古代氏族物部氏 長髄彦と神武東遷編 その3 長髄彦の秘密。

はい、本日も長髄彦さんと神武東遷の巻の続きです。




今日もこの図から行きます。

とりあえず今はざっくりとした説明だけですが・・・。

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⑦熊野村(くまのむら)

・ここに上陸するまでに暴風雨に遭った為、陸でも海でも進軍が阻まれる事を憤慨したお兄ちゃんの稲飯(いない)さんと三毛入野(みけいりの)さんが入水(人身御供)しました。

・磐余彦さんは息子の手研耳(たぎしみみ)さんと共に、熊野の荒坂津=丹敷(にしき)の浦に進み(て言っても⑦のすぐ近く)、丹敷戸畔(にしきとべ)を殺します。

・その後、熊の形を借りた土地神の毒気を受け、磐余彦さん達は倒れます。

・その窮地を救ったのが熊野の高倉下(たかくらじ)さんです。

・高倉下さんは高天原より霊剣・布都御魂を賜り、布都御魂を磐余彦さんの元へ持参したところ、毒気を浴びた磐余彦一行は目を覚ます事が出来ました。

(ちなみにちょっと前に布都御魂に関して記事にしていました。→古代氏族物部氏 石上神宮 布都御魂大神編。古代氏族物部氏 石上神宮 布都御魂大神編 つづき。

・天照大神より八咫烏を賜り、八咫烏の案内により熊野から吉野河に至ります。

⑧吉野河

・国津神の贄持之子(にえもつのこ)さん、井氷鹿(いひか)さん、石押分之子(いわおしわくのこ)さんに出会います。

・彼らは味方です。

・更に八咫烏に案内をしてもらいます。

⑨宇陀(うだ)

・兄宇迦斯(えうかし)・弟宇迦斯(おとうかし)の兄弟に会います。

・この二人に八咫烏を遣い、磐余彦さんに仕えるかどうか確認すると、兄宇迦斯さんは八咫烏を追い返し弟宇迦斯さんに磐余彦さんを迎撃すると言い、謀略を巡らします。

・一方の弟宇迦斯さんは磐余彦さんに恭順、兄宇迦斯さんの謀略を曝露し、磐余彦さんと共に兄を殺します。

⓪忍坂(おさか・おしさか)

・敵がいっぱいいて困った磐余彦さん、占いをしたりします、おっとめ~。(この辺ちょっと⑨と⓪が混じってそうですが、気が向いたら後日細かく見ていきます)

・土雲(つちぐも)の八十建(やそたける)さんが室屋(むろやー洞穴)に集結し待ち構えていました。

・磐余彦さんは八十建さんに御馳走を振る舞い、油断させたところで惨殺します。

・で、ここで再び長髄彦さんと戦います。

・更に大和国磯城の豪族・磯城兄弟に遭遇→戦います。

・再び八咫烏を送りますが、兄磯城(えしき)さんは拒絶し惨殺、弟磯城さんは恭順します。

・その後、饒速日さんがやって来て長髄彦さんを殺し、磐余彦さんに国譲りをします。

ラスト!白梼原(かしはら)

・ここで即位です。



はい!やっと長髄彦さんに入ります!

長髄彦さん、古事記にも日本書紀にもたいした説明はありません。

古事記には登美の那賀須泥毘古とあり、日本書記に至ってはほとんどスルーです。

で、先日購入させられた三輪氏の本を読んでみたところ、この様な説明がありました。

江戸時代から明治時代にかけて活躍した鈴木真年さんの『史略名称訓義』という本には、この様に書かれているそうです。


「大和国城上郡登美の人、長髄も同所の邑(むら)名、飛鳥事代主の子」


・・・(´・_・`)。

ハイ?(・・?)

事代主の子!?Σ(・□・;)

・・・( ゚д゚)

だって事代主さんって大国主さんの息子さんでしょ???

国譲りの時に大国主さんが息子の意見を聞いてくれって言って、最初に指定した人が事代主さんですよね???

その事代主さんのお子さんが、長髄彦さんなんですか???

磐余彦さんの宿敵の長髄彦さん!?



もうひとつ記述がありました。

丹後宮津藩主本荘氏の『本荘家譜』っていう系図にある、長髄彦さんの妹の三炊屋媛(みかしぎやひめ)と饒速日命の間に出来た、宇摩志麻遅(うましまじ)さんの注にこうあるのだそうです。

母飛鳥大神の女(むすめ)、登美夜毘売」

この飛鳥大神っていうのは事代主さんの事らしいです。

ネットで調べてみたらあんまり出てこないですし、朝鮮系の王子にもこの名前を使っているそうなので、いまいち出典が掴めないですが・・・。



あー・・・、つまりアレですか?

三輪山の神様=大物主=大国主の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)

大国主の子供=大物主の子供=事代主

事代主の子供=長髄彦・三炊屋媛

大物主の子供の子供だったら三輪山の麓を治めていてもおかしくないよねって事ですか?

て言うか天津神・饒速日さん、国津神・大国主の孫と結婚してたんですか!?

そして婿入り?

えー、これってもしかしてスサノオさんと同じパターン?

ファー――!!!


明日はお絵かき曜日ですが、いい所なんで多分続きを書きます。


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musica 「ねぇスーさん。昨日の神武東遷のところで『戸畔というのはヤマト王権以前に使われていた称号の一つで、4世紀以前の女性首長の名称に使われた』って書いたのですが」

スーさん 「うむ」

m 「こういう言葉があるって事は古代は女性首長が結構居たって事ですよね?」

ス 「そうだね。この部分だけでも二人出て来たし、今回省略した部分にも勇猛果敢な女性の記述があったね」

m 「はい。面倒だったから略しちゃったwで、話は変わりますが、稲田姫物語の時にスーさんやアマテラねぇちゃんが、稲ちゃんの事を『次期首長』扱いしていたのがすごく不思議だったんです」

ス 「フフフ」

m 「なので、今回畿内における神武東遷を調べて、ようやく納得出来ました」

ス 「だから君にずっと神武東遷を調べろと言ってたのだ。君が私の言う事を聞かないから(以下略)」


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by garoumusica | 2016-02-25 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

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