古代(略)その8 大国主命と所造天下大神の大穴持命。

はい、本日も頑張ろう〜。

いつもの続きです。←適当になって来た。




時は和銅六年(713年)五月二日、次のような官命が出されました。


一、畿内七道諸国の郡・郷名に好い字をつける。

二、(一)郡内の所産の銀・銅・彩色・草木禽獣魚虫等の種類、(二)土地の肥沃、(三)山川原野の名の由来、(四)古老の伝える旧聞異事等を史籍に記して報告する。


一の好い字をつけるって、漢字を当て字してねって事でしょうね。

なんか面白いです。

畿内七道っていうのは、以前出雲国造の勉強した時に出てきたやつです。

f0351853_03374168.jpg

懐かしいですね・・・。


で、出雲国の郡はこんな感じでした。

f0351853_01345030.jpg

『出雲国風土記』には、天平五年(733)当時に出雲国を構成していた九郡が、

・意宇(おう)
・島根(しまね)
・秋鹿(あきか)
・楯縫(たてぬい)
・出雲(いずも)
・神門(かんど)
・飯石(いいし)
・仁多(にた)
・大原(おおはら)

の順で載っています。

なんでわざわざ順番を書いたかというと、一番初めの意宇郡の部分に「国譲り」のエピソードが出てくるからです。

まず意宇郡の総記があり、次に意宇郡にある郷(=さと)の場所とその名の由来について説明があります。

で、その意宇郡の郷の解説の初っ端に来るのが、母理郷(もりごう)。


『郡家の東南三十九里百九十歩の所にある。

所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)の大穴持命(おおなむちのみこと)が、高志(こし)の八口(やぐち)を平定なさってお帰りになる時、長江山においでになっておっしゃられたことには、

「わたしが国作りをして治めている国は、皇御孫命(すめみまのみこと)が平和に世をお治めになるようお任せ申し上げる、ただ八雲立つ出雲国は、わたしが鎮座する国として、青く木の茂った山を垣の如く取り廻らし、玉の如く愛でに愛で正して守りましょう。」

とおっしゃられた。

だから文理という。神亀三年(726)に字を母理に改めた。』


ここがまず『古事記・日本書紀』とは違うところです。

『古事記・日本書紀』では記載の無かった、出雲国は自分が守るという言葉が載っています。

更には大国主さんの名前まで違う。



坂本さんの本によりますと、

『古事記』では、

大国主という名が16回
大穴牟遲(おほなむぢ)が9回
葦原色許男(あしはらしこを)が3回
八千矛(やちほこ)が2回

『日本書紀』では、

大己貴神、または大己貴命が21回
「一書にいう」という形で
大国主が2回
その他の呼び方が1回ずつ

なのだそうです。



が、『出雲国風土記』では大国主という名が一度も出てきません。

出てくるのは、
所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)が20回
所造天下大神の大穴持命(おおなむちのみこと)が8回
その他として
大穴持命が1回
大神命が1回
大神大穴持命が1回

だそうです。

ちなみに所造天下大神は、国土を造った偉大な神、という意味だそうです。

なのですが、『出雲国風土記』では出雲国内の話に終始し、よその国の話は上記の国譲りに出てくる高志(=越)くらいです。

ちなみに越はどこだったかというと、

f0351853_03194309.jpg

濃いオレンジ丸のところです。

更に頑張ってこういうのも作ってみました(`・ω・´)

f0351853_02154770.jpg

手元の資料には8世紀の行政区分からしか載っていなかったので、8世紀です。

越はこの図では越前となっています。

越前の右横には越中・越後と続いていきます。



で、話が逸れましたが、以上の結果から大国主という名は地元出雲では使われていなかったと推測されます。

『日本書紀』においても「一書にいう」に2回出てくるのみなので、大国主という呼び方は『古事記』を編纂した者が作った名の可能性が高い、と推測されました、坂本さんが



更に坂本さんは面白い推測をされています。

『古事記』の各章を細分化し、①大国主と②大穴牟遲、③葦原色許男、④八千矛の登場回数を数えられています。

上巻-3 天照大神と須佐之男命の場面では、
①が11回、②が1回、③が1回、④が1回

上巻-4 大国主命の場面では
①が9回、②が8回、③が2回、④が1回

上巻-5 葦原中国の平定の場面では、
①が6回、②〜④が0回

上巻-6 邇邇藝命(ににぎのみこと)の場面では、
各0回

となっています。

以上の事から坂本さんが推測されたものは、

上巻-4 「大国主命」では様々な名前が登場し舞台も出雲・因幡・伯耆・越に及んでいる事から、『古事記』のこの部分は、これらの地の実際の伝承を取り入れた可能性が高い。

上巻-3「天照大神と須佐之男命」・5「葦原中国の平定」においては、ほぼ大国主しか使われていない事から創作された可能性が高い。

『日本書紀』においては、大己貴に統一するという方針が貫かれた可能性が高い、との事です。


明日も続きます。


☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆


それでは本日も良い一日を~。

musica 「坂本さんの本、今回は普通に面白く読めました」

スーさん 「この氏族シリーズで勉強したおかげだね」

m 「はい。て言うか、まず出雲の勉強をさせておいて、それから七支刀に似た木を見せて物部氏の勉強をさせ、その過程でまた出雲に戻るって、すっごい手の平コロコロですね!」

ス 「これが守護の導きw」


[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by garoumusica | 2016-03-02 05:04 | 古代氏族 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica