大和神社編 その1。~大和のまほろばを巡る旅~

天理市の神社巡り・2社目は、大和神社。

実はこちらの神社は、稲田姫のお墓があるという大倭神宮と間違えて行った所でw

奈良旅の直前に、『今は「ヤマト開き」の時でご縁ある方が参拝に訪れる』という記事を目にし、興味を持った神社だったのですが・・・。

スーさんのお墓でも何も感じませんでしたし、とことんご縁の無さを感じました。



ですが、大倭神宮と間違えなければ、こちらの神社には決して行く事はなかったです。

何故なら戦艦大和と関わりのある神社だから・・・。

戦艦大和って昔から苦手なのです。

私の中では戦争の悲惨さの象徴みたいな物なので、聞きたくない、目にしたくない存在。

多分、幼い頃にテレビで見た映画の影響だとは思いますが、最後の沈没のシーンで乗組員の人が開かなくなった扉をなんとか開けようと、熱くなったハンドルを悲鳴を上げながら握り締める姿が忘れられなくて・・・。

あれはトラウマ・・・。

幼い私は泣きながら眠りについたものです。

なので「戦艦大和?ふーん (¬_¬) 」って感じなんです。

でもまぁ、稲ちゃんのお墓があるのならって事で行った訳です。




大間違いでいたけどね!!!



はい、という訳で参道です。

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長い!

戦艦大和の長さは大和神社の参道と同じ(270m)で、幅は参道の約4倍(40m)。

っていう話をここを歩きながら姉が始めまして。

で、なんだかちょっと、うちの姉がそんな話をするのが意外だったんですよ。

神社よりお寺の方が好きな人だし、戦艦に興味のある人でもない・・・。

なので、ちょっと聞いてみたのです。



musica 「なんか意外だね~。お姉ちゃんがそんな事に興味があるなんて~」

姉 「あ~、うちのおじいちゃんのお父さんが戦艦大和の設計に携わったからね~」

m 「あ~、そうなんだ~~~」

・・・。

・・・(ω)。

・・・(´・ω・`)。

えっ!?∑(゚Д゚)

うちのおじいちゃんのお父さんが戦艦大和の設計に携わった!?

私があんまりポカンとしていたからでしょう、姉に言われました。



姉 「知らなかったの?」

m 「知らなかった~。て言うか何で知ってるの?」

姉 「なんで知らないの?」

m 「えー・・・」



まぁ、この時はどうせ設計する人の小間使いとかそんなのだろうと、すぐに忘れてしまったのです。

が、この記事を書く為にちょっと思い出したので母に聞いてみると、やはりその通りだと。

健在の大叔母によると、

「昔はお手伝いさんのいる洋館に住んでいて、うちはちょっとしたもんやったんやで?」←大阪在住。

だそうです。

へぇ~(←興味ない)、今は全然そんな事ないのにね~と思いながら、ふと思いついて曽祖父の位牌を手に取ってひっくり返してみると、

なんと!

曽祖父が亡くなった年齢と今の私の年齢が一緒!!!

えーーー!?!

若い!

若くして死す!

TOO YOUNG TO DIE!?

何コレ!?

