古代(略) 29 長浜神社の伝承と厳藻・伊豆毛・伊弩毛・・・。

本日はネットサーフィン中に見つけた、出雲市の長浜神社の話です。




はい、ネットサーフィンをしていたところ、島根県立古代出雲歴史博物館のfacebookに辿り着きまして。

なんとなく読んでいたら、なんと!出雲の語源の解説がありました!


これによりますと、出雲市にある長浜神社にその回答があるとの事。

長浜神社の位置を昨日の古代の島根の図に描き足してみました。

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赤字のところです。

ぴょこんって飛び出していたところの下側の所に当たると思われます。

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↑出雲大社の雲の横辺り?



この長浜神社のある地域では、忌明(いみあけ・きあけ)に海で身体を清めた証に、海岸に打ち上げられた海藻を持って神社にお参りする習慣があるのだ(あったのだ?)そうです。

で、海藻というのは出雲では神様の食事となる神聖なお供え物なのだとか。

そしてその海藻は「厳藻(いづも)」と言われ、「出雲」の語源になったようです、との事。

はーーー・・・。

海藻由来説が強いですね・・・。

長浜神社は出雲郷ですしねぇ、バッチリです。



なんとなくですが、スーさんの『八雲立つ~』の原文が気になったので載せていきます。


『古事記』

夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁

『日本書紀』

夜句茂多兔 伊弩毛夜覇餓岐 兔磨語昧爾 夜覇餓枳都倶盧 贈廼夜覇餓岐廻


出雲が原文では「伊豆毛」「伊弩毛」なのですねぇ・・・。

そして不思議な事に『日本書紀』の方の「いづも」の「づ」に当てられた「弩」という字の読みは「ど」。

中国の読みは「ヌウ」。

なんでこの字を当てたのか不思議です。



ではでは、いつから「出雲」と書く様になったのか?

実は『日本書紀』の垂仁天皇の野見宿禰に相撲を取らせる話の所では「出雲國」となっています。

それ以降の出雲古禰の神宝を強奪した話の時も「出雲國」となっていました。

なんでしょうね?これは・・・。

スーさんの時代から垂仁天皇の時代の間に変わったって事でしょうか?



ついでに『古事記』の景行天皇のところで、ヤマトタケルが出雲建(イズモタケル)を殺害した後、この様に詠います。


夜都米佐須 伊豆毛多祁流賀 波祁流多知 都豆良佐波麻岐 佐味那志爾阿波禮

やつめさす 出雲建が 佩(は)ける刀(たち) 黒葛(つづら)さは巻き さ身無しにあはれ


この中に出てくる「やつめ」。

これは「弥津米」で「多くの海藻」。

「さす」は刺し並べる。

「いづも」は厳藻で神聖な藻の事。

そして、「やつめさす出雲」は「多くの藻を採って来て刺し並べて神聖な藻とした」と考える説があるそうです。



「出雲」の由来は「ワカメ」が有力!?


明日はきちんと昨日の続きをします(`・ω・´)+


・。.:*(・ω・)・。.:*(・u・)・。.:*(・v・)・。.:*


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「喉が痛むようだね」

musica 「気温の変化が激しくって・・・」

ス 「だからいつも気温の変化には気をつけろとあれだけ(略)」

m 「皆さまも体調管理にお気を付け下さい」

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by garoumusica | 2016-04-08 05:06 | 古代氏族 | Comments(0)

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