カテゴリ:大和のまほろばを巡る旅( 68 )

本日も大神神社編です。




昨日の画像の様な道路をてくてくと歩いていくと、ようやく大神神社の鳥居に!

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そして参道!

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・・・。

こちら側を向いている人のプライバシーに配慮してモザイクをかけたのですが、何か、何か違う・・・。

顔の部分だけにした方が良かったかな?

難しいですねぇ・・・。



参道を進んで行くと、祓戸神社があります。

位置関係はこちらでチェック→大神神社 境内マップ。

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祭神は瀬織津姫神、速秋津姫神、気吹戸主神、速佐須良姫神の四柱。

祓戸大神の皆さんです。

それにしても速佐須良姫神ってスーさんっぽいお名前・・・。



お社。

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お社は新しい感じですね。



祓戸神社のお次は夫婦岩です。

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縁結び・恋愛成就に夫婦円満ですってよ、皆さま!

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柵の中を覗いてみました。

そこには二つに並ぶ岩が。

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仲良しな感じで並んでいます!

大きな岩に映る葉っぱの影がとても素敵です。

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オシャレな感じがします。


そして手水舎。

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さっすが大神神社、水を吐き出すのが龍ではなく蛇です。

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胴体の垂れ方がなかなかリアルです。

アップ。

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良い表情です。

その背後には良い味出してる看板が。

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こういうの大好きです。



そしていよいよ拝殿へ・・・!

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と、良いところでまた明日・・・!!!


(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「あれ?君は今日から運動を再開するのではなかったのかね?」←昨日の話。

musica 「あー、部屋の床の拭き掃除が終わってからにしようかと思ったのですが、なんだか寝ちゃって・・・」

ス 「言い訳を聞くのは好きではないな」

m 「習慣になればなんて事はないのですが、やり始めるまでが・・・」

ス 「波動の法則により、君の生活に影響が出る前に再開するのが良かろう」

m 「明日から・・・!」



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by garoumusica | 2016-06-14 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
はい、という訳で、本日から大神神社編です。

三輪へは5月23日に姉と二人で行って参りました。

この日も天気が良く、初夏を通り越して真夏の陽気。

旅のお供に帽子を忘れた私にはちょっと厳しかったです・・・。



で、車で来たので三輪神社へ一番近い駐車場へと停めようとしたのですが、既に5台くらいお待ちで。

なのでちょっと遠い駐車場へ停め、てくてく歩く事にしたのです。

そして、その駐車場の近くで見つけた三柱鳥居。

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大神教本院にありました。

まず大神教本院の解説を。

去年、秦さんとか日ユ同祖論を調べた時に購入した、日ユ同祖論対談 飛鳥昭雄×久保有政という本によりますと、こちらはもともと大神神社と一体だったのだそうです。

ですが明治政府による国家神道の強化に伴い、祈祷やお札の販売を禁じられた為、あくまで形式的に大神神社から分離して作られた団体なのだとか。

なるほど。。。

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確かに御祈祷所と読めますねぇ・・・。

で、私はこの本の鳥居の画像しか覚えておらず、内容をすっかり忘れていた為、施設の門の中にある三柱鳥居には近づかなかったのですが、鳥居の側の立札にはこの様に書かれているそうです。


『宇宙の元霊神(もとつみたまのかみ)の三つの神理に参入する特殊な鳥居であります。

我が国の神典、古事記の冒頭に、天地初発の時、高天原に成り坐らせる神の御名は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)とかかれ、この三柱の神は、みな独神成りまして身を隠し給いきとあります。

この三柱の神は造化の三神とたたえられる大神さまであり、神格の三位一体の深遠なる神理を感得し、尊い御神縁に結ばれるのが、この鳥居であります。

どうぞ心身を清浄にしてお通り抜け下さい』


・・・(´・ω・`)

通り抜けなかった・・・(´;ω;`)。

もったいなーーー!!!

・・・まぁ、スーさんが何も言わなかったからきっと通り抜けなくても良かったのでしょう・・・。

・・・ですよね?

まぁ、大神神社へ行く予定のある方は、こういう所があると覚えておかれると良いかもです。



さてさて本によりますと、この三柱の鳥居を作ったのは件の秦さんだそうで。

『三位一体』という言葉が三柱鳥居の解説に出て来ました様に、この鳥居はキリスト教の三位一体神信仰を表すものなのだそうです。

父と子と聖霊ってやつですねぇ。

天之御中主神が父、高御産巣日神が子、そして神産巣日神が聖霊に当たるそうです。

要するに秦さんは自らのキリスト教信仰を表すシンボルとして、この三柱鳥居を建てたのだそうです。



で、この三柱鳥居は昔は日本中にどこでもあった考えられるのだとか。

今でも対馬の和多津美(わたつみ)神社とか、東京・向島の三囲(みめぐり)神社とかで見られるそうなのです。

そして秦さんの本拠地である、太秦の木嶋坐天照御魂(このしまにますあまてるみたま)神社、通称・蚕の社にもあります。

大神教本院の三柱鳥居は最近建て直されたそうで、ちょっと新し過ぎる感じがしますが、こちらの神社のものは約260年前に修復された物なので、なかなかいい感じです。→木嶋坐天照御魂神社 三柱鳥居の画像検索。

ここに行きたかったのですが、スーさんにダメと言われ実現しませんでした・・・。

残念!



さてさて大神教本院の後は、いよいよ大神神社へ向けて出発です!

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真ん中の山が多分三輪山です。

途中、こんなかわいらしい色をした電車に遭遇。

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いい色ですねぇ・・・。


明日も続きます。


(・∀・)____________☆ёйd★____________(・∀・)


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「三柱鳥居について事前に学ばせておいたというのに、なぜ忘れてしまうのか・・・」

musica 「んー、画像は忘れないのですが内容は興味が無かったので・・・」

ス 「何事も興味を持って接する様、度々言っているだろう?これが今の君の課題だね」

m 「あー・・・」



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by garoumusica | 2016-06-13 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
本日は丹生川上神社下社の続きと吉野みやげです。




ご神木の次はこれ!

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穴の開いた岩です。

説明書き↓。

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産霊石(むすびいし)だそうです。

なんでもこの石、男根と女陰のご神体が重なり合っているのだとか・・・。

ほう・・・。

もう一度見てみましょう(`・ω・´)+

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よく分かりませんねぇ・・・。

看板をざっくりまとめると、

『いつの話か分からないけど、神社にお参りに来て子宝に恵まれた人が丹生川で禊をした時に、川底で見つけた石だよ!

だから静かに参拝してね!』

だそうです。

たまにうるさい人が参拝に来るんですかね?

まぁ、色々あります。



で、丹生川上神社下社の歴史について書こうかと思いましたが、分かりやすくまとめてあるホームページを発見したので、リンクを貼らせていただきます。

ドン・パンチョさんて方のホームページです。→奈良県吉野郡に鎮座する3つの丹生川上神社

私の行っていない上社や中社に関しても記事にされているので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。

とっても面白いですよ!



それから丹生川上神社下社の祭神について調べていたら、『フォッサマグナ・中央構造線を行く: 断層沿いの交易路と文化流通の軌跡』と言う本が出て来まして。

どんな内容かと言いますと、

『有史以前から構造線という地質学的実体に沿って拓かれた小道は、やがて物資や文化流通の大動脈となり、各地の文化形成に寄与した。その軌跡を顧みながら構造線沿いの道を辿る地理・歴史紀行である』

だそうです。

この本に丹生川上神社下社の祭神の移り変わりが載っていました。



なんでも、

丹生川上神社下社は明治以前は「丹生明神」「丹生神社」と呼ばれていたそうで、祭神は「丹生都比売命(にうつひめのみこと)」

だったそうです。

うーん、はじめましてな神様ですね・・・。

別名が丹生都姫神(にうつひめのかみ)、爾保都比賣命(にうつひめのみこと)、丹生明神で、爾保都比賣命は国堅大神の子なのだとか。

国堅大神は『播磨国風土記』に登場する名で、大国主命の別名とされています。

おぉ、おーくにさん!お久し振りです(`・ω・´)+

また、一説には丹生都比売命は天照大神の妹神である、稚日女尊(わかひるめのみこと)とも言われているそうです。

はー、いろいろありますねぇ・・・。



で、この丹生都比売命が祭神だった訳ですが、明治政府の働きかけにより罔象女神(みつはのめのかみ)が併祀され、やがて丹生都比売命は追い出され、ついに闇龗神 に交代させられたのだそうです。

ちなみに罔象女神は灌漑用水の神、井戸の神として信仰され、祈雨、止雨の神様です。

水にちなんだ方なのですねぇ。

まぁこんな感じで、丹生川上神社下社はしゅーりょー。



そして自分への吉野みやげの自慢です。

まずはコレ!

やっぱり緑茶、吉野茶でしょ。

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かへえさんのこんなもん茶です。→嘉兵衛本舗


それから吉野和紙!

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懐紙と葉書です。

桜の模様がかわいいですよね!


そしてコレ!

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陀羅尼助(だらにすけ)の飴です!

陀羅尼助は日本古来の民間薬で、胃腸薬とか下痢止めなのだとか。

天川では陀羅尼助の薬の看板を出している所が多かったですよ。

気になるお味は、ニッキと黒糖の味でした。



以上!吉野探索でした。

明日からはみんな大好き、大神神社編を始めます!


◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎


それでは本日も良い一日を~。

musica 「えーっと、wikiによると勾玉には、

・動物の牙で作った牙玉を基とする説
・胎児の形を模したとする説
・魂の姿を象ったとする説
・巴形を模したとする説
・月の形を模したとする説
・形そのものに意味があったとする説
・破損した耳飾を再利用したとする説

という説があるそうです」

スーさん 「君はどう思うかね?」

m 「私は『破損した耳飾を再利用したとする説』が好きです。世の中ってなんとなく始めた事が伝統になる事ってよくあるじゃないですか」

ス 「フフフ(苦笑)」


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by garoumusica | 2016-06-12 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(2)
本日も丹生川上神社下社の続きです。

丹生川上神社下社編 その1。 ~大和のまほろばを巡る旅~ 



全然神社と関係ない話なんですけど、昨日こちらはとても気温が上がりまして、早くも入道雲を見る事が出来ました。

入道雲。

なんと!

千切れるんですね!

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勢い余って飛び出しちゃってます!

こちらも。

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入道雲が千切れる所なんて初めて見ましたw

なかなか可愛らしいですね!

上空は風が強かったのでしょうか?



という訳で、今度こそ昨日の続き。

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先程、丹生川上神社下社の画像をチェックしていると、この様な看板を撮っていた事に気が付きました。

姪っ子ちゃんがいるから、のんびり看板を読む時間が無くて・・・。

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ざっくりまとめると、

『拝殿の右側から本殿を見てみて!樹齢500年の杉が見えるよ!』

です。

えーっと、もう一度本殿画像を。

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75段の階段を上り詰めた所にある杉の大木。

本殿の屋根の右側の木の事でしょうかね?

引きの画像↓。

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確かにど真ん中に木が飛び出てますね!

気が付かなかったです。。。



はい、今度は拝殿の左側へ移動です。

そこに見えるのはご神木!

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こちらも立派なけやきの木ですねぇ。

どーん!

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こちらも推定樹齢500年だそうですよ。

500年の間に沢山の人がこの気の前をすれ違って行ったのでしょうねぇ・・・。

ロマンです。


という訳で、本日は丹生川上神社下社の木編でした。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


それでは本日も良い一日を~。


天河大辯財天社で購入した、糸魚川で取れた姫薬石の勾玉のお守りを、旅が終わってから手に持った時の事。

musica 「うおっ!鳥肌が立った!」

スーさん 「我が娘の気の力、思い知ったかね?」

m 「御守りをただ手にしただけで気が流れて来たのって、初めてです」

ス 「相性もあるがこの場合は勾玉の形も関係している」

m 「えーっと、胎児ですっけ?」

ス 「調べてごらん」


明日に続きます。


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by garoumusica | 2016-06-11 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
本日は丹生川上神社下社です。

昨日↓




丹生川上神社下社はみたらい渓谷の帰り道に義兄が見つけた神社。

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みたらい渓谷帰りなのでこの時すでに16時過ぎ。

光が夕方の色をしていますねぇ。



御由緒。

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ご神祭は闇龗神 (くらおかみのかみ)となっていますが、大正時代に祭神の変更があるまでは高龗神(たかおかみのかみ)だったとの事です。

高龗神については以前スーさんに調べさせられていました。→大和のまほろばを巡る旅 どこ行くの?編 その4 龍を祀る神社。

『龗(おかみ)は龍の古語であり、龍は水や雨を司る神として信仰されていた』ってやつです。

とは言え、正式には神産みにおいて伊邪那岐神が迦具土神を斬り殺した際に生まれた神で、日本における代表的な水の神でいらっしゃいます。

この由緒書きのご神徳にも、

『大気を浄化し、万物生成化育の根源たる水を主宰遊ばされ、地球上のありとあらゆる物象の上に、計り知れない恩恵を垂れ給い、守護あらせられるいのちの神様』

とあります。

なんだかカッコいいですね!



由緒書きの『朝廷の尊崇』のところにはこうあります。

『天平宝字七年(763)弊帛の外、特に黒毛の馬を奉献される。その後、祈雨には黒毛、祈晴には白馬を献ずることが恒例となった』

なるほど・・・、それで黒毛と白毛の馬がいた訳だ・・・。

黒い子とー、

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白い子。

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可愛いですねぇ。。。



拝でーん。

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拝殿から本殿へと続く階段ちらり。

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ど真ん中に置かれている段ボールが気になる・・・。

何が入っているのでしょうか・・・?

それはまぁ良いとして、段ボールの上の所にちょこっと光が射していたのですが、その光がキラキラ揺らめいていて、なんだかとっても神秘的でした。



本殿へと続く階段を横から。

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面白い造りの神社ですね!

この場所ではこんな光も。

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明日はご神木とか、岩とかです。

あ、後は歴史などについても調べてみたいと思います。


(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「それで本館の方はいつ再開するのかね?」

musica 「あー・・・、絵とか全然描いていないので載せるものが無いですから、来週の土曜とか?」

ス 「まったく君は・・・。やらなければいけないと思いつつ先延ばしにしていると、停滞の波動のみでなく、君の後ろめたく思う気持ちが波動となってこの世界に広がり、その波動に沿う現実を引き寄せるのだぞ」

m 「後ろめたいと言うか、今週は無礼講!?」

ス 「開き直りか・・・」


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by garoumusica | 2016-06-10 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
本日は天川村の歴史について学んでいこうと思います。




とりあえず、天川村の歴史を調べてみます。

wikiによりますと、原始遺跡はほとんど発見されておらず、古代には人は定着していなかったそうです。

まぁ、本当に山奥ですからねぇ・・・。


ですが、深山幽谷の地であった事がかえって修行者達の「行場」を開くきっかけとなり、7世紀に役行者小角さんにより金峰山・大峯山が開山されて以来人々の定住を促し、山岳修験道の根本道場として栄えたのだそうです。

なるほど、あの岩々を駆け巡っていたのでしょうね。

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なんだか意外と歴史が浅い感じです。



それから平安時代には宇多天皇、藤原道長などをはじめ多くの人々が大峯山へ御岳詣をしたのだそうです。

道場としての大峯山は、単独の山を指す名前ではなく吉野山から熊野へ続く長い山脈全体を意味しているのだそうですが、山上ヶ岳の頂上付近には修験道の根本道場である大峯山寺山上蔵王堂があり、藤原道長が自筆の妙法蓮華経、無量義経、観普賢経、阿弥陀経、弥勒上生下成仏経、般若心経など併せて十五巻を銅の筺に納めて埋経したのだとか。


で、これに倣い、貴族の大峯登拝と埋経が盛んになったのだそうです。

なるほど・・・。

と、昨日の看板の内容に繋がったところで昨日の内容の復習。



『御身拂(ミタライ)とも御盥(ミタライ)とも申されている天川村は、南朝・後南朝哀史の数々を秘めた邑で、村内各地に史実・伝承が残されていますが、河合寺・光遍寺・来迎院などの黒木ノ御所に潜幸遊ばされた南帝方や護良親王は賊徒襲来の砌、ここみたらい峡の頂上にある観音峯(1,347メートル)の洞窟に天川郷士がご案内して度々潜られ給うたもので、洞窟の下の岩石に御歌が刻まれています。

吉野山 花そ散るらん 天の川

 雲のつつみを くずす白波

伝承によれば長慶天皇、天川の黒木の御所をお出ましになり観音峯の洞窟に潜まれ給いしも、賊徒、観音峯に押しよせ来るを逃れ給いし折、河川の増水せる、ここ、みたらい峡の「光の滝」に御入水、御崩御ましまし「みたらいの淵」にて御遺体をお引上げ奉ったと申され、御物、御玉体は光遍寺・弁財天社・牛頭神社・伊波多神社・国玉神社等に夫々お祀り申せしと伝えられています。

臨くと 登りてみれは みたらいや 

 みいずの神器 ここにあるかな』



えーっと、南朝・後南朝っていうのは南北朝時代のアレです。

鎌倉時代の後は室町時代な訳ですけど、室町時代は更に分類され、後醍醐天皇(南朝側)が吉野行宮に遷った1336年から、南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇に譲位するかたちで両朝が合一を見た1392年までの、56年間を言います。

この頃の都って当然京な訳ですけど、政権争いにより後醍醐天皇が吉野で新たに政権を建てた事から、吉野側の政権を南朝、京の政権を北朝と呼ぶようになったのだとか。

なので南朝は吉野朝廷とも呼ばれていました。

こういう理由で『天川村は、南朝・後南朝哀史の数々を秘めた邑』と表現されているようです。

とは言うものの、南朝側は大和国の吉野(奈良県吉野郡吉野町)、賀名生(同県五條市西吉野町)、摂津国の住吉(大阪府大阪市住吉区)の3ヵ所を本拠地としていたそうで、南北朝時代全体から見れば吉野に朝廷があった時間は短いのだそうです。

ですが黒木の御所(政変時の行宮)があったほどですから、この地には南帝側の味方が多かったようで、賊徒(朝廷や政府に反逆する者)襲来の度に匿って貰っていたようです。

残念ながら長慶天皇は光の滝に入水されたようですが・・・。

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看板に書かれていた天川村の歴史がなんとなく理解出来た気がします。

という事で、天川村の歴史のお勉強は終~了~。

明日は丹生川上神社下社編です。


∋(´・ω・)o/・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*


それでは本日も良い1日を~。


スーさん 「それで君はいつ運動を再開するのかね?」

musica 「ね~・・・。カーヴィーをずっとしていないので、身体の節々が痛い・・・」

ス 「分かっているならすれば良いだけの事。しなければならないと思いながら出来ずにいると、余計な波動の法則を生む事となる」

m 「そうですね!来週からにしよう!(`・ω・´)+」

ス 「・・・まぁ今週はゆっくりと身体を休めなさい」




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by garoumusica | 2016-06-09 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
本日はみたらい渓谷編のその3です。



大和のまほろばを巡る旅編のタイトルをちょこっと変更しました。

これまでは『大和のまほろばを巡る旅 みたらい渓谷編』という感じだったのですが、自分のブログの『最新の記事』という項目を見ると、『大和のまほろばを巡る旅』というタイトルで文字数が一杯になっていて、どれがどの神社の記事か分かり難い・・・。

なので神社名とか地名を先に持ってくることにしました。

という訳で、昨日の続きから。



光の滝の先もまだあったようなのですが、姪っ子ちゃん3歳もいるので今回はここまでに。

グッバイ、みたらい渓谷!

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渓谷への入り口まで戻って来た時、片隅に小さなお社がある事を発見。

早速お参りをする事に。



ひとつ目、お稲荷さん。

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可愛らしい狐さんがいました。



そしてその横、白龍大神!

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丸っこい卵の様な石の横に、こんなに可愛らしい龍が!

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凛々しい!

可愛い!

腕が折れてるように見える気がするのですが、玉を握っているのでしょうか?



そして最後のお社。

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どなたなのか分かるような表示は無かったのですが、弁天さんかな・・・?



さてさて、みたらい峡谷への入り口にはこの地の歴史を示す看板がありました。
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えーっと・・・、

『御身拂(ミタライ)とも御盥(ミタライ)とも申されている天川村は、南朝・後南朝哀史の数々を秘めた邑で、村内各地に史実・伝承が残されていますが、河合寺・光遍寺・来迎院などの黒木ノ御所に潜幸遊ばされた南帝方や護良親王は賊徒襲来の砌、ここみたらい峡の頂上にある観音峯(1,347メートル)の洞窟に天川郷士がご案内して度々潜られ給うたもので、洞窟の下の岩石に御歌が刻まれています。

吉野山 花そ散るらん 天の川

 雲のつつみを くずす白波』



天の川はこちらです。

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看板の続き。

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『伝承によれば長慶天皇、天川の黒木の御所をお出ましになり観音峯の洞窟に潜まれ給いしも、賊徒、観音峯に押しよせ来るを逃れ給いし折、河川の増水せる、ここ、みたらい峡の「光の滝」に御入水、御崩御ましまし』


・・・(´・_・`)

エッ!∑(゚Д゚)

「光の滝」に御入水、御崩御ましまし!?!(◎□◎;)

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ましまし!?

そんな悲しい歴史が・・・。

ましまし・・・(´・ω・`)



『「みたらいの淵」にて御遺体をお引上げ奉ったと申され、御物、御玉体は光遍寺・弁財天社・牛頭神社・伊波多神社・国玉神社等に夫々お祀り申せしと伝えられています。

臨くと 登りてみれは みたらいや 

 みいずの神器 ここにあるかな



うーん、これは・・・。

ちょっとお勉強が必要なようですね。

気が向いたら明日はみたらい峡の歴史について調べてみるかもです。


(*´I`)y─┛.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○.。o○


それでは本日も良い一日を~。


musica 「(検索中)・・・あっ!天川村に行った5月22日って満月じゃないですか!」

スーさん 「何も起こらなかったではないか」

m 「そうですけど、地震が起こりやすいとされているのに・・・」

ス 「確かに引力の変化が地震を引き起こすという説もあるが、何も無かったではないか。この話は以上!」

m 「もー・・・」



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by garoumusica | 2016-06-08 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
本日はみたらい渓谷の続きです。





光の滝を目指します。

どの様な場所を通るかと言いますと、まずは昨日の画像↓をご覧ください。

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ズームイン。

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お分かりいただけるでしょうか?

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更にズームイン!

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プライバシー保護の為にモザイクをかけてあります。

この様な場所を通って光の滝まで行くのです!

恐ろしい・・・((((;゚Д゚)))))))


とは言うものの、歩道はきちんと整備されています。

こんな感じ。

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木が侵略~。

歩道は整備されていますが、落石注意です。

なんせ、こんな感じですから。


どーん。

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人間ってちっぽけですね。


こんな道をてくてく進んで行きますと、光の滝!

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多分、光の滝です。

看板とか無かったんでいまいち自信ないですが。

滝の部分に日が当たる時刻だと虹が出るようです。

一度見てみたいですね。


向かいの岩。

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なんだかすっごいダンディーなおじさまに見えませんか?

髭を生やしたおじさま、かっこいいですね。


大きな割れ目のある岩。

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ちょっと恐ろしい・・・。


はい、という訳でみたらい渓谷編は終わらなかったので、明日に続きます。

どれだけこの場所が好きなのかって感じですね。

本当に良い場所なんですよ~。

皆さまも機会がありましたら、是非一度みたらい渓谷まで足を延ばされてはいかがでしょうか。


(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


それでは本日も良い一日を~。


スーさん 「この場所は君にとってどのような場所だったかね?」

musica 「とにかく気持ちがいい!ずっとぼんやりしていたい、そんな場所でした」

ス 「居心地が良かったのだね」

m 「はい」

ス 「天川村は中央構造線に位置する」

m 「あー・・・、またそういう場所に行かされてた訳だ・・・」



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by garoumusica | 2016-06-07 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(0)
すっかり忘れておりましたが、昨日で別館 画廊musica、

2周年を迎えました。

わ~!(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

ひとえにブログを読んでくださる皆様のおかげです。

いつもありがとうございます!



スーさん 「何故この記念すべき日を忘れてしまうのか・・・」

musica 「( *ノノ)・・・」

ス 「このブログは我々の愛の軌跡だぞ?」

m 「成長の記録でショ!でも無意識でブログのテンプレートを変更していましたね」

ス 「私からのせめてものメッセージだったのだが?」

m 「もっとはっきり言って欲しいのだが?」

ス 「相変わらず君は、ああ言えばこう言う・・・」



はい、という事で本日は天河大辨財天社の次に行った、みたらい渓谷です。

ここは私の予定では入っていませんでしたが、って言うか全然知らない場所でしたが、義兄が行ってみたいとの事でしたので、皆で行って来ました。

まったく期待をしていませんでしたが、本当に気持ちの良い場所で・・・!!!

なのでその1・その2と記事を分けて書いていきます!(`・ω・´)+



一の滝。
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見てください!

このエメラルドグリーンに輝く水を!
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美しい・・・。

周りの岩も面白いです。
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二の滝目指して進んでいきます。
f0351853_01021982.jpg
てくてくてくてく進んで行くと、見えてくるのは~、

二の滝!
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マイナスイオン~~~。

滝アップ!
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浴びたら気持ち良さそうですね!

別の角度から。
f0351853_01025571.jpg

滝アップ!
f0351853_01031790.jpg
迫力があります。

この写真↓の上側にある岩の部分に行くと、
f0351853_01025571.jpg

広がる景色はこんな感じ。
f0351853_01034374.jpg

水面アップ!
f0351853_01033070.jpg
この透明度!

美しいです。

この場所のあまりの気持ち良さに、しばらく皆でぼんやり座っていました。



さてさて、明日は光の滝を目指します。


(●・ω・)σ☆:;;:・:;;:*:;;:・・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:*:;;:・:;;:☆а(・ω・○)


それでは本日も良い一日を~。


ス 「何故君は大切な我々の記念日を忘れてしまうのか。それは君がこのブログに対する興味が薄いからだ」

m 「スーさんに対して興味が無いという訳では・・・」

ス 「いや、私はこのブログに対してと言っただけで、私に対して興味を持っていないとは言っていないが・・・」

m 「あー・・・、すみません・・・」

ス 「まったく君という者は・・・。もっと興味を持って物事にあたりなさい。そうすればそのひとつひとつを忘れはしないだろう」

m 「はーい」



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by garoumusica | 2016-06-06 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(2)
奈良旅から帰った翌日に梅雨入り。

なんだか感慨深いものがあります。

おっさんsってやっぱりおっさんsなんだなと、しみじみ思う画廊musicaです。



という訳で『大和のまほろばを巡る旅』を振り返って行きたいと思います。

今回の旅の第一社目は、天河大辨財天社。

こちらはコメント欄にてけんちゃんさんに教えていただくまでは、まったく存じませんで。

なので今から調べてみたいと思います。



天河大辨財天社。

創建は飛鳥時代。

霊山大峯の開山が役行者によってなされ、その折大峯蔵王権現に先立って勧請され、最高峰弥山の鎮守として祀られたのが天河大辨財天の創まりだそうです。
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祭神は、市杵島姫命(辨財天)、熊野坐大神、吉野坐大神、南朝四代天皇の御霊、神代天之御中主神より百柱の神、だそうです。



拝殿から本殿を臨む。
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建物は新しい感じですね。

階段の上の段ボールが気になる・・・。

この画像を撮った後にご祈祷に巻き込・・・じゃなくて、参加させていただきました。

まずは祝詞から始まりいたって普通でしたが、その後にご祈祷に参加されている人全員による般若心経の読経。

振り付け付き。

鳴り響く和太鼓。

そして私の場違い感・・・。

私がここに存在してゴメンナサイでした・・・。



で、ご祈祷の感想ですが、ご祈祷が始まってからの吹き抜ける風の心地良さは格別。

その風に吹かれるだけで身が清められる、そんな風でした。

ですが、ご祈祷が始まる前に姉一家は何故か拝殿から離れ、何も告げられない状態で私だけがご祈祷に参加する形になったので、姉一家を待たせてしまって申し訳ない気持ちで一杯で・・・。

特に3歳の姪っ子ちゃんが待ちくたびれたりしないか、気になって気になって。

正直、『早く終わって~』と思っていました。

折角セッティングしてくれたスーさんに対しても申し訳ない事をしてしまいました(´・ω・`)。

スーさんは他者を気遣っての事だから気にしなくて良い、と言ってくれましたが・・・。

同じ時間を過ごすなら、開き直って堪能すべきでした。



本殿チラリ。
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拝殿・本殿は階段を登った所にあるのですが、その途中には五社殿がありました。

解説↓。
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手前が石段側です。
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手前から龍神大神、大将軍大神、大日孁貴神(おおひるめのむちのかみ)、天神大神、大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)だそうです。

この五社殿の神様は、ご挨拶をすると皆さん気を送って下さいました。

なので一社一社ご挨拶をするのが良いかと思われますよ。



さてさて、五社殿の看板の下側に載っていた天石。

三つは境内にあるそうなのですが、画像を確認すると二つしか写真に収めていませんでした・・・。

残念!



まずは一つ目。
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お賽銭が載っていますね。

二つ目。
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面白い形。

ヒラメに見える・・・。

正しくは龍なのだそうです。

感性の違い・・・。



社務所近くにあった社殿。
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斎灯殿と火をくべる所。

斎灯殿内の灯は「大神様の灯」・「皆様の心の灯」で、向こう壱千年間お守り申し上げともしび続けて参ります、との事です。



あと稲荷社もある様なのですが、駐車場からショートカットで境内に入った為にまったく気が付きませんで。

お詣り出来ませんでした。

残念!



そして最後に引いたおみくじは、初めての第一番!

大吉でした!


『朝日かげ たださす庭の 松が枝(え)に

 千代よぶ鶴の こえののどけさ』


先行きが良いです。



画像はまだまだあるのですが、それは本館にでも載せていこうかと思います。

という事で、『大和のまほろばを巡る旅』第一社目、天河大辨財天社でした!


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


それでは本日も良い一日を~。

musica 「天河大辨財天社って縁が無いと辿り着けないらしいですけど、普通にナビに出ましたよ?」

スーさん 「出たとしても縁が無ければ辿り着けまい」

m 「そんなものですか?」

ス 「縁とはそのようなものだ。君の姉上達は祈祷に参加しなかったであろう?」


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by garoumusica | 2016-06-05 05:00 | 大和のまほろばを巡る旅 | Comments(2)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


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