カテゴリ:神社巡り( 18 )

なんでこんな事になったのか分からないですが、本日もお稲荷さんの続きです。



とりあえず、昨日のラストに出て来た命婦神(みょうぶしん)の由来から調べていこうと思います。

命婦神は空海さんの弟子の書いた書物『稲荷流記』に出てきます。

その内容はと言いますと、



平安初期の弘仁年間(810~24)に平安京の北郊・船岡山の麓に棲む年老いた白狐の夫婦がおりました。

この狐夫婦はとても善良な狐で、いつも世の為人の為に尽くしたいと願っていました。

ですが獣の身であり、その願いを果たす事は出来ないでいました。

そんなある日の事、狐の老夫婦は五匹の子狐を伴って稲荷山に参拝します。

そしてこうお祈りをしました。

「本日より御社の眷属となり、神のお力を以てこの願いを果たしてください」

すると社が大きな音を立て、稲荷神の御神託が下りました。

「あなた達の願いを聞き入れました。只今よりこの社の仕者(仕える者。特に、神仏に仕える人や鳥獣)となり、参詣者や同じ信念を持つの仲間たちを助け、慈愛の心を以て接しなさい」

それからというもの狐の老夫婦は稲荷山に移り住み、信者の前に直接、あるいは夢の中などに間接的に姿を現して人々を導くようになり、人々の間で「告狐(つげぎつね)」と呼ばれるようになりましたとさ。



ちなみに夫狐は小薄(おすすき)、妻狐は阿古町(あこまち)という名前を稲荷神から授けられたのだとか。

はじめ、この夫婦は稲荷社の上社(一ノ峯)に夫狐、下社(三ノ峯)妻狐が仕えるようになっていたのだそうです。

が、その後の明応年間(1492~1501)に書かれた『遷宮記』によりますと、稲荷社の上社には夫狐、中社には黒烏(くろを)、下社には妻狐がを祀った末社があったとあるそうです。

更に妻狐の下社が移動となり現在の白狐社となったそうです。

こちらの文化遺産オンラインでご覧いただけます→伏見稲荷大社 白狐社

ちなみにこのお社の祭神は妻狐の阿古町さん、別名「命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)」のみになります。

上社と中社は現存しません・・・。

お社が無くなっちゃったのかー・・・。

黒いからすと書いてくろをさん。。。

一体どなたなのか気になりますね。



ところでこの老狐夫婦が元居た船岡山には建勲(けんくん)神社があり、その中にある稲荷命婦元宮は伏見稲荷大社命婦社の親神「船岡山の霊狐」を祀っているそうです。→建勲神社のホームページ

親神・・・。

船岡山の霊狐=老狐夫婦ですよねぇ?

親神って何でしょうね・・・。

元祖!とか発祥の地!的なアレですかね?

建勲神社は明治時代に作られた神社なのだそうですが、末社の義照稲荷社や稲荷命婦元宮は秦氏の守護神として古くからこの地にあったとか。

これは深草の秦氏ではなくて太秦に拠点を置いた秦氏の神社なのでしょうか。

色々ありますねぇ。。。



はい、という訳で本日も終わりませんでした。

絵を描きたいのにお稲荷さんが終わらない・・・。

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きつねっ子、渾身のアピール。


(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ


それでは本日も良い一日を!

スーさん 「急がば回れというであろう?週末は特に肝に銘じる様に」




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by garoumusica | 2015-12-04 05:00 | 神社巡り | Comments(2)
本日も昨日の記事の続きです。




本日は昨日の記事のラスト、「こんな感じで特に悪いイメージが見受けられない狐さん、空海さんによる荼吉尼天(だきにてん)の眷属(けんぞく)扱い問題により、ちょっとイメージが変わってきます。」から始めようと思ったのですが・・・、



スーさん 「まだ調べ足りないところがあるから記事を書く前にもう一度調べ直しなさい」

musica 「えー・・・」

ス 「知識はあるがあえて記事に書かなかったという事と知識が無かった為に書けなかったでは、記事にしなかったという事は共通点でも大分意味が違う」

m 「・・・」



という事で一から調べ直したところ、気がついていなかった事があったので本日はそちらを先にします。



昨日の記事に「伏見稲荷大社のある稲荷山(伊奈利山)には、秦氏がこの地に定住する前から伊奈利社は存在し信仰を集めていたという説もあるそうです。」と書いたのですが、そこをもうちょっと詳しく調べていきます。

伏見稲荷大社のある地域は深草と呼ばれていまして、そこに拠点を置いた秦氏は深草秦氏と呼ばれているようです。

秦氏って新羅経由で大陸から渡って来た時は1万人規模だったそうなのです。

だから秦氏由来の人達が全国津々浦々散らばっているので、深草に住みついた秦氏は深草秦氏みたいな呼び方をするようです。

で、この深草秦氏が伊奈利山の麓にある深草に住み着き、この辺り一帯を支配したのが5世紀前後とみられるそうです。



ですがこの地域には縄文時代から続くとみられる原住民が住み着いていたのだそうです。

実際弥生時代の遺跡も見つかっているのだとか。

つまり深草秦氏が深草の地に辿り着いた時、この地を治めていた豪族がいた訳です。

その人達が荷田氏(かだうじ)です。

もちろん先に伊奈利山の祭祀権を持っていたのは荷田さん。

ですが秦さんの圧倒的な力には及ばなかったようで、秦さんは711年に伊奈利山に神社を創建してしまいます。

古来の神社は今のように常設の社殿があった訳ではなく、祭祀を行う度に仮の屋代・神籬(ひもろぎ)を設けて神を祀り、終わると神のお帰りを待って取り壊していたのだとか。

まぁ、建てちゃった者勝ち?

昨日載せた山の神・田の神信仰っていうのは全国にあったようなので、伊奈利山の祭祀権を押さえ山の神・田の神信仰=伊奈利信仰の総本山、しかも秦氏の氏神!という伝承を作る事が出来れば、宗教を以て全国の民心を掌握する事も可能だったかもしれません。

秦氏は渡来人なので政治の中心に立つ事は不可能に近かったでしょうから、民心を掴んで政治を動かすという事を目論んでいたかもしれないですねぇ。。。

真相は分からないですけど。



5世紀前後に深草に入り、伊奈利山に神社を創ったのが711年。

この空白の時間に秦さんが荷田さんを制圧したのでしょうか・・・。

実際秦さんと荷田さんは不仲だったらしいんです。

まぁねぇ、荷田さんにとっては不愉快な存在でしょうねぇ。。。

現代でもありそうですよね、今まで地元の名士として知られちやほやされていた地主さんが、後から来た都会暮らしから田舎暮らしに転向した都会人の方に注目が集まり、更に自治会なんかでも権力まで持たれてしまって・・・、みたいな。

更には伊奈利社の役職配分に関して荷田さんは不遇を受けていたそうなのです。

なんでも伊奈利社の摂社である命婦社の統治しか与えられなかったようです。

命婦社・・・(´・_・`)

!!!(◎_◎;)

私が津和野の太鼓谷稲成神社でお社を写さなかったところですか!Σ(・□・;)

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こんな伏線があったとは・・・。

そして今日もまた記事が終わりませんでした。



m 「神社に連れて行かれたところから全て計画済み?」

ス 「フフフ」

m 「相変わらず手の平コロコロですねぇ、私・・・(´・_・`)」

ス 「そうじゃない、一心同体と言いなさい。これが守護される者と守護する者の関係だぞ?」


*::;;;;::*゚*::;;;;::*゚*::;;;;::*゚*::;;;;::*゚*::;;;;::*゚*::;;;;::*゚*::;;;;::*


それでは本日も良い一日を!


ス 「守護の者からのメッセージは大体の場合『なんとなく』という感覚の中にある」




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by garoumusica | 2015-12-03 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日は昨日の記事の続きです。




昨日のラストの文章。

「諸説ありますが空海が古来からの稲荷信仰に荼吉尼信仰をこじつけて、荼吉尼法というのを行って狐神を稲荷と称して勧請したのが「稲荷=狐」の始まりなのだそうです。」を掘り下げてみたいと思います。



まず「古来からの稲荷信仰」というのを調べてみます。

古代には「春に山の神が里に降りてきて田の神となり、秋に収穫が終ると山に帰る」という信仰があったそうです。

で、狐には山と里を行き来するという習性があった為、狐を「田の神様」として扱っていたのが、後に狐が稲荷の使いとされるようになった、という事らしいです。

なんでも宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)の別名が御饌津神(みけつかみ)であり、みけつの「けつ」が狐の古名「けつ」に想起され、誤って「三狐神」と書かれしまったからだとか・・・。

えー・・・(´Д` )

まぁ伝承ってそんなものなのかも。。。

そういう事で、古代における狐に対するイメージというのは、「田の神の化身」だとか「神の御使い」という喜ばしいものだったのだそうです。



伏見稲荷大社のある稲荷山(伊奈利山)には、秦氏がこの地に定住する前から伊奈利社は存在し信仰を集めていたという説もあるそうです。

なんでも弥生時代からとか。

その頃は上に書いた「春に山の神が里に降りてきて田の神となり、秋に収穫が終ると山に帰る」という信仰を基にした儀式を行う場だったのでは?という事のようです。

後に秦氏が伊奈利山のある地域に定住し、伊奈利山の祭祀権を掌握。

更に空海の真言宗と結びつくことによって飛躍的に発展していったそうです。



さてさて、神の使いの狐とは別に「妖狐(ようこ)」という存在もいます。

平安時代初期(822年) に書かれた『日本現報善悪霊異記』(にほんこくげんほうぜんあくりょういき)略して『日本霊異記』という奇跡や怪異についての話をまとめた書に、妖狐に関する話が載っているそうです。

(※ちなみに古事記が712年、日本書紀が720年、空海が唐から帰国したのが806年です。)

『日本霊異記』にある妖狐の話は「狐を妻(め)として子を生ましめし縁」(=「狐を妻にして子供を産ませた話」)というタイトルで、どんな話かというとまぁタイトル通りなのですが、



ある男の人が自分の細君(さいくん=妻)に相応しい人を探していたところ、広野の中で美しい女性に出会います。

男は女に声を掛け、家に連れて帰って祝言を上げ一緒に暮らす事になりました。

やがて細君は身ごもり一人の男の子を産み、同じ頃その家で飼っていた犬も子を生みます。

ところがこの犬の子がいつも細君にいきり立ってにらみつけ、牙をむき出しにして吠え立てるので細君はひどく怯え、良人(りょうじん=夫)に仔犬を殺すよう頼みますが良人は出来ませんでした。

そんなある日の事、犬に吠えられ咬みつかれそうになった細君は、驚いて正体を現し狐となって垣根の上に登ってしまいます。

そんな細君を見た良人、狐に戻った細君にこう言います。

「お前と私とは子供まで作った仲じゃないか。私はお前を忘れられない。せめて毎夜寝床に来て一緒に寝てはくれないか」

そして細君は毎夜良人の寝床に来るようになりました。

これにより、「来つ寝」=「きつね」となりましたとさ。



うーん、妖狐と言っても特に悪い印象は受けないですかね?

それに狐である奥さんを受け入れる旦那さん、懐が深いです。

それにしても日本人って、種族を超えた愛の物語って好きですよねぇ。

1193年経った今でも作られていますから。

ところでこの狐が人、特に女性に変化するというのは元々中国から移入された概念なのだそうです。

なのでこの話が古来から日本にあった話かどうかはちょっと疑問みたいです。



こんな感じで特に悪いイメージが見受けられない狐さん、空海さんによる荼吉尼天(だきにてん)の眷属(けんぞく)扱い問題により、ちょっとイメージが変わってきます。

長くなったので明日も続きます。

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うちのきつねっ子。


musica 「今日も終わらなかったです・・・」

スーさん 「良い勉強になろう」


*☆彡・.。*☆彡・.。*☆彡・.。*☆彡・.。*☆彡


それでは本日も良い一日を~。


おーくにさん 「昨日は昨日、今日は今日」

m 「どうしたんですか?」

お 「年末になると飲み会がちょっと・・・」

m 「いや、まだ年末は早いですよ」




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by garoumusica | 2015-12-02 05:00 | 神社巡り | Comments(2)
本日はちょっとした疑問について調べてみたいと思います。



私だけかもしれませんが、お稲荷さんと言えば狐の神様だとばかり思っていたのです。

ですが先日行った太鼓谷稲成神社の主祭神は宇迦之御魂神、穀物・農業の神様です。

稲荷神社と言うと商売繁盛、現世利益というイメージがありました。

しかも一度拝むとこれから一生拝み続けなければならない、それを怠ると祟られると思っていたのです。

だから稲荷神社は行きたくない、そんな感じでした。(この記事の出来事が無かったら一生行っていなかったと思います→白狐、コスプレをさせられる。

でも、改めて調べてみると穀物・農業の神様ですし・・・。

なんでこんな誤解が生まれたのかちょっと調べてみたいと思います。



まずは稲荷信仰の総本山・伏見稲荷大社。

こちらは古代氏族の秦氏(はたうじ)の氏神です。

祖神ではありません。

秦氏は新羅(朝鮮)から渡来した集団で、当時(3~4世紀頃?)の日本からすると卓越した技術を持つ技術者の集まりでした。

彼らは日本に須恵器や養蚕・機織りの技術、酒造に医療技術、そして優れたタタラ製法など様々な技術をもたらします。

そんな彼らの氏神が伏見稲荷大社で、主祭神が宇迦之御魂神。


なんかおかしいですね、技術集団の彼らの氏神の主祭神が穀物・農業の神様って・・・。



ちょっと伏見稲荷大社の由来を調べてみたところ、伏見稲荷大社はもともと「伊奈利(いなり)社」と呼ばれていたそうで、『山城国風土記』にはその起源がこう記されているそうです。



秦氏の祖先である伊呂具秦公(いろぐのはたのきみ)は裕福な一族でした。

その事を自慢し伊呂具はいつも偉そうにしていました。

そんなある日の事、伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、その餅は白鳥になって飛び去り山頂に降り立ちました。

すると不思議な事にその地に稲が生えてきました。

それからというもの伊呂具の家運は傾き始め、伊呂具はこれまでの傲慢な自分を深く反省し、稲が生えた地に「伊弥奈利(=稲成り)」の神社を祀りました。



なるほど・・・。

それで穀物・農業の神?

更に調べてみると「伊奈利(いなり)社」を「稲荷」と記すようにしたのは空海さんだとか。

空海さんと言えば8世紀から9世紀にかけて活躍した密教界の大スター!

なんでまた彼が?と思い調べていくと、空海さんは正規の遣唐使の留学僧として唐に行くのですが、どうも私費で行ったようです。

で、そのスポンサーが秦氏だったとかなんとか。

ほうほう・・・。

諸説ありますが空海が古来からの稲荷信仰に荼吉尼信仰をこじつけて、荼吉尼法というのを行って狐神を稲荷と称して勧請したのが「稲荷=狐」の始まりなのだそうです。


長くなったので明日へ続きます。


musica 「昨日思っていた内容とは随分とかけ離れたものになりました・・・(´・_・`)」

スーさん 「フフフ」

m 「なんだか古代氏族の勉強をしている気分です・・・」

ス 「ワハハ!」

m 「ちょっと!」

ヒルコにぃちゃん 「まぁまぁ・・・ヽ(´o`;」


(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)


それでは本日も良い一日を!

南方先生 「今日から師走、今年も残すところひと月となったね。それで君は今年最後の月をどう過ごすつもりかい?」




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by garoumusica | 2015-12-01 05:00 | 神社巡り | Comments(2)
本日も島根県津和野町にあります太皷谷稲成神社編です。




御朱印をお願いし待つ間、ふらりとお守りなどを販売している所へ。

おみくじが何種類かあったので恒例のおみくじメッセージ!

なんと、がちゃがちゃのおみくじがありました。

おまけで神様のマスコットが付いて来るようです。

種類はこちら!

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このセレクトは一体どういう基準なのか、ちょっと製作者にお話を聞いてみたいものです。

なかなかマニアックです(`・ω・´)+

そしてスーさんだけキャラがちょっと違いますね・・・。

それでもやっぱり私の希望はやっぱりスーさん!

その次がきつねからんりょうおう!

心の中で「スーさん!スーさん!」と唱えながらガチャを回すと・・・、

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ヒルコにぃちゃん・・・(´・_・`)。

いや、別にヒルコにぃちゃんが嫌な訳じゃないですけど、スーさん・・・。



スーさん 「こら、大好きな私ではなかったからと言ってがっかりするな」

musica 「そう言うのではないですけど・・・。あ、マスコットのキャラが嫌だったとか?」

ス 「馬鹿者。日向旅に出た時に君は車に酔って蛭児神社へ行く事が出来ず、縁を結べなかったであろう?」

m 「あー、そうでしたね。それでヒルコにぃちゃん」

ヒルコにぃちゃん 「よろしくねw」



そしておみくじはと言うと!

なんと!