曽祖父が無くなった年になってようやく知った事実・・・。



m 「ねぇスーさん!なんで私だけ知らなかったんですか!?」

スーさん 「何事にも時機というものがある。今が知るべき時だ」

m 「時機って!」

ス 「奈良旅の記事のサブタイトルは何だね?」

m 「大和のまほろばを巡る旅・・・」

ス 「素晴らしいタイミングだろう?」

m 「・・・」

ス 「君にとって戦艦大和とはどの様な存在かね?」

m 「戦争の悲惨さ、愚かさ・・・」

ス 「その戦艦の設計に君の祖先が関わっていた」

m 「戦艦って人殺しの武器みたいなもんじゃないですか。その設計に祖先が関わっていたとはショックですよ」

ス 「ひとつ訂正をする。人殺しをする為に造られた物ではない、日本国民を護る為に造られた戦艦だよ」

m 「すみません・・・。でも結果として大勢の人が亡くなった」

ス 「何人位だと思う?」

m 「200人位?」

ス 「君は今まで戦艦大和を避けて来た。だから今調べてごらん」

m 「はい。えーっと、えっ!?死者・行方不明者が3063人!?」

ス 「そうだ」

m 「設計者は当初は6人。当初はって事は段々人数が増えたって事か。その中に曾祖父が居たのかもしれないですね。ネットで出てくる名前は責任者クラスの人しか無くて、うちの曽祖父の名前は無い・・・。良かったです」

ス 「涼しくなったら大和ミュージアムでも行くかね?」

m 「そうですねぇ、曽祖父母は祖父が幼い頃に死んでしまった為に資料が無いので、大和ミュージアムで調べてみたいですね」

ス 「フフフ」

m 「は~、それにしてもこの事を知る前の私と知った後の私は何ひとつ変わらないのに、なんか心が重い・・・」

ス 「今君が言った通りだ。君自身は何ひとつ変わっていない。ただ知らなかった事実を知っただけだ」

m 「まさか曽祖父が自分の毛嫌いしていた物に関わっていたとはねー・・・。やっぱり複雑です」

ス 「では続きを書くかね?」

m 「そうですね、気分転換に記事を書きます」



長い長い参道が終わりました。

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はいでーん。

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春日造です。

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本殿チラリ。

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これはまた美しいですね・・・。

主祭神は日本大国魂大神(やまとのおおくにたまのかみ)。

真ん中のお社です。

崇神天皇の時代に天照大神と共に宮中から追い出された神様で、おーくにさんの荒魂とも言われています。

それから右側のお社に八千矛大神(やちほこのおおかみ)。

おーくにさんの別名です。

左側のお社は御年大神(みとしのおおかみ)。

年神様です。



拝殿にこのような絵が。

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カッコいい龍ですね!



拝殿の装飾。

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明治4年(1871年)官幣大社に列せられた時に社殿を建て替えたそうなので、明治時代の装飾ですかね?

天平な感じです。



本殿を覗いてみました。

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立ち入り禁止なのでここまでしか・・・。

アップ!

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由緒書き。

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明日は強力なパワーを発していた摂社の高龗神社です。


(●・ω・)σ☆:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:☆а(・ω・○)


それでは本日も良い一日を~。


m 「あーあ、またスーさんにうまい事してやられたって感じ・・・」

ス 「何度も言う様だが、何事にも時機がある。今がその時機だ」

m 「苦手なものに向き合わざるを得ないのか~・・・」

ス 「それに耐えられる年齢になったという訳だよ」




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Commented by M at 2016-07-24 13:11 x
初めまして。Mと申します。
昨秋に転勤で広島市に来て、冬くらいに大和ミュージアムに行ってきました。
私も戦艦は戦争のための船だと思っていましたが、上階の展示の解説の中に『平和(または国民)を守るために建造された』みたいなことが書いてあり、そのときすごく驚いたことを今日の記事で思い出しました。

展示されているものの中には、一部の乗っていた方の顔写真やお名前、年齢や状況も記載されており、もしかしたらひいおじい様のことも、わかるかもしれませんね。






Commented by garoumusica at 2016-07-24 21:44
> Mさん、初めまして、コメントありがとうございます。

>『平和(または国民)を守るために製造された』
やはりそうなのですねぇ・・・。私が人殺しの武器って脳内で思った途端に、キッチリと訂正されてしまいました。
そして大和ミュージアムにもそう書かれていると教えていただき、スーさんに訂正された事は本当なんだと実感する事が出来ました。ありがとうございます。

乗船した人について展示されているなら、設計に携わった人の資料もありそうですね!
情報、ありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
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by garoumusica | 2016-07-24 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(2)

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