

スサノオは皆の思いには気付かずに、満面の笑みを浮かべながら言った。

『クシナダはヤマタノオロチ故に、この葦原中国を自由に見て廻った事がないのだ。私はクシナダにこの地を見せてやりたい。だからこの地を離れる訳にはいかぬ』

気を取り直したツクヨミはスサノオに問うた。

「太陽神としての役目はどうするのだ」

『それなのだが・・・、クシナダに泳ぎを教えてやると言ったのだ、私は』

「は!?」

クシナダに泳ぎを教える事と太陽神になる事に、一体何の関係があるというのだ・・・。

スサノオは眉間を寄せ、難しい顔をしながら生真面目に言った。

『クシナダにとっては初めての海だ。何が起こるか分からぬ。だから万が一の事態に備えて、私は海神のままでいた方が都合が良いと思う』

高天原の者達は開いた口が塞がらなかった。

この男はおなごに泳ぎを教える為だけに、太陽神という高天原最高位を蹴ると言うのか・・・。

スサノオは己の腕に寄り添うクシナダに、優しい眼差しを向けながら言った。

『それに私はクシナダの美しき髪の一筋に誓ったのです。この身が朽ち果てようとも永遠に貴女を護り抜くと』

その優しげな表情は、アマテラスとツクヨミが初めて見るスサノオの表情だった。

なんと幸せそうな顔だろうか・・・。

その表情を見た二人は無条件にスサノオの心を汲み取ろうと決めた。

スサノオが初めて手にした幸せを優先する、それはアマテラスの高天原の最高神としての立場からすれば許される事ではない。

だが、二人はスサノオの幸せを優先する事に決めた。

それは姉弟の絆故だった。



しかし、この場にはそれを理解出来ない男がいた。

オモイカネだ。

オモイカネはこの男は阿呆なのではないかと思った。

誰もが欲する高天原の最高神としての地位。

それをたった一人のおなごの為にいとも簡単に蹴ってしまうと言うのか・・・。

しかし、それは同時に最高神としての器を見せ付けられる事にもなった。

権力に執着せぬ姿勢、それは真の権力者に最も必要な姿勢だった。

その執着故に国を危機に陥らせる者、足を掬われる者は枚挙にいとまがない。

アマテラスでさえ太陽神という地位に対する執着を見せた事があった。

それはスサノオが黄泉の国に行くと言って、アマテラスの元へと訪れた時の事だった。

あの時アマテラスはスサノオが高天原に攻撃を仕掛けてきたと勘違いし、武装して待ち構えた。

人々はその姿を高天原を守る為に男装をしてまで立ち向かったと思っていたが、オモイカネにはそうは見えなかった。

アマテラスがスサノオの何かに怯えている様にしか見えなかった。

それと同時にアマテラスの権力者としての器の無さと、スサノオの能力がアマテラスよりも上回るという事実が透けて見えた。

その後、スサノオの狼藉に疲弊したアマテラスが己に相談を持ちかけ、すべてを打ち明けて来た時には好機の到来を感じた。

心の中に隙のあるアマテラスが高天原に君臨し続ける方が、己は権力に近づく事が出来る。

それがオモイカネの判断だった。

そしてオモイカネはスサノオを高天原から追放し二度と戻らぬ様に計画を立てたのだが、ここに来てアマテラスが太陽神への執着を無くしてしまった・・・。



アマテラスはスサノオに問う。

「兄上、名はどうするのだ?そのままで良いのか?」

『まだまだ己にはスサノオという名の戒めが必要にございます』

「・・・そうか・・・」

『それにクシナダ姫がこの名を呼ぶ時、スとサの並びが少々言い難いようでわずかに言い淀むのですが、それがまた愛らしくて・・・』

「あー・・・、そうか・・・」

オモイカネはやはりこの男は阿呆だと確信をした。

しかし愛すべき阿呆ではあるが・・・。

「それでは兄上は今まで通りで良いと申すか?」

『はい。私は姉上と兄上の弟にございますれば』

「そうか・・・、お前がそれで良いと言うのならば我々は何も言うまい」

姉と弟達は、しばしの間見つめ合った。



『では姉上、クシナダを待たせておりますのでこの辺りで・・・』

「そうか、明日は頑張れよ。まぁお前の腕ならばなんて事のない相手だ。気張らずに行けば良い」

アマテラスは微笑みながら言った。

『はい。・・・それから姉上』

「なんだ?」

『残りの爪と髭は処理させていただきました』

「なにっ!?」

アマテラスはそのスサノオの言葉を聞くや否や素早く立ち上がると、銅鏡の並べてある調度品に備え付けてある引き棚を開け、美しく玉で彩られた宝石箱を取り出すと中身を確認した。

しかし、そこには本来あるべきスサノオの剥ぎ取られた爪ではなく、黒く焼け焦げた塊があるだけだった。

「・・・」

「あー・・・、これでは使い物になりませんなぁ」

ツクヨミがアマテラスの肩越しにその焦げた塊を見て言った。

そしてその妖術を扱うスサノオの技術の高さに舌を巻いた。

この部屋はアマテラスの私室だ。

アマテラスはこの部屋には何重にも結界を張っている筈だ。

何かが侵入しようとしたり、また、気がいつもと違う動きをする様であれば、アマテラスは己の肌に触れられたかの如く気がつく事が出来る。

だが、アマテラスは気がつかなかった。

スサノオの使役する者が侵入したのか、それとも気を動かしたのか、それすらも分からない。

いずれにせよツクヨミはその技術の高さに、ただただ驚くばかりだった。



アマテラスは更に何かに気がついた様を見せると、今度は別の引き出しを開いた。

そしてそこにあったのは、やはり黒く焼け焦げた何かだった。

「姉上は髭までご丁寧に保存しておられたのですか・・・」

ツクヨミが呆れながら言った。

アマテラスはしょんぼりと肩を落とし、その焼け焦げた爪と髭を見ていた。

スサノオはその様子を見るとニヤリと笑い、そして言った。

『眼の素が姉上の手元にあるままでは、心置きなくクシナダをこの腕に抱けぬものでな』

その言葉を聞き、アマテラスは鼻で笑った。

「・・・フン、小癪な。クシナダを何度も襲おうとしながらも勇気が出ず、結局は髪に唇を寄せる事が精一杯だった男が、偉そうな口を聞くでない」

スサノオは激しく動揺した。

『なっ、何故姉上がそれを・・・」

アマテラスは唇の片側を上げ、銅鏡に映るスサノオの下の部分を覗き込むような動きをしながら、追い討ちをかける様に言った。

「あの様子でお前のイチモツはいざという時に役に立つのか?その粗末なイチモツを猛々しくさせる為の薬湯でも送ってやろうか?ん?」

その瞬間、銅鏡が何も映さなくなると同時に、銅鏡の裏側に貼り付けてあったスサノオの爪が炭化し、ぽとりと落ちた。

それを見たアマテラスはポツリと呟いた。

「・・・最後のひとつだったのだが・・・」

スサノオの身体の一部が無ければ、葦原中国に降りたスサノオの様子を銅鏡で見る事は出来ない。

「まぁ・・・、あの発言に対して妥当な結果ですな・・・」

ツクヨミはがっくりと肩を落としたアマテラスの肩に手をかけた。


明日も続きます。


◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎


musica 「高天原編、まさかの本編越え・・・。今日で10話ですって」

つっくん 「君は最初1~2話で終わると言っていたからねw」

m 「びっくりです。ちょっとづつ小出しで渡されたから」

つ 「君の私に対する親和性と許容量の問題があるからね」

m 「そういうものですか」



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by garoumusica | 2016-02-11 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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