古代(略) 24 再び『出雲国造神賀詞』と出雲と土蜘蛛の巻。

はい、という訳で昨日の宿題『出雲国造神賀詞』について、昨日のまとめを基に考え直していきたいと思います。




時は716年、平城京において奏上された『出雲国造神賀詞』。

その内容は、まずは天皇に対する挨拶とほんのり出雲の自慢と、これだけ禊ぎして来たぜ、みたいな感じです。

次に古事記に書かれた国譲りの場面での自分達の祖神に対する誤り(?)を訂正。

そして天皇の健やかなる毎日をお祈り。

で、気になった内容と言えばこれでした。


『己命の和魂を八咫の鏡に取り託けて、倭の大物主櫛甕玉命と名を称へて、大御和の神奈備に坐せ、己命の御子阿遅須伎高孫根命の御魂を、葛木の鴨の神奈備に坐せ、事代主の命の御魂を宇奈提に坐せ、、賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備坐せて、皇孫の命の近き守り神と貢り置きて、八百丹杵築の宮に静まりましき』


例のアレです。

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都は既に平城京であるにもかかわらず、白梼原宮(かしはらのみや)、もしくは藤原京を出雲の神々は護ってるぜ!的な内容だったやつです。→古代(略)その6 出雲国造神賀詞に秘められたモノ?

それを受けて私は「遷都した後の事は、一切関知致しません」って、わざわざ宣言している様にも聞こえる気がする、と書いたのです。



藤原京は『日本書紀』では新益京(あらましのみやこ)、万葉集ではこの京が藤原という地名の場所にあった事から藤原宮と呼ばれていたのだとか。

なので決して当時猛威?を振るっていた藤原不比等由来ではありません。

710年の平城京遷都までのわずか16年間(持統・文武・元明三代)使われていただけの都でした。

なんだか一説によると下水事情が良くなかったそうで、臭かったらしいです、都が。

くっさいし、不衛生で疫病の流行も懸念されたので、藤原不比等が猛プッシュして平城京に遷都したそうです。

そして『出雲国造神賀詞』の奏上が716年。

遷都していても、出雲国造は相変わらず白梼原宮や藤原京の地を護っていますと奏上しています。

改めてこれは一体どういう事なのか?と考えていたら、この様な資料と出逢いました。


お高くて手が出せない物部氏の研究という本を書かれている歴史学者さんの論文です。

この小考によりますと、この神賀詞の内容が藤原京の時代に考えられたのではないか、とありました。

という事は・・・、どういう事だ?(´・ω・`)

遷都したのに藤原京用の内容のまま平城京で奏上しちゃったって事?

なんだかそれも不思議な感じがしますね。

あ、でも、平城京で奏上した時の天皇は元明天皇(げんめいてんのう)で、遷都前の707年に藤原京で即位した天皇だから、そこまでイヤミでもなかったのかもしれません。

それに実質的に政権を握っていた藤原不比等の藤原と藤原宮をかけて、出雲は藤原氏をお護りしていますよ☆的なおべっかともとれなくもない・・・。

おべっかと神話の訂正をする『出雲国造神賀詞』。

出雲国造が畿内の大物主一族に対してどのように思っていたのかが分かれば良いのですが・・・。



さてさてもうひとつ追加です。

出雲の国名と桜井の出雲の地名に関する事です。

桜井の出雲の地名に関して、この様な考え方を思いつきました。

『くも』という名称は天孫族が原住民に対して付けた蔑称、『土蜘蛛』に通じるのではないかと思ったのです。

ミムロ山に居住していた原住民であった大物主一族。

『蜘蛛が出没する』=『出づ蜘蛛』→『出蜘蛛』→『出雲』

ありそう・・・。

ありそうなのですが、おっさんが

「磯城・十市の前の名称が出雲だとしたら、蔑称であるはずの土蜘蛛を原住民族が自ら名乗っていた事になるぞ(笑)」

って・・・。

現在に残る桜井市の出雲だけだったら、これでも大丈夫な気がするのです。

三輪山に隣接する土地柄を考えると、

「ミムロ山に居住していた原住民族・大物主一族の生き残り=蜘蛛が出没する地」

として、天孫側に名付けられた地名でも全然おかしくないのです。

が、問題は磯城・十市。。。



これを解く鍵が島根の出雲の由来だと思うのです。

それの手掛かりが、また『出雲国風土記』・・・。

これも気になる事が一杯残っているのです。

何故記載が意宇郡からなのか。

何故国名と同じ出雲郡からではないのか。

と思って『出雲国風土記』を読み直していたら、見落とし部分を発見しました。

なんと!意宇郡は杵築大社(出雲大社)のある出雲郡も含まれていた、という説があるそうなのです!

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という事は、島根の出雲という地名は古代においては無かった可能性もある・・・?


明日に続きます。


。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。


それでは本日もよい一日を~。

スーさん 「年度末だ。取りこぼしの無いよう心して過ごしなさい」


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by garoumusica | 2016-03-31 05:12 | 古代氏族 | Comments(0)

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