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こどもおみくじ・・・(´・_・`)。



m 「こども・・・(´・_・`)」

ス 「世間一般では君の様な大の大人が、この様ながちゃがちゃをするという事を想定していないという事だよ」

m 「・・・」

ヒ 「まぁまぁ・・・ヽ(´o`;」



肝心の内容はと言うと、

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何だろう?このレトロな絵は・・・。

接待みくじの大吉。

そして冒頭の文。

「みんなよいこの へいわなにほん」

日本だけじゃなく世界中が平和だといいですねぇ・・・。


次回で終わりです。



m 「期間が開くのなんですから明日続きを・・・」

ス 「君はアレかね?古代氏族の記事を書く事が嫌だから、その様な事を言うのではないかね?」

m 「・・・(´・_・`)」

ヒ 「まぁまぁ・・・ヽ(´o`;」


*<(●´з`)ノ*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*ヽ(´ε`●)>*


それでは本日も良い一日を~。

ス 「今日で霜月は最後だ。霜月の最後を飾るにふさわしい一日を過ごし、そして師走を迎える様に」

m 「・・・重い、重いよスーさん・・・」




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by garoumusica | 2015-11-30 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日は太皷谷稲成神社の元宮です。

一昨日載せた拝殿は1969年に建てられた新殿だそうで、元はこちらでした。

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1923年に建てられたものだそうです。

ちょっと斜めになってますが空がきれいバージョン。

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注連縄が立派です。

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龍。

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この元宮の横に道があったので行ってみる事に。

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そこには小さなお社が。

凛々しい狐。

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対の狐。

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命婦専女神(みょうぶとうめのかみ)のお社でした。

稲成大神=宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)のお使いの夫婦の白狐神だそうです。

二枚目の狐さんの後ろにちょこっと写っているのがお社なのですが、なんだかここは撮っちゃいけない気がしたので画像はなしです。

こちらのお社を参拝した後でまた天気が崩れてきたので、本日はここまで。

元宮の青空はどこに行った?バージョン。

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約50分の滞在でした。

団体も来たので結局新殿の拝殿の様子などを撮れませんでした・・・。

残念。



明日も続きます。


。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡。゚.☆≡


それでは本日も良い一日を!

スーさん 「身体を働かせたら休ませる、これは基本だ」




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by garoumusica | 2015-11-29 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
本日も島根県津和野町にあります太皷谷稲成神社の続きです。




突然スーさんに叩き起こされて行く羽目になった太皷谷稲成神社。

ぶっちゃけどういう神社なのか、そして何しに行くのか分からないまま行き、そのまま帰って来ました。

で、先ほど神社のホームページ(こちら→太皷谷稲成神社ホームページ )を拝見し、なるほどと思いました。

私がお参りした26日は「午(うま)の日」だったそうです。

こちらのページの解説によりますと、太皷谷稲成神社の御祭神である宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)が、京都の伏見稲荷大社に降臨されたのが2月の最初の「午の日」だったので、その日を特別な御縁日としているのだとか。



午の日というのは干支(かんし)ってやつです。

十干と十二支を組み合わせた60を周期とする数詞で、
十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・で、
十二支は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥を指します。

そしてこれらの組み合わせで暦、時間、方位を表します。

暦・年号として使われたもので有名なのは、壬申の年に起きた壬申の乱とか、戊辰の年に起きた戊辰戦争とか。

で、十二支だけを見ると12日で一回りですので午の日は12日に一度巡ってきます。

当日を振り返ってみると、午の日に叩き起こされて午の刻のど真ん中に拝殿へ辿り着いていたようです。

いつもの事ながら計算されていますねぇ、スーさんは・・・。

そんなスーさんの心を知らず、私はいつも訳も分からず突然の提案にドタバタするのです。。。



で、午の日というのはこの日にお参りするとより多くのご神徳がいただけると言われているそうです。

そう言えば頂いた御朱印にも「神徳宏大」と書かれていました。

皆さまも稲荷神社へ行かれる時は午の日を選んでみてはいかがでしょうか?



ところでホームページを拝見して知ったのですが、太皷谷稲成神社では古来より稲成大神=宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)へのお供え物として、「油揚げ・ローソク」をお供えする習慣があるのだそうです。

これは神様の御使いである狐の好物が油揚げだからだとか。

私はこういう風習を知らなかったので油揚げを奉納しなかったんですよー・・・。

なんか油揚げがいっぱいある、くらいにしか思わなかったです。



musica 「失礼だったかな・・・」

スーさん 「なに、気にする事は無い。君は願い事をしなかったではないか」

m 「そうですけど礼儀知らずだったので・・・」

ス 「そんな事は無い、気にするな」

m 「はい・・・(´・ω・`)」

ス 「第一、うちのコンはイチゴゼリーが好物ではないか」

コンちゃん 「!!!(゚Д゚; )

m 「確かにイチゴゼリーだと明らかに輝きが違います(`・ω・´)」

コ 「/// (*ノェノ)

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本館ブログでも太皷谷稲成神社の画像を特集しました。

よかったらご覧ください。→画廊 musica「太皷谷稲成神社。」

明日は太皷谷稲成神社の本宮です。


・*:..。o○ヽ(○・v・●)ノ○o。.:*:.。o○ヽ(○・v・●)ノ○o。.:*:.


それでは本日も良い一日を~。

南方先生 「一日の計は朝にあり。朝からバタバタせずに気持ちの良い時間を過ごすように心がけて」

musica 「それってなかなか難しい・・・」

み 「まずはじめに言葉ありきだよ。難しいと思うと難しくなる」




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by garoumusica | 2015-11-28 05:00 | 神社巡り | Comments(0)
いきなりなんですけど、昨日3時間寝たところでスーさんに叩き起こされまして、島根県津和野町の太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)へ行ってきました。

今叩き起こされたと書きましたけど、これがまぁありえない起こし方で。

昨日はそれは良い夢を見ていたのですよ。

イケメン俳優の成〇さんとそれはもう楽しくきゃっきゃウフフしながら勉強していたところ、いきなり手をつねられまして。

リアルな身体にも激痛が走って目が覚めたのです・・・。

今までは呼び掛けとかホラ貝の音とかキーボード演奏とかで起こしてくれていたのに激痛って・・・。



それはまぁ良いとして、よく分からないですけど結局行っちゃったんです、たまたま休みだった母と二人で・・・。

で、スマホで津和野町の天気をチェックすると、雨の予想の上最高気温が8度とかなんですよ。

行きたくないですよねぇ?普通。

うちの方ではすごく良い天気だったのでうっかり傘を持って出るのを忘れたところ、島根に入った途端降り出す雨・・・。

トンネルを抜けて島根に入った途端、雨ですよ。

えええ~、どうすんの?コレ、と思いながら神社へ到着すると、更に激しくなる雨足。

そして忘れた雨傘・・・。



とりあえず駐車場の奥にあるトイレに行こうという事になり、雨に濡れながらトイレまで行ったのです。

道すがら私はスーさんとコンちゃん(おいなりさんだから)に言いました。

musica 「ちょっとコレどうにかしてくださいよ~~~」

そしてトイレから出ると、

m 「マジか・・・」

見事に雨が上がっていました・・・。

二人ともすげー!!!



こんな感じで雨が石の階段に溜まるくらい降っていたのが、

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こうなる。

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まさに神業!!!

正面から。

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太皷谷稲成神社です。

祭神はスーさんの二人目の奥さんとの間の出来た娘さんの宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と伊弉冉(いざなみ)さん。

で、この写真を撮った後に拝殿にご挨拶に行くと、なんというタイミングでしょう!

今から祈祷が始まるようです!


m 「これが目的だったのですか?」

スーさん 「フフフ」


おいなりさんだからでしょうか?

今まで聞いてきた祈祷と雰囲気が違います。

祝詞の唱え方も雰囲気が違いますし、巫女の舞も太鼓の音も笛の音も全然違いました。

神主さんの声も離れているのに身体に物凄く響きましたし、太鼓の音もワイルドで音の振動で身体が清められる感じです。

巫女の舞も動きが大きかったです。

で、20分程続きました。

まぁ、それ全部見学したのですけどねw

今その様子を思い出しただけで、気が流れて来て身体がゾクゾクする程です。

うん、すごかったです。

叩き起こされただけありました。

突然の提案だったにもかかわらず、母も喜んでくれていましたし・・・。

よかったです。



明日も続きます。


(・∀・)____________☆ёйd★____________(・∀・)


それでは本日も良い一日を~。


おーくにさん 「果物を食べているかね?朝の果物は金賞、昼の果物は銀賞、夜の果物は銅賞だぞ」




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by garoumusica | 2015-11-27 05:00 | 神社巡り | Comments(2)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica