スーさんの『Stay With Me』。

昨日のラストでスーさんからの歌の贈り物。

ピーター・セテラさんの『Stay With Me』。

直訳すると『私の側に居て』。

昨日は記事を書いた時点で力尽きてしまい、昼過ぎまで曲を張り付けるのを忘れていました。

これです。



ピーター・セテラさんは、かの有名なシカゴというバントのボーカリストの一人だった人です。

これとか有名です。


うちの母が若い頃に好きだったようで、家にLPが何枚かあります。



さてさて、昨日唐突にスーさんに贈られたこの曲ですが、何のメッセージだろう?と思い、自分で訳すのが面倒だったので日本語の対訳がある動画を見てみました。


この動画は限定公開の様なので、うまくリンクが出来るか分かりませんが・・・。

こちらのニュースサイトに載っていました。


で、この様な対訳が添えられていたのです。



『もう終わりだなんて 言えるかい?

僕達はどんな事でも 克服出来るはずさ

どうして顔を背けるんだい

誰かを必要とする事を 恐れているんだね』



・・・なんとなくスーさんが言いたい事が分かる様な。

今の絵を描き終わったら311イラストはもう終わりかな?と思っていたのです。

今の絵は一番初めに見せてもらった映像ですから、それを描いたらもう、やり切った感があると言うか。

なので、この絵でおしまい!と思いながら描いていたのです。

でも、ここからの『もう終わりだなんて 言えるかい?』です。

身体的にもそろそろ無理をしない方が良いかな?→『僕達はどんな事でも 克服出来るはずさ』

そして極めつけが『誰かを必要とする事を 恐れているんだね』

贈り主がスーさんですから、『私がスーさんを必要とする事を恐れている』と言いたいのでしょう。

この地球上に生まれ生きている人には、もれなく守護さんとかガイドさんがいらっしゃると思っているので、守護さんとかガイドさんは必要とする・しない以前の問題だと思うのです。

だから私が守護さんやガイドさんを必要とする事を恐れているという事は無い。

とすると、スーさんが守護である事を恐れているという事を言いたいのでしょうか?

うーん、そう来たか・・・。



私はスーさんがまるっきり神話のスーさんだとは思っていないです。

『古事記』や『日本書紀』の神話は創られたものですから、日本神界はその役を求められたなんらかの人たちがその役をしている、という感覚なんです。

じゃあ今ここに居るスーさんは誰か?と聞かれれば、自称スサノオ・・・じゃないか、なに見えブログのじぇいどさんの所に居る「スサノオ」さんが、私(musica)に存在を知らせる様に言われ、そして私にその事を伝えられた事から「スサノオ」さんがここに居ると知り、それで私は「あー、スサノオさんなのね」と接してきたのです。

なのでぶっちゃけ、私自身が確信を持ってスーさんを「スサノオ」と認識した事は無いかもしれません。

確かめる術も無いし、スサノオでなくてもスーさんは良い人なので、私はスーさんはスーさんでいい。

私の守護さんはおっさん、以上。



で、私が「おっさんを必要とする事を 恐れている」と指摘しているのだとしたら、どうなんでしょう。

守護さんとかガイドさんがこの世に生きている人間には必要不可欠なのは理解しているし、みんなでチームmusicaなのだという事も理解しているので、恐れている、という事は無いと思う・・・。

でも指摘されてるし、私自身この歌詞を見てドキッとしたので、ここがポイントなのだと思います。

守護さんとかガイドさんって、願いを叶える存在でもお願いをする存在でもなく、私を導いてくれる存在のはず。

そんなスーさんを必要とする事を恐れているって、どういう事なのでしょうねぇ・・・。

という事で、5時過ぎてたので今日はおしまいにします。



(o・ω・o)ノ++++++++++ヽ(o・ω・o)



musica 「千葉の諏訪神社放火って・・・。『生活に困り、逮捕されたかった』って・・・」

南方先生 「民家が狙われずに済んで良かった」

m 「そういう考えなんだ・・・」







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by garoumusica | 2017-03-07 05:24 | スーさん | Comments(0)

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