古代(略) 23 本日は出雲とか大物主≠大国主とかのまとめの巻。

本日はどういう内容を書くのかなぁと思っていたら「纏めろ」との事なので、まぁとりあえず纏めていこうと思います。




今まで調べてきた結果私が思うのは、

・出雲の国譲り神話は畿内が舞台

・大物主≠大国主≠出雲国風土記のオオナムジ

だという事です。



出雲の地に何らかの王権の様なものはあったけれども畿内に君臨する事は無く、勢力範囲は広くても四隅突出型墳墓の分布地域が限界。→古代(略)その10 四隅突出型墳丘墓と遠賀川式土器。

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とは言うものの、ネットで公開されている「国際シンポジウム『古代東アジアにおける都市の成立』」の報告資料( 日本における都市の初現-纏向遺跡の調査から)を拝見すると、纏向遺跡では様々な地域の土器が発掘されているそうなのです。

その約半数が東海産、17%が山陰・北陸産、10%が河内産、7%が吉備産だとか。

出雲は山陰ですので、北陸地方と合わせた数ですが17%もある訳ですから、出雲の人々が畿内に進出していた事は確かです。

なので出雲出身者が集った出雲邑があってもおかしくはないと思いますが、邪馬台国の中心地だったと思われる磯城・十市に、少数の他国の人達が占拠していたっていうのは、なんだか無さそうな気がします。

そして磯城・十市の地が本当に出雲と呼ばれていたのだとしたら、現在出雲と呼ばれている場所が古代においても出雲と呼ばれていたのかは疑問です。

出雲の国譲り神話をでっち上げた時に前ヤマト王権を消し去る為に、大陸との交易で独自の発展を遂げていた現出雲の国を「出雲」と名付けた気がします。←自信が無い。

ですがそうすると、出雲国風土記に出て来ない事代主(『記紀』では弟磯城)と建御名方(兄磯城)もスッキリする気がするのです。

特に建御名方の諏訪への逃亡も、畿内からだったら距離的にも納得出来るのです。



で、三輪山に祀られている大物主=蛇とは何なのか・・・。

私は去年の日向旅の時におーくにさんから白蛇を渡されて大神神社へ招待されたので、やっぱりそこが気になります。

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すむちゃんです。


大物主さん自体は神武東遷の時に殺されて大神神社に祀られた(封印された?)のだと思うのです。

大物主さんだけでなく、事代主さんとか、その他の子も。

そして神武の宮を護る様に配置された。→古代(略)長髄彦と神武東遷編 その5 出雲国造神賀詞。

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じゃあ大物主=蛇は?というと、元々ミムロ山にそういう信仰があった為だと思われます。→スーさんに問う!「習合」ってなんですか?

それに殺された大物主さんを祀ったものと習合した結果、大物主=蛇となったのだと思うのです。

これは民衆が勝手に習合したのか、『記紀』を作った時に意図的に習合したのかは分かりません。

ただ、それだけ蛇信仰がこの地に根付いていたという事だけは分かります。



で、この蛇の正体は龍型シリウス人らしいです。

身体の無い宇宙人らしいですよ。

スピ系ブログらしい展開になりましたが、私はこういうのはさっぱりなんでこれ以上は突っ込みませんが。

古代の縄文人は龍という概念が無かった為に、龍型シリウス人を蛇として認識したみたいです。

ほんと、こういうのさっぱりなんで分からないんですけど、おっさんが書けって言うから・・・。



まぁ、こういう感じで纏めてみました。

あ!出雲国造神賀詞について触れるの忘れてるって!

あー・・・、もう時間が無いから、また明日(`・ω・´)+


(*・c_,・`*)人(*・c_,・`*)人(*・c_,・`*)人(*・c_,・`*)人(*・c_,・`*)


それでは本日も良い一日を~。

おーくにさん 「分からない事を無理矢理に理解しようとせずとも良いと思うがね」

musica 「そうですねぇ、時が解決してくれることもありますし・・・。だけどおっさんが・・・」

スーさん 「挑戦するという事も大切だ。人は成長をする為に生れてくるのだから」

m 「・・・」


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by garoumusica | 2016-03-30 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

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