みたらい渓谷編 その3。 ~大和のまほろばを巡る旅~

本日はみたらい渓谷編のその3です。



大和のまほろばを巡る旅編のタイトルをちょこっと変更しました。

これまでは『大和のまほろばを巡る旅 みたらい渓谷編』という感じだったのですが、自分のブログの『最新の記事』という項目を見ると、『大和のまほろばを巡る旅』というタイトルで文字数が一杯になっていて、どれがどの神社の記事か分かり難い・・・。

なので神社名とか地名を先に持ってくることにしました。

という訳で、昨日の続きから。



光の滝の先もまだあったようなのですが、姪っ子ちゃん3歳もいるので今回はここまでに。

グッバイ、みたらい渓谷!

f0351853_19082084.jpg

渓谷への入り口まで戻って来た時、片隅に小さなお社がある事を発見。

早速お参りをする事に。



ひとつ目、お稲荷さん。

f0351853_19083757.jpg

可愛らしい狐さんがいました。



そしてその横、白龍大神!

f0351853_19085195.jpg

丸っこい卵の様な石の横に、こんなに可愛らしい龍が!

f0351853_19090535.jpg

凛々しい!

可愛い!

腕が折れてるように見える気がするのですが、玉を握っているのでしょうか?



そして最後のお社。

f0351853_19092175.jpg

どなたなのか分かるような表示は無かったのですが、弁天さんかな・・・?



さてさて、みたらい峡谷への入り口にはこの地の歴史を示す看板がありました。
f0351853_19074664.jpg

えーっと・・・、

『御身拂(ミタライ)とも御盥(ミタライ)とも申されている天川村は、南朝・後南朝哀史の数々を秘めた邑で、村内各地に史実・伝承が残されていますが、河合寺・光遍寺・来迎院などの黒木ノ御所に潜幸遊ばされた南帝方や護良親王は賊徒襲来の砌、ここみたらい峡の頂上にある観音峯(1,347メートル)の洞窟に天川郷士がご案内して度々潜られ給うたもので、洞窟の下の岩石に御歌が刻まれています。

吉野山 花そ散るらん 天の川

 雲のつつみを くずす白波』



天の川はこちらです。

f0351853_19093562.jpg

看板の続き。

f0351853_19080646.jpg

『伝承によれば長慶天皇、天川の黒木の御所をお出ましになり観音峯の洞窟に潜まれ給いしも、賊徒、観音峯に押しよせ来るを逃れ給いし折、河川の増水せる、ここ、みたらい峡の「光の滝」に御入水、御崩御ましまし』


・・・(´・_・`)

エッ!∑(゚Д゚)

「光の滝」に御入水、御崩御ましまし!?!(◎□◎;)

f0351853_17285317.jpg

ましまし!?

そんな悲しい歴史が・・・。

ましまし・・・(´・ω・`)



『「みたらいの淵」にて御遺体をお引上げ奉ったと申され、御物、御玉体は光遍寺・弁財天社・牛頭神社・伊波多神社・国玉神社等に夫々お祀り申せしと伝えられています。

臨くと 登りてみれは みたらいや 

 みいずの神器 ここにあるかな



うーん、これは・・・。

ちょっとお勉強が必要なようですね。

気が向いたら明日はみたらい峡の歴史について調べてみるかもです。


(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○


それでは本日も良い一日を~。


musica 「(検索中)・・・あっ!天川村に行った5月22日って満月じゃないですか!」

スーさん 「何も起こらなかったではないか」

m 「そうですけど、地震が起こりやすいとされているのに・・・」

ス 「確かに引力の変化が地震を引き起こすという説もあるが、何も無かったではないか。この話は以上!」

m 「もー・・・」



[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by garoumusica | 2016-06-08 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica