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昨日の今日のひと言でアマテルにぃちゃんの言った言葉。

アマテルにぃちゃん 「たまには神社で御籤を引いてごらん。君達の守護の者達からのメッセージだよ。吉凶は気にしなくて良い、大切なのはそこに書いてある内容だぞ?持ち帰ってじっくり読んでみるといい。裏側までしっかりとね」

についてちょっと突っ込んでみました。




musica 「ねぇ、にぃちゃん?」

に 「ん?なんだい?」

m 「おみくじは『君達の守護の者達からのメッセージ』ってどういう事ですか?おみくじを引いた神社の神様からのメッセージではないんですか?」

に 「・・・Σ(゚Д゚)

m 「なんですか?その間は・・・」

に 「守護の者達からのメッセージの場合もあるし、我々からのメッセージの場合もある」

m 「また曖昧な言い方~。じゃあ、どれくらいの割合ですか?」

に 「大体ピ―――(NG音)」←具体的な数字を書いたらパソコンを落とされました・・・。

m 「ほぼ守護じゃん・・・」

に 「具体的に伝えたい事があるのは、いつも側にいる守護の者達の方だよw」

m 「まぁそうでしょうけど・・・」

に 「大抵の者達は守護の存在と直接話をする事が出来ぬ。だからこそ守護の者達は君達にメッセージを送るチャンスをいつも狙っている。ほら、スー坊がいつも言うだろう?目に映る全ての事がメッセージだと」

m 「はい」

に 「だがそれだとどうしても抽象的になってしまう。メッセージをメッセ―ジだと気がつく者も少ない。そこで御籤だ。君達は適当な御籤を手にしたと思うだろうが、全ての御籤は守護の者が伝えたい事を書いてある御籤を手にする事が出来る様に手配している」

m 「自分で選ぶおみくじなんかだと結構迷ったりするし、あっちにすれば良かったって思う事もしばしばですが」

に 「守護の者達が全てコントロールしている、安心しなさい」

m 「はい。『吉凶は気にしなくていい』っていうのは?」

に 「世のほとんどの者達が御籤を開いて吉凶を見ただけで終わってしまう。と言うよりも、内容を読んだとしても吉凶の方がインパクトが強くてそちらの方しか残らない。特にあまり良くなかった者などはそうだね」

m 「あ~・・・」

に 「本当に大切なのは和歌であり、その下に書かれている言葉であり、裏面の教えだ。私は吉凶の表示は無くてもいいと思っている」

m 「えっ、アマテルにぃちゃんがそんなこと言っていいんですか!?天照大神でしょ?」

に 「・・・Σ(゚Д゚)

m 「今一瞬周りもざわめきましたけど・・・」

に 「大切なのは内容だよ(`・ω・´)+」

m 「あ、誤魔化した・・・」

に 「ほら、出雲大社の御籤は吉凶が無いだろう?あれはいいね」

m 「天津神が国津神を褒めた」

に 「ハハハ、そんなものは人が決めたものだろう?我々には関係ないさ」

m 「今の発言も大丈夫ですか?」

に 「我々は我々だよ。君の神は君の神さ。まぁ争い恨む神が好きな者にはその様に映ろう」

m 「結局いつもそこに行きつくのですね」

に 「それがすべてだよ」


*(・ω・)*(・ω・)*(・ω・)*(・ω・)*(・ω・)*


それでは今日も良い一日を~。

稲ちゃん 「秋はおにぎり持って出かけましょ~」

m 「『稲』ちゃんだけにおにぎり?」

稲 「新米の美味しい季節ですから(`・ω・´)+」

m 「過ごしやすい気候ですしねぇ」





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by garoumusica | 2015-10-31 05:00 | アマテルにぃちゃん | Comments(0)
今月中に終わらせる予定だったアマテルにぃちゃんの絵。

まぁ来月の半ばまで延長するつもりですが。。。

今のところこんな感じです。

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今週のお休みの日はスーさんに本を読めと言われ、アクセサリー作りが出来ませんでした。

なので木金土日はお絵かき曜日ですが、休憩の間などにこっそりアクセサリーを作ろうと思っていたのです。

で、作りかけのアクセサリーの続きをしようと用意していたところ、その作りかけのものが見当たらない・・・。

おかしい。

確かに机のこの場所に石のビーズと一緒に置いておいたはずなのに・・・。

探しても探しても見当たらない。

他にもスマホやiPadをいじっていたらとにかく落ちる・・・。



アマテルにぃちゃん 「今日は諦めて絵を描きなさい」

musica 「にぃちゃんの仕業でしたか・・・」

に 「ふふふ」

m 「カーヴィーダンスは止めないのに」

に 「それはスー坊が許さないよw君の大切な体力作りだからね」

m 「はー・・・」



途中脳を休める為に2回ほど睡眠を取らされましたが、それ以外はずっとお絵かきです。

来月の半ば位まで描いていいのに・・・。



に 「君は私の絵を描きながら次に描く予定のスー坊の絵の事ばかり考えているじゃないか。だから早く解放してあげたくてね」

m 「剣を構えるスーさんを見せてもらえないので、他の絵にしようと思って。八咫烏を従えるスーさんなんてどうかなって思ってます。熊野大社のスーさんです」

に 「ふふふ、楽しそうだね。それは早く解放してあげないと。あと少しだ、頑張りなさい」

m 「はい」


(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


それでは、今日も良い一日を~。

に 「たまには神社で御籤を引いてごらん。君達の守護の者達からのメッセージだよ。吉凶は気にしなくて良い、大切なのはそこに書いてある内容だぞ?持ち帰ってじっくり読んでみるといい。裏側までしっかりとね」

今日はアマテルにぃちゃんのひと言でした。





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by garoumusica | 2015-10-30 05:00 | アマテルにぃちゃん | Comments(0)
本日は古代出雲の各地との交流ルートです。



弥生時代から木をくり貫いたカヌーの様な船を使って、各地と交流していた出雲。

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いざ出雲へというタイトルを付けておきながら、出雲から出て行くルートをいきなり持ってくるのもどうかなとは思いましたが・・・。



大和へは一旦徒歩で吉備を通って瀬戸内海へ行き、そこからまた舟を使っていたようです。

筑紫から大陸へと書いていますが、一旦対馬へ行きそこから今の韓国へ行っていたのだそうですよ。

この図には書いていませんが、筑紫から九州内陸へ、というルートもあったとの事です。

チラッと読んだだけですが、古代の出雲の黒曜石がロシアで発見されているようです。

直接ロシアと交流があったとはなかなか想像出来ませんが、大陸に渡った出雲の黒曜石がロシアへ渡って行ったのかもしれないですねぇ・・・。

ほんと、出雲って交流が盛んですね。

この頃が古代出雲の第一次絶頂期だとか。

スーさんとかの時代ですかね?

腕を組みながら諸外国の方々と外国語でバリバリ交渉をしているスーさんの姿、フツーに想像出来ますよねw

で、第二次が意宇宿禰さんが出雲国造になった頃みたいです。



律令時代に七道が整備され、

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大和から出雲へのルートはこんな感じになりました。

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北海に出るおなじみのルートと、山陰道を通るルート、山陽道を通り出雲街道を通るルートです。

そして、出雲国内の道も整備されます。

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これは出雲国風土記に記載されている道を図にしたものです。

各郡に郡家というものが設置され、郡家を結ぶ形で道が作られています。

ピンク色の道は山陰道です。

オレンジ色の点は駅家です。



古代出雲の勢力図の郡の境界線と、

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上の道の図を併せるとこんな感じです。

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意宇郡に出雲国の国府が置かれている以外はそのままって感じですね。

各国の国造は各国の主要豪族が任命されたそうなので、意宇郡に国府が置かれたところを見ると古代出雲の権力が出雲東部に集中していたという事でしょうねぇ。。。



なんだかこうやって古代出雲の交流の様子を見ていると、須佐で見たスーさんのイメージを思い出します。

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musica 「海を見ているとその向こうへ漕ぎ出したくなります?」

スーさん 「ハハハ、そうだね」

m 「海の向こうを征服したいからとかですか?」

ス 「そんな理由じゃないさ」

m 「何ですか?」

ス 「海の向こうに何があるか見てみたい、ただそれだけさ」

m 「男子な発言ですね」

ス 「男とはそういうものさ。海があれば渡りたくなる、山があれば越えてみたくなる。そういうものなのだ」

m 「そういうものですか。帰りを待つ稲ちゃんも大変ですね」

ス 「彼女はそういう人間ではないさ。自分から私の横へ来る人だよ」

m 「あー、そうでしたね!」→おっさんsの姿。

ス 「ハハハ」

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それでは今日も良い1日を〜。

ス 「今日という日を悔いのないように生きなさい」


m 「なんですか?いきなり」

ス 「ん?君の行う祝福の手伝いさ」





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by garoumusica | 2015-10-29 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

古代道路編。

本日は古代の道路についてです。



日本の道路に関する初めの記述は、3世紀末に書かれた「魏志倭人伝」なのだそうです。

邪馬台国の都へと続く道について「土地は山険しく森林深く道路は禽鹿(きんろく)の小径のごとし。草木盛栄し、行く前を見ず」と書いています。

魏の使者には日本の道が獣道にしか見えなかったようですねぇ。

それから「日本書紀」にも「兵が二列縦隊では進めない」との記述があります。

どちらの記述も古代の道は残念だったのだなぁ、という事が良く分かります。。。



時は流れまして、こちらは律令時代(大化の改新以降の7世紀後半から10世紀頃まで)に整備された道です。

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現在でも使われている名前がちらほらですね!

これらの道をあわせて「七道」と呼ばれています。

この七道のうちの「北陸道」「東海道」「山陽道」「山陰道の中の丹波」は3世紀末にはあったのではないかとされています。

それは崇神天皇が四道将軍を各地に派遣したところから推測されるそうです。(四道将軍に関してはこちら→古代氏族 古代出雲2大勢力編 その2 出雲古禰。

で、道は大路・中路・小路と3ランクに分かれており、大路は山陽道のみ、中路は東海道と東山道、その他は小路とされたそうです。

大路も太宰府から先は小路とされたそうです。

都から太宰府に行く道のみが大路なので、太宰府までの道のりを重要視していたのがこの事から分かるそうですよ。

何があったのでしょうねぇ。

大陸へと出航する港が太宰府あたりにあったとかですかね?



道沿いには駅家(今でいうところの駅みたいなもの)が置かれ、大路の駅家には駅使と呼ばれる人たちが使う駅馬が20頭、中路の駅家には10頭、小路の駅家には5頭が置かれていたという事です。

ちなみに京都までの日数は徒歩でこんな感じだったそうです。

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運脚とは奈良・平安時代に租税である庸・調を徒歩で都まで運んだ人夫の事で、
奴隷みたいなものだったそうです・・・(´・_・`)



なんだか図を書いていたら時間切れになってしまったので、続きはまた明日に。

それでは良い位置に血を←すごい変換ですね・・・(゚o゚;;

これは保存版です(`・ω・´)+



では改めて、良い一日を~。

何だったんだ、あの変換は・・・。

思わず噴いて鼻水出ました。







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by garoumusica | 2015-10-28 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

秋のつれづれ。

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本日は古代氏族の続きで、古代に使われていた道路に関して記事にしようと思っていたのですが、昨日外出をしましたら思った以上にダメージを受けてしまい爆睡。

気がついたら日にちが変わっていたので何も用意出来ませんでした・・・(´・ω・`)。

今日は弥生時代とか古墳時代の人々がどのようなルートで交流を図っていたのか検証したかったのです・・・。

それが分かれば豪族達がどの様に手を組んで、どの様にヤマト王権の前身を創り上げていったのかとか、出雲古禰がどの様に攻められたのかが見えそうな気がしたのですが。

すべての道はローマに通ずのヤマト版?

・・・残念です。

なので本日は昨日撮った秋の画像集です。



昨日はスーさん神社から。

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拝殿のレリーフに葉っぱが刺さっていましたw

去年はミノムシがぶら下がってたのですよ。

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去年はどんぐりまでお供えしてありましたし。

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ここの神社は軍神スーさんのはずですが、実際はこういうイメージです。

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去年のイラストの使い回しですが・・・。

ほんのり紅葉。

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昨日は月がきれいでした。

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何とも言えない空の色合い。

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そう言えば数日前の月が妙に赤かったです。

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赤というよりもオレンジですねぇ。



今日はこんな感じです。

良い一日を~。






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by garoumusica | 2015-10-27 05:00 | つれづれ | Comments(0)
先日の話。



冬服を取り出して冬に備えていたのですが、去年履いていたスカートのウエストが締まらない・・・。

無理矢理ジッパーを上げてみるとウエストに段が・・・。

えっ、なにこの脂肪・・・!!!

体重はそんなに変わってないのに(1キロ増)ここまで脂肪がつくのか!とビックリ。

確かに日向旅が終わってから腰痛が始まり、更になんとなく腰つきが良くなっていましたが、ここまでとは・・・。

これは老化として当たり前の事なのか、それともただの運動不足なのかよく分かりません。

歳を取る毎の女性の体形の変化というのはよく聞きますので、年々肥満化していくのはごく自然な事として受け入れていくべきなのか、それとも老後の健康を考えて脂肪削減に励むべきなのか。

どのような姿勢で対応をすれば良いのか考えあぐねます。

脂肪がつかないように運動をし体型を維持するという事は若作りという事で、人から馬鹿にされるような行為なのか。

鏡で自分のウエストを見て、たるんでるなぁと思いストレスを感じながらも、これが歳を取るという事だと受け入れてそのまま脂肪がつくままにしていくのが良いのか・・・。

分からない・・・(´ノω・`)

こういう自問自答はこれから歳を重ねていく毎に訪れるのでしょうねぇ・・・。



とりあえず、破けてもいない服を己の脂肪の為に捨て、新しい服を買う事は無駄な出費だ!という事で、運動を開始(`・ω・´)+

取り出したのは、4年前に使ったカーヴィーダンス!

これはですね、4年前にステロイドを使った治療を受けて10キロ太った時のダイエットで使った物です。

10キロダイエットの内の4キロを担当していただきました。

体重が良く落ちるという感じではないのですが、ウエストは2ヶ月で8センチくらいストーンっと落ちました。

ちなみに10キロ痩せるのに約4ヶ月かかりまして、その内訳は初めの1ヶ月は毎日筋トレ1時間で2キロ減、次は2ヶ月ほどカーヴィーダンスをして4キロ減、次は風邪を引いて食事が摂れず2日で1キロ減した事もあり、食事制限で更に3キロ減、という感じでした。



で、早速DVDを取り出してダンスをしました。

そして気がついたのです、おっさんsのニヤニヤに・・・。

以前これをした時はおっさんsとの交流は無く、伸び伸びと自由にしていたのですが、今は視線が気になる・・・。

フッと目が合うのですよ、描きかけのスーさんの絵と (;´Д`)

これはやりにくい~と思っていたら、こんちゃんとすむちゃんが一緒にカーヴィーしてくれているようですw

ありがたい心遣いです。

そしてスーさんはというと、

「腕を上げ過ぎ」

「先生を見なさい、軸があり身体がブレないだろう?それが先生の動きの美しさだぞ」

などと指導が入ります・・・。



DVDは樫木式・カーヴィーダンスで即やせる!樫木式カーヴィーダンスで部分やせ!を持っていまして、それぞれ10分のダンスが2つ入っているので、それらを通してしています。

洗濯を待つ時間と一緒なのが嬉しいところ。

1000円ちょいなのにきちんと効果が出るのでお気に入りです。



今回のスカートウエスト締まらない事件は、自身の老化と健康の為の運動について考えるよいきっかけとなりました。

で、今ふと「これって旅への体力作りも兼ねてる?」と思ったところ、大きな丸を頂きました・・・。

まぁ・・・、もはや何も言うまい(´・ω・`)。



話が変わりますが、先週の土曜日の本館ブログで取り上げた曲は、Bruno Marsさんの「When I Was Your Man」でした。



初めて聴く曲だったので歌詞を調べてみると、恋愛の終わりに男性がああすれば良かった、こうすれば良かったと悔やむ曲だったのです。

で、この曲と選曲で迷ったのがMr.Bigの 「To Be With You」。



こっちの曲も知ってはいたけどきちんと聴くのは初めての曲で、歌詞を調べてみると今度は好きだった女性が恋人と別れた時に切ない想いを抱きながら慰めるという曲で。

ほぼ同時に思いついた曲で、こんな風に歌詞の物語が繋がるのが面白かったです( ´ ▽ ` )ノ

「To Be〜」の方はアマテルにぃちゃんの絵を描く時にも聴いています。

なので今日の本館ブログの本日の一曲にしました。

意図があったのか無かったのか、ちょっと気になるところです。





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by garoumusica | 2015-10-26 05:00 | つれづれ | Comments(2)
島根県立古代出雲歴史博物館、今日で最後です。




・古墳時代の勾玉・切子玉・ガラス玉。

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・前漢時代の青銅製の帯飾り。

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前漢は紀元前206年~8年に存在した中国の王朝です。

こんなに昔からおしゃれ道具ってあったのですねぇ。



・出雲大社御本殿の天井絵八雲之図。

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・江戸時代に描かれた出雲国大社之図。

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これは3枚に分けて展示してあったものを繋げたので、歪みがありますがドンマイです。



・室町・戦国時代にヨーロッパで作られたテイセラ日本図。

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・小泉八雲の雪女(多分)。

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・アマテラねぇちゃんの岩戸隠れ。

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そして!

スーさんと稲ちゃん!

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ワイルドどすなぁ・・・。



島根県立古代出雲歴史博物館、まだまだ沢山ありますが今回はこんな感じです。

この博物館は本当におススメです(`・ω・´)+。

出雲大社のすぐ横ですので、是非行ってみてください。

JAFの会員だと入場料が割引ですよ!

今こちらで開催している企画展「百八十神坐す出雲-古代社会を支えた神祭り-」の講座がとても面白そうで・・・。

第1回目は既に終了していますが「古代国家はなぜ神社をつくったのか?~古代神社の本質にせまる~ 」という内容でとても魅力的。

行きたかったなぁ。

2回目は今日で「神々の声・神々への声を聴く~自然界に神を感じていた古代びと~ 」

13時半からだそうです。

要予約です。

3回目は「祭祀遺跡から古代の出雲、杵築大社成立を考える~神と社の考古学~ 」、これも面白そう・・・。

無料って言うのが良いですね!



musica 「神迎祭、何で行っちゃダメなんですか?」

スーさん 「出雲は日本海側だ。君が思う以上に冷える。君の身体は冷えやすいから駄目だ」

m 「えー」

ス 「神迎祭は夜分だ。日本海側の夜間は冷える。海辺は特にだぞ。神事は夜分に稲佐の浜で行うのだからもってのほかだ」

m 「・・・(´・ω・`)」






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by garoumusica | 2015-10-25 05:00 | 古代氏族 | Comments(1)
本日も島根県立古代出雲歴史博物館の続きです。


それにしても写真撮り放題ってすごいですよね!

太っ腹です。



何かのディスク。

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天文図?羅針盤?

四隅の出っ張りに糸を通して方角を合わせて使う、とかそういう感じだったと思うのですが。。。

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鏡。

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そして!

神原神社古墳から出土した、卑弥呼の三角縁神獣鏡!

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アップ!

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魏から邪馬台国の卑弥呼に授けられた100枚の鏡のうちの1枚だそうです。

220~265年に中国の華北を支配した王朝の品。

1800年前のものをこうして目にする事が出来るってすごいですよね!



古墳時代の剣。

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以前描いた南方先生の剣はこのタイプです。

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剣の持ち手。

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細やかな装飾がみられます。

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鞘と剣の本物とレプリカ。

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あの剣のきらめきを表現したかったのですが、難しかったです・・・。



明日も続きます。




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by garoumusica | 2015-10-24 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
連日の出雲の記事のおかげで出雲へ行きたくなりました・・・。

なので去年出雲へ行った時の画像を見ていたのですが、その中に島根県立古代出雲歴史博物館のものがありまして。

昨年、本館ブログに出雲旅の画像を載せた時はこの博物館の画像特集をしなかったので、ちょっと別館で取り上げてみる事にしました。

調度出雲の歴史を学んでいますからね!

きっと面白いと思います(`・ω・´)+。

ついでに本館ブログの画像集のリンクも。





この画像の左下にちょこっと見えている建物です。

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雲が生まれている様子が面白くて撮ったものです。

こちらの博物館には常設展示で様々な出土品が展示してあります。

入ってすぐの所に出雲大社境内遺跡出土の宇豆柱。

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古代の出雲大社のレプリカ。

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国宝・加茂岩倉遺跡出土銅鐸。

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アップ。

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ズラー。

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国宝とでかでかと書いてあるのが良いです。



これまた国宝の荒神谷遺跡出土青銅器。

上側がレプリカで下側が出土品。

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ズラー。

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これはレプリカ(多分)。

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これもレプリカ?

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なんだか縞々がエジプトっぽいです。

ファラオのマスクの顔の横の布。



ちなみにどちらの遺跡も出雲郡にあります。

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出雲郡と書いてあるところの「郡」の横辺りです(かなりおおざっぱ)。



明日は卑弥呼の鏡などを。





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by garoumusica | 2015-10-23 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
出雲国造家由来の神社の続きで、本日は熊野大社です。



出雲国一之宮熊野大社は松江市八雲町熊野にあります。

祭神は伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(いざなぎのひまなこ かぶろぎくまのおおかみ くしみけぬのみこと)で、ひと言で言えばスーさんの事です。

そしてそのスーさんがこの地に火を伝えたといういわれから、火の発祥の神社として知られ、「日本火出初之社」(ひのもとひでぞめのやしろ)とも呼ばれています。

創建されたのは神代と言われ、『日本書紀』に「出雲国造をして厳神の宮を作らしむ」との記載があります。

そしてこの熊野大社を代々奉斎してきたのが、出雲国造家です。



千家さんの書かれた本には、スーさんの別名、櫛御気野命(くしみけぬのみこと)の中にある「みけ」という言葉、これは「みけ=御饌(食事の事)」という意味で、熊野大社のスーさんは「穀物の神」なのだとあります。

そして熊野という名にある「くま」は「かみ」という言葉が転じたものだそうで、熊野大社のある熊野という地名にも神が宿っているそうです。

出雲国造の祖神・天穂日命、この神も名前の「ほひ」が「穂霊」の意味を持つとして、稲穂の神として知られています。

よって、出雲国造が穀霊を身に帯びる天穂日命より出で、穀神として高い権威を持つ熊野の神を奉斎してきたのも自然な事なのだそうです。

そうそう昨日記事にした神魂神社は、冬になると雪深くなる熊野大社の遥拝所としての役割もあったようです。→古代氏族 出雲国造家 神魂神社編。



が、次のような説もあります。

出雲に熊野大社を持ち込んだのは紀伊の海人ではないか・・・?

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大和の下に紀伊を追加しました。


この説を唱えるのは『出雲大社の暗号』の関裕二さん。

それは何故かといいますと、『延喜式』の中に出雲と紀伊双方に同じ名の神社が存在するが、熊野大社を除いたすべてで紀伊の神社の方が出雲よりも格上であるからとあります。

そして「熊野」の名を持つ式内社は各地にあるが、この広がりは紀伊の海人の活動範囲と重なるから、としています。

紀伊や熊野の海人達は、4世紀末から6世紀にかけて積極的に大陸と交流していたのだそうです。

よって当然出雲との交流もあっただろうし出雲への移住もあり、それにより熊野の神が伝わったのではないかという事だそうです。

それにしても古墳時代って思っていたよりもずっと発展していたのだろうな~って、最近つくづく思います。

服装とかイメージだと生成りの粗末な服って感じでしたけど、もっと大陸寄りのおしゃれ?な服装だったのかもって思っちゃいます。



熊野大社の位置はこちらです。

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熊野大社が現在ある場所へは明治時代に移されました。

それ以前は意宇川に添って500メートル上流にあり、そこを「上の宮」、今の場所を「下の宮」と呼んでいたのだそうです。

『雲陽誌』という島根県が20世紀初頭に編纂した本には、「速玉・事解男・伊弉冉三神を上の社、天照大神・素盞嗚尊・五男三女を下の社」とあり、上の宮を熊野三社、下の宮を伊勢宮と呼んでいたそうです。

そして中世以前、上の宮は天狗山(昔は熊野山と呼ばれていた)の頂上に祀られていたそうです。

ここで地図。



赤が現在の熊野大社、黄色が旧上の宮、水色が初代熊野大社(?)です。

あぁ~、こうして記事にしていると出雲へ行きたくなりましたー・・・。

前回はおっさんの指示で弾丸だったから、今度はゆっくり行きたいです。

そろそろ神在祭ですし・・・、ねぇ?→チラッ

速攻で却下されました(´・ω・`)

しじみ飯・・・。





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by garoumusica | 2015-10-22 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica