河合神社編 その3。~あさきゆめみし 京を巡る旅~

本日は、ちょっと振りの河合神社編です。




さてさて今回は、前回やった時代ごとの祭神の移り変わりをまとめる所から始めます。

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平安時代:在山城國從五位下鴨川合神預名神『日本文徳天皇実録』

鎌倉時代:祭神御祖別雷両神苗裔神『年中行事秘抄』

江戸時代:社家説云、河合玉依姫、上社片岡同体『山城名勝志』


これを見る限りでは、平安から鎌倉にかけては祭神が女神か男神か分かりません。

苗裔神が男神に限るっていうのは無い感じなので・・・。

で、江戸時代になるとはっきりと玉依姫が祭神となっていますので、鎌倉時代と江戸時代の間に何らかの習合があったのだと思われます。

はっ!Σ(゚Д゚)

うらべ・・・?(゚A゚;)

まさか、うらべなの・・・?(゚Д゚;)

・・・ゴクリ(; ・`д・´)

いやいや!(ヾノ・∀・`)

この時期は色んな人たちが神話を独自解釈し中世神話が成立した時期なので、うらべ一人に疑いの目を向けるのは大間違い!(★゚д゚ノ)ノ

ちょっと調べてみましょう!(`・ω・´)+



あー・・・、なんかですねぇ、斎院が両賀茂神社に居た事が、河合神社の祭神が神武天皇のお母さんとされた理由となっているようです。

斎院というのはWikiの解説によりますと、平安時代から鎌倉時代にかけて賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の両賀茂神社に奉仕した皇女の事だそうです。

つまり皇女が巫女さんになっていた訳です。

何でこんな事をしていたのかと言うと、平安時代初期に平城上皇が弟・嵯峨天皇と対立して、平安京から平城京へ都を戻そうとした際に、嵯峨天皇は王城鎮守の神とされた賀茂大神に対し、我が方に利あらば皇女を「阿礼少女(あれおとめ、賀茂神社の神迎えの儀式に奉仕する女性の意)」として捧げると祈願をかけたのだそうです。

そして810年、薬子の変で嵯峨天皇側が勝利した後、誓いどおりに娘の有智子内親王を斎王としたのが賀茂斎院の始まりだそうです。

・・・娘を願掛けの道具にしちゃったのかー、嵯峨ちゃーん・・・。

で、この制度があるのは両賀茂神社と伊勢神宮のみ。

両賀茂神社もちょっと調子に乗っちゃったのか、自分とこの神社を上賀茂は「別雷皇大神宮」、下鴨は「賀茂御祖皇大神宮」、併せて「鴨下上皇大神宮」と称しちゃったりしたんだとか。

皇室の皇ですねぇ・・・。

明治時代に「皇大神」の名を剥奪されて現在に至るのだそうですが、それでもお札には「賀茂御祖皇大神」、「賀茂皇大神」と書かれているのだそうです。

でまぁそういう事があった訳で、以下の様なうらべ的発想が流行したのだとか。


「両賀茂神社には皇祖を祀っているから「皇大神」という名前が付けられたんだ!

上賀茂社の祭神は瓊瓊杵尊、下鴨社の祭神は神武天皇に違いない!」


まぁ、民衆などは平安時代初期に嵯峨天皇が娘を使って願掛けをした、なんていう事実など知る由もありませんしねぇ・・・。

それにこの時代の為政の場は江戸ですから、京都民としては自分達の誇りを護る為の皇室アゲが必要だったのかもしれません。

為政の場が江戸に移っても天皇が居るのは京、的な。

そして江戸後期に書かれた『都林泉名所図会』という京都名園案内には、「鴨祠の崇祠する所は神武天皇なり。故に皇祖の名有り」とあるのだそうです。

うらべのせいじゃなかったですね。

疑ってごめんなさい、うらべ・・・。(´・ω・`)



という事で、結局元の祭神がどなたかは分かりませんでしたが、神武天皇のお母さんが祀られている理由が私的には納得出来たので次に進みます。



さてさて、河合社本殿の西側にあるお社は、下鴨神社の摂社の貴船神社。

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祭神はもちろん!高龗神~~~、イエ~~~イ!!!

貴船神社の由緒は不明だそうですが、平安時代には河合神社の御垣内に祀られていたそうです。

名神祭が行われていたのだから、高龗さんが祀られていてもおかしくないですよね!



なんだか長くなったので、本日はここまで!



▽▲▽▲´-ω-`▽▲▽▲´-ω-`▽▲▽▲´-ω-`▽▲▽▲



それでは本日も良い一日を~。

musica 「なんだか摂社ひとつに時間を掛け過ぎてしまっている感じがします」

スーさん 「まぁ、それが君の良いところでもある」

m 「ダラダラと記事を書くところがですか?」

ス 「疑問を抱けるところと疑問を解消しようとするところだ」

m 「うーん、ただのめんどくさい人?」

ス 「自分で解決をしようとしているのだから、面倒臭い人でも良いのではないかね?」

m 「一人めんどくさい人・・・」

ス 「まぁ、私が付き合っているがねw」




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by garoumusica | 2016-12-03 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)

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