橿原神宮編 その2。〜大和のまほろばを巡る旅〜

本日は橿原神宮の続きです。




外拝殿(げはいでん)。

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昭和14年に完成した建物で、入母屋(いりもや)造りです。

立派ですねぇ・・・。

橿原神宮ってほんと広いですよねー・・・。

明治時代に橿原神宮が出来るまでは何だったんですかね?

背景に見える山は畝傍山なので、山の裾野とかですかね。

ちょっと調べてみましょう!



・・・あー・・・、wikiによりますと、

『元々周辺に存在していた村や被差別部落(洞部落)が「負傷醜ロウナル家屋ノ見下スコト」(奈良県行政文書『神苑会関係書類』)の不都合により、奈良県によって移転させられたという』

・・・(´・ω・`)

闇を見た気が・・・。

でも、

『移転後の部落に生まれ育った辻本正教(後の部落解放同盟中央執行委員)の反証によれば、県による強制執行は行われておらず、洞村の人々が陵墓への畏怖心などから自主的に移転を決めたともいわれている』

ともあります。

まぁ、橿原神宮自体が天皇主権を第一とする大日本帝国憲法の制定に伴い、天皇の象徴ともいえる神武天皇の陵墓や都を整備する必要があった為に創られたものですから、色々あるのでしょうねぇ・・・。

それにしても差別を受けて生きてこられた方は、土地の痩せた場所だとか日当たりや水はけの悪い場所に住まざるを得なかったと聞きますが、恐らくこの場所もその様な場所だったと想像に難くありません。

その場所が昨今パワースポットだとか言われているのを思うと、笑止千万ですね。



ですが、現在は美しい神社である事には変わりありません。

続き。

外拝殿の階段を登ると見えてくるのは内拝殿。

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広いですよねー・・・。

ほんっと広い!

お正月なんかには特別昇殿参拝で内拝殿まで行く事が出来るそうです。

その時は料金が発生します(`・ω・´)+

気になるお値段、1000円から~。



アップ!

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余計な装飾が無いのが良いですねぇ。



更にアップ!

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チラリ鏡の様なものが見えていますが、あの場所は幣殿に当たります。



斜めから。

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手前から内拝殿、幣殿、本殿です。

更にアップ。

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真ん中の一見本殿っぽいのが幣殿で、その奥の低くなっている建物が本殿。

本殿は1855年(安政2年)建立の京都御所賢所(内侍所)を創建に際して移建したもので、重要文化財となっています。

よく見えませんが。



で、ご挨拶。

・・・。

・・・反応が全くありませんでした・・・(;_;)

神武天皇陵では衝撃を受ける程の反応があったのですが・・・。

自分の経験を振り返ってみると、明治以降に創建された神社で反応があった事は今まで無いかもしれません。

これも相性なのかな・・・。

まぁ人それぞれって事で。



明日は引き続き、美しい建物をじっくりと見ていきます!


○ヽ(>ω<。)ノ●ヽ(>ω<。)ノ○ヽ(>ω<。)ノ●ヽ(>ω<。)ノ○


それでは本日も良い一日を~。

musica 「神社にはいろんな歴史がありますね」

スーさん 「そうだね。私が歴史を勉強するよう言うのもこの為だ」

m 「血塗られた歴史を抑える為に創られた神社もあるでしょうし・・・」

ス 「不必要に恐れる心配はない。通常であれば各々の守護の働きにより、その様な場所へは近づかせる事はない」

m 「守護さんを信じて生活をすれば問題ないと」

ス 「そこはスーさんを信じて生活をすればと言って欲しいものだ」



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by garoumusica | 2016-06-30 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)

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