義照稲荷神社と稲荷命婦元宮編 その2。~あさきゆめみし 京を巡る旅~

はい、本日は義照稲荷神社の続きです。




前回は伏見稲荷大社の祝詞である「稲荷大神秘文」が面白い、という所で終わっていました。

稲荷信仰って実は一神教だったのですねぇ・・・。

で、「稲荷大神秘文」について調べていたところ、久保 有政さんという牧師さん著の『日本とユダヤ 聖徳太子の謎』という本が出て来まして。

あ!この本持ってるけどいまいち読んでない!と思い出し、読み返してみました。



で、この本によりますと稲荷信仰に限らず、古代の神道は一神教だったとの事。

古代って言うのは、ここでは『日本書紀』が作られる以前を指します。

ヤマト政権において神事を司ったのは、物部さんとか中臣さんとか忌部さんな訳ですが、彼らは皆渡来系の氏族な訳です。

彼らの出身がどこなのか、いつ渡来したのかははっきりしませんが、彼らの宗教に古代のイスラエル人の信仰があった様なのです。

それが一神教としての神道なのだそうです。

この本のタイトルにある聖徳太子が習った神道も、唯一神教である「宗源道(そうけんとう)」というものだったそうです。



では唯一神とは何なのか?というと、「稲荷大神秘文」にも出てくる例のあの人。

この本の中で引用されている、京都の籠神社の宮司さんだった海部穀定(あまべよしさだ)さんが書かれた著書『元初の最高神と大和朝廷の元始』には、こう書かれているそうです。


「和同養老年中(717~724年)、既に元初の神、すなわち大元霊神の信仰があり、その御名は天御中主神、天常立尊(あめのとこたちのみこと)、ウマシアシカビヒコヂノ尊、国常立尊、豊受立尊、天照大神など、さまざまに申し上げていた」


つまり、唯一神の名を

・天御中主神
・天常立尊
・ウマシアシカビヒコヂノ尊
・国常立尊
・豊受立尊
・天照大神

と好きに呼んでいたのだそうです。

みんな同じ人の事ですよ!

わ~、さっすがジャパニーズ~~~。

このゆるさが良いですが、このゆるさが混乱の元凶なのです。



という訳で、特に稲荷信仰だけが一神教だった訳ではないみたいです。

ただ、その信仰が「稲荷大神秘文」という祝詞に残っていただけの様です。

秦さんの信仰にね☆

「夫神は唯一にして 御形なし 虚にして 霊有 

天地開闢て此方 国常立尊を拝奉れば 

天に次玉 地に次玉 人に次玉 豊受の神の流を 

宇賀之御魂命と 生出給ふ」



というところでまた明日~。

いまいち頭ん中で整理できていないから、一旦置きましょう。



JR━―━―━(・ω・)━―━―━― !!



それでは本日も良い一日を~。

先に出て来た『日本とユダヤ 聖徳太子の謎』という本をペラペラめくっていましたら、いろは歌が載っていました。

有名な「咎無くて死す」のアレなんですけど。

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせ  す

の、右端を上から読むと「咎無くて死す」。

で、この本では左端の解説もありました。

「いちよらやあえ」を、へブル・アラム語で「神ヤハウェの人」を意味する、「イーシ・エル・ヤハウェ」が訛ったものだろうとされています。

いーち・よら・やあえ
イーシ・エル・ヤハウェ

更に、左上・左下・右下と読むと「イエス」となり、

「神ヤハウェの人イエス、咎無くて死す」

となり、まさしくキリスト教の教えだ、と言われています。



で、これだけなら「あ~、よく聞くね」で終わりですけど、私、ふと気が付きました。

この京旅のサブタイトルが、

「~あさきゆめみし 京を巡る旅~」

である事に・・・。

更にこの時、ゾロ目の1:11・・・。



musica 「・・・( #ノノ) 」←思わず手で顔を覆った。

スーさん 「やっと気が付いたか、この旅の意図を」

m 「このタイトルは旅の始まりが夢だったから付けただけだったのに、この手の平コロコロ感が嫌・・・( #ノノ) 」

ス 「諦めなさい」

m 「あー、もー、ジジィーーー!!!」

ス 「ハハハ、久し振りに出たな」




[PR]
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by garoumusica | 2016-12-28 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica