カテゴリ:あさきゆめみし 京を巡る旅( 61 )

はい、本日も今宮神社の歴史の続きです。




と続きを書こうと思っていたのですが、なんだかちょっと分からない事が。

今宮神社の由緒略記に、『続日本紀』(797年に完成した『日本書紀』に続く六国史の第二)の一文が載っていまして。

内容は、


「甲寅、疫神を京師の四隅と畿内の十堺とに祭らしむ。乙卯、京師飢ゑ疫す」


というもので、これによると770年に京の四隅に疫神を祀り、この地への侵入を防御しようとしたのだそうです。

この頃、疫病は大通りから侵入すると考えられていた様で、その入り口?に疫神を祀って侵入を阻止しようとしたようです。



で、何が分からないかというと、疫神って誰?って事です。

なんかよく分かんないんですよ。

Wikiには、


「疫病神、厄病神(やくびょうがみ)は、世の中に疫病をもたらすとされる悪神。

疫神、厄神(やくしん、やくじん、えきしん)ともいう。

家々のなかに入って人びとを病気にしたり、災いをもたらすと考えられている」


とありまして。

で、昨日載せた今宮神社の由緒略記。


「当社地には平安遷都以前(794年)、年代は未詳だが厄病を鎮める為の疫神(素戔嗚尊)を祀る祠(現在摂社疫神社)があったといわれる」


の、「厄病を鎮める為の疫神」のところの「疫神」が、本当に素戔嗚尊や牛頭天王だったのか、分からなくなっちゃって。

全然違う「疫神」だったのかもしれない。



再びWikiの疫神の解説ですが、


「医療の普及していなかった古代の日本では、病気は目に見えない存在によってもたらされると信じられており、特に流行病、治療不可能な重病はもののけ、怨霊、悪鬼によるものといわれてきた。

平安時代以後に中国の疫鬼(えきき)の概念が貴族社会を中心に広く普及し、疫病はそれをもたらす鬼神によるものとの考えが生まれた。

やがて一般での素朴な病魔への畏怖と結びつき、疫病神といった存在が病気をもたらすという民間信仰に至ったと考えられている」

疫鬼というのは中国に伝わる鬼神あるいは妖怪で、疫病を引き起こすなどして人間を苦しめるのだそうです。



スーさん 「ほら、口を尖らせてるぞw考え過ぎだ」

musica 「え?(°ε°)あぁ・・・。疫神ねぇ・・・( ‘ᾥ’ )」

ス 「眉間に皺」

m 「あー・・・」

ス 「悩んでる時はどうするのだったかね?」

m 「散歩をして脳波をα波に」

ス 「今日はもうおしまい、階段の昇降でもしたらどうか」

m 「・・・」

ス 「もう外は暗いから外出出来まい」

m 「そうですけど・・・。階段の昇降・・・」



明日の記事は頑張ります。



(●´∀`)ノ゜+.§*゜+.*゜§゜+.§*゜+.*゜§



それでは本日も良い一日を~。

m 「うーん・・・( ‘ᾥ’ ) 」

ス 「ほら、眉間に皺を寄せるな。第三の目が閉じるぞ」

m 「それほんと~~~?」

ス 「ほんとほんとwだがそれは、その様に頭で物事を考え過ぎた結果だがね」

m 「左脳優位とかそんな感じですか?」

ス 「まぁ、その様なものだ」






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by garoumusica | 2017-01-12 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(2)
お久し振りの「あさきゆめみし 京を巡る旅」です。




・・・どこまでやってたんですっけ・・・。

はー、自分のブログを読み返さないと。

あー・・・、本殿と疫社の画像を載せたところで終わっていました。

ではもう一度。

本殿。

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そしてスーさんの疫社。

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さてさて、今宮神社で由緒略記を購入したのでそれを見ていきましょう。

由緒略記には、

「当社地には平安遷都以前(794年)、年代は未詳だが厄病を鎮める為の疫神(素戔嗚尊)を祀る祠(現在摂社疫神社)があったといわれる」

とあるのですが、他のページに載っている『都名所図会』という、1780年に刊行された京都の地方紙に載せられている当時の今宮神社の図には、疫社ではなく「天王社」とあります。

なんだなんだ、スーさんじゃなくて牛頭天王が祀られていたという事じゃん。

八坂神社とおんなじパターンですね。

この略記の他のページには、明治27年(1894年)に刊行された『新撰京都名所図絵』に載せられた今宮神社の図も載っているのですが、そちらでは疫社の名が「疫神社」となっています。

明治政府が出した神仏分離令によって、祭神の牛頭天王が素戔嗚尊に変更されたパターンとみてよさそうです。

じゃあ、本社の祭神である大己貴命、事代主命、奇稲田姫命は一体何なのか。

とりあえず、今宮神社の歴史の勉強を続けてみます。



「994年に都で大規模な疫病が流行った為、朝廷は神輿2基を造って当社の地に古くから祀られる疫神を船岡山に安置し、神慮を慰める為に音楽奉納などを行った後、疫災を幣帛に依り移らせて難波江に流した。これが紫野御霊会であり今宮祭の起源である」

朝廷は神輿2基を造って当社の地に古くから祀られる疫神船岡山に安置・・・。

という事は、疫神様を二柱祀っていた事ですね。

この時はまだ本社の祭神の大己貴命、事代主命、奇稲田姫命はこの土地に祀られていません。

なので牛頭天王と他の誰か、という事です。

普通に考えると奥さん?子供達?

実は現在の今宮神社には末社として大将軍社があり、そこには牛頭天王と八大王子が祀られていますが、これは平安京の四方に都の鎮守として祀られた大将軍社のうちの一社が遷されたものだそうなので、この末社の祭神は上記の二柱には該当しません。

あー・・・、アレですかね?

牛頭天王と一緒に祀られる事の多い蘇民将来?

今宮神社には蘇民将来は祀られていないのですが、今宮神社で販売?されている「やすらい人形」には、「蘇民将来子孫也」と書かれているそうです。

「蘇民将来子孫也」っていうのは、牛頭天王が蘇民将来の子孫は護ると言われた逸話?によるものです。



さてさて、朝廷が神輿2基を造って疫神を船岡山に安置した訳ですが、なぜ船岡山?って感じがします。

船岡山は北極星を模した場所であり、平安京の起点となった場所であり、そして天皇の住む内裏の裏手にあたる場所です。

天皇よりも上に位置する訳ですから、相当なもんです。

それだけ天皇は疫病が恐ろしかったのでしょうかね?

祀られた神様が牛頭天王ではなく素戔嗚尊だったとしたら、天皇はその背後を出雲神に任せた事になり、それはそれで楽しい感じです。

まぁ、それはもう推測の域を出ませんのでこの辺で置いておいて、朝廷が疫神を船岡山に安置したのが994年のお話でした。



そして時は流れて1001年。

疫病が再び京の都を襲います。



明日に続きます。



+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+。・゚・。+☆+



それでは本日も良い一日を~。

musica 「あー・・・、今日も何も作らなかったです・・・」

スーさん 「何も作らなかったら君は落ち込むのかね?」

m 「なんか一日を無駄にした気がします」

ス 「だが、君はこの記事を書いた。その為に色々な文献を読んだだろう?」

m 「そうですけど、何も創作していない・・・」

ス 「今日出来なかった事を数えて落ち込むよりも、成した事を数えなさい」

m 「えーっと、ネットのインドのお店で石を買いました!とても美しいラブラドライトです!・・・(´・ω・`)」

ス 「使った後に無駄使いを悔やむのはやめなさい。創造の為に購入したのだろう?」

m 「そうですけど、守護さんの販売許可がなかなか下りないから、溜まる一方・・・」

ス 「しばし時待て、うぐいすよ」

m 「・・・」






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by garoumusica | 2017-01-11 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、本日は世間では大晦日ですが、画廊musicaは淡々と今宮神社編の続きです。




楼門をくぐると、

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正面に現れたのは分かれ道!

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背の高い松の木ですね。



折角なので縦画像も。

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どちらに進むか迷った結果、左へ進む事に!



そして正面に現れたのは、

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舞殿です、じゃなくて拝殿です。



こちらも縦の画像を。

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空も建物も美しい・・・。



その更に向こうに現れたるは、

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本殿です。

祭神は中御座(なかみくら)が大己貴命。

東御座が事代主命。

西御座が奇稲田姫命です。



そして、本殿の左側にあるのは疫神社。

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祭神はもちろん素戔嗚命!

素敵なお社です( ´艸`)。

・・・と、本年はここまで!

続きは年明けにじっくりと見ていきます。



本日の本館ブログでは、奈良旅の飛鳥編の画像をざっくりと載せました。

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別館ではまだ記事にしていないのですよね・・・。

出雲旅が終わったら?

まぁ、皆様大晦日で大忙しかと思いますが、気分転換にでもご覧ください。→画廊 musica「飛鳥。」



(o・ω・o)ノ++++++++++ヽ(o・ω・o)



それでは本日も良い一日を〜。

スーさん 「今年はどのような一年だったかね?」

musica 「そうですね・・・、世界は広いんだけど狭いな〜って思った一年でした」

ス 「また、ざっくりな言い方だねw」

m 「だってそうなんですもん。あー、あと、色んな国の人から物を購入したりネットで話しかけられたりしたのですが、英語という共通言語を利用してやり取りが出来るって、なんか便利だな〜って思いましたw」

ス 「我々とは非言語通信だがね」

m 「今年も色々見せていただきましたが、地図を見せられるという新しい技が出ましたね。先日は日本を飛び出してアジア方面の地図を見せられましたが、ちょっと放置してます」

ス 「それだけ勉強が進んでいるという事だ。だが、きちんと調べるようにね」

m 「来年の課題という事で」

ス 「三貴神の絵も311用の絵もきちんと描くようにね」

m 「・・・」

ス 「君がサボったのだぞ?」

m 「あい」

ス 「そのような返事で今年を締めくくるつもりかね?」

m 「来年も頑張ります!(`・ω・´) 」

ス 「・・・まぁ、良かろう」

m 「ところでスーさん、本館の今日の一曲は何にしますか?今年の締めです(`・ω・´)+」

ス 「そうだね・・・、『She』はどうかね?」

m 「エルビス・コステロですね、おk!」



本年もたくさんの方々に記事を読んでいただきまして、誠にありがとうございました。

それでは皆様も良いお年を〜。

また明日~。←





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by garoumusica | 2016-12-31 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、という訳で本日からは今宮神社編をまったりと開始します。



今宮神社は建勲神社から私の足で13分の所にあります。

一の鳥居発見!

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消防署の車と救急車が・・・。

後日ネットで調べてみたところ、この日の火事はボヤで済んだみたいで良かったです。



信号を渡ってからパチリ。

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芸術的な電線の張り方ですね・・・。

これはこれで味わいがあります。



阿形の子。

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豪快な感じ。



吽形の子。

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胸毛の膨らみが魅惑的・・・。

モフモフしたいです。



なんて言うんだったっけ、石碑?

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後ろ側の灯篭に「今宮祠」とありますね。

祠の下は何て彫られているのでしょう。

戊戌?

設置した年ですかね。



そして楼門!

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また電線が・・・。

電線は景観的には無い方が良いかな?とは思いますが、あるのもまた日本的と言うか。

一の鳥居の所の電線なんか、すごく面白いですし。

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手毬の模様の様ですよねw

そこにある物に美を見出すのもまた、いとをかし。



明日も続きます。



☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆



それでは本日も良い一日を~。

昨日の「エルサレム」ネタの続き。

先日の本館ブログで、新しく作ってみたペンダントトップを載せたのです。

コレです。

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このペンダントトップに使った美しい細工のワイヤーは、イスラエルから取り寄せた物なのです。

で、この時に本館に載せた曲が、ジャミロクワイの『ヴァーチャル・インサニティ』という曲。

選曲理由は、YouTubeの関関連動画の所に出て来たから。

この曲は1996年の作品ですが、実はきちんと聴いたのは今回が初めて。

何故か聴けなくて。

ですが今回初めてきちんと聴いてみたところ、すごいはまりまして。

主旋律はもちろんの事、伴奏がすごく良い!

特にベースが最高!

アシッドジャズ最高!て感じなのです。



そして昨日の記事を書いた後に、何故このペンダントトップの記事の時にこの曲を選んだのか、なんだか分かった気がしました。

2番の歌詞とか。

ヴァーチャルな狂気(インサニティ)。

うん、日本の神話の製作過程や平安京って「Virtual Insanity」だわ。


和訳付きがありました。





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by garoumusica | 2016-12-30 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、本日も義照稲荷神社と稲荷命婦元宮編の続きです。




前回の記事で『日本書紀』が出来る以前の古代の神道は一神教だったというのを書きました。

で、この一神教は秦さん以前の渡来系氏族が持ち込んだもののようだ、とも書いたのです。

じゃあ、一神教神道が出来る以前の日本の信仰は?



musica 「あれか?稲荷信仰と習合したという、山の神・田の神信仰。春になると山の神が里に降りて来て田の神となり、収穫を迎えると田の神は山へ帰り山の神となる」

スーさん 「田?」

m 「あっ、そうか。田があるという事は、この信仰は稲作文化が渡来人によって持ち込まれた以降の弥生時代の信仰だわ。それ以前は神奈備、磐座信仰とかか・・・」

ス 「田の神信仰自体が既に縄文人と渡来人の信仰が習合しているという事だね」

m 「なるほど・・・」



というスーさんとのやりとりがありました。

あっただけなので上のやり取りは置いておきまして、次へ進みます。



それで、えーっと?次は何を書けばいいんだ?

とりあえず稲荷命婦元宮の画像を。

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右横が義照稲荷神社です。

ここでご挨拶をしようとした時に、物凄い数の消防車が近くに集まり始め、ビックリして思わずここの神様と顔を見合わせました。

ネットで調べると今宮神社の側でボヤ騒ぎがあったようです。

後日載せる今宮神社の画像にも消防車が写っています。

ビックリでした。



そうそう、ついでに船岡山の記事の時に貼り忘れた画像を。

不思議な岩の側にあった銅板の何か。

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どこかの島の地図のよう・・・。

置かれたどんぐりがいい感じです。

これも良いどんぐりです。



アップ。

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船岡山の地図?

でも船岡山って船の形をしているから船岡山って名前になったそうなんですけど、この銅板に描かれたものは船の形をしていない・・・。

昔の地図っぽいですね。

宝島の地図みたいな。



不思議な岩の右端に写っている、正方形が彫ってある岩に銅板がありました。

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そして山頂で見た雲。

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ダイナミック!



滝壺の水飛沫を眺めているみたいです。

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で、貼り忘れていた画像は以上なのですが、何を書けば良いでしょう?

えーっと、あ!一神教がなぜ多神教になったのか?だそうです。

まず、いつ多神教になったのかと言うと、籠神社の方のお話によると『古事記』『日本書紀』が編纂された時です。

一神教の神の多数ある名をそれぞれ独立した神として創作。

それから自分達の祖先を神格化。

更に地方から集めた民話を神話化。

そして多神教へ、ていう感じみたいです。



とりあえずこんな感じで、今日船岡山探索を終了したら今年中に京旅は終わるかも・・・!?という事で、そろそろ終わりにしたい・・・。

この流れで出雲旅編に突入すると、唯一神の神道以前の縄文信仰を巡る流れになるのかな?

ヤマト政権以前からあるクニの宗教地を巡った訳ですから。

面白い流れですね。

まず出雲へ行ってそれから三輪、橿原、飛鳥、平城京へ行き、平安京。

そして再び出雲。

一通りの歴史の流れを見た後に、改めてヤマト政権以前を見る。

あー、でもソシモリ経由でやって来たスサノオが出雲に居る時点で、弥生文化に突入してるのか。

いや、待てよ?

出雲の土着の稲田姫でさえ、名前に稲作文化が入ってるじゃん!(◎_◎;)

・・・まぁ、その辺は出雲編が始まってからのお楽しみという事で。←ごまかし。



平安京の北の起点となった船岡山。

その麓にある平安京の大内裏は、秦河勝の宅地があった場所でした。

秦河勝という人は聖徳太子のブレーンを務められた、その当時の秦氏のトップ。

なんかすごいですね、聖徳太子の時代には既に秦一族には平安京計画があったのでしょうね。

そして十字架形に計画された平安京の十字架の罪状版にあたる位置に、「INRI」を象徴する稲荷神社を建てる。

平安京は完璧に秦氏に設計された宗教都市です。

古代イスラエルの聖地、「エルサレム」。

「エル」は「町・都」という意味。

「サレム」は「平安」。

秦氏はこの京の地に、自分達の信仰する宗教の聖地を作り上げました。

「平安京」という名の「エルサレム」を。



という事で、明日から駆け足で今宮神社編です!



(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ



それでは本日も良い一日を〜。

ス 「もはや年を挟んでも良いから、駆け足ではなくじっくりと今宮神社を見ていって欲しいものだ」

m 「えー・・・、スーさんが出雲で終わり出雲で始まるって言ってたから、駆け足にしようと思ったのですよ?」

ス 「それを言った時にはまだ日があったからで、今となってはどうでも良い事。今年を出雲系の神々が祀られた神社で終わり、来年を出雲系の神々が祀られた神社で始める事には変わらないのだから」

m 「臨機応変に?」

ス 「そうそう。特に忙しい年の瀬は」





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by garoumusica | 2016-12-29 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、本日は義照稲荷神社の続きです。




前回は伏見稲荷大社の祝詞である「稲荷大神秘文」が面白い、という所で終わっていました。

稲荷信仰って実は一神教だったのですねぇ・・・。

で、「稲荷大神秘文」について調べていたところ、久保 有政さんという牧師さん著の『日本とユダヤ 聖徳太子の謎』という本が出て来まして。

あ!この本持ってるけどいまいち読んでない!と思い出し、読み返してみました。



で、この本によりますと稲荷信仰に限らず、古代の神道は一神教だったとの事。

古代って言うのは、ここでは『日本書紀』が作られる以前を指します。

ヤマト政権において神事を司ったのは、物部さんとか中臣さんとか忌部さんな訳ですが、彼らは皆渡来系の氏族な訳です。

彼らの出身がどこなのか、いつ渡来したのかははっきりしませんが、彼らの宗教に古代のイスラエル人の信仰があった様なのです。

それが一神教としての神道なのだそうです。

この本のタイトルにある聖徳太子が習った神道も、唯一神教である「宗源道(そうけんとう)」というものだったそうです。



では唯一神とは何なのか?というと、「稲荷大神秘文」にも出てくる例のあの人。

この本の中で引用されている、京都の籠神社の宮司さんだった海部穀定(あまべよしさだ)さんが書かれた著書『元初の最高神と大和朝廷の元始』には、こう書かれているそうです。


「和同養老年中(717~724年)、既に元初の神、すなわち大元霊神の信仰があり、その御名は天御中主神、天常立尊(あめのとこたちのみこと)、ウマシアシカビヒコヂノ尊、国常立尊、豊受立尊、天照大神など、さまざまに申し上げていた」


つまり、唯一神の名を

・天御中主神
・天常立尊
・ウマシアシカビヒコヂノ尊
・国常立尊
・豊受立尊
・天照大神

と好きに呼んでいたのだそうです。

みんな同じ人の事ですよ!

わ~、さっすがジャパニーズ~~~。

このゆるさが良いですが、このゆるさが混乱の元凶なのです。



という訳で、特に稲荷信仰だけが一神教だった訳ではないみたいです。

ただ、その信仰が「稲荷大神秘文」という祝詞に残っていただけの様です。

秦さんの信仰にね☆

「夫神は唯一にして 御形なし 虚にして 霊有 

天地開闢て此方 国常立尊を拝奉れば 

天に次玉 地に次玉 人に次玉 豊受の神の流を 

宇賀之御魂命と 生出給ふ」



というところでまた明日~。

いまいち頭ん中で整理できていないから、一旦置きましょう。



JR━―━―━(・ω・)━―━―━― !!



それでは本日も良い一日を~。

先に出て来た『日本とユダヤ 聖徳太子の謎』という本をペラペラめくっていましたら、いろは歌が載っていました。

有名な「咎無くて死す」のアレなんですけど。

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせ  す

の、右端を上から読むと「咎無くて死す」。

で、この本では左端の解説もありました。

「いちよらやあえ」を、へブル・アラム語で「神ヤハウェの人」を意味する、「イーシ・エル・ヤハウェ」が訛ったものだろうとされています。

いーち・よら・やあえ
イーシ・エル・ヤハウェ

更に、左上・左下・右下と読むと「イエス」となり、

「神ヤハウェの人イエス、咎無くて死す」

となり、まさしくキリスト教の教えだ、と言われています。



で、これだけなら「あ~、よく聞くね」で終わりですけど、私、ふと気が付きました。

この京旅のサブタイトルが、

「~あさきゆめみし 京を巡る旅~」

である事に・・・。

更にこの時、ゾロ目の1:11・・・。



musica 「・・・( #ノノ) 」←思わず手で顔を覆った。

スーさん 「やっと気が付いたか、この旅の意図を」

m 「このタイトルは旅の始まりが夢だったから付けただけだったのに、この手の平コロコロ感が嫌・・・( #ノノ) 」

ス 「諦めなさい」

m 「あー、もー、ジジィーーー!!!」

ス 「ハハハ、久し振りに出たな」




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by garoumusica | 2016-12-28 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、本日は建勲神社の末社の義照稲荷神社と稲荷命婦元宮です。



入り口はこんな感じです。

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建勲神社の末社・義照稲荷神社。

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ホームページによりますと、奈良朝の昔、此の船岡山を中心として帰化人秦氏により五穀豊饒織物工芸の稲荷信仰が盛んに広められ、現在の末社義照稲荷社の発祥となったとされるとの事。

やっぱり秦さんですね・・・。

ちなみに朱い鳥居は両部鳥居(りょうぶとりい)。

厳島神社の鳥居の形として有名です。

この鳥居の形は密教と関係があるとか・・・。



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祭神は宇迦御霊大神、国床立大神、猿田彦大神。

国床立大神は船岡妙見社の国常立尊の別名です。

それにしても、義照って誰だよって感じですね、調べてみましょう。

「よしてる」読みではありませんが、「ぎしょう」さんという方が出て来ました。



義照

平安時代中期の僧で、延喜20年(920年)生まれ。京都の人。

奈良元興寺で三論宗を学ぶ。

右大臣藤原師輔の帰依を受け、良源、東大寺の法蔵と共に九条右丞相府中の三僧と言われた。



平安時代中期ですから時代が違うか・・・。

元興寺と言えば蘇我氏。

蘇我氏と秦氏の仲ってどうでしたっけ。

どちらも渡来系ですね。

まぁいいや、また今度にしよう。



あと気になるのは宇迦御霊大神、国床立大神の組み合わせ。

スーさんの子供と天地開闢の神って、不思議な組み合わせですよね。

調べてみよう~。

あー、伏見稲荷大社の祝詞に「稲荷大神秘文」というのがある様です。



夫神は唯一にして 御形なし 虚にして 霊有 

天地開闢て此方 国常立尊を拝奉れば 

天に次玉 地に次玉 人に次玉 豊受の神の流を 

宇賀之御魂命と 生出給ふ 


そもそも神は唯一つであって、形があるものではない。

虚であり、霊があるだけである。

天地が出来、国常立尊が存在している。

天から受け継いだ霊が、地に受け継がれ、人にも受け継がれ、

神の霊は豊受の神として立ち顕れ、神宇賀之御魂命として生まれ出でた



「夫神は唯一にして」ってこれすごいですね!

唯一神ってヤハウェですよ!

伏見稲荷大社の祝詞ってキリスト教じゃん!

あー、でも伏見稲荷大社は秦さんだから不思議ではないか~~~。

え~~~、なんか面白い・・・。

なんだかもうちょっと調べたくなったので、今日はここで終わりにしよう~~~。



(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ



それでは本日も良い一日を~。

昨日練習しました、彫金2作目・ラブラドライト!

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ラブラドライトが光っちゃって、ローズクォーツが妙に暗く映ってしまいました・・・。

ローズクォーツの部分だけ明るくするのって、どうやってやるんだろう・・・。

画像修正って難しいですね・・・。

本館にこの2点を載せたので、良かったらご覧ください!→ベゼルワイヤーを使ったペンダントトップ。



musica 「スーさん、今週で今年はおしまいです!何かひと言!」

スーさん 「今週一週間をどう過ごすかで来年が見えて来よう」

m 「それって本館に書いたのと一緒じゃないですか」

ス 「大切な事だからね、重なりもするさ」





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by garoumusica | 2016-12-26 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
メリー☆クリスマス~~~。

でも画廊musicaは平常運転でっス。



本日は船岡山にあります建勲神社です。

建勲神社は「たけいさおじんじゃ」が正式名称ですが、「けんくんじんじゃ」とも呼ばれています。

私はなんとなく「けんくん」神社呼びです。



建勲神社は明治2年(1869)、明治天皇の御下命により創建された、織田信長公を祀る神社です。

配祀神は織田信長の嫡男である織田信忠卿。

御神徳としましては国家安泰・万民安堵で、一般からは大願成就・開運・難局突破・産業指導の神・災難除けの神として崇敬されているそうです。

ふ~ん・・・、割と新しい神社ですね。



それにしても、何で明治天皇は信長公を祀ろうと思ったのでしょうかね?

あー、戦国乱世において天下統一、朝儀復興などの事業を進めた信長公の御偉勲に対し、神社創立の宣下があったのだとか。

朝儀って言うのは朝廷の行う儀式の事です。

それを復興したから?

うーん・・・。

もうちょっと調べてみましょう。

あー・・・、明治時代になって、徳川家によって圧殺された戦国武将達の名誉回復を行ったのだそうです。

で、その時に織田信長に対して「建勲」の号が与えられたのだそうです。

ふ~ん、なるほど。



建勲神社へと続く道。

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船岡山の山頂をぐる~っと廻って辿り着きました。



筋肉質でカッコいい狛犬です。

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明治時代にもなると写実的になるのですね。



舞殿から拝殿を臨む。

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舞殿には色々な絵が飾ってありますね。



そして拝殿とチラリ本殿。

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うーん、なんかよく分からなかったです・・・。

私の傾向として、明治時代とか新しい時代に建てられた神社は、何も分からない事が多いです。

橿原神宮とか、明治時代の政治家の神社とか・・・。



下山中に見つけたお社。

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看板アップ!

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妙見社ですか。

えーっと、船岡山は玄武の小山と卜された(占って定められる事)との事。

という事は、この妙見社は建勲神社が造られる以前からあった、って事なのかな。

それにしても玄武信仰なんてあるのですね。



「玄武神は亀なり。北方に鎮まり諸厄を払い給う。玄武神は今の妙見菩薩にて童形なり。

玄武神の大元は国常立神なり。水の神にして宅神なり。病魔退散の神なり」



国常立神は天地開闢の際に出現した神さまです。

国常立神はあんまり調べた事が無いのでよく分かんないです。

気が向いたら調べてみよう~。



妙見社の近くの階段で。

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これは良いどんぐりの芽ですね。

ああいう帽子のどんぐりは良いどんぐりです。



建勲神社は以上です。

明日はいよいよ元稲荷の登場です。



**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**



それでは本日も良い一日を~。

musica 「はー、クリスマスって感じしないです」

スーさん 「君は外出出来ないから余計そう感じるのだろう。だが、今の時期は人出が多いから、無用な外出は控えた方が良いな」

m 「まぁそうなんですけど・・・」

ス 「先日出掛けた際に古本屋で購入した、陰陽師の本でも読んだらどうかね?」

m 「そうですねぇ・・・。(本を手に取って開く)わぁ~、ちょうど開いたページが『平安京の行政機関』と言うタイトルでした・・・」

ス 「しっかり勉強しなさい」

m 「クリスマスなのに・・・」

ス 「我々にとってはただの日曜日。年末ではあるがな」





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by garoumusica | 2016-12-25 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
本日も船岡山の続きです。




一歩引いた所から京の街並みを眺めました。

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更に分割で。

左端から行きます。

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真ん中。

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そして右端。

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上の画像の右端には五山送り火(ござんのおくりび)で有名な金閣寺大北山の「左大文字」が、ギリギリで映っています。

この時、私の横でおっちゃんが気功をされていたので、ここまでしか撮れなかった・・・。



おっちゃんが去った後に大文字の部分を撮影。

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良く見えますね~。

船岡山からは「大」「妙法」「船形」「左大」が見えるそうなのですが、左大しか気が付きませんでいた。



本日の地図は赤いアイコンが金閣寺の左大文字山で、青いアイコンが船岡山です。



左大文字山が右側に見えたという事は、京都駅辺りから写っていたのですかね。

確認してみましょう。



三分割の最初の画像を拡大して見たところ、京都タワー発見!

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これって京都タワーですよね!?



一日目に撮った京都タワー。

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・・・京都タワーだよな・・・?

うーん、まぁ多分京都タワー!

良かった、ちゃんと都方面も見る事が出来てた。

何も考えずに「わー、景色きれ―」って感じで眺めていたので、きちんと歴史の舞台を見る事が出来てて本当に良かったです。



三角点。

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山などきちんと登った事が無いので、三角点を見るのは初めてです。



三角って彫ってある所が可愛らしいですね!

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ストーンサークルの様に「三角」の周りを石で囲んであるところが良いです。

他の山もこんな感じなのでしょうか?



その近くの開けた場所。

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石の並びが気になる、て言うか祭祀の場だと知ってからは、なんでもそれらしく見えてしまう・・・。

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それらしいー・・・。



連山の様に見える岩。

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この岩の周りにも石が配置してある・・・。

もう、なんでもそれらしく見えてしまう・・・。



という感じで、なんだかんだで30分以上、船岡山の頂上をうろうろしてしまいました。

山頂はおススメ、途中はちょっと怖かった船岡山でした。

女性1人で行かれる場合は、早い時間帯に登ってくださいね!

そして明日は、船岡山にある織田信長公を祀る建勲神社です。



*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*



それでは本日も良い一日を~。

musica 「気が付けばクリスマスイブですね・・・」

スーさん 「まぁ、我々には関係の無い行事だよ」

m 「あっ!我々って、私を含めないでくださいよ!」

ス 「ハハハ。では君に金言を授けよう」

m 「今年も出ましたね・・・。前回はおーくにさんでしたが」

ス 「うむ、それでは。本日はただの土曜日だ、案ずるが良い」




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by garoumusica | 2016-12-24 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)
はい、という訳で船岡山編に突入です。

下鴨神社から今宮神社へ行くにはバスを使いました。

私が乗った時間帯では船岡山で下車するバスが一番早かったので、それに乗る事にしたのです。

今宮神社のすぐ側にもバス停があったので、そちらへ停車する便もあったのかもですが。



で、お昼時に乗ったせいかバスは満席で座る事が出来ず、船岡山まで立ちっぱなしでした。

渋滞もしていましたので、30分以上かかった気がします。

でもそのおかげで思い出す事が出来ました、船岡山の存在を・・・。

船岡山、なんだか聞いた事があるな~、何かあったかな~、何だったかな~。

そんな感じでぼんやりとしていたところ、ハッ!と思い出しました。

元稲荷!

なんだか色々調べたアレじゃん!→伊(略)そして秦氏、更に荷田氏←NEW!その2。

なんと言うスーさんの導き・・・。

こうなったら行くしかない!

・・・て言うか船岡山って、私の体力で登れるの・・・?

心配になってスマホで色々と調べてみた所、そう高い山ではなく丘という感じの様です。

ですが、調べた為に知ってしまいました。

船岡山が心霊スポットだという事に・・・。



なんでも、応仁の乱の際に戦場になった場所で、その時の方々と思われる霊が目撃されたりするのだとか。

現在でも年に1度は首つり自殺をされる方がいたり、殺人事件の現場となったり、強姦未遂が起きたり・・・。


イヤン!> (゚v゚;ノ)ノ


やだー、怖い~、どうしよう~と思ったものの、スーさんが私を危険に晒す訳ない!(`・ω・´)+という事で、とりあえず行く事に。

そして船岡山のバス停に到着。

とりあえずスマホで地図を見ながら船岡山へ。

途中カフェを見つけたので、腹ごしらえ。

朝5時に朝食を食べてから口にしたのは、河合神社の美人水だけだったので・・・。

パウンドケーキと赤シソジュースを頂きました。

で、カフェのお姉さんに船岡山ってどれくらいで登れるのか聞いてみたところ、あっという間に頂上に着くとの事でした。



で、船岡山入口。

画像は無いですけど暗い・・・。

整備されていてキレイなんですけど、暗くてジメジメしてる・・・。

誰のか分からないけど、昔のお墓っぽいのもある・・・。



これは、仏教の宝珠?

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ひとつだけポツーンと・・・。

左端の木は妙にねじれてるし・・・。

なんだかもう怖い!!!((((( ;゚Д゚)))))

怖がっていると波動的にもヤバい。

なので頭の中でスーさんの名前を呪文のようにリピート!


『スーさん!スーさん!スーさん!スーさん!』


だってほんとに怖かったんですもん(´口`*)

お化けが怖くてスーさんの名を繰り返した訳じゃないんです(←)、犯罪が起きそうな薄暗さが怖かったのですよ!

お化けより人の方が怖い!

そういう怖さがありました、船岡山へ登っている最中は・・・。

途中に人を見掛けたりしましたが、人と会うのが怖い。

そういう場所でした・・・。

なので、この時は武神としてのスーさんをイメージ。

ガタイの良い強面のおっさんが、周囲に睨みを利かしている様な感じで。

船岡山は女性一人で行く時は、絶対明るいうちに行った方が良いです。

心霊スポット云々ではなくて、防犯上。



そして頂上から見た空。

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美しい・・・。

寄せては返す波の様な雲ですね。

頂上まで来れば明るいので怖さは無いです。



気が付けばこの様な場所へ。

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大きな岩です。



磐座信仰とかありそうですね。

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右奥でおじさんたちが集まってランチを楽しんでました。



船岡山の看板には「平安時代から数々の祭祀が催され」とありまして。

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この磐座とか使われてそうな感じです。



下に降りて岩を正面から見てみました。

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うん、でかい。


この岩の上に立って祭祀をしていそうです。

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この岩の近くから見た京都の展望。

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この景色を見ながら、秦さんがここに都を創ろうと話している様子が目に浮かぶようです。

この地域に住まう豪族の頭を集め、この場所に立って秦さんが演説をします。



「この山を基点とした都を創りましょう。

今はまだ未開の地でしかありませんが、私の目には千年、万年と続く都が見えております。

勿論、その都の完成を我々が見る事は無いでしょう。

子、孫の世代となってもまだ、天皇の住まう都にはならないでしょう。

ですが我々渡来系氏族が中心となり、千年、万年と続く平安の都を共に創り上げようではありませんか」



明日も続きます。



☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡



それでは本日も良い一日を~。


昨日の記事の訂正があります!

昨日の記事の中で雲が鳥の頭をした神様に見えた件に対して、「下鴨神社の奥宮である御蔭神社は、神社のある御生山(みあれやま)が御神体の様ですから、下鴨神社の神様は山神なのかもしれませんねぇ・・・」と書いたのです。

で、記事を更新した後にスーさんから言われました。



スーさん 「下鴨神社の祭神は八咫烏であっただろう?」

musica 「!!!ヽ(゚Д゚;)ノ!!!」



すっかり忘れていました。

祭神の賀茂建角身命は八咫烏さんでした・・・。

だから、鳥の頭をしていて当たり前なんです・・・。

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でもちょっと近いところもありました!

キンケイと言う頭に金色の羽を持つ鳥に似てると書いたのですが、八咫烏も金色をしているのです。

金色の八咫烏が黒色に見えるのは、太陽の前を飛んでいる為なのだそうです。



m 「で、慌てて訂正をしようとしたのですが、訂正しちゃ駄目ってスーさんが・・・」

ス 「何事にも時機がある。いつもそう教えているだろう?」

m 「見事に間違えてって言うか、すっかり忘れていた事が恥ずかしい・・・」

ス 「船岡山に関しても『すっかり忘れていた』ね」

m 「・・・( *ノノ)」

ス 「まぁ、いつも言う様に我々は一心同体。君が忘れていても、この私が忘れまい。それで十分だ」

m 「そう言って貰えると、安心して物事を忘れられますね d(´▽`)」

ス 「そういう意味で言ったのではない」


という訳で、下鴨の神様、記事をご覧の皆さま、どうもすみませんでした・・・。





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by garoumusica | 2016-12-23 05:00 | あさきゆめみし 京を巡る旅 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica