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本日は古代出雲の勢力争いのその後などを書きたかったのですが、私の知識不足の為上手く記事をまとめられなかったので、出雲国造家ゆかりの神社について書いていきたいと思います。



本日のメインテキストはこちら!

千家尊統さんの書かれた出雲大社です。

千家尊統さんは名字でお気づきの通り、第82代の出雲国造を務められた方です。

その方が出雲の神話や歴史、出雲大社の社殿や祭事等をまとめられたのがこの本。

昭和43年の5月に出版されました。

そしてお亡くなりになられたのがこの年の11月。

人生の集大成として綴られたのかもしれませんねぇ・・・。



はい、出雲国造家ゆかりの神社について書いていきます。

今回取り上げるのは松江市大庭町にある神魂(かもす)神社です。



神魂神社は意宇六社のひとつとされています。

意宇六社とは、熊野大社(松江市八雲町)、真名井神社(松江市山代町)、揖夜神社(松江市東出雲町)、六所神社(松江市大草町)、八重垣神社(松江市佐草町)、そして神魂神社(松江市大庭町)を指します。

これらはみな意宇郡にあります。

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神魂神社の社伝には、天穂日命(あめのほひのみこと)がこの地に降りてきた後に創建したとあり、伊弉冊大神(いざなみ)と伊弉諾大神(いざなぎ)を主祭神としています。

ですが千家さんは、この祭神は後世の思考のいたすところ、と言っています。

それは伊弉冊大神を葬ったとされる比婆山を飯梨・母理の山地に設定したから、との事です。

まぁ、なんでこの二人が祭神なのかよく分からない、という事なのでしょう。。。

飯梨・母理に関してはこちらのサイトがおススメです。→Saninサイズ 



ところで今回この神社を取り上げた理由は、この神魂神社は出雲国造家の屋敷があった場所にあり、元々は邸内社(プライベート神社)だったからです。

この神社は出雲国風土記にも延喜式の神社帳にも記載されていないらしいのですが、その理由もプライベート神社だったからだと千家尊統さんは述べています。

ですが、この神社の名前を冠した神が出雲国風土記に載っている、と言うのは中見利夫さん。

彼の著書出雲大社と千家氏の秘密の中で、神魂神社の名を冠した神、それは「神魂命(かみむすびのみこと)」であり、古事記における「神産巣日神(かみぬすびのかみ)」であり、日本書紀における「神皇産霊尊(かむみむすびのみこと)」であるとしています。

神産巣日神といえば、天地開闢の時に天御中主神(あめのみなかのぬしのかみ)・高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の次に高天原に出現した、造化の三神の一人とされています。

造化の三神は性別の無い神様とされていますが、この方だけは女神と言われています。

この神様のエピソードとしましては、おーくにさんが兄神らによって殺された時に、おーくにさんのお母さんが神産巣日神にお願いし、神産巣日神に遣わされた蚶貝姫と蛤貝姫の治療によっておーくにさんは生き返りました。

また、おーくにさんと一緒に国造りをした少彦名神は彼女の子供にあたります。

中見さんの本には名前が一緒だから的な事が書いてあるだけで、その具体的な検証が載っていないのが残念ですが、確かにおーくにさんに縁のある神様ですよね。



神魂神社に関する解説はこちらでどうぞ。→Wikipedia

神魂神社に関する画像はこちらのサイトがおススメです。→しまね発 ふるさと通販ショップ 神魂神社って・・・

意宇六社めぐりに関するPDFはこちら(すごく良いです。ぜひパソコンで見てください)→意宇六社めぐりガイド(PDF)




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by garoumusica | 2015-10-21 05:00 | 古代氏族 | Comments(4)
ほんのりお久し振りの古代氏族編です。

さっそく前回の記事のまとめ。

古禰死す、東部黙認。

もっと詳しく思い出したいという方はこちら↓。




さてさて、出雲古禰(いずものふるね)が弟の飯入根(いいいりね)を騙し討ちにしてしまった事を、朝廷にチクった古禰の弟の甘美韓日狭(うましからひさ)とその子・鸕濡渟(うかずくぬ)親子。

その子・鸕濡渟が「先代旧事本紀」(せんだいくじほんぎ)という物部氏の史書の中の「国造本紀(こくぞうほんぎ)」という巻に出てきます。

その内容はというと、「第10代崇神天皇のとき、天穂日命(あめのほひのみこと)の11世の孫である宇賀都久怒(うかつくぬ)を国造に定めた」というものです。

宇賀都久怒(うかつくぬ)=鸕濡渟(うかずくぬ)ですので、先代旧事本紀に従えば初代出雲国造は出雲古禰の事を朝廷にチクった弟の子、という事になります。

ですが、神話的には天穂日命が初代出雲国造ですし、その流れで言えば出雲古禰が11代出雲国造で12代が鸕濡渟と言われています。

まぁ、真相は闇の中ですねぇ・・・。

これが大体2~4世紀頃のお話だそうです。(←研究者によって違ってきます)



ところで、東部勢力の淤宇宿禰(おうのすくね)さん。

この方は第16代の出雲国造と言われています。

またこの図。

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この人は日本書紀に出てこないのか?と言うと、ちゃんと出てきます。

仁徳天皇即位前紀に、倭(奈良県)の屯田司(みたのつかさ)の任務に就いていたそうです。

屯田司というのは天皇の直轄の領地の田の管理・経営する人の事で、なんでまた出雲国造が奈良の田んぼを管理しているのかと言う素朴な疑問は置いておきまして、日本書紀にどのようなエピソードが載っていたかと言うと。。。

額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこ=応神天皇皇子、仁徳天皇の兄)に嫌がらせを受ける話です・・・。

登場人物が多いので、人物名に色を付けました。



ある日額田大中彦皇子淤宇宿禰が管轄していた倭の屯田(ミタ=天皇の田)と屯倉(ミヤケ=天皇の直轄領)を、自分の管轄にしようとイチャモンをつけます。

「この屯田は元々は山守(やまもり:応神天皇が定めた山守部〔やまもりべ〕の事か、山川林野を掌る大山守命〔おおやまもりのみこと〕の事)の土地なので、私が治める事にする(`・ω・´)+」

などと言い始めます。

いきなりの事に困った宿禰は皇太子である菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)皇子に相談します。

すると皇子は、

大鷦鷯尊(おおさざきのみこと=仁徳天皇)に言ってくれる?」

と言い、宿禰大鷦鷯尊に相談します。

で、大鷦鷯尊は倭直氏(やまとのあたいうじ)の祖先の麻呂(まろ)に、

「倭の屯田が元々は山守の土地ってどういう事?」

と聞きます。

すると麻呂は、

「私は知りませんが、私の弟の吾子籠(あごこ)だけが知ってます」

と答えます。

この時吾子籠は韓国に派遣されていて、まだ日本へは帰って来ていません。

なので大鷦鷯尊宿禰に、

「お前は自ら韓国に行き、吾子籠を呼び戻せ。昼も夜も無く速やかに行けよ?」

と言い放ちます。

で、宿禰は韓国に行き、すぐに吾子籠を連れて帰り、倭の屯田について問いました。

そして吾子籠、おおいに語ります。

「垂仁天皇の時代に、皇太子の大足彦命(後の景行天皇)が倭の屯田を定められましたが、その時に

『全ての倭の屯田は常に御宇帝皇(あめのしたしらすすめらみこと=初代天皇)の屯田である。それが帝皇(みかど=天皇)の子といえども、御宇(あめのしたしらす=初代天皇)でなければ管理する事は出来ない』

と言われました。

だからこの土地が山守の土地という事はありません」

と言う訳で、額田大中彦皇子淤宇宿禰の管理する倭の屯田と屯倉を手にする事は出来ませんでしたとさ。

おしまい。




なんでしょうね?この嫌がらせとたらい回しっぷりは・・・( ;´Д`)

それに何故こんなしょうもない話を外国向けの史書にわざわざ載せたのか・・・。

天皇家の恥を晒しているようなものですよねぇ。

その感覚が分からないです。

アレですかね、古くから大陸と交易のあった出雲をこんな風に下っ端扱いしてるんだぜ?俺って凄いだろう?という権力アピール?

いずれにせよ、西部も東部もなんだかんだで朝廷から嫌がらせを受けている出雲でした。





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by garoumusica | 2015-10-20 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
長々と描き続けているアマテルにぃちゃんの絵。

日向旅に出る前からでしたので、大体5ヶ月位描いているのですかね?

えっ!?5ヶ月!?(←今気がついた)

これほんと?

信じらんない・・・。

よくやるわ・・・(´ロ`')



で、今ここです。

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朱雀のボディの色塗りが中途半端ですけど、だいぶ進みました。

多分あとひと月以内に出来上がる事でしょう(←予定が伸びている)。



ところでこの富士山、富士吉田から見た富士山です。



なんで富士吉田からの富士山を描いたかと言うと、この位置から見た富士山の形が一番しっくり来たからです。

たいした理由ではありません。

で、実は富士吉田側から富士山を見ると、あの絵の位置に太陽が来ることはありません。

もう一度。

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多分(自信が無いですが)北(北)西の位置に太陽が来てる感じの絵になっています。

この位置に太陽を持ってくる事に躊躇しましたが、まぁ絵だからいっか、という事で描いちゃいました。

そんな感じです。



今日は絵を描くのに疲れたので適当な内容になってしまいました・・・ε-(‐ω‐;)

すみません・・・(´・ω・`)。


それにしても、今日は身体があっちぃ。



スーさん 「君は今日、ネックレスもブレスレットも身につけておらぬではないか」

musica 「忘れてたー・・・( ;´Д`)。だからこんなに疲れたのか〜」

ス 「すべての事には意味がある。次はきちんと身につけなさい」

m「は〜い。でも、教えてくれても良かったのですよ?」

ス 「何事も経験だ」

m 「そう言うと思いました(´・_・`)」






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by garoumusica | 2015-10-19 05:00 | アマテルにぃちゃん | Comments(0)
最近はめっきり涼しくなってきまして。

過ごしやすい天候ですねぇ・・・。

ですが涼しくなってきますと血管が収縮してしまうので、指が細くなってしまいます。

そうするといつも指にはめている指輪のサイズが合わなくなってしまい、すっぽりと指から抜け気がつけば紛失しているのです。。。



そして先日も気がつけば指から指輪が抜けていまして、身に覚えのある場所を探していきました。

ベッドからソファーの隙間・下、トイレ、洗面所、階段、机・・・。

どこにも見当たりません。

神棚の前を通った時には「指輪がどこか行ったよ~」と愚痴ってみたり。

30分くらい自分で努力した後は、あの人の出番です。



musica 「指輪がどうしても見つかりません。どうか見つけてください」←厚かましい。



で、5分くらい経った後に何気なくベッドを見ると、真ん中にちょこんと指輪が・・・!!

スーさんスゲーーーーー!!!

さっき見た時は無かったはずなのに!



他にも、以前体調が悪かった時にころころローラーを使い、何も考えずローラーを置いて寝てしまい、翌日また使おうとしたらどこにあるか分からなくなってしまった事がありまして。

その時も色々と探した後にスーさんにお願いしたところ、その直後に無意識で身体が動き、その動いた先にローラーがあってビックリした事がありました。

こっちの場合は潜在意識が置いた場所を覚えていた、みたいな説明も出来そうですね。



何か物を失くした時、一生懸命探した後にスーさん、好きな神様、自分の守護さん、自分の潜在意識にお願いしてみるのもひとつの手、かもしれません。



スーさん 「だいぶ私に頼れるようになってきたが、遺失物の捜索以外でも頼ってもらいたいものだな」

m 「いつも頼りにしてますよ~」





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by garoumusica | 2015-10-18 05:00 | スーさん | Comments(0)
昨日の記事に出て来た氏神さんから貰ったおみくじの教え。


『とり返しのつかぬ過去の事を、くり返して思いなやんだり、どうにもならぬ将来の事を案じ煩らうのは唯心をいため身を害なうだけで、何のやくにも立たぬ愚かな事である。
今日は唯今日の事を、面白く楽しく、神様を念じつつ正しい心でやって行く、禍も転じて幸となる』


この内容はこの日の前日に起きた出来事へのメッセージでした。



その日の夕方に姪っ子ちゃんから電話がありまして。

最近の2歳8ヶ月は恐ろしいですね。

スマホを操って愚痴を言ってきます。

私はその時自分の部屋に居たのですが、家電が私の部屋の真下に設置してあるので、こちら側の話す内容は丸聞こえです。

父が姪っ子ちゃんと話をしていたのですが、どうやら姪っ子ちゃんが食事にかかる時間が長くて姉がイラついたようです。

そこで落ち込む姪っ子ちゃんに父が、

「大人の事情に合わせる事はないから、姪っ子ちゃんのペースで食べなさい」

と言っていまして。

それを聞いた時に私は思わず鼻で笑ってしまったのです。

どの口が言う訳?(笑)と思いながら。

その昔、乳幼児期から食事ペースに関して色々怒鳴られ続け、更に食べられなくなり、小学生の頃には病院で栄養失調状態と言われ、挙句の果てに恥をかいたと言われた事がありまして。

それを思い出して鼻で笑ったのですが、当然落ち込む訳です。

まだ私の中に怒りがくすぶっていたのかと・・・。

それで、インナーチャイルドを癒さないとね、と思ってそうしようとしたところ、



スーさん 「私はまず君を癒すべきだと思うがね」

musica 「インチャ?」

ス 「今の君だよ。今の君は怒りが湧いた事に対してショックを受けている。自分の中にいまだに怒りがあったのかと」

m 「そうですねぇ・・・。理解し許していたつもりが鼻で笑ってしまいましたからね(苦笑)」

ス 「傷付いているのは今の君だ。もちろん幼い君も傷ついている訳だが、今の君も傷ついている。インナーチャイルドを癒す前に今の君を癒さないとね」

m 「どうやってですか?」

ス 「怒ってしまった君を許してあげなさい。潜在意識に怒りが残っても仕方のない状況を君は味わったのだから」

m 「うーん・・・」

ス 「難しいようなら私が今の君を許してあげよう。よし、君を許す!」

m 「ふふふ」

ス 「これで良い。君はインナーチャイルドを癒してあげなさい」

m 「はい。ところでスーさん、過去に犯した罪を人はいつ許されるのでしょうね?何十年経っても私の潜在意識の中に怒りが残っていた訳でしょう?」

ス 「過去に犯した罪がいつ許されるのか。君の場合に限って言えば、君の傷が癒えた時だ」

m 「以前父と話した時に父は自分の言動を全く覚えておらず、私が父のこういう言動で苦しんだと言った時があったのですが、その時父は『過去の事を今更言っても仕方ない。今この時から水に流そう』と言ったのです」

ス 「うむ」

m 「それに対して私は内心『それは被害者が言うセリフであって加害者が言うな』って思ったのです」

ス 「今回の君と同じ事を思ったのだね」

m 「あー、そうですね・・・。この時は年に一度会うか会わないかでしたので嫌悪感は抱いていなかったはずですが、確かに今と似たような事を思ってますね・・・」

ス 「彼の事を知性において理解していた」

m 「そうですねぇ」

ス 「だが彼の態度でその理解が消えてしまった。彼が反省をした態度をしていたならば、君も報われただろう」

m 「そうかもですねぇ」

ス 「しかし今回彼は君の姪っ子に当時の君が求めていた言葉を投げつけた。当時というのは幼少時の君とその会話をした時の君だ」

m 「確かに」

ス 「彼が姪っ子に投げかけた言葉は、彼が成長した結果の言葉だとは思わないかい?」

m 「そう言われればそうかも・・・」

ス 「でも鼻で笑ってしまうかい?」

m 「笑っちゃうかもしれないですね・・・」

ス 「それならそれで良い。今はインナーチャイルドを癒す時だと思い、自分を許してあげなさい」

m 「情けない・・・」

ス 「自分を許す事が先だぞ」←スーさんによるイメージよしよしρ(-ω-。)ヽ(・ω・。)

m 「はい」



そういう事があっての、氏神さんのおみくじだったのです。

もう一度↓

『とり返しのつかぬ過去の事を、くり返して思いなやんだり、どうにもならぬ将来の事を案じ煩らうのは唯心をいため身を害なうだけで、何のやくにも立たぬ愚かな事である。
今日は唯今日の事を、面白く楽しく、神様を念じつつ正しい心でやって行く、禍も転じて幸となる』

で、今ちょっと思ったんですけど、スーさんのみならず氏神さんにまで日常生活が筒抜けって訳ですか・・・?

って書いたら、目の前に大きな白い丸が・・・。

そうなんですか・・・。

筒抜けなんですね・・・。

まじですか・・・。

そうなんですって、皆さま!


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by garoumusica | 2015-10-17 05:00 | スーさん | Comments(2)
先日氏神さんの神社でも秋祭りがあり、前夜祭の日にお伺いしてきました。

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氏神さんの神社は徒歩で行くには難しい場所にあり、秋祭りの日は母が早朝から用事があった為、残念ながらお祭りには参加出来ませんでした。

前夜祭も母の翌日の予定を考えると参加出来そうになかったので、その前にお詫びを兼ねて挨拶だけをしに行く事にしたのです。

氏子ではないスーさんの所には行ったのに、氏神さんの所には行かないっていうのはあまりにもヒドイですからねぇ・・・。



musica 「ご無沙汰してます。明日のお祭りに参加出来なくてすみません・・・」

氏神さん 「いつも神棚で会ってるじゃないか。それにこうして来てくれただけで、十分だよ」

m 「ありがと~」



この時境内では地域の若者達が太鼓の練習をしていまして。

前夜祭の準備もあるだろうからさっさと引き上げようとしたところ、



氏 「一曲聴いていきなさい」

m 「やった~」



氏神さんのおすすめで一曲聴いていく事に。

太鼓の振動が身体の中にまで響き、悪いものが落ちて行く感じです。

それから思いついておみくじを引く事に。

1枚30円でしたが50円玉しかなかった為、50円を入れておみくじを1枚引きました。

番号は34番。

先日のスーさんのとこのおみくじは43番でしたから、数字をひっくり返した感じですね。

なんだか面白いw

そして開けてみると、接待みくじの大吉!

今年は大吉イヤーですねぇ。



m 「50円入れたから?」

氏 「20円分のサービスだよ(笑)」

m 「やった~w」



34番の和歌は、

『かき曇る 空さえ晴れて さしのぼる

     日かげのどけき 我がこころかな』

和歌の下のメッセージは、

『こころをすなおにし身もちを正しくすればますます運よろしくなに事もおもうままになるでしょう。欲をはなれて人のためつくしなさい大吉』

先日のスーさん神社のおみくじの裏側の神の教に通じるものがあります↓。

『授けられたその金、その身体、その心、決して無駄に使ってはならぬ。しかし一銭の金でも役立つ使い方は難しい。その手、その足、その言葉、世の為、人の為、役立つように使って居るか。神の御心に添い、清々しい日々が過ごせるように心がけることが大切である』

世の為人の為生きなさいよ、って感じですねぇ・・・。



じゃあ裏側の神の教は?と思って裏を読んでみると、

『とり返しのつかぬ過去の事を、くり返して思いなやんだり、どうにもならぬ将来の事を案じ煩らうのは唯心をいため身を害なうだけで、何のやくにも立たぬ愚かな事である。

今日は唯今日の事を、面白く楽しく、神様を念じつつ正しい心でやって行く、禍も転じて幸となる』

ふふふ、本当にそうですねぇ。

これなんかいいですね。

『今日は唯今日の事を、面白く楽しく』

なんだかスーさんと氏神さんの性格の違いが表れている様で、ふふふってなりましたw



m 「ありがとう~、氏神さん」

氏 「またおいで」

m 「は~い、じゃあお祭り頑張ってくださいね~」

氏 「ありがとう」



こうして氏神さんへのご挨拶が終わったのでした。


氏神さんの神社の駐車場の側のコスモスと千日紅。

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今、画像の上に「氏神さんの神社の駐車場の側のコスモスと百日紅。」という文字を記入しようとキーボードを叩いていたのですが、百日紅という字を何度も何度も間違えてしまいおかしいなぁと思っていたら、名前を間違えていました!

百日紅ではなくて千日紅だったのですね!

こういう知らせ方もあるんだって感心しました。

タイプミス宣託法w

新しいですねぇ・・・。






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by garoumusica | 2015-10-16 05:00 | つれづれ | Comments(0)
本日も昨日の記事の続きです。




いきなりですが、これは古代日本の豪族の勢力地図です。

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古代って言っても2~3世紀頃なんですけどね。

古代って言うと、古代エジプト文明とか古代ギリシャ文明なんかを思い出すのですが、これらは紀元前3000年とかですからね、日本のこの程度の年代を古代などと言ってはいけない気がするのです。

紛らわしい。。。

それは良いとしまして、古代日本にはこんな感じ↑の豪族達が地方を治めていました。



で、出雲に話を戻します。

また昨日の図です。

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出雲西部を支配していた出雲古禰(いずものふるね)さん。

彼は日本書紀の崇神六十年条に出てきます。

内容はこんな感じです。



『出雲には高天原から伝えられた神宝がありました。

これを崇神天皇が見てみたいから献上して☆と要求をしました。

ですが古禰は筑紫に出掛けていて不在だった為、彼の弟達が勝手に宝を差し出してしまいます。

後日出雲に戻った古禰はどうして自分の帰りを待たなかったのだと大いに怒りまして、弟の飯入根(いいいりね)を騙し討ちにしてしまいます。

古禰の弟の甘美韓日狭(うましからひさ)とその子・鸕濡渟(うかずくぬ)は朝廷に参り詳しく報告し、朝廷は吉備津彦(きびつひこのみこと)と武渟河別(たけぬなかわわけ)を遣わして出雲古禰を殺させました』


古禰死す・・・!


なんと!弟の告げ口であっさりと殺されてしまいました。

元はと言えば無茶言った朝廷と勝手な事した弟のせいなのにねぇ・・・。

吉備津彦と武渟河別は四道将軍(よつのみちのいくさのきみ←なんだかカッコいい響きです)と呼ばれ、四道将軍とは日本書紀に登場する皇族(王族)の四大将軍の事です。

四道将軍は大彦(おおびこ)、武渟河別、吉備津彦、丹波道主(たんばみちぬし)の4人を指します。

なんでも日本書紀では、崇神天皇10年(紀元前88年頃)にそれぞれ、北陸、東海、西道、丹波に朝廷に服従させる為に派遣されたらしいですよ。



で、この中の吉備津彦さんを吉備の象徴として、武渟河別さんを大和の象徴として捉える考え方があるそうです。

もう一度勢力図。

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出雲のすぐ近くの吉備とちょっと離れた大和。

この勢力に服従させられたという史実をこの様な形で表したのではないか、という事です。

て言うか、古禰さん以外の兄弟は朝廷側の要求にあっさりと応じている上、飯入根が殺されたよって朝廷に告げ口しているところをみると、古禰さん以外の兄弟は既に朝廷側についている感じがしますよねぇ・・・。



ところで東部勢力の淤宇宿禰(おうのすくね)さん、西部の古禰さんが粛清された時どうしていたのかと言うと、何もしていません。

日本書紀上でなくリアルな世界でも、出雲西部が吉備と大和に攻撃された時に西部側に加担したとかそういう痕跡が無いそうです。

なので東部側には朝廷側からあらかじめ話をつけてあったのではないか、という考察があるのだそうです。

恐ろしいわ~、古代の豪族・・・。



このシリーズを書くきっかけとなった漫画『八雲立つ』。

その時のブログはこちら→『八雲立つ』に学ぶ その1。

その中でスサノオさんが『次こそ勝ってやる。殺し尽くし滅ぼし尽くしてやるぞ』と王朝を呪っていますが、実際の歴史の中でそれを言うとしたらこの古禰さんかもしれないですねぇ・・・。



とりあえず今日はここまでで、続きはお絵かき曜日が終わった後の来週の火曜日にする事にします。

明日からはいつも通りのおっさんsとの日常です。





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by garoumusica | 2015-10-15 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日は昨日の記事の続きで、古代出雲の2大勢力について書いていきます。



古代出雲は北海(きたつうみ・日本海の事)の中核に位置した為、大陸や九州、北陸地方との交流がありました。

そして古代出雲には東西に分かれた2大勢力があったとされています。

こんな感じです。

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私がんばった↑

地図左の黄色が出雲西部勢力、右のピンク色が出雲東部勢力です。



西部の神門郡に位置する神原神社古墳からは景初三(239)年と銘が入った三角縁神獣鏡が出土しています。

これは魏(220~265年に中国の華北を支配した王朝)から邪馬台国の卑弥呼に授けられた100枚の鏡のうちの1枚です。

また、出雲郡に位置する杵築大社(出雲大社)の摂社である命主社(いのちぬしのやしろ)からは、銅戈(どうか)と硬玉製勾玉が出土しています。

銅戈は北部九州産、硬玉製勾玉は新潟県糸魚川産の可能性が高く、この時代に北部九州、北陸と交流があったことを物語っています。

他にも出雲郡に属していながら何故か出雲東部勢力の墳墓とされている西谷墳墓群(にしだにふんぼぐん)の3号墓には、地元出雲産・吉備産・北陸産の土器が出土しており、他の地域の首長と積極的に交流していた様子がうかがえます。




さてさて、出雲西部を支配していた豪族が「出雲古禰(いずものふるね)」

出雲東部を支配していた豪族が淤宇宿禰(おうのすくね)」です。

昨日の図をもう一度。

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中央下の部分の記述がこの二人に関するものです。

両方とも出雲国造家の祖となっていますが、これはどうやらもともと同族だったとみられているからのようです。

そしてこれらの勢力がまたうまく付き合っていたようです。

立地環境の違いがその性格に大きな違いをもたらしたそうで、日本海に面する出雲西部勢力は古くから大陸や九州、北陸地方との交流が盛んで常に意識が外に向いています。

西部にある杵築大社のおーくにさんも葦原中国の国造りにみられるように、積極的な面を持っています。

そして東部は内陸に位置していた為か、西部ほどの積極性を持って外部との交流はみられなかったようです。

西部とは違い土地が肥沃だったそうですので、自分達の土地である程度内需を賄えたからとかですかね?

そのせいか東部に位置する熊野大社のスーさんは、出雲国風土記では農耕の神として描かれており、穏やかな面が前面に押し出されています。

西部と東部それぞれの性質が、それぞれの地に位置する大社の神の性質と重なる所が面白いですよね。

この2大勢力の性質の違いからか、西部と東部はなかなかうまく付き合っていたようです。



明日も続きです。

本日の参考文献はこちら。


上の説明だけじゃ足りないよ~って方は、これらを読まれたら面白いと思いますよ!

最近古代出雲が分かるようになってきたので、出雲国風土記を読むのが楽しいです(`・ω・´)←スーさんの思うツボ( ̄ー ̄)





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by garoumusica | 2015-10-14 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
※本日は出来ればパソコンで見てください。画像の文字を読む必要があります。



お久し振りの古代氏族シリーズです。

これに関して書こうと思ったらいつもの倍以上の時間が掛かるので、絵を描かない月火水に記事を書こうかと思います。

前回はこちら。




本日は出雲国造家についてです。

出雲国造家について本を読みながら取ったメモがこちらなのですが・・・。

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中央の出雲国造家と言う文字を拠点に、四方へ広がるようにキーワードが書いてあります。

キーワードを線で結んであるので、それを追っていただければ・・・。

これを文字にするのが大変なので、今日はこれで勘弁です・・・。



メモをしていて思ったのですが、昨年ご結婚をされた高円宮家の次女典子さまと出雲大社権宮司の千家国麿さん。

この時私は出雲を滅ぼした側と滅ぼされた側の結婚か~、と思ったものですが、よく考えたら千家さん一族は天津神の子孫で天皇家と親戚なんですね。

大きな間違いでした。

出雲大社の宮司さんだからおーくにさん側の人だとばかり思っていまして。

どうりでブログにこの事に関して書かなかった訳だ、と納得をしてしまいました。

教えてくれたらいいのになぁとチラリ思いましたが、自分で学び気付く事が大切だ、と言われました・・・。



このメモは出雲国造家に関するものでしたが、続きをどうしたら良いのですか?スーさん・・・。


文字にするんですか?

超迷走してます。。。





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by garoumusica | 2015-10-13 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
先日の土曜日の話。



その日私は用事があった為、母と外出をしていました。

そして用事が終わってふと見上げた空があまりにも美しかったので、見晴らしの良い場所へ立ち寄る事にしたのです。

美しい空。

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美しい空を堪能した後はこれからどうするかという話になり、車の中でナビを何となく広域設定にして見ていたところ、近くになんとか滝(名前を忘れました)という表示が。

割と近くにあるようなので行ってみる事にしたのです。



ところで超インドア派の私、今まで行った事のある滝と言えば神社の裏手にちょっとある滝だとか、高千穂峡の真名井の滝くらい。

それも車ですぐ近くまで行ける所ばかりで。

なので今回もすぐ近くまで車で行けるものと思っていました。

で、一番近い駐車場まで行くと看板が。

滝まで700メートル。

700メートル・・・?

徒歩で移動する場合の距離の表示と言えば、今までは「目的地まで徒歩何分」という表現しか使った事が無かったので、700メートルが近いのか遠いのかよく分かりません。

その看板から続く道はこんな感じ↓だったので、とりあえず行ってみる事に。

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しかし!気がついた時にはこんな↓道に!

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こわE~ (((( ;゚Д゚)))


しかも私、この日は街歩きのみの予定だったので、4㎝ですけどヒールのあるパンプスに膝丈のタイトスカートという格好。

スーさんのおススメで(この時点で既にアヤシイ)しっかり固定のベルト付き靴と、ちょっと厚めのタイツを履いておいてよかったです・・・。

この辺りは足元が不安定で心許無かったので、スーさんにイメージで手を引いてもらっていました。。。

なんで私がこんな目に・・・と思っていたら、母がその答えを教えてくれました。



母 「熊野古道ってこんな感じかね?」

musica 「・・・なるほどね・・・」

スーさん 「フフフ」

m(以下心の会話) 「なんで服装についてもう少しアドバイスをしてくれなかったのですか?」

ス 「山に登る恰好をしろと言えば君は拒否しただろう?君の事だ『えー、山登りはイヤです(`・ω・´)』だ」

m 「当たり前ですよ!せめて靴をスニーカーにしろと言って欲しかったです」

ス 「君はその靴で旅行に行こうと思っているだろう?街中への旅行ではその靴で良いかもしれぬが塗装の無い道では無理だ。だが君は納得せぬだろうから実際に体験させてみる事にしたのだ」

m 「ヒドイ~。あー、スカートのせいで脚が開けない。どうせタイツ履いてるからスカート捲っちゃお~」

ス 「コラ!駄目だ、はしたない!どこでだれが見ているか分からぬぞ」

m 「も~・・・」



この様な具合で命の危険を感じながら辿り着いたのがこの滝。

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30メートルの落差だそうです。

ちょっとアップ。

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美しい滝でしたが、今まで感じた事のない恐怖?みたいなのを感じました。

何でしょうね・・・?

畏怖の念というやつでしょうか?



しばらく滝を堪能した後、来た道を戻りました。

帰りの下りがまたデンジャラスで。

両手でバランスを取りながらよちよち歩きました・・・。



それから近くにあった古道。

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400年前の江戸時代に作られた道だそうです。

熊野古道もこんな感じなのでしょうか?

ちょっと試しに歩いてみましたが、ヒールが溝に落ちて歩けたものではありません。

旅におススメ☆みたいな説明のしてある靴でしたが、山道や古道は除外の様でした・・・。

残念!



この日の最後はいつものスーさん呼び出し神社へ。

滝になんとなく恐怖を感じてしまったのでちょっとエネルギー補給をしてもらいました。

何かもらっていたら面倒ですし。

大好きな神社のエネルギーで気分的にもスッキリです。

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翌日の会話。



ス 「それで?身体の具合はどうだ?」

m 「人出の多い場所で化学物質を浴びた訳ではないので悪くありません。脚も当日は太腿が痛かったですが、翌日は上半身の痛みのみでした」

ス 「それは君が上半身でバランスを取った為だよ」

m 「へぇ~、確かに両腕をやじろべぇの様にしてバランスを取っていました」

ス 「上半身でバランスを取らずに済むよう、下半身のバランスを整えて行こう」

m 「そうですねぇ。先週から急にO脚が気になり始めて矯正を始めたところでしたが、これはスーさんの意向でしたか」

ス 「O脚の人間は身体の筋肉の使い方が悪く、そうでない人間に比べると疲れやすいのだ。次の旅までに正しい筋肉の使い方を覚えよう」

m 「そうですね、日向旅の時はその場しのぎの筋トレでしたから、今回はゆっくりと時間を掛けて正しい筋肉の使い方をマスターして行きます」

ス 「うむ。これも先日君に渡した御籤の『只今より来年の事をよくよく考えて やりそこわぬ様十分の注意をしておきなさい』という内容のひとつだぞ」

m 「ほんとだー!Σ(゚Д゚) スーさん相変わらずすごいですね!」

ス 「ワハハ!」






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by garoumusica | 2015-10-12 05:00 | つれづれ | Comments(0)

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