カテゴリ:神社巡り( 18 )

昨日は二か所の八幡様へ行ってきました。

と言っても、始めから八幡様へお参りに行くと決めていたのではなく、母がちょっと離れた街で売られている美味しい新香巻が食べたいとの事だったので、それに付き合っただけだったのです。

で、無事新香巻を購入し、ついでに美味しいパン屋さんへ寄った帰りの事。



パン屋さんの脇にある細い道路を挟んで小さな神社がありまして。

そこはいつも鳥居の前を通り過ぎる時に手を振るだけの神社だったのです。

が、昨日はなんとなく中に入ってお参りをしたくなりまして。

なのでご挨拶。

この辺りは戦時中にアメリカから空襲を受けて街が壊滅した場所なので、お社自体は新しいですがとても手入れが行き届いている神社です。

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近寄ってみると・・・。

なんと!

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お猫様が・・・!!!

可愛い!

神社の由来の分かるものは無かったので、とりあえずご挨拶だけして後にしました。



それから夕飯の買い物へ。

帰り道にあるいつもは行かない、先程とは別の街で買い物をする事に。

その帰り、ふと神社がある事に気がつきまして、もう17時でしたが寄ってみる事に。

どうやら八幡様の様でした。

秦さんの所で、八幡大神とか応神天皇がいらっしゃいます。

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凛々しい・・・。

夕方の神社は悪い気が溜まっていて良くないとか聞きますが、ここは全然全然。

とても清々しい場所で、いつもは「怖い~」などと言っている母も納得の清らかさです。

なのになぜか生活感あふれる感じもまた趣があり・・・。

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本殿へ繋がる橋には「頭上注意」と書かれた張り紙が!

なんだかホンワカした空気が良いですw

そして美しい太陽光。

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そして灯篭点灯サービスまで!

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ありがとうございました、応神天皇さん!


そして帰ってからお猫様がいらした神社について調べてみると、こちらも八幡宮。。。

はからずも八幡宮巡りをしてしまった画廊musicaでした。


昨日のブログに載せたビーチボーイズの曲が、スマホでは聴けなかった様なのでもう一度。




(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「たまには気の向くまま足の向くまま行動してみなさい。守護の者からの導きが得られよう」

musica 「平日は難しいでしょ」

ス 「仕事帰りでも余裕だろう?」



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by garoumusica | 2016-03-15 05:03 | 神社巡り | Comments(0)
大晦日の朝、皆様いかがお過ごしでしょうか?別館 画廊musicaです。

なんとなく本館的な出だしをしてみたくなった、大晦日。

本年も今日で最後。

早いものです。

昨年の今日はどんな記事を書いていたのかなと思い検索してみると、セーラー服と機関銃でスーさんのアガペー攻撃にあってましたwww→2014年 12月 31日 愛に満ちた歌を つづき。


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musica 「それで今日の内容はどうしますか?」

スーさん 「稲荷の記事で本来君が書こうとしていた内容を書いてごらん」

m 「大晦日でようやく・・・!でも秦さんが中途半端ですが良いのですか?」

ス 「資料が無い為書きようが無いのだろう?それに昨日の記事で大まかではあるが稲荷と荼枳尼天の習合についても触れた。古代ユダヤ教やキリスト教との関連にも触れた。この記事を読んだ者達は自分達の国の宗教とは何か、クリスマスを祝い正月には神社へ参拝する国民性について少しでも理解出来たのではないかと思う。何より君が理解出来たのだからそれで良い。さぁ、君が書きたかった内容を記しなさい」

m 「いや、記すって程の事じゃないんですけど・・・(´・_・`)。えーっと、稲荷神社って怖いイメージがありましたけど、全然そんな事なかったですよってだけで・・・」

ス 「フフフ」

m 「ネットとかを見ると、霊能者さんが稲荷神社には人の欲が渦巻いていて云々などと見かけますが、実際にはとても心地の良い場所で・・・」

ス 「確かに気持ちの良い場だっただろう、君が訪れた際は」

m 「・・・どういう事ですか?」

ス 「君があの日稲荷神社へ行った時君はまずトイレに行ったが、トイレから出るまで雨が降っていたではないか」

m 「そうですけど・・・」

ス 「あれは場を清める為に降らせた雨だ」

m 「清めの雨・・・」

ス「特に君が行った日は午の日であったから、稲荷の功徳を求めて多くの者が参拝していた。君が去る前にはマイクロバスで団体が到着していただろう。やはり人の欲の念は集まる」

m 「うーん、でも私は欲って悪いものではないと思います。会社を経営している人は会社の人達を路頭に迷わせない為に会社の業績をお稲荷さんに祈るでしょうし、自営業で一家の主の人は家族に満足な生活をさせる為に充分なお金を得られるよう祈るでしょうし。それを一括りにして稲荷神社には欲が集まって波動が低いなどと言うのは横暴だと思う」

ス 「君の言っている事はもっともだよ。だが気になるのは出過ぎた欲だ」

m 「出過ぎた?」

ス 「本日大晦日は年末ジャンボ宝くじの抽選日だ」

m 「あー、それで今日急いでまとめるのか・・・」

ス 「真っ当な欲ではなく出過ぎた欲を持つ者が放つ波動には、その様な波動に相応しい存在が集まる。想像出来るだろう?」

m 「多分」

ス 「勿論その様な波動を出さなければ影響を受ける事はない。だが出過ぎた欲を持って出過ぎた欲が集まる場所に行けば、良くない影響を受けるであろう。その様な場所に集まる存在にも憑かれよう」

m 「なるほど・・・」

ス 「つまりは欲を持たずに清い心で神社へ赴けば良いのだ」

m 「でもお稲荷さんは商売繁盛の神ですからねぇ」

ス 「出した波動は返ってくる。エネルギーでも良い。そしてお金もエネルギーだ。年末ジャンボ宝くじを購入した者に聞こう。君は1億円を手にするだけの善業を重ねたかね?君はそのエネルギーを扱えるだけの器かね?そしてそのエネルギーを返済する覚悟はあるのかね?」

m 「なんか怖い・・・」

ス 「自分の器以上のエネルギーを扱う事は非常に危険なのだよ。君だって我々と逢う前は色々な経験を積んだだろう?特に逢う前後は重度のアレルギーで死にそうになった。それに今でも潔斎を欠かさない。絵を描く時は特にだ。この様な経験があってこそ、我々を身体が無いだけの普通のおっさんとして接する事が出来る。それだけの器を身に付けているのだ」

m 「それ微妙・・・(´・_・`)」

ス 「稲荷神社の祭神が倉稲魂であれ荼枳尼天であれ、それは変わらぬ。何かを得る時はそれだけの対価を払ったか、もしくは払っていく覚悟があるかだ。それは波動の法則と何ひとつ変わらぬ」

m 「でも年末ジャンボが当たる人がいますよね?それって」

ス 「大金を得るだけの善業を積んだ者、これからその対価を払う者、大金を得る事で新たな学びが発生する者、また大金を得る事によって他者に気づきを与えられる者。まぁ、大金を得る事が終わりではないのはどのパターンでも言える事だね」

m 「新たなストーリーが始まるのか・・・」

ス 「そのストーリーの内容は本人によるという事だ」

m 「うーん・・・。あっ、稲荷さんが祟るってどういう事ですか?」

ス 「その者が何に祈ったかによるが、大金を得た対価を祟りだと思う者もいる」

m 「何に祈ったかによるって?」

ス 「神以外に祈った場合だろう」

m 「お稲荷さんでしょ?」

ス 「ごく稀に神と呼ぶには至っていない者の場合がある」

m 「そんなの普通分かりませんよ〜」

ス 「通常は問題ない。波動が相容れぬ者とは接しないからね。だが欲を持って接すると神ではなく欲の波動に引き寄せられる者と接する。己次第だよ」

m 「接しちゃった場合は?」

ス 「通常と変わらぬ。それなりの対価を払うだけだ」

m 「お稲荷さんを祀るのを止めたら祟られたとか・・・」

ス 「対価を返しきれないうちに取りやめてそのツケが1度に回ってきた。または日々恩恵を受け続けているにもかかわらず祀るのを止めれば、エネルギーの循環がうまくいかずに影響が出、それを祟りと呼ぶ者もいるだろう」

m 「スーさんはどうですか?もしも、万が一私がスーさんを忘れてしまったら祟りますか?」

ス 「気にしないさ。意識しなくなる分繋がりは薄くなるかもしれないがそれだけの事だ。特にここにいる私は君の守護用だからね、生涯離れる事はない。しかし万が一その様な事が起きても、ほら、君が冒頭に触れた1年前の昨日と今日の記事で触れただろう?『さよならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの遠い約束』だと」→2014年 12月 30日 愛に満ちた歌を。

m 「ぎゃー!冒頭のアレはこれの前振りだったのかー・・・。やられました」

ス 「ハハハ!」


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


今年一年、毎日沢山の国の沢山の方々に本ブログをご覧いただきまして、おっさんs共々本当に嬉しく思っています。

ありがとうございました。

それでは良いお年を!


ス 「身を清め心身ともに心地の良い状態で新年を迎えなさい」



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別館 画廊musicaはお正月も正常運転です☆


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by garoumusica | 2015-12-31 05:00 | 神社巡り | Comments(6)
稲荷の記事を進めたいと思うのですがー・・・。

とりあえず、前回はこれでした。→稲荷神社と八幡神社、秦氏の創った神社の神様。



スーさん 「進まない様だね」

musica 「書こうと思えば書けるのですよ。稲荷神社は秦さんの作った東方キリスト教の宗教施設ですよ、稲荷大神はキリストさんの事ですよ、空海さんが神社の格を上げる時に荼枳尼天と習合しようとしたけれども、キリストさんと習合させたくない秦さんは命婦神を差し出してこっちと習合させちゃいましたよ、です。が、気になる事があって」

ス 「相槌を打ってあげるからとりあえず書き進めてみなさい」

m 「はい。ユダヤ人の方が書かれた日ユ同祖論の本を2冊ほど読みましたが、著者のお二人は共に稲荷には触れていないのです」

ス 「うむ」

m 「秦さんや八幡神社、祇園祭りに関してはページを取って解説しているのに、稲荷神社に関してはまったく触れていない。『INRI=INaRI』を関連付けるのは日本人だけなのです。て言っても、ユダヤ人の書かれた本は2冊しか読んでないからなんとも言えないんですが」

ス 「それで?」

m 「で、INRIってラテン語の表記だったから、古代ヘブライ語を母国語に持つ秦さんがラテン語の表記の方をわざわざ選択するかなって」

ス 「イエス殿の罪状は3ヶ国語で記されていたのだったね」

m 「はい。ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語です。八幡に「ヤ・ハタ」や「ヤハウェ」とヘブライ語の裏意味を付けたのに、なんで稲荷はラテン語にしたのか・・・」

ス 「そうだね、ここで君にひとつ気付きを与えよう。これが正しいという訳ではないが、煮詰まっている様だから新しい風を起こそう」

m 「ほー・・・」

ス 「時代が違うのではないかね?」

m 「時代?」

ス 「そう。八幡神社は秦氏が渡来して間も無くの時期だろう?しかし稲荷神社はいつ創建したかね?」

m 「711年?」

ス 「その頃には東方キリスト教だけでなく、景教も日本に入って来ていなかったかね?」

m 「そうか、東方キリスト教は秦さんが弓月国にいた頃のキリスト教だ・・・。聖徳太子の時代にはもう景教が入ってきてましたね。じゃあ何が何でもヘブライ語っていう空気じゃなくなってたのかな・・・」

ス 「ユダヤ人の書かれた本に稲荷に関して載っていないのは、ただ単にヘブライ語由来ではないからかもしれない」

m 「そうですねぇ・・・。あと何冊かユダヤ人の方が書かれた本を読んでから考えます」

ス 「慎重だねw」

m 「少ない資料だけで結論を出すのは楽だけど・・・」

ス 「まぁ、我々の過去は変わらない。淡々と調べていきなさい」

m 「はい。は〜〜〜、それにしても本ばっかり買ってる・・・。これもまたいつか役に立つのですか?」

ス 「秘密だよ。しかしひとつ言うなら、人生に無駄な事など何ひとつない」

m 「もー・・・」

ス 「ほら、ガイド拝見にもあっただろう?物事を自分でコントロールしようとしない、と。たまには流されるまま流れ行くのも良い。私にその身を任せなさい」

m 「そう言われると抵抗したくなる(`・ω・´) 」

ス 「ハハハ!」


(last ゚Д゚)ノ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


うわー、今年も残りあと二日!

お互いに良い一日を過ごしましょうねぇ。


ス 「もはや何も言う事はあるまい。悔いの無いように今日という日を過ごしなさい」




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by garoumusica | 2015-12-30 05:09 | 神社巡り | Comments(0)
はい、稲荷編です。


稲荷の記事を書き始めた時は、まさか本当に神道に古代イスラエルの文化が入っているとは思いもしませんでした。

変な感じィ〜〜〜(´Д` )



スーさん 「ようやく続きを書く気になったか」

musica 「はい。ですが稲荷の前に秦氏が建てた八幡さんに関してちょっとまとめてみようと思います。稲荷がINRIならこちらはヤハウェですから」

ス 「そうか」

m 「はい。こういうトンデモに分類される話題は気が重いですが、スーさんと同じ空を見上げてみようと思います」



昔々、弓月君は九州に上陸し、彼らは自分達の信仰していた宗教の施設を造りました。

彼らの信仰した宗教はユダヤ教を色濃く残した東方キリスト教。

東方キリスト教は彼らがまだ中央アジアに居たと思われる2世紀頃には既に中央アジアに広がっており、ユダヤ教を信仰していた古代イスラエル人にも受け入れられました。

そんな弓月君が造った神社は八幡神社。

主祭神は八幡大神でヤハウェだと言われています。

ヤハウェとは諸説ありますが、一応ユダヤ教の唯一神の事です。

一応って言うのはヤハウェが複数を指していると思われる記述も見られるからだそうです。

旧約聖書をじっくり読んだ事はないのでなんとも言えませんが・・・(´・_・`)



さてさて、八幡という漢字は仏教と習合する以前は「ヤハタ」と読んでいたそうです。

「ハチマン」は仏教ぽい読み方なんだとか。

で、「ヤー」はヘブライ語でヤハウェ=神の事だそうで、「ヤー・ハタ」で「秦氏の神」と取れるそうです。

ユダヤ人の方の説だと「ヤー・エハッド」で「唯一の神」という意味に聞こえるとの事です。

秦氏の造った1つ目の神社の神は、現在言われているような天皇系の神ではなくヤハウェであるようです。

面白いなぁと思ったのは八幡大神の使いは鳩だという事です。

鳩と言えばキリスト教においても聖霊の象徴とされていますから、こんなところにも東方キリスト教の面影が見受けられます。



それから秦氏の建立した2つ目の神社、稲荷神社。

「イナリ」はINRIからきていると言われています。

INRIとはキリストの磔刑の時に十字架の上に掲げられた罪状書きの文「IESUS NAZARENUS REX IUDAEORUM」の略文字で「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という意味だそうです。

現代でも十字架の中央上に見られます。


これ↓。

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それにしても罪状が「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」って変な感じですね。

イエスさんを磔刑に処する罪は見つけられなかったと聞きますけど・・・。

「ユダヤ人の王、ナザレのイエス(笑)」って感じなのでしょうか。



m 「今日はこれでやめていいですか?たったこれだけに2時間半w」

ス 「書きにくそうだね」

m 「神社の総数のツートップですからね・・・。私達はどの神様を信仰しているのか分からなくなってきましたよ?」

ス 「なに、簡単な事だ。日本を愛する神々だよ」


*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*:;;;:*゚。+☆+。゚+*:;;;:*


それでは本日もよい一日を~。

おーくにさん 「クリぼっちの皆、クリスマスイブに独りなんて、などと思う必要は無い。目に見えずとも守護の者と共にあるのだから」

m 「・・・」

お 「それに本番は明日だ」

m 「それ追い討ち・・・」




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by garoumusica | 2015-12-24 05:00 | 神社巡り | Comments(5)
昨日のブログにも書きましたが、寝る前にスーさんに明日は起こすなと言ったところ、なんと!14時まで寝ていました・・・。

10時には起きようと思っていたのに・・・。



スーさん 「昨日は君にとっては休日だったのだから、たまにはよかろう」

musica 「極端なんですよ・・・(´・_・`)。結局昨日はカーヴィーしかしなかった。。。夜には更に2時間ほど人をダメにするソファーで寝ちゃったし」

ス 「それだけ身体に負担がかかっていたのだよ」

m 「あぁ~~~、ブログどうしますか?何も勉強していない」

ス 「君は神道に古代イスラエルの文化が入っていると知り驚いていた。それは古代の日本の渡来人に関する知識が不十分だったからだ。ここで今一度、古代に日本に渡来した者たちを学び直そう」

m 「えー、麻はどうなるんですか?」

ス「話が進むうちに見えてくるものがあろう。今は君の古代に対する理解を進める時だ」

m「中途半端な・・・(´・_・`)」

ス 「宗教の理解と歴史の理解は一体だよ。同時に学んでいるのだ。そして同時に学ぶからこそ見えてくるものがあるのだよ。さて、以前君に購入させた『学び直す日本史<古代編>』を開いてみなさい」

m 「はい。えーっとここかな?『秦氏の渡来 渡来人がもたらした文化と技術』」

ス 「そこに『日本に新たな文化をもたらした人々』が表にまとめてある。それらの者達を軽く調べよう」

m 「はい。まずは弓月君

それから王仁(わに)さん。日本書紀によると404年に百済より渡来。『論語』『千字文(せんじもん)』を伝えたとされる。
書首(ふみのおびと)らの始祖。彼らは外交文書の翻訳、文書の作成、海外情報の分析や外交使節に随伴して通訳をしたり、所領や租調の記録、政変や天変地異の記載、史書の収集編纂、中国典籍の紹介などの仕事をしたとの事です」

ス 「『論語』という事は彼らは儒教だね」

m 「そうですね。儒教も宗教に近いものがあるので王仁さんも宗教を持ち込んだと言えるかもですね。

更に五経博士(ごきょうはかせ)さん。513年に百済より渡来。五経博士というのは、中国の前漢・武帝さんの時に設けられた教育の官職の事で、日本においては儒教と漢文古典を教える官職の事です。
彼らが渡来してきた理由は、当時日本が領土としていた朝鮮南部の任那(みまな・にんな)四県を、百済へ渡した事に対する百済側の返礼だったようです。
彼らは五経(『詩経』・『書経』・『礼経』・『易経』・『春秋経』)の講義をしたそうです」

ス 「これらも儒教の経典だね」

m 「儒教が続きますね。

それから司馬達等(しばたつと)さん。現代でも使えそうな名前ですね」

ス 「そういうのはいいから・・・」

m 「彼は鞍部氏の祖先で、日本に仏教が公に伝わる以前から仏教を信仰していたとされているそうです」

ス 「仏教公伝はいつだったかね?」

m 「えーっと、538年?ですが彼らは522年に渡来し、大和国高市郡坂田原に草堂を造って本尊を安置したそうです」

ス 「儒教に仏教だね」

m 「はい。ラストは曇徴(どんちょう)さん。610年に高句麗から渡来した僧侶で、紙・墨・絵具を伝えたとされています。ですが、製紙技術は彼より前にすでに伝わっていたと考えられるようです。以上です」

ス 「しかしこれだけではあるまい」

m 「そうですね。。。この表では有名どころは秦氏しかいないですが、他には物部氏、蘇我氏、中臣氏、東漢(やまとのあや)氏、西漢(かわちのあや)氏・・・」

ス 「日本の有力な氏族に渡来系の者達が多いという事が分かればそれで良い。日本という国はこれより以前にも様々な土地から様々な者達が渡来していた。様々な人種・文化が混ざり合い発達していったのが日本だ」

m 「はい」

ス 「この事実を踏まえれば、日本の宗教が古代イスラエルの文化のみでなく、様々な国の様々な宗教の影響を受けていてもおかしくなかろう?」

m 「はい」

ス 「様々な宗教・文化が対立せずにうまく混ざり合い発展した国、それが日本だ。世界的に見ても稀有な存在だ」

m 「そうですね。現代においても宗教は対立の要因となっていますから」

ス 「今という時機に日本の歴史を学ぶ事、実はこれは大変意義のある事なのだ」

m 「そうですねぇ・・・」

ス 「だからしっかりとついて来て欲しいのだ。その為にも多くの人物に協力してもらっている」

m 「最近夢の中で色んな人にお話を聞いている事は覚えているのですが、肝心の内容を全く覚えていないという・・・」

ス 「必要な時に閃きという形で思い出すから気にしなくて良い。夢での学びとはそういうものだよ」

m 「はぁ・・・」


(●・ω・)σ☆:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:☆а(・ω・○)


それでは本日も良い一日を~。

南方先生 「今日はあせらずゆっくりと一日を過ごしなさい。忙しい時には特に心に余裕を持って」



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by garoumusica | 2015-12-22 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日も続きです。

ちょっとブレイクどころじゃないですね、がっつり行ってます。




musica 「それで?何で今頃こんな話をするのですか?」

スーさん 「君が気がついたからだよ」

m 「何に?」

ス 「久米歌だ」

m 「あー・・・」

ス 「君はこの稲荷の話題に入る前に物部氏に関して調べていた。まずは祖神・饒速日(ニギハヤヒ)に関して調べた。すると君はやむを得ず神武東遷についても調べざるをえなくなった。私が日向旅以前から口を酸っぱく言っても調べようとしなかった神武東遷をだ」

m 「血生臭いから・・・」

ス 「フフフ。日本書記と古事記の読み比べをし、君はある事に気がついた。久米歌にヘブライ語があると」

m 「あー・・・、神武東遷の箇所に神武が歌う久米歌という詩が挿入(?)してあるのですが、気になったのはコレです↓。

『宇陀の高城に鴫(しぎ)罠張る 我が待つや鴫は障(さや)らず いすくはし鯨(くじら)障る 
前妻(こなみ)が肴乞(なこ)はさば立ち蕎麦の実の無けくをこきしひゑね 
後妻(うはなり)が肴乞はさば厳榊(いちさかき)実の多けくをこきだひゑね
ええしやごしや ああしやごしや』

っていう久米歌なんですけど、意味は

『宇陀の高地の狩り場に鴫の罠を張った。
私が待っていた鴫はかからず、思いもよらない鯨がかかった。
古妻がお菜を欲しがったら、肉の少ないところを剥ぎ取ってやるがよい。
新しい妻がお菜を欲しがったら、肉の多いところをたくさん剥ぎ取ってやるがよい。
えー、しやごしや あー、しやごしや』

とまぁヒドイ歌な訳です。くそ野郎でしょ?神武」

ス 「それはいいから・・・。君が気になったのは『こきしひゑね』と『こきだひゑね』『ええしやごしや ああしやごしや』だね」

m 「はい。古事記の注釈本を読んでいると『こきだひゑね』は意味の無い言葉とありまして。『ええしやごしや ああしやごしや』に関しても掛け声の一種のような書き方をされていました。掛け声はありそうですが、意味の無い言葉というのはさずがに無いだろうと」

ス 「それで君は君が代がヘブライ語で解釈できることを思い出し、これらの語句もヘブライ語ではないかと検索し、それらしいものを発見した」

m 「古代にヘブライ語を話す人がいて、もしくは知っている人がいて、その人達が使っていた言葉が民衆に広まって掛け声の様なものとして残ったか、古事記や日本書紀を書いた人の中にヘブライ語を操る人がいた、あたりかなと」

ス 「それで君はこの久米歌に関して記事にするか迷っていた。知らなかった事にして今まで通り神話や歴史だけを扱うか、それともきちんと向き合うか。そんな時に我々が君を稲荷神社へ連れて行った。君はこれ幸いとその話題をブログに載せ今に至る」

m 「今思えばそうですね・・・」

ス 「我々の答えは君を稲荷神社へ連れて行った事から分かろう?」

m 「きちんと向き合えという事ですね。あ、そう言えば物部氏に関して本を集めていた時に、『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』と言う本は買わせてもらえなかったですけど、それはなんでだったんですか?」

ス 「君は日ユ同祖論を誤解していたではないか」

m 「あー・・・」

ス 「君には今回の流れがあって初めて理解出来た事柄だったのだ。饒速日と物部氏の伝承だけでは君は理解出来なかった。ただ本を与えただけでも駄目だ。秦氏の日本に与えた影響力を以てして初めて、君は理解し受け入れる事が出来たのだ」

m 「それはあるかもなぁ・・・。相変わらず手の平コロコロ」

ス 「まだそれを言うのかね?」

m 「いや、このブログをご覧の方は特に今回の流れを見てそう思われたはずです。あ~~~、それにしてもこれから歴史の勉強をする時どうすればいいんだろう~~~。ただ日本の歴史を見るだけじゃダメになっちゃったじゃないですかーーー」

ス 「何を言っているのだ、ただの日本の歴史ではないかw」


■´Д`□´Д`■´Д`□´Д`■´Д`□´Д`■


それでは本日も良い一日を。

南方先生 「寒い時こそ身体を動かしなさい。さもないと血行が滞り筋肉が委縮し、様々な不調が現れよう」




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by garoumusica | 2015-12-12 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日は昨日の記事の続きです。




は~~~、20分かけて書いた記事が消えました・・・。

書いていた内容はやめて昨日の続きをサッサと書く事にします。

て書いたら目の前に白い丸が・・・。

ぐぬぬ・・・(メ゚益゚)



musica 「ところでスーさん、こういう内容って書いていいんですか?日本の文化、神道は古代イスラエル人の影響を受けたものだって事になるでしょ?」

スーさん 「秦氏が古代日本にもたらした影響は計り知れない。それは事実ではないか。君は今、日本の歴史を学んでいる所だろう?何が問題なのだ?」

m 「確かに私は『古来の神社は今のように常設の社殿があった訳ではなく、祭祀を行う度に仮の屋代・神籬(ひもろぎ)を設けて神を祀り、終わると神のお帰りを待って取り壊していた』と書いて、秦氏が神社を創建したと書きました。が、その時は秦氏が古代イスラエル人だとは思っていなかったですよ」

ス 「うむ、それで?」

m 「古代イスラエル人という事は秦氏が信仰していた宗教は、時代的に古代ユダヤ教とか原始キリスト教、東方キリスト教でしょう?神道は古代ユダヤ教とか原始キリスト教、東方キリスト教の影響を受けていると言っているのと同じじゃないですか」

ス 「それの何が問題なのかね?」

m 「問題じゃないですか?」

ス 「君が今着ている服は何かね?半纏を羽織ってはいるが部屋着は西洋の服ではないか」

m 「そうですけど」

ス 「今君が扱っているコンピュータは誰が発明したのかね?そのディスプレイは?それを動かしている電気は誰の発明かね?照明は?すべて外国の文明品ではないか」

m 「時代が違います」

ス 「時代?君は何を言っているのかね?今年君は何を学んだのかね?古代の日本人が諸外国相手に活発に交流をしていた事を学ばなかったかね?移動経路を学ばなかったかね?かかる日数を学ばなかったかね?君達日本人は古代より様々な国と人と文化と交流をしてきたのだ。いいかね?文化の交流だぞ?」

m 「・・・」

ス 「秦氏は我々日本に多大な貢献をした。様々な文化に於いてだ。そんな彼らが古代から続く日本の宗教に関し、自分達の宗教を基に整理してもおかしくなかろう」

m 「うーん・・・。日本に古代から続く宗教を自分達のものとすり替えたりとか」

ス 「すり替えるというよりも配慮はあろう。隠れキリシタンのマリア観音などが分かりやすいだろうか」

m 「あー、なるほど・・・」

ス 「『稲荷=INARI』と『INRI=ユダヤ人の王、ナザレのイエス』ネットで見かけただろう。日本人にとっては稲荷神社、秦氏にとっては彼らの宗教施設。これはある意味画期的だと言えよう?」

m 「うーん・・・。スーさんにとって自分達の宗教が侵攻されたという意識は無いのですか?」

ス 「侵攻?信仰ゆえに?」

m 「面白くないです」

ス 「日本語とは面白いものでね、同音異義語や似た言葉が真理を突いているのだよ。信仰ゆえに侵攻してしまう」

m 「癒しはイヤしいとか?」

ス 「フフフ。信仰とは文化と同じように常に形が変わっていくものだ。信仰の対象の形が変わり名が変わったとしても、我々の本質は決して変わる事は無い。我々の本質と言うのは君達への愛の事だよ」

m 「うーん・・・」

ス 「このブログで初めに君達に話しかけた内容は何だ?」

m 「鏡の話?」→スーさんの講義。

ス 「そうだ。君達が御神体の鏡に映すのは君達自身の姿だ。即ち神は見る者によって姿が変わる。ただそれだけの事だ」

m 「それだけの話」

ス 「百人の人がいれば百通りの神がいる、ただそれだけの事だ。納得いかぬかね?」

m 「なんとなく・・・」


☆(´・ω・`)★☆(´・ω・`)★☆(´・ω・`)★☆(´・ω・`)★


それでは本日も良い一日を~。

ス 「今週やり忘れた事は無いか?身の回りを整理し、今一度確認しなさい」





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by garoumusica | 2015-12-11 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日も秦氏シリーズです。

本来は稲荷シリーズのはずでしたが、気がつけば秦氏シリーズです。

もうカテゴリーを古代氏族に変えた方が良いのではないかと思っています。



突然ですけど、昨日のブログの記事を書くまでは日ユ同祖論ってちょっと小ばかにしていたのですよ。

劣等感を持つ日本人が「我々は失われた10氏族の末裔だ(`・ω・´)+」とか言い出したのだろう、トンデモ話、プーくすくす、レベルに思っていました。

どうもすみませんでした(´・ω・`)

自分で納得のいくように勉強していたら、ごもっともですと思う様になりました。

私が無知でした。



日ユ同祖論って何ですか?と思われる方もいらっしゃるかもしれないので、ざっくりと書いていきます。

まず紀元前10世紀頃、現在のイスラエルの地には古代イスラエル王国と呼ばれる国があり、ここには「イスラエル12氏族」と呼ばれる人たちが住んでいました。

その後、南王国ユダ・北王国イスラエルに分かれ、南王国ユダには2氏族、北王国イスラエルには残りの10氏族で構成されました。

それから紀元前721年に北王国イスラエルはアッシリア帝国によって征服され、この王国にいた10氏族はアッシリアへ連行されます。

この時に北王国イスラエルは滅亡、10氏族は行方不明となります。

これが巷でよく聞く「イスラエル・失われた10氏族」です。



で、時は流れて現在。

1975年に設立されたイスラエルの失われた10支族に関する調査機関「アミシャーブ」というものがあり、ユダヤ人の方達は今も失われた10支族を探し続けていらっしゃいます。

他にも多くの方達が研究をされていらっしゃるのですが、彼らの研究によると失われた10支族の末裔はアッシリアに連行された後、東に向かった事が分かっているそうです。

アレです、昨日のシルクロードのやつです。→伊奈利と(略)、更に荷田氏。本日は秦氏と祖神・弓月君。

で、最終的に失われた10支族が辿り着いたのが東の果て・日本だった・・・!!!

というのが日ユ同祖論です。



あくまでも、日本人=ユダヤ人ではありません。

日本人の祖先はユダヤ人だ!でもないです。

秦氏が日本に来た当時の日本の人口は500万人で、それに対して弓月君は120県分の人を引き連れて来た事なので、1県100人とすると1万2千人程度です。

なのでユダヤ人の一部の人達の遺伝子と日本人の中の一部の人達の遺伝子が合致する部分があるよ、程度に思ってください。

で、実はこの日ユ同祖を言い出したのは日本人ではなくユダヤ人の方達です。

実際遺伝子の調査もされていて科学的に認められているそうなのです。



そしてスーさんとの雑談。

musica 「稲荷の記事を書いていたはずなのに、どうしてここまで来てしまったのか・・・」

スーさん 「君にとって必要な流れだったのだよ。まぁ少々強引だったのは認めざるを得ないがね」

m 「どうしてこうなった・・・」

ス 「君がここ数年年末にガイドを見てもらい翌年のアドバイスを貰っているだろう?」

m 「あー、はい。まるの日さんのガイド拝見。スーさん達と接する前からお願いしてます」→まるの日圭の あなたのガイド拝見

ス 「彼がメッセージを受け取る『ガイド』は非物質的に影響を与えている存在総てを指し、そのメッセージはその中で今一番繋がりの深い存在から受け取っていると言われている。そしてそれは過去生、未来生、別次元の自己の場合もある」

m 「はい」

ス 「さて、君のガイドの中に中央アジアの人物がいた。秦氏がもと居たとされる弓月国はどこに位置するかね?」

m 「中央アジアです・・・」

ス 「君の名をアルファベットで表記した場合、綴りが同じ外国語の名前がある。その名の起源はヘブライ語であり、古代のイスラエル人が使っていた言語だろう?」

m 「・・・」

ス 「君の人生に起こる出来事は全て必然だ。今回の流れも君の人生にとって必要な流れだったのだ」

m 「中央アジアのガイドさんのお名前はアウルさんで、これも私が小学生の頃から好きだった小説の主人公の名前でした。今回もまた壮大な伏線を引いたものですね」→備えて心にゆとりを持つ。

ス 「伏線はきちんと回収してもらいたいものだね」


( ・_ゝ・)o*――゚+.――゚+.――゚+.――゚+.――*o(・c_,・)


それでは本日も良い一日を!

ス 「君達が本当に迷っている時、能力のある者に我々からの言葉を届けてもらうのもひとつの手だ」




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by garoumusica | 2015-12-10 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
ちょっと開けての稲荷話です。

どういう内容だったか自分が忘れてしまったので、自分のブログを読みなおしてしまいました。

前回の内容は「安心してください、神の祟りではなくて水銀中毒ですよ。」でした。

もっと詳しく思い出したい方はこちら→伊奈利と(略)、更に荷田氏。本日は秦氏と水銀中毒。



で、なんで稲荷神社と関係のない事を長々と書いてきたかというと、秦さん達はあらかじめこれらの出来事を予測していたんじゃないかなぁと思ったからです。

秦さんと当時の日本を比べると、持てる技術や文化が段違いに違う。

技術者集団という事ですから、当然水銀アマルガム鍍金法を用いる事によって引き起こされる水銀中毒を、経験的に知っているはずです。

遷都をしなくてはならない程の汚染を見逃し、最終的に資金を提供し都を自分達の本拠地へ誘致している様子から、全て彼らの計画通りなのか?と思わずにいられないのです。

平安京の風水はバッチリ!空海の知恵のおかげだよ!みたいな内容のものもネットで目にしましたが、空海というよりも秦さんの知恵っぽい感じがします。

300年近くの年月をかけて治水工事をしたり信仰の対象を創り上げたり。

少しづつ少しづつ京に都を置く手筈を整えていたようです。



が、そんな秦さん、政治では努めて裏方へまわる様にしていたそうなのです。

その後急激に力を失い政治の世界から消え去ったと言われている様なのですが、どうなのかな?と思い彼らについて調べてみました。

秦さん達の祖神は弓月君(ゆづきのきみ)。

元々いたと思われる国は中央アジアに位置する弓月国(ゆづきのくに)、古代の中国では「ユンクエ」←間違え。「クンユエ」と呼ばれていたようです。

f0351853_02550826.jpg

かなり適当で申し訳ないですが・・・。

秦氏はユダヤ人だという説があります。

なのでユダヤ人が開拓したというシルクロードの4つのルート(ルイス・ラビノウィッツさんの説)を重ねてみました。

f0351853_02552050.jpg

シルクロードには旅をして6日ごとの距離にユダヤ人の街があったそうです。

弓月国はその一つだったのかもですねぇ・・・。

秦氏がユダヤ人だったとしたら、彼らの歴史は現在で4000年の歴史があると聞きますから、当時で考えても2200年位の歴史があった訳ですので、秦氏の技術力・知力を考えるとさもありなんと思えてしまいます。

そして迫害の歴史がありますから政治の表舞台には立たず、裏で政治を操り自分達の住みやすい国を造る事に専念した事も納得です。

盛者必衰ですからねぇ・・・。



秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐのはたのきみ)の「伊弥奈利(=稲成り)」の神話も、なるほど、良く出来てるなぁと思うのです。(→伊奈利と稲荷、狐と空海、そして秦氏。

まず伊呂具さんを驕った嫌な奴として描いた後に、心を入れ替え伊奈利神社を建てた、としています。

秦氏を一旦低く描いていますから秦さん家が段違いに裕福でも、庶民は『秦さん家が裕福なのは心を入れ替えて頑張ったからよねぇ』と好意的に見る事が出来ます。

それに自分達への戒めにもなりますからねぇ。。。



が、一方の荷田さん。

彼らにも伊奈利神社に関する神話があるのですがこんな感じです。



荷田龍頭太(りゅうとうた)という者が稲荷山の麓に長年に渡り住んでいて、昼は田を耕し夜は山に入って薪を求める仕事をしていた。

その顔は龍のごとくで頭の上に光放つものがあり、夜でも昼のように明るかった。

この龍頭太が稲荷神であり、荷田氏の祖神である。



これは空海さんの弟子が書いた『稲荷大明神縁起』に出てくるのですが、祖神を光り輝く他者とはちょっと違う自分にしちゃったあたり、ちょっと虚栄入ってますよね。

祖神の伝説の中に己への戒めと教訓、そして他者への気遣いを入れた秦氏と、虚栄を入れた荷田氏。

どちらが上手か火を見るよりも明らかだなぁと感心してしまいました。



が、そんな秦さん家でもちょっとアレ?っと思う発言も出てきます。

9世紀になると秦さんが「自らの祖先は秦の始皇帝である(`・ω・´)キリッ」と言い出します。

実際それが事実で秦氏の中でそういう話が先祖代々伝わって来たのかもしれませんが、それを表に出しちゃいけないよと彼らは教えていたはずなのです。

時が経つと祖先の知恵も忘れ去られたのでしょうか。


|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]|・ω・)ノ[終]


それでは本日も良い1日を。

スーさん 「ふと目に入った本、それを手に取りなさい。我々からのメッセージだよ」




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by garoumusica | 2015-12-09 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
昨日は絵の面倒な所をずっと描いていたので早々に飽きてしまい、時間があるので稲荷神社に関する話題の続きです。
伊奈利と稲荷、狐と空海、そして秦氏、更に荷田氏←NEW!



まずは前回までのポイントを、よく分からなくなってきた自分の為にまとめてみます。


・古代には「春に山の神が里に降りてきて田の神となり、秋に収穫が終ると山に帰る」という信仰があった。

・狐には山と里を行き来するという習性があった為、狐を「田の神様」として扱っていたのが、後に狐が稲荷の使いとされるようになった。

・稲荷神社の祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)で穀物・農業の神様。

・宇迦之御魂神の別名が御饌津神(みけつかみ)であり、みけつの「けつ」が狐の古名「けつ」に想起され、誤って「三狐神」と書かれしまった為、狐は宇迦之御魂神の眷属であるとみなされた。

・稲荷信仰の総本山・伏見稲荷大社は秦氏の氏神。

・秦氏は3~4世紀頃に新羅(朝鮮)から渡来した集団で、卓越した技術を持つ技術者の集まりだった。

・秦氏の一部が現在の京都の深草に進出し、その地を治めていた豪族荷田氏を制圧し現伏見稲荷大社のある伊奈利山の祭祀権を奪取、そして711年に前伏見稲荷大社である伊奈利社を創建。

・荷田氏は摂社である白狐社(命婦社)の統治を与えられる。

・白狐社(命婦社)の祭神である命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)は、810~24年あたりに宇迦之御魂神の眷属となった狐。



こんなところです。

で、これから都が平安京に移ってからの話になるのですが、秦氏ってすごいですよ。

秦氏って3~4世紀頃に新羅(朝鮮)から渡来したと書いたのですが、深草に進出したのは5~6世紀あたりではないかという事なのです。

まず福岡に上陸し、彼らは宇佐八幡宮の元宮である矢幡八幡宮を創建します。

全国津々浦々にある八幡宮も秦氏が創建したものっていうのがすごいですよねぇ・・・。

その後5~6世紀あたりに深草へ進出。

はじめ物凄く不思議だったのですよ、なんで深草?って。

当時のこの辺りの中心地と言えば奈良(下図の①です)でしたから、京都の深草(下図の14です)ってちょっと外れてるように見えたのです。

太秦に進出した秦氏にしてもそうです。

ですが時代が変わるにつれてだんだん都が京都に移動してくるのですよ・・・。

794年に都が平安京に移る時に、秦氏は天皇に資金提供をし都を自分達の勢力圏に持って来たのです。

f0351853_02504827.jpg

はじめは中央下の①からスタート。

数字がピンク丸の横にあるのは、また同じ場所に戻って来たよ☆ということです。

中央上の14が平安京です。

ちなみに緑のウニョウニョは山です!(`・ω・´)

山です!(`・ω・´)



なんかすごいですよねぇ・・・。

先見の明があると言えばそうなんですけど、何百年と時間を掛けて徐々に自分達の居る方向へ手繰り寄せている感じが、蜘蛛の巣にかかった獲物を少しずつ確実に捉えていく蜘蛛の様で。

上の図に星のマークがあるのですが、あの場所は大和の地を眺める絶好の場所だったそうで、古代の人達は大和へ来る時にあの場所から大和の地を眺めたのだそうです。

山々を見てとんぼが交尾してるみたいだね☆と言った御仁もいました。

ですが秦氏は違います。

100年後200年後を見据えて行動しています。



①から③⑤と数字が並んでいますが、そこには川があり谷になっていて宇陀地方へと行く事が出来ます。

宇陀は古代に重宝された水銀や辰砂の産地で、国内だけでなく海外からも買い付けに来ていたそうなのです。

それはそれは賑やかだったそうなのですが、あんまり度が過ぎると出てくるのが水銀中毒。

538年に仏教が伝来し、次第に国産の仏像が造られるようになりますが、仏像を金色にメッキする技法に水銀アマルガム鍍金法が用いられたそうなのです。

これは水銀を蒸発させて仏像にメッキを施す方法なのだそうですが、その蒸発した水銀を技師が吸引すると発生するのが水銀中毒。

廃水や空気、土壌なんかにも当然水銀が混ざりますから、それを元に民にも被害が出ます。

て言うか、その前に採掘場からの汚染もあるでしょうから、どのみちその一帯は居住出来なくなるのです。

平城京にある奈良の大仏も5年がかりでメッキを施されましたが、その間都の人達は蒸発水銀を吸い続け、水銀中毒にかかってしましました。。。

蒸発水銀を吸った場合の中毒症状は、気管支炎・肺炎、腎障害・むくみ・尿毒症、それから倦怠感・手の震え・運動機能の失調などです。

これらを当時の人達は仏教を信仰した為に日本の神々が怒ったのだ、祟りだと恐れ都を転々としました。


安心してください、神の祟りではなくて水銀中毒ですよ。


明日も(絵が順調だったら)続きます。


゚♪゚.★.。O。゚♪゚.★.。O。゚♪゚.★.。O。゚♪゚


それでは本日も良い一日を~。

musica 「スーさん達ってさ、事ある毎に神の祟り~とか言われちゃっててさ・・・」

スーさん 「それは一重に知識が無かった故だろう?仕方あるまい」

m 「仕方あるまい、か」

ス 「我々は人を受け止める為にいるのだから」

m 「祟ったりはしないです?」

ス 「当たり前だよ。でも君が祟る神を望むのならば・・・」

m 「いつものパターンですねw」





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by garoumusica | 2015-12-06 05:00 | 神社巡り | Comments(0)

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