カテゴリ:古代氏族( 51 )

本日は昨日の続きです。




本日は饒速日命が出てくる神話についてまとめていこうと思いますが、やっぱり溜息が・・・。

饒速日さんがどの場面で出てくるかというと、神武東遷の部分。

このブログの中でもスーさんに度々東遷部分の神話を読めと言われていましたが、この部分はどうしても血生臭くて読む気になれなかったのです。

解説本の東遷の道順を追った地図とマンガ☆古事記・日本書記を見て終わっていたのですが、ブログに書くとなるとキッチリ読んでおかないと何も書けないという事で、青空文庫の古事記日本書紀 全訳を読みました、昨日。

読めば読むほど神武クソやろ、と思ってしまいました・・・(´・_・`)。

九州に天孫降臨をしてから179万2470余年ほどその地で暮らしていたのに、東方に美しい国があるというのを聞いてその地に都を定めるとか言い出した訳ですよ。

その理由が遠く遥かな国は今なお皇恩(天皇の恩)に浴していない、などという訳の分からない正義の押しつけです。

それからというもの、その東方の美しい国に元から住んでいた神武天皇に従わない人達を逆賊扱いして虐殺。

逆賊って主君に反逆した者の事を言うのですが、勝手に来ておいて逆賊って何でしょう?

ひどい話です。

そしてこの話が天孫を権威付ける為に書かれたっていうのが本当に不思議なんです。

これが武勇伝なの?どえらい暴君の話じゃないですか。

権威付けになっているのでしょうか?

現代のおっさんが若い頃ヤンチャだった話をするのと同じ感覚ですかね?

自分達の勝手な正義を振り回し、自分達の正義に反する人々を虐殺するお話。

今のタイミングでこの様な話を記事にさせるあたり、誰とは言いませんがやっぱりおっさんは策略家です。



という訳で神話を漁っていきます。

饒速日命が神話に出てくるのは神武天皇、もとい『古事記』では神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)、『日本書紀』では神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の東遷の折です。

神武天皇という呼び名は天皇が崩御した後に生前の功績を讃えて贈られる諡(おくりな)・諡号(しごう)で、『日本書紀』では神武天皇の出て来る章のはじめに諱(いみな=実名)は彦火火出見(ひこほほでみ)であると書いています。

で、それ以降は「天皇」と呼んでいます。

解説本を読むと神武さんの事を磐余彦(いわれひこ)と呼び捨てにしている人が多いので、このブログでも磐余彦さんと呼ぶ事にします。

古事記の話の時は伊波礼琵古さんです。



はい、磐余彦さんの話ばかりですが今日の主役は饒速日さんです。

古事記バージョンから参りましょう~。



饒速日さんが古事記に出て来るのは伊波礼琵古(いわれひこ)の東遷のラスト、大和地方で東征に最後まで抵抗した伊波礼琵古さんの宿敵である登美能那賀須泥毘古(とみのながすねひこ)を討った時です。

邇藝速日(古事記バージョンの漢字)さんは伊波礼琵古さんにこう言います。

「天の神の御子が天からお降りになったと伺いましたので、後を追って降って參りました」

それから天から持って来た宝物を捧げ、伊波礼琵古にお仕えしましたとさ。

そしてこの後にこう続きます。

この邇藝速日命が登美能那賀須泥毘古の妹・登美夜須毘売(とみやすびめ)と結婚して産んだ子が宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)で、これが物部連・穂積臣(ほづみうじ)・采女臣(うねめうじ)の祖先です、と。


明日も続きます。


*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*


それでは本日も良い一日を。

スーさん 「昨日と変わらぬ今日の日を大切にしなさい」

musica 「はい。ところでスーさん、おっさんsって神棚組も含め神議り期間中も普通にいますよね。どういう事ですか?」

ス 「まぁ、すべてのバージョンの私が行く必要は無いという事だよ」

m 「ふぅん?」




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by garoumusica | 2015-11-25 05:00 | 古代氏族 | Comments(2)
という訳で、古代氏族物部氏 祖神・饒速日命について調べてみたいと思います。

と言っても私、別に歴史好きとかそういうのじゃないんで、やっぱり面倒くさいんですよ。

折角の休みなんでぶっちゃけ何かを造りたいですし。

なので「はぁ〜〜〜」って溜息をついてるとおっさんが耳元で囁く訳です。


スーさん 「月曜日の憂鬱・・・」( ´ノ_ゝ`)(;´д`)


・・・もうね、先日の『月曜日の憂鬱シリーズ』はこうなる事を見越して書かせたんじゃないかと思うのですよ。

なんかもう「あ"〜〜〜!!!」って感じです。

何から何まで計画的!これがスーさん!

でも逆らえないのは今季に入ってから2度も無くした指輪を届けてもらったから・・・(´・_・`)

ギブアンドテイクです。



饒速日命(にぎはやひのみこと)。

『古事記』では邇藝速日命、『日本書紀』では饒速日命と表記されます。

物部氏の史書『先代旧事本紀』では、「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」(あまてるくにてるひこあまのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)と表記されています。

すんごい長い名前ですね・・・。

前半の「天照国照彦天火明」、古事記では天火明命(あめのほあかりのみこと)という別の神として出てきます。

どの場面かというと、高千穂に天孫降臨をする人材を選ぶ場面で、実際に天孫降臨をする邇邇芸(ににぎ)さんの紹介の後についでみたいな形で名前が出てきます。



日本書紀では火明命(ほあかりのみこと)で、天照大神の孫で邇邇芸命(ににぎのみこと)の兄という形で出てきたり、子として出てきたり。

兄として出て来た時は古事記と似た感じですが、子として出て来た話がまぁヒドイ。

邇邇芸さんが木花開耶姫(このはなさくやひめ)と出逢ってすぐにいたしちゃって一晩で妊娠させるのですが、邇邇芸さんは一晩で出来る訳ないじゃんwほんとに俺の子?と疑います。

それでまぁ木花開耶姫さんは怒りますよね?

で怒りのパフォーマンスです。

出入り口の無い小屋を作ってその中に入り、ある誓約(うけい)をしました。

「私の身籠った子が天孫(あめみま)の子でなければ必ず焼け死にます。もしも本当に天孫の子であればどんな火も子を傷つける事はありません」

と言って小屋に火を放ちます。

で、見事4人の子供を出産するのですが、この時の3番目の子が火明命な訳です(人数や順番は一書によって違います)。



それから後半の「櫛玉饒速日尊」は、「饒速日尊」に「櫛玉」という言葉を付けたもので、「櫛玉」=「奇魂」で「奇跡によって直接人に幸を与える働き」の事を言うのだそうです。

こんな感じで『先代旧事本紀』では天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊という長ったらしい名前で、火明命と饒速日さんを同一の人物としています。



さてさて、「天照国照」「火明」から分かるように火明命は太陽の光や熱を神格化した立派な神なのだそうです。

また、江戸時代の国学者・本居宣長が書いた『古事記伝』という古事記の注釈書では、「火明」=「穂赤熟」と説明し稲穂が熟して赤らむ意味があると解説があります。

稲に関係のある名前でもあり太陽神・農業神として信仰されている事から、お久し振りの出雲国造家の祖神「天穂日命(あめのほひのみこと)」と血縁関係があり、火明命は出雲神を源流としている事が伺えるそうなのです。



火明命と出雲との関わりが更に分かるのは『播磨国(はりまこく)風土記』です。

この『播磨国風土記』には「大汝(おおなむち=大国主)の子、火明の命」という記述があり、気性の激しい火明の命に父である大汝が手を焼いたという話が載せてあるそうです。

播磨国と言えば兵庫県名物播磨屋のはりま焼き!

そして朝日あげ・・・。

お腹空いた・・・。

まぁそれは置いておいて、こんな感じで『播磨国風土記』には大国主の伝承が数多く伝えられているそうです。



以前饒速日さんがスーさんの子供っていう説もあるという話を載せましたが、実際に物部氏には出雲との関わりがあったからこそ、こんな感じで祖神・饒速日さんの名前に出雲を匂わせたのかもしれませんねぇ。

これからもっと読書が進めばどこかで判明しそうです。

本日は饒速日さんの神話まで進む予定でしたが、名前だけで終わってしまいました。

まぁこれも多分おっさんの仕業・・・(´・_・`)


(●・ω・)(・ω・◎)(○・ω・○)(◎・ω・)(・ω・●)


それでは本日も良い一日をお過ごしください!

おーくにさん 「月曜日の憂鬱ならぬ、火曜日の憂鬱になってはいないかな?」




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by garoumusica | 2015-11-24 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
昨日で石上神宮の主祭神に関する調べ物が終わりました。

なのでここで一旦神宮から離れていよいよ物部氏に関して調べてみたいと思います。



前回出雲国造家を調べた時は祖神から始めましたが、今回何故氏神神社である石上神宮から調べ始めたかと言うと、知識が無かったからです。。。(´・_・`)

出雲に関しては昨年からスーさんから本を買わされていたのでいくらかは知識があったのですが、今回は七支刀に似た木を見せられていきなり興味も何も無かった物部氏に関して調べる事になったので、知識がまったく無い。

なので急いでネットの古本(歴史物の本は高い)を注文したのですが、何故か届かない・・・。

遅いな~遅いな~と思っていたら、今週に入り注文していた本のうちの一冊が見当たらないという連絡が。

どういう内容の本だったかと言うと『神道を奉じる古代豪族「物部氏」の正体は、なんと、徐福が率いてきたユダヤ人だった!』というもの。



昨日の記事にも書きましたが、スーさんは意外と(意外と?イメージ通り?)情報規制をかけてきます。

半年前はダメだった内容が今だったら良い、とか。

なのでメールが届いた時に、多分この本の内容も今は読まなくて良いという内容なのだろうなと思ったのです。

この本の内容に問題があるのではなくて、今は読む必要がないという事です。



ちなみに徐福さんと言う方は秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)に仕えた方で、なんでも不老不死の薬を探す旅の果てに日本に訪れたのだとか。

で、その時に3,000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従えていたそうで、その中にユダヤ人がいて後に物部氏になったよ!って感じの本だったようです。

中国は古代からシルクロード交易がありユダヤ人と交流もあったでしょうから、徐福さんの旅に同行していてもおかしくはなさそうですね!

いつか読んでみたいものです。



で、どんな本が許可されたかと言うと、まずはこちら→大和誕生と水銀―土ぐもの語る古代史の光と影

普段は行かない場所にあるブックオフまで連れて行かれ購入しました。

この本は奈良県にお住まいの歴史研究家の方が書かれたもので、何故人々が大和の地に集まったのかという事を全編奈良弁で解説してあります。

その理由はタイトルに書いてある通りなのですが、あの辺りは水銀が採れたからだそうなのです。

・・・すみません、この本一昨日手に入れたばかりでまだちょこっとしか読んでいないので、ここまでです。

来週には読み終わってると思います(`・ω・´)+

ちなみにこの本のタイトルにある「土ぐも」というのは、この古代氏族シリーズのきっかけとなった漫画『八雲立つ』に出て来た「土蜘蛛」と同じ意味です。→『八雲立つ』に学ぶ その1。

古事記において忍坂(現・奈良県桜井市)にいた種族「土雲」を指す言葉で、この本の作者さんは大和在住の方なので自らの事を「土ぐも」とおっしゃっています。



ところで、水銀って古代は何に使われたのか気になって調べてみたところ、なんと不老不死の薬「仙丹」の原料と信じられていたそうなのです。

中国の皇帝達に愛用されてまして、後に日本にも伝わって持統天皇(645~703年)なんかも愛用したそうなのです。

今だったら普通にダメじゃんって感じですけど、あの銀色の液体がすごく神秘的だったそうですよ。

で、ふと気がついたのが不老不死の薬を求めた徐福さんと不老不死の薬の原料・水銀。

徐福さんって水銀を求めて日本へやって来て、大和に辿り着いたのかもしれませんねぇ・・・。

まぁ今はそういうのは調べなくていいみたいなので、ここまでにしておきます。



それから昨日届いた本。


物部氏の方を昨日から読み始めましたが、これはとても面白いです。

まず饒速日さん一族は北九州にいたというところから始まって、何故大和に居を移したのか、またその根拠は?という事をとても分かりやすく解説してあります。

て言ってもまだ3章目くらいまでしか読めてないんであれですけど。

これまた来週には読めてると思うので、次回は祖神の饒速日さんからまとめていきたいと思います。

もう一冊の三輪山の方は全く読んでいないのでまた今度です。


(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


それでは今日も良い一日を~。

スーさん 「物事には時機というものがある。上手く物事が進まない、手に入れられないという事があっても必要以上に気に病まない様に」

musica 「守護さん達の仕業だと思っていいですか?」

ス 「その通りだが仕業という言い方は違うぞ?調整と言って欲しいな」





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by garoumusica | 2015-11-19 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日も昨日の続きです。




昨日の記事を書いた後にこの本を読み返すよう言われました。


この本は一度ブログで紹介した事があったのですが、その時は記事のほとんどをスーさんに消されてしまったという曰く付きw→神話に関する本、二冊。

どういう内容かと言うと、比較神話学という様々な異なる文化に属する神話を比較し、普遍的なテーマと性質を見いだすという学問でスーさん神話の謎を解き明かしていく、という感じです。

で、ペラペラと読み直していると、八岐大蛇から出て来た草薙剣に関する記述が目に留まりました。



彼、この太刀を取りて、異しき物と思ほして、天照大御神に白(まを)し上げたまひき。(『古事記』)

素戔嗚尊の曰(もたま)はく、「是神(あや)しき剣なり。吾何ぞ敢へて私に安(お)けらむや」とのたまひて、天神に上献(たてまつりあ)。(『日本書紀』第八段本文)



よく知られる神話では上記の様に、草薙剣を発見した後スーさんはあっさりと天照大神に剣を捧げていますが、この本では日本書記のオロチ退治を記載する一書第二、第三、第四は宝剣を天照大神に献上したとは書いていないと指摘しています。

一書第三においては、この剣は昔スサノオのもとにあったが今は尾張国にあるといい、一書第四では献上したのはスサノオの五世の孫だとし、スサノオは草薙剣を長く自分の手元に置いていたとほのめかしています。

何故本文ではあっさりと献上した事になっていたのかと言うと、高天原の神々に従属するスサノオを強調する為だったのだそうです。



で、この後に十握剣についても触れています。

この剣がどの様な物だったかとか、制作の由来などは神話には出てこないのですが、十握剣の別名について触れています。

『日本書紀』第八段の一書第二には「蛇の麁正(おろちのあらまさ)」、一書第三には「韓鋤剣(からさいのつるぎ)」一書第四には「天蠅斫剣(あまのははきりのつるぎ)」

『古語拾遺』では「天羽羽斬(あめのははきり)」とあります。



いわれが一番分かるのが「韓鋤剣」ですかね?

「韓」は「加羅(から)」で、3世紀から6世紀中頃にかけて朝鮮半島の中南部に散在していた小国家群の事です。

ちなみにこれが「唐(から)」だと中国を指すのだそうです。

「鋤」は鋭利な刃物、または鋤(すき)の類だそうです。

ブックオフで200円で買った古語辞典が大活躍です。

で、「韓鋤剣」は加羅製の鋭利な剣という事らしいです。

スーさんが輸入したのか、持ち込んだのか、はたまたお父さんが加羅から来たのか・・・。

その辺はちょっと分かりませんが、草薙剣でさえ長らく手元に置いた感じなのに、スーさんと稲ちゃんのラブロマンスが絡んだ剣をあっさりよその国(吉備)に渡したりしますかね?

私が稲ちゃんだったら自分の為に命を賭けて戦ってくれたスーさんの剣を手放したりしません。

て言うかお守りにします!(`・ω・´)+

!!!Σ(゚Д゚)

お守りだから神社に祀るのか・・・(´;ω;`)

で、スーさんの十握剣は布都斯魂大神となりましたとさ・・・。

なんかスーさんの剣が神様になった理由が分かった気がしました・・・(´;ω;`)

稲ちゃん目線だと、まずスーさんが自分の命を護ってくれた神様みたいな存在ですし、八岐大蛇退治の時に使った剣もスーさんの分身みたいに思うだろうし、剣が欠けちゃったところなんか更に愛おしいですし・・・。

そりゃあ、十握剣も神に匹敵する存在となるでしょう。

よく理解出来た↑の流れがなんだかすっごく悔しい・・・。



という訳で、布都斯魂大神の回でした。


*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*


それでは今日も良い一日を。

スーさん 「今日は水曜日。水の様に過ごしなさい」

musica 「どういう事ですか?」

ス 「週の真ん中は物事が滞りやすい。仕事が集中しやすいでもよかろう。そのような時は水の様に障害物を上手く避けていく様をイメージして事にあたりなさい。気の滞りも解消出来よう」

m 「水が岩にぶつかるイメージもありますが」

ス 「君がその様に生きたいのならば私は止めはしないよ」




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by garoumusica | 2015-11-18 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日からまた古代氏族物部氏編の続きです。




で、本日は何を書けば良いのかさっぱりです・・・。

なのでとりあえず、スーさんの十握剣の霊威である布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)に関して調べてみます。

ややこしくなるので、今回はスーさん親子に関する記述は無視して書いていきます。



神話ではスーさんの十握剣は八岐大蛇を退治した時折れてしまいます。

スーさんの時代の人って折れた剣をどうしたのでしょうね?

スーさん当時っていうのは青銅がメインでしたから、鉄で出来ていたらしいスーさんの剣は貴重だったので、きっとまた造り直したはず。

それとも上手く事を成したからという事で、剣を神格化し吉備の石上布都魂神社(いそのかみふつみたまじんじゃ)と造り祀ったのか。。。

それともスーさんの死後、後世の人がその剣を神にしたのか。。。

大陸系の方は自分の先祖を神として祀ったそうなので、その流れもあるのかもしれません。



スーさんの剣が神になった経緯は置いておいて、スーさんの剣の所在に関して日本書紀の注釈によりますと、「一書に『此は今石上に在す』、また一書に『今吉備の神部の許に在り』」とありまして、奈良の石上にあるのか岡山にあるのかよく分からない書き方をされています。

その後、807年に書かれた古語拾遺(こごしゅうい)という平安時代の神道資料によりますと、そのスーさんの十握剣は「備前国赤坂宮にありしが、仁徳天皇の御代、奈良の石上神宮に遷し加え祭る」とあります。

仁徳天皇の御代っていうのを調べてみると、西暦313年以降のようです。

で、移し替えた理由ですが石上神宮由緒記によりますと、「霊夢の告によりて春日臣の族市川臣これを当神宮に遷し加え祭る」という事です。

霊夢。。。

霊夢とは神仏のお告げが現れる不思議な夢という意味だそうです。

霊夢ねぇ。

そんなもので神様として祀っていた十握剣を取り上げられたら、たまったモンじゃないですよね。

それとも天皇の勅命を受けるという事自体が名誉な事だったのか。。。



そう言えば宝を取り上げられたって言うと、あの人を思い出します。

出雲古禰さん。

崇神天皇に出雲の宝を見せてと言われ、最終的に吉備津彦(きびつひこのみこと)と武渟河別(たけぬなかわわけ)に殺されちゃった人です。


この方の場合勅命といえども嫌がってた訳ですから、勅命を受ける事が名誉という訳ではなかったのかも。

この場面では出雲の宝を巡り吉備津彦が出雲古禰を殺した訳ですが、時代が変わり、吉備にあった出雲の宝であるはずのスーさんの十握剣を、勅命により大和へ渡すという流れが何とも言えません。

波動の法則ってやつですかね?



ところで、武渟河別さんは阿倍氏(←漢字間違え。正しくは安倍でした)の祖なんですって!

安倍氏と言えば後に安倍晴明さんが出てきまして、彼以降は陰陽師の家系として知られるようになります。

出雲古禰さんを殺した人の子孫が安倍晴明さんか~。

なんだか感慨深い・・・。


★*゚*☆*゚*★*゚*☆*゚*★


それでは本日も良い一日を。

ふっつん 「火曜日は心の中にほのかな火を点けて生きてみなさい」

musica 「ダジャレですか?」

ふ 「フフフ」




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by garoumusica | 2015-11-17 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日も昨日の続きで石上神宮・布都御魂大神編です。




岡山県の石上布都魂神社の社伝に残る、霊剣「布都御魂(ふつのみたま)」がスーさんの十握剣であるという伝え。

本来、布都御魂は建御雷神(たけみかづちのかみ)が所有する物だったはずなのになぁ、と首を傾げたところで思い出したのがこの本消された覇王

この本はスーさんと饒速日(にぎはやひ)さんは親子であるという事を証明する為に、神社伝承と祭神の分布・系統等を分析した本です。

今年の4月には買ってあったのですが、読み進めていくと若干作者さんが強引な傾向があった為、ペラペラとめくる程度にしか読んでいなかったのです。

ですが、この中にあるスーさんと稲ちゃんのラブストーリーがとても好きだったので、その部分だけはよく読んでいましたがw

で、改めて目を通していたところ、スーさんのお父さん「フツ」という人物「布都御魂剣」お父さんの魂の宿る形見だ!とされています。

すなわち、

・布都御魂大神=フツさん(スーさんのお父さん)

・布都斯魂大神=スーさん

・布留御魂大神=ニギハヤヒさん(スーさんの息子)

であり、石上神宮はスサノオ一族を三代に渡り祀ったTHEスサノオ神宮なのだと、作者さんはこの本の中で語られています。



ここでちょっと建御雷さんと対で語られる経津主神(ふつぬしのかみ)についてまとめてみます。

経津主さんは神話では日本書紀のみに出てきます。

どこで出てくるかと言うと、やっぱり国譲りの時です。



国譲りの際に高天原の神様たちの間で、誰が交渉に行くか話し合いがもたれたのだとか。

で、皆さん経津主神推し。

でもそれが気に入らなかった建御雷神(日本書紀では武甕槌命という漢字です)。

「なんで経津主神だけを強者扱いして、私は違うと言うのか!(心の声:私だって十分強者だろう!?)」

・・・なにこの人、ウザいわって感じがしますが、さすが神々は違います。

この言葉に強い忠誠心を感じ、彼を経津主神の副将として国譲りの交渉に参加させましたとさ。



という感じです。

ところでこの経津主さん、建御雷さんと同一ではないか、という見方もあるそうです。

それは何故かと言うと、古事記において建御雷さんの事を「建経津神(たけふつのかみ)」だとか「豊布津神(とよふつのかみ)」とし、あたかも同一神であるかの様な書き方をしているからです。

いやぁねぇ、こういうまどろっこしい書き方・・・。



それから布都御魂剣を神格化した神が経津主さんであるという説もあります。

更に物部氏の史書である「先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)」では、経津主さんの持つ剣が布都御魂剣であるとしているのだそうです。

で、ここ↑でようやく上の方で書いた、スーさんのお父さん「フツ」という人物で「布都御魂剣」お父さんの魂の宿る形見だ、という話に繋がるのです。



ところで、経津主さんってうちで言うところのふっつんです。

ふっつんは滅多にブログには出てこないのですが、一度だけ会話を出しています→初☆稲ちゃんイラスト、他。

あっ!この記事でふっつんの絵を描くって言ったのにまだ描いてない!!!

忘れてたー・・・。

なんかすみません・・・。



さてさて、今回は吉備氏について調べようと思っていたのが、スーさん神社で七支刀に似た木を見たところから石上神宮について調べる事になったのですが、なんでしょう?

この流れ!!!

あれ?ちょっと待って!?

吉備って今でいうところの岡山ですよね?

岡山って石上布都魂神社のある場所ですよね!?

この流れはつまり、今わざわざ吉備氏を取り上げなくても物部氏を調べていくといずれ取り上げることになるから、みたいな感じですか!?

・・・。

なんかすっごいスーさんの手のひらの上で転がされてる感じプンプンなんですけど・・・。

何だろう?この胸のモヤモヤは・・・。



この流れで来週の火曜日まで古代氏族編はお休みです(`・ω・´)+


・*:..。o○☆*゚・*:..。o○☆*゚・*:..。o○☆*゚・*:..。o○☆*゚


それでは本日も良い1日を~。

スーさん 「君達にとって悔いのない1日を過ごしなさい」

musica 「なんか重くないですか?」

ス 「人が1日を無事に過ごせるという事自体が奇跡なのだぞ」




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by garoumusica | 2015-11-13 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
はい、本日も物部氏・石上神宮編の続きです。




昨日はスーさん絡みで布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、つまり十種神宝(とくさのかんだから)について調べてみました。

なので本日はスーさんと関係無さそうな布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)について調べてみたいと思います。



布都御魂大神は、神剣「韴霊剣(日本書紀)、もしくは布都御魂剣(古事記)」の霊威です。

両方とも「ふつのみたまのつるぎ」と読みます。

この「ふつ」という言葉は物を断ち切る様を表していると言われています。



さて、この剣が神話のどの場面で出てくるかというと、まずは国譲りです。

国譲りの際に建御雷神(たけみかづちのかみ)が稲佐の浜にやって来た時、波の上にこの剣を逆さに立ててその切っ先に座り国譲りを迫りました。

それから次は神武天皇東遷。

東遷の際に熊野の地で兵が気を失って困っていた折、熊野の高倉下(たかくらじ)さんが建御雷さんから神武さんに渡すように託されたこの剣を神武さんに渡し、神武さんがこの剣を振るうと兵が正気を取り戻したのだそうです。

そして見事大和を征服し即位。

神武天皇が治世にあたる間、この剣は饒速日さんの息子の宇摩志麻治命(うましまじのみこと)が宮中で祀っていましたが、崇神天皇の代になりますと物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)の手により、石上神宮に移されご神体となりました。

ちなみに宇摩志麻治さんは石上神宮に配祁神として祀られています。



やがて布都御魂剣は拝殿の裏手にある禁足地に埋められてしまいますが、明治7年(1874年)に当時の大宮司によって発掘されます。

好奇心ですかね?

で、発掘された剣の身の長さは約68㎝、幅約3.6㎝、柄の長さは約13㎝、柄の頭の部分の飾りは約3.6㎝で、トータル約84.5㎝(上の数字と合ってませんがw)です。

剣の先はわずかに内反しており、その特徴から中国の漢の時代の素環頭大刀(そかんとうのたち)と考えられています。

日本で言うと弥生時代後期から古墳時代前期にあたります。

素環頭大刀はこの剣↓のもっと素朴な感じです。

f0351853_02511230.jpg

これは出雲歴史博物館で撮ったものです。

剣の分類。

f0351853_02513788.jpg

色々ありますねぇ。



で、ちょっと色々と調べていたところ、岡山県の吉井町という所にですね石上布都魂神社という神社があるそうで。

祭神はスーさんなのですが、明治時代まではスーさんが八岐大蛇を斬ったときの剣である布都御魂が祭神だと伝えられていたそうなのです。。。

!?∑(゚Д゚)

スーさんが八岐大蛇を切った時の剣が布都御魂!?

十握剣(とつかのつるぎ)じゃないの!?と思い調べてみたところ、古代は長剣の事を一般名詞として十握剣と言っていたそうです。

握りこぶし十個分の長さの剣という事らしいです。

石上神宮に祀られているスーさんの十握剣の霊威・布都斯魂(ふつしみたま)の間違いじゃないのかな?と思って更に調べてみたところ、江戸時代後期に岡山藩土が編纂の「吉備温故秘録」では「布都御魂」、明治初年編の「神社明細帳」「延喜式内神社・国史見在之神社」では「十握剣」を祭神と記してあるそうなのです。

えー・・・、なんだこれは・・・。

スーさんの剣は布都御魂なのですか?


今回記事が長くなってしまったので明日も続きます。


ていっ> (´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


それでは今日も良い一日を~。

稲ちゃん 「今日は木曜日ね?」

musica 「はい」

稲 「それでは木に触れる事をお勧めします」

m 「ダジャレ!?」

稲 「今週も後半ですけれども平日は自然に触れる機会は少ないんじゃないのかな?ちょっと意識して緑に触れると気を分けてもらえますよ」

m 「へ~」




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by garoumusica | 2015-11-12 05:00 | 古代氏族 | Comments(7)
はい、昨日から復活しました古代氏族の探索。

今回は物部氏編です。



物部氏

祖神:饒速日命(にぎはやひのみこと)
神社:石上神宮
祭神:布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)



うーーーーん、なんか変わった神社ですよね・・・。

祭神が神剣「韴霊(ふつのみたま)」に宿る霊威と、天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)に宿る霊威と、スーさんの天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿る霊威ですよ。

改めて霊威って何だっけ?と思い調べてみると、「霊妙な威光。不思議な威力」だそうで・・・。

なんて言うか、ワオ!って感じです。

それから、ホームページを見ても饒速日さんの息子の宇摩志麻治命(うましまじのみこと)は祀られていても、祖神である饒速日さんが見当たらない。

???な感じです。



で、これらの中でひときわ目を引いたのが、やっぱり布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)。

だってこの方、天璽十種瑞宝の霊威ですよ。

天璽十種瑞宝って十種神宝(とくさのかんだから)の事ですよね?

十種神宝って元々はスーさんが持っていた物でしょ?

なんでまた石上神宮に?って感じです。

天十握剣の霊威までありますから随分とスーさん贔屓な神宮です。



という訳で、十種神宝についてちょっと書いてみたいと思います。

十種神宝は饒速日さんが神武さんの東征に先立ち、天照さんに命じられて天磐船に乗って河内国(大阪府交野市)の河上の地に天降りする際に授かったものだそうです。

その内容をざっくりと言いますと、

・沖津鏡(おきつかがみ):人生の道標となる鏡
・辺津鏡(へつかがみ):生気・邪気の判断に使う、また己を強く輝く存在にする鏡
・八握剣(やつかのつるぎ):国家の安泰を願う剣、悪霊を祓う
・生玉(いくたま):神人合一の光の玉
・死返玉(まかるかへしのたま):蘇生をする玉
・足玉(たるたま):すべての願いを叶える玉
・道返玉(ちかへしのたま):悪霊退散の玉
・蛇比礼(へびのひれ):魔除け
・蜂比礼(はちのひれ):魔を封じ込める
・品物之比礼(くさぐさのもののひれ):浄化

です。



で、何故これがスーさんの持ち物だったかというと、この中の蛇比礼と蜂比礼があの場面で出てくるからです。

スーさんによるおーくにさんいびりw



スーさんが晩年、末っ子の須世理姫を連れて根の国で暮らしていた時の事。

須世理姫は根の国に来ていたおーくにさんとばったり出会い、激しい想いを抱いた二人はそのままうっかり野外プレイ。

情熱的ですね。

で、その後須世理姫はスーさんにおーくにさんを紹介し、それからスーさんによる試練という名のいびりが始まります。

なんと!お客さんであるおーくにさんを蛇がいる部屋に寝させます。

その時須世理姫はおーくにさんに蛇の比礼を渡し、蛇が咬みつこうとしたら比礼を三度振るように言います。

そして蛇がおーくにさんを咬もうとした時にその通りにしたら、蛇はおとなしくなり無事に一夜を明かす事が出来ました。

それから翌晩、今度はおーくにさんをムカデと蜂がいる部屋で寝させます。

この時も須世理姫はおーくにさんにムカデと蜂の比礼を渡し、難を逃れさせます。



という感じでさり気なく十種神宝が出てくるのです。



古代は末子相続だったらしく末の子供に財産を継がせていたそうです。

家督の継承自体は実力によるところが大きかったそうですが、財産の相続は末子有利という傾向があったのだとか。

だからスーさんは末っ子の須世理姫を連れて、財宝を持って根の国に行ったのだそうです。

まぁおーくにさんに須世理姫含め財宝を持ち去られてしまう訳ですが。。。

そしておーくにさん、その足で浮気ですわ。

ほんとに神話のおーくにさんは・・・(´・_・`)

スーさんも色々と盗まれ損ってもんです。

須世理姫が去った後、財宝も無くなった広い屋敷の中で1人ポツンと座る老いたスーさんを想像すると悲しくなってしまうので、この時ばかりは女を囲ってでも良いから楽しく暮らしていて欲しいと願うmusicaなのです。

あくまでも神話ですけど、それでもやっぱりスーさんには豪快な笑いがよく似合いますから、いつまでも笑っていて欲しいのです。


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それでは今日も良い一日を~。

おーくにさん 「便意を催したらなるべくその時に出したいものだね。あまり我慢が続くと便意を催す感覚が鈍くなり排便が困難になろう。つまり便秘だ」

m 「会社とか学校などではなかなかしづらいですけどねぇ・・・」

お 「排便は人の生理現象だがね」

m 「そうなんですけどね」





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by garoumusica | 2015-11-11 05:00 | 古代氏族 | Comments(1)
お久し振りの古代氏族シリーズです。



前回はいつだったかなと思い調べてみたら、なんだ、先週休んだだけでした。

先週は本も読まなかったので内心いいのかな?いいのかな?とヒヤヒヤしていました。

スーさんの教育の徹底ぶりがよく分かります。

で、次は何を書こうとぼんやり考えていまして。

出雲国造家は大体終わったし、後は出雲国造が意宇郡の郡司の職を解かれ意宇郡から出雲郡杵築郷へ拠点を移したくらい。

他には「禁出雲国造託神事多娶百姓女子為妾事」と注意された事とか。

出雲国造よ、神事にかこつけて百姓の娘たちをみだりににするなって意味です。

さっすがおーくにさんをその身に纏うだけありますね!(`・ω・´)+



そう言えば、昔は神社参りをした後は神社の側に備え付けてある遊郭で精進落としをしたそうです。

高くなり過ぎた波動を俗にまみれる事で日常に戻すとかなんとか。

なるほど、皆さん!神社へ行った帰りには風俗とは言いませんが、せめてホストクラブへ行きましょう!(←冗談です)

でもこういう俗なところが日本神話らしいですね?おーくにさん。(お「なんで私・・・」)



はい、出雲国造家はこんな感じです。

杵築大社に関してはきっと皆さんよくご存知だと思うので省略します。

出雲国造家メインではなくて古代出雲メインだったら、きっともっと面白かったでしょうけどねぇ。。。

「空白の4世紀」とか「倭国大乱」とか、なんだか魅力的な単語がありますから。

古代12氏族が終わったらそれを調べて遊びましょう~。


。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。


さてさて、次は出雲古禰さんを倒した四道将軍の吉備津彦絡みで吉備氏なんてどうかなとぼんやり思っていたのです。

が、先日スーさんに呼び出されてスーさん神社へ行った時の事。

その日は日没時に参拝したのですが、珍しく私以外の参拝者が二人も!

その方達のお参りが終わるのを待ってからスーさんにご挨拶をし、それからスーさんが拝殿から見る眺めを見ようと振り返り、先の男性が参道を後にする様子を眺めていたところ、ふと気になる木が目に入ってきました。

これです↓。

f0351853_00153223.jpg

七支刀・・・?


七支刀といえば石上神社。←※これは記憶間違いで、正しくは石上神宮(いそのかみじんぐう)でした。

まぁこれだけしか知識が無かったのですが、この記事を書くついでに検索して分かりました。

古代12氏族のひとつ、物部氏の総氏神。

物部氏の祖神の饒速日(ニギハヤヒ)と言えば、ある書物によればスーさんの息子とかなんとか。

とりあえずホームページを拝見していると、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)というスーさんがヤマタノオロチを倒した時に使っていた天十握剣(あめのとつかのつるぎ)に宿る神が祀られています。→石上神宮[いそのかみじんぐう]公式サイト

更に境内MAPを見てみると出雲建雄神社なる社まである・・・。

・・・ (゚д゚)。

なるほど、私の勉強する意欲がかき立てられる様な神社と氏族に導かれたという訳ですね。

そうですね、私は洋服が入らなくなったとかスイーツを食べるとか、そういう餌が無いとやる気が出ない女なのでね。

今回の勉強はスーさんが餌って訳ですね、よく分かります。

ほんと良く私の事を分かってますねスサノー様は!( ・ὢ・ )



という訳で、今回もスーさんの手のひらの上で見事に転がされた悔しさを抱えながら、古代氏族物部氏編、はじまりです。

スーさん 「以心伝心と言いなさい」

musica 「・・・(´・_・`)」


(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


それでは本日も良い一日を~。

南方先生 「では昨日のスサノオ殿を受けて、私も背中の翼絡みで。肩甲骨の間の筋肉が硬くなっていないかい?肩を回す人は多いけれど肩甲骨を意識して回す人は少ないのだよ」

m 「ゴリゴリ言います・・・」

み 「胸を張るような形で肩甲骨を回しなさい」






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by garoumusica | 2015-11-10 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日は古代出雲の各地との交流ルートです。



弥生時代から木をくり貫いたカヌーの様な船を使って、各地と交流していた出雲。

f0351853_00404755.jpg


いざ出雲へというタイトルを付けておきながら、出雲から出て行くルートをいきなり持ってくるのもどうかなとは思いましたが・・・。



大和へは一旦徒歩で吉備を通って瀬戸内海へ行き、そこからまた舟を使っていたようです。

筑紫から大陸へと書いていますが、一旦対馬へ行きそこから今の韓国へ行っていたのだそうですよ。

この図には書いていませんが、筑紫から九州内陸へ、というルートもあったとの事です。

チラッと読んだだけですが、古代の出雲の黒曜石がロシアで発見されているようです。

直接ロシアと交流があったとはなかなか想像出来ませんが、大陸に渡った出雲の黒曜石がロシアへ渡って行ったのかもしれないですねぇ・・・。

ほんと、出雲って交流が盛んですね。

この頃が古代出雲の第一次絶頂期だとか。

スーさんとかの時代ですかね?

腕を組みながら諸外国の方々と外国語でバリバリ交渉をしているスーさんの姿、フツーに想像出来ますよねw

で、第二次が意宇宿禰さんが出雲国造になった頃みたいです。



律令時代に七道が整備され、

f0351853_04424659.jpg

大和から出雲へのルートはこんな感じになりました。

f0351853_00403325.jpg

北海に出るおなじみのルートと、山陰道を通るルート、山陽道を通り出雲街道を通るルートです。

そして、出雲国内の道も整備されます。

f0351853_03371269.jpg

これは出雲国風土記に記載されている道を図にしたものです。

各郡に郡家というものが設置され、郡家を結ぶ形で道が作られています。

ピンク色の道は山陰道です。

オレンジ色の点は駅家です。



古代出雲の勢力図の郡の境界線と、

f0351853_01345030.jpg

上の道の図を併せるとこんな感じです。

f0351853_00402054.jpg

意宇郡に出雲国の国府が置かれている以外はそのままって感じですね。

各国の国造は各国の主要豪族が任命されたそうなので、意宇郡に国府が置かれたところを見ると古代出雲の権力が出雲東部に集中していたという事でしょうねぇ。。。



なんだかこうやって古代出雲の交流の様子を見ていると、須佐で見たスーさんのイメージを思い出します。

f0351853_04571549.jpg

musica 「海を見ているとその向こうへ漕ぎ出したくなります?」

スーさん 「ハハハ、そうだね」

m 「海の向こうを征服したいからとかですか?」

ス 「そんな理由じゃないさ」

m 「何ですか?」

ス 「海の向こうに何があるか見てみたい、ただそれだけさ」

m 「男子な発言ですね」

ス 「男とはそういうものさ。海があれば渡りたくなる、山があれば越えてみたくなる。そういうものなのだ」

m 「そういうものですか。帰りを待つ稲ちゃんも大変ですね」

ス 「彼女はそういう人間ではないさ。自分から私の横へ来る人だよ」

m 「あー、そうでしたね!」→おっさんsの姿。

ス 「ハハハ」

f0351853_04255453.jpg


それでは今日も良い1日を〜。

ス 「今日という日を悔いのないように生きなさい」


m 「なんですか?いきなり」

ス 「ん?君の行う祝福の手伝いさ」





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by garoumusica | 2015-10-29 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

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