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本日も稲田姫物語の続きです。




クシナダは言葉を発さずにスサノオを見つめていた。

スサノオが見せる何かに怯えるかの様な目、その目にクシナダは見覚えがあった。

(姉上達と同じ目をしておられる・・・)

クシナダは今は亡き姉達を思い出していた。



クシナダの姉達はひとりひとり、順番にヤマタノオロチの餌食となっていった。

毎年毎年同じ時期に・・・。

死の順番が回ってきた者はその時期が近づくにつれ、だんだんと心が蝕まれていった。

そして皆おおよそ似た様相を呈した。

始めはちょっとした物音に敏感になり、次第に幻聴を聞き、それから幻覚を見る様になると意識が混濁し始め、まるで気が触れてしまわれたかの様に見えた。

そうすると父と母が見た事のない何やら怪しげな男を連れて来て、姉に何か薬湯の様なものを飲ませると以前の姉に戻った。

それからは症状が出始めるとその薬湯を服用する様になり、段々と薬湯を飲む回数が増え、もはやその薬湯が無いと正気を保てなくなってきた頃にヤマタノオロチがやって来るといった具合だった。

その頃になるとクシナダの姉は周りの刺激に対して一切反応が無く、いつもどこか夢の中にいるかの様に見えた。

皆、そうだった。

その姉たちの様子を間近で見てきたクシナダは、恐怖で気が触れそうになってもその薬湯は飲まなかった。

父や母、そして近しい者達との思い出を胸に散って逝きたいと思っていたからだ。

そしていよいよその日が近づき恐怖に慄くあまり、気が触れた方がどんなに楽かと思い始めた頃、クシナダのもとにスサノオが現れたのだった。



クシナダが己の身体に触れた時、スサノオは怯えた。

過去に仕出かしてきた事によって己に染み付いた穢れにより、クシナダを穢してしまわないか心配で心配でたまらなかった。

穢れとは伝播するものだからだ。



クシナダと接するうちに過去の己は愚かだったと反省をする様になっていたが、だからと言って過去の行いを無かった事にする気は毛頭ない。

クシナダに聞かれればそれらを包み隠さず言うつもりだ。

己がどの様な狼藉を働いて来たのか、また、女をどの様に扱ってきたのか・・・。

それでクシナダから嫌われようが過去の己の蒔いた種だ、その罪は受ける。

だが、己がクシナダを穢す事だけは堪え難かった。



今のスサノオにとってクシナダは清らかなるものの象徴だった。

それは畏敬に近いものだった。

スサノオは己がいかに穢れた存在か、このおなごと接するごとに思い知らされていた。

己がいかに愚かな存在だったのか、嫌という程理解出来た。

そして己が今の様に過去の自分の行動に対し反省する事が出来たのは、ただただこのおなごのおかげだった。

だが反省したからといって過去の罪が消える訳ではない。

事実は事実として残る。

そして穢れた己の身体はいつまでも穢れたままだ。

それ故に、この穢れた身でクシナダの温もりを奪い去る訳にはいかない。

しかし・・・。

だからこそ、スサノオはどこか期待せずにはいられなかった。

己の穢れが祓われる日を・・・。



クシナダは溢れる涙を拭おうともせず流れるままにしているこの大男をじっと見ていた。

(このお方は言う、自分は穢れていると。けれどもわたくしにはこのお方が穢れている様には見えない)

(このお方はこの数日、ただただわたくしの命を救う為に手を尽くしてくださった。わたくしにとってはこのお方は希望、この世の中の全てを照らすあの太陽の様な存在・・・)

(このお方が何に対して怯えていらっしゃるのかは分からない。どの様な過去をお持ちなのかも分からない。だけれども、このお方はわたくしにとって尊い存在である事には変わりない)

クシナダはスサノオの過去をすべて受け入れる覚悟を決めた。

今日、ふたつ目の覚悟だ。

ひとつ目はスサノオと共に生きる覚悟。

そしてもうひとつ目は、スサノオのすべてを受け入れる覚悟だ。



クシナダはスサノオの顔を覗き込んだ。

相変わらずスサノオは迷(まよ)い子の様な表情をしていた。

(もうその様な顔を為さらないで・・・)

クシナダはその美しい顔に見た者すべてが魅了される様な笑みを浮かべると、ゆっくりとした口調で言った。

「穢れた身など、何を言われますやら・・・。スサノオノミコトは先程穢れを落とされたばかりではありませんか」

スサノオは目を見開いてクシナダを見つめた。

(このおなごは私の言う穢れを、何かの汚れか何かと勘違いしている様だ。勘違いをしているに違いない)

(勘違いをしているに違いないが・・・)

スサノオは縋る様な思いで次のクシナダの言葉を待っていた。

スサノオがクシナダの口から言って欲しい言葉はただ一つだけ・・・。



クシナダはスサノオの瞳をしっかりと見つめると、心を込めて言った。

「スサノオノミコトは今、誰よりも清らかにございますよ」

それはまさしく、スサノオが聞きたかった言葉そのものだった。

スサノオはうわ言の様にその言葉を繰り返した。

「清らか・・・、この私が・・・」

「はい。わたくしよりもずっと!」

スサノオは満面の笑みを浮かべるクシナダを呆然とした様子でしばらく見つめていた。

そして思うのだった。

(たとえクシナダ姫が意味を分からぬまま己の事を穢れていないと言ったのだとしても、今はその言葉をこの胸に抱いていたい)

そう思うと、スサノオはその両の目から再び涙を流した。



クシナダはフフフ、と柔らかく微笑むと再び腕をスサノオの首に回した。

そしてスサノオをゆっくりと前後に揺らしながら、その背中をポンポンと優しく叩いた。

(なんだ?この揺れは)

スサノオはクシナダが何をしているのかよく分からなかった。

よく分からなかったが、その温もりとその穏やかな揺れが心地良かった。

(あぁ、そうだ・・・。春の日の穏やかな海に抱(いだ)かれて、揺らぎ揺らいでいる時の様だ・・・)

クシナダはスサノオの背中を柔らかく叩きながら、優しく歌うかの様にスサノオの名を呼び続けていた。

そしてスサノオは、クシナダの身体から清らかなる光が己の身体に流れ込み、黒く穢れた己の身体が清められていくを感じていた。



しばらくその揺らぎと清めを堪能した後、スサノオはクシナダに問うた。

「クシナダ姫、この揺れは一体何だね・・・?」

「え?スサノオノミコトは幼き頃にこの様にされた事が無いのですか?」

クシナダは驚いた様子を見せると、スサノオの質問に対し質問で返した。

「うむ・・・」

スサノオは生まれた時からこの様な大男だった。

その為か、今クシナダが己にしている動きを経験したのは、この時が初めてであった。

クシナダはスサノオをゆっくりと前後に動かし、背中を優しく叩きながらフフフと笑うと、

「これは泣く赤子をなだめる時の動作にございます」

と、どこか面白がって言った。

「赤子?」

何故いま赤子が出てくるのかスサノオは今一つ理解出来なかった。

「はい」

クシナダはスサノオの首に回していた腕を一旦解くと、スサノオを見つめながら得意気に言った。

「目の前にいる泣く赤子をなだめるのは、世の道理にございましょう?」

「目の前にいる・・・」

スサノオはその言葉の意味を理解すると、思わず片手で顔を覆ってしまった。

まさか己のこの図体で赤子扱いされようとは・・・。

「大きな子にございますれば」

と言うとクシナダはフフフと笑い、再びスサノオの首に腕を回した。

(本当にこのおなごは不思議なおなごだ・・・)

スサノオは目を閉じたまま、クシナダにされるがままにしていた。

そしてその温もりを堪能した。

なんと心地の良い温もりであろうか。

(この温もりを永遠に感じていたい)

スサノオは、そう願わずにはいられなかった。



だがスサノオがそう願った瞬間、クシナダは勢いよく離れた。

「えっ!?」

スサノオは驚きのあまり思わず声を漏らしてしまった。

「スサノオノミコト、わたくし大変な事を忘れておりました!」

(クシナダ姫の腕に抱かれるよりも重要な事がこの世にあるのか?)

とは声に出さずに、澄ました声でスサノオは聞いた。

「何かね?」

「美豆良にございます。髪のほつれを直さぬままでは、爪櫛が挿せないどころか美豆良も結えませぬ!」

「あー・・・、そうであったな・・・」

スサノオは溜息交じりに言った。

(もう少しこのままでいたかった・・・。だが、これもまた自業自得か・・・)

スサノオは今程己のものぐさな性格を後悔した事はなかった。

クシナダはスサノオの顔を覗き込み、

「フフフ、ひどい顔をされてる」

と言うと、手にした布で再びスサノオの顔を拭いた。

スサノオは少々苦しそうに顔を歪ませながらもクシナダにされるがままにしていた。

ゴシゴシとクシナダに顔を拭かれていると、スサノオはふとその布の正体に気がついた。

「あー・・・、クシナダ姫。その布は一体なんだね?」

「え?何って、これは手拭きでございましょう?」

と答えながら、クシナダは手に持った布を広げた。

そして視線を落としその布を見た瞬間、ポカンと口を開けた。

「・・・」

「私の上着だね・・・」

スサノオは苦笑いをした。

クシナダは一気に頰を染めると、

「洗って参ります!」

と言い、威勢良く立ち上がった。

(このおなごは・・・)

スサノオはクシナダが飛び出して行かぬ様に服の裾を掴むと、笑顔を浮かべながら言った。

「今は髪のほつれをなおす方が先なのであろう?」

クシナダは赤く染まった顔を手で覆い、その場に立ち尽くした。

(あー、これは長くなりそうだな・・・。何か手を打たねば)

「そう言えば、美豆良を結うという事は生きる覚悟を決めたという事だね?」

「・・・」

「あー、そろそろ再開せねば屋敷の中に陽が入らなくなってしまうなぁ」

「・・・」

「・・・聞こえているかね?」

「聞こえておりません!」

「聞こえているではないか・・・」

いつまでも両手で顔を覆ったまま動かないクシナダの服の裾を、スサノオはいつまでも離さなかった。

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スーさん作の稲ちゃんの薄紅の首飾りとスーさんの剣。


今回のシリーズのテーマソングでした。




スーさん×稲ちゃん編はこれで終了で、明日からはアマテラねぇちゃん×つっくんがメインの高天原編に移行して、あと1〜2回続きます!


☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆


musica 「は〜、やっとスーさん×稲ちゃんの話が終わりました・・・」

スーさん 「ハハハ、お疲れ様。で?何か分かったかね?」

m 「スーさんが稲ちゃんに完敗って事がよく分かりました(`・ω・´) 」

ス 「本当に頭が上がらないのだよ、あの人には・・・」




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by garoumusica | 2016-01-31 05:08 | 稲田姫物語 | Comments(4)
本日も稲田姫物語の続きです。




スサノオはクシナダの瞳を見つめていた。

二人はスサノオが「覚悟を決めよ」と言って以降、会話を交わしてはいなかったが、スサノオはクシナダの瞳を見ればその意識の変化を見て取れた。

(美しい瞳だ。人は己の役割を自覚すると、これ程までに瞳に宿す光が変わるものなのか・・・)

今のクシナダの瞳には、己の使命を自覚する者の力強い光が宿っていた。

(よくぞ私の言葉を理解してくださった)

それからスサノオは今はまだ何かを考えているように見えるクシナダから視線を逸らすと、先程己がクシナダに言った言葉を反芻した。

(『首長の唯一の子』としての自覚、自覚か・・・。よくもまぁ、この私が抜け抜けと『自覚せよ』等と言えたものだな)

スサノオは胸の中に込み上げてくる苦い思いを受け止めていた。



偉大なる創造神・イザナギの息子としての自覚。

大いなる太陽神・アマテラスの弟としての自覚。

そして大海を統べる者としての自覚。

クシナダに立場を自覚せよと大きな態度で言った己に、その様なものは一切無かった。

一切自覚が無かった上に逃げ回っていたと言ってもいい。

泣き、叫び、破壊し、それらから逃げ回っていた。

己にとってそれらは重荷だったのだろうか?

それすらスサノオには分からなかった。

そんな己を父や姉、そして兄は事ある毎に愛情を持って諌めてくれていた。

しかし当時のスサノオに彼らの愛情は伝わらなかった。

諌められれば諌められる程、反抗していた。

己を理解するものはいないと絶望し、暴挙の限りを尽くした。



(にも関わらず先程の己はどうだ?)

何ひとつ自覚を身につけていないにも関わらず、まるで己はクシナダの先達であるかの様にクシナダを諭した。

それらを既に身につけているかの様に振舞いながら。

(・・・情けない)

己にその資格がないにも関わらず、クシナダに説教をするとは何事であろうか。

クシナダの意識を覚醒させる為という大義名分を振りかざして。



しかし、今回指導する側の立場に立ってクシナダに語った事により、ようやく理解出来た事があった。

それは己を諌めてくれていた者達の思いだ。

(愛情、そう・・・、愛情なのだ。己がクシナダに対し愛情を持って諌めた今ではよく分かる)

(己が憎いから辛く当たっていたのではなく、愛情があるからこそ試練を与える事が出来るのだ)

己がクシナダに抱く思いを、彼らもまた己に抱いてくれていたはずだ。

(相手に対して愛情の無い者が真の試練を与える事は出来ぬ)

スサノオは今になってようやく理解出来た。

彼らと同じ立場になってようやく。

(そうか、私の目線が低すぎたのだ。あまりにも利己的で幼かった為、彼らの広い視野からもたらされた意図を理解する事が出来なかったのだ)



スサノオの胸が感謝の念や後悔、羞恥心といった複数の感情で覆われ、スサノオの思念が感情の波に飲み込まれそうになった時、不意に己の顔に何かが触れた。

スサノオはその感触に驚き、瞑っていた目を開き顔を上げた。

するとクシナダが心配そうな面持ちを浮かべ、何か布の様なもので己の顔に触れていた。

「何を・・・」

「あ・・・」

スサノオが咄嗟に身を引くと、クシナダは手を止めた。

それから一瞬の沈黙をした後、クシナダは気遣う様に言った。

「いかがなさいましたか・・・?」

スサノオはクシナダの言葉が理解出来なかった。

「何がだね?」

クシナダは不思議な面持ちを浮かべながら言った。

「だって・・・、泣いておられます」

「泣く?私が?」

クシナダはコクリと頭を垂れた。

(私が泣いていると言うのか?)

スサノオはクシナダの言っている事が理解出来なかったが、とりあえず己の頬に触れてみた。

すると確かにその頬に水分を確認する事が出来た。

(涙・・・?この私が泣いているというのか?)



クシナダの目には、この瞬間にもスサノオの目から次から次へと涙がこぼれ落ちていく様子が映しだされていた。

そしてまた手に持った布でスサノオの頬を拭いた。

その様子をスサノオは不思議な感覚をもって見つめていた。

(私はなに故泣いているのだ?己の過去に対する後悔の涙か?それとも愛情に対する感謝の涙か・・・?)

スサノオにはよく分からなかった。

己の感情が理解出来ない為、その涙の止めようが無かった。

(情けない。愛しい姫の前で涙を流してしまうとは・・・)

スサノオはクシナダの己の涙を拭き取る手を遮ると、自分の手で涙を拭った。

そして少々強がって言った。

「情けないところをお見せして申し訳ない。こんなものはすぐに収まるから放っておきなさい」

しかしいつまで経ってもその涙はとどまる様子を見せなかった。

(弱ったな・・・、この様な姿を姫に見せたくはないのだが・・・)

スサノオは情けない己の顔を見せまいと隠す様に俯き、そして瞳を閉じた。

はたはたと床に涙が落ちる音がいつまでも響いていた。

(まるで雨が降っているかの様だ・・・)

スサノオはしばらくその雨降る音を聴いていた。

すると柔らかな温もりが己の首を包むのを感じた。

ハッとしてスサノオが目を開けると、そこには胡坐をかいた己の脚の両膝の間に膝立で立ち、スサノオの裸の上半身に身を寄せて首に腕を回すクシナダがいた。



「ク、クシナダ姫!?」

スサノオは狼狽した。

あの美しき姫が己の首に抱きついている。

そしてその柔らかな温もりを感じると、サッと全身の血の気が引いていくのを感じた。

(私の穢れた身体に触れてはならぬ、姫が穢れてしまう・・・)

そう思うや否や、スサノオはクシナダの腕を掴み強引に引き剥がした。

「触れてはならぬ・・・、触れてはならぬ・・・」

スサノオは何かに怯えるかの様な形相を見せると、クシナダから距離を取った。

クシナダは己が引き剥がされた事よりも、そのスサノオの何かに狼狽した様子に驚いた。

「え・・・?」

スサノオの頬を再び滂沱たる涙が濡らし始めていた。

そしてその涙を流れるままにしているスサノオが呟くように言った。

「私の穢れた身に触れてしまうと、清らかなる姫まで穢れてしまう・・・」

「・・・穢れた身・・・?」


明日も続きます。


ヽ(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)人(´・ω・`)ノ


musica 「今日はスーさんの鬱回でした・・・」

スーさん 「フフフ。認めたくないものだな・・・、自分自身の・・・若さ故の過ちというものを・・・」

m 「まさかのシャア!?」


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by garoumusica | 2016-01-30 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。




「この地の者達は貴女が『最後の犠牲者』だと思い込んでいるが、本当に貴女で『最後』なのか?」

クシナダはハッと表情を変えた。

(そう言われてみればそうだわ・・・。父上の子は私が最後だけれども、犠牲者が私で最後とは限らない・・・)

スサノオはクシナダの表情の変化を見逃さなかった。

(流石だな、もう我が意図を察したか)

スサノオは微かに笑みを浮かべると、すぐさま表情を戻し話を続けた。

「確かに貴女の直系の一族では貴女が『最後の姫』だ。だがどうだ?この付近にはまだまだおなごが居る。貴女と年の近い者も居れば年若な者も居る。貴女の次となり得るおなごは沢山居るのではないか?」

クシナダは顔を青くしてスサノオを見つめていた。

「一体誰が貴女で終わりだと言った?ヤマタノオロチがそう言ったのか?『最後の姫』とは一体何だ?どういう意味で使っていた?ただ単にアシナヅチの娘が貴女で最後なだけではないか?」

スサノオは畳み掛ける様に続ける。

「貴女は『最後の姫』という事に気を取られ、重要な事を忘れている」

「重要な事?」

「何か分かるか?」

クシナダは顔をふるふると横に振る。

「貴女は『最後の姫』である前に『首長の子』であるという事だ。しかも今となっては『首長に残された唯一の子』だ。貴女はこの地を治める首長の大事な跡取りだろう?」

(その通りだ。私は『最後の姫』である前に『首長に残された唯一の子』・・・)

スサノオは己の贈った玉を服の上から握り締め、一生懸命に己の言葉を理解しようとしているクシナダを慈愛に満ちた目で見つめていた。

その眼差しは弟子を見つめる師そのものだ。

(いい反応だ・・・。このおなごは私の話す内容にきちんとついて来ている。もう一踏ん張りでこのおなごの意識は覚醒する・・・)

(しっかりついて来てくだされよ、姫)

スサノオは更に追い討ちをかけた。



「貴女は死の覚悟が出来ている、生に執着は無いと言う。うむ、そうであろう。『最後の姫』としてその様に生きてきたからね。死ねば貴女は終わりだ。だが貴女以外の者は貴女の死後もこの地に残る。そしてその者達にはこれから何が起こるか。恐らくこれまでも水面下では繰り広げられていたと思われるが、貴女の死後は跡目争いが表立って行われよう」

クシナダは玉を握り締めながらスサノオの話をひたすらに聞いていた。

「テナヅチの歳を考えればあの者にはもう子は望めぬ。アシナヅチは妾をとらねばなるまい。すんなり妾が決まれば良いが、それでもなんらかの諍いは起ころう。しかも子が出来る保証は無い」

「母上・・・」

クシナダは母の境遇を考えると胸が痛んだ。

「親族の中から養子にと立候補する者も出よう。または首長を取り替えようという動きも出てこよう。つまり起こるのは内乱だ。更には他の地の者もこれに乗じて侵略して来るかもしれぬ」

「内乱に侵略・・・」

スサノオの言葉には今までの己の人生には関わりの無かった言葉が並び、クシナダには少々現実感が無かった。

まるで夢の中で話を聞いている様な感覚に陥っていた。



(頑張ってついて来い。もう一踏ん張りだ)

スサノオはクシナダの呟きに答える様に言った。

「そうだ。既にその計画は進んでいると見た方が良い。貴女を最後に首長の子はいなくなるという事も、ヤマタノオロチが現れる時期も知っているだろうからね。まぁ一言でまとめて言えば、貴女の死後この地は確実に混乱する」

「混乱・・・」

「今貴女に必要なのは『最後の姫』として死ぬ覚悟ではなく、『首長に残された唯一の子』としての自覚だ」

「首長に残された・・・」

「そうだ。貴女が真に首長の唯一の子としての自覚があれば、またはこの地に生きる者達を守らなければならない立場にある事を自覚していれば、私に立ち去れ等と言えるはずがない。貴女はこの地の者たちを護る為、この地に混乱を招かぬ為、一心不乱に生き延びる術を探しているはずだ。ヤマタノオロチを退治するという男が現れれば、その男を身代わりにしてでも自分が生き延び様とするはずだ」

「・・・」

「貴女は『最後の姫』という称号に囚われ過ぎて己の立場を忘れている。だがそれはある意味仕方のない事だ。周りに居る者達が貴女をその様に育てたからね。だが今、貴女を取り巻く環境は大きく変わった」

クシナダは素直な疑問を口にした。

「なに故にございますか?」

スサノオはクシナダの目を見つめながら、見る者を惚れ惚れとさせる笑みを浮かべながら言った。

「この私が貴女の前に現れたからだ」



クシナダはその美しい目を大きく見開いた。

「貴方様がわたくしの前に・・・」

「今まで現れる事の無かったヤマタノオロチを退治出来る男が、貴女の前に現れたからだ」

「ヤマタノオロチを退治出来る男・・・」

確かに、スサノオがこの地に訪れるまではヤマタノオロチは不可抗力であった。

この地の者達はただただアシナヅチの娘達が犠牲になる姿を見届けるしかなかった。

「いいかい?貴女と私が出会ってしまった時点で事態は急変した。貴女を取り巻く環境は一変したのだ。貴女と私が出会った時点で、貴女は『最後の姫』ではなくただの『首長の唯一の子』へと変わったのだ」

「貴方様と出会った時点で」

スサノオは威厳を込めた声で言った。

「クシナダ姫よ、覚悟を決められよ」

「覚悟・・・」

「これからもずっと、生き延びる覚悟だ」

(私と共に・・・)

スサノオはクシナダがそう思ってくれる事を、心の底から願っていた。

(さぁ、美しき姫よ。私が貴女に伝えられる事はここまでだ。後はあなた自身の手で掴んでくだされ)




明日も続きます。


∋(´・ω・)o/・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*


musica 「今回はスーさんの指導者としての覚醒の回でしたね!」

スーさん 「フフフ」

m 「なんて言うか、今のスーさんと似たような追い詰め方をするので、書きながら怒られている気分になりました・・・」

ス 「これが私のお仕事です」

m 「何千年もよく飽きないものだ」



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by garoumusica | 2016-01-29 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。



「私の最期の時に、私がすぐに手にする事が出来る場所へ置いておく必要があるからだ。最期に残された力であっても簡単に抜く事が出来、手中に収める事が出来る物、それが爪櫛だ」

「最期・・・」

スサノオのその言葉がクシナダの胸に鋭く刺さる。

そして無意識のうちに服の上から薄紅の玉を触っていた。

(最期などという言葉は貴方様の口から聞きたくない・・・)

一方、この様な内容はさらりと流した方が良いだろうと判断したスサノオは、そのまま言葉を続けた。

「己の身体が役に立たなくなった時、私の魂で爪櫛を覆い隠し奴の目を欺く。これが『クシナダは一度消える』だ」

「魂で覆い隠す・・・。その様な事が出来るのですか・・・」

「うむ。大した事ではない」

スサノオは当たり前の様に言った。

(魂で覆い隠すなどというとんでもない術を、高天原の方は事もなげに行われるのか・・・。やはり私とは住む世界が違う・・・)

クシナダは自分とスサノオの違いを目の当たりにし、一抹の淋しさを感じていた。

(このお方が余りにもお優しいので、私は思い上がりをしていたのかもしれない)

クシナダは胸の内を悟られぬ様に会話を続けた。

「それは身体に害が及ばぬうちに行う事は出来ないのですか?」

「これは魂を使う術であるから己の死が前提だ。死ねば使えるし使えば死ぬ。それにこの方法以外で君を隠し通せる方法を私は知らぬ」

「左様でございますか・・・」

(あぁ、このお方の口から死などという言葉は聞きたくない・・・)

「・・・では『九度目の日を迎えたところで戻る』というのは?」

「うむ。ヤマタノオロチについて皆に話を聞くと、どうやら頭が八つあるそうだ。それぞれが意思を持ち、そしてそれぞれが己の意思で己の頭を動かせるらしい」

「はい、その様に伝え聞いております・・・」

流石にクシナダは己の姉達を殺し、これから自身をも殺そうとしている者の姿を、心の中に思い描きたくはなかった。

「・・・クシナダ姫・・・、少々辛いかもしれぬが話を続けるぞ?」

「はい、心配はいりませぬ。わたくしがスサノオノミコトにねだった事ですから・・・」

(ねだる、か・・・。次はもう少し可愛げのある事をねだって欲しいものだな・・・)

そう思いながらスサノオはクシナダを見つめた。



「八つ頭がありそれぞれが意思を持つと言う。奴が考えの足りぬ者達であればとうの昔に諍い、そして殺戮し合っているはずだ。人を平気で食らう者達であるからそれ位の残虐性はあろう。だが奴らは毎年同じ時期に現れては、・・・あー・・・」

スサノオはクシナダの姉達の死に関して言い淀んだ。

クシナダはスサノオの気遣いを察知し、無言で頷いた。

「・・・という事は奴等の統制は取れているという事だ。奴等の中に意見をまとめ導く者がいるのか、はたまたそれぞれの意思を尊重する事が出来るのかは分からぬが、まぁひとつの身体で上手くやっているようだ」

「・・・」

「私を倒した後、奴等は君を探すだろう。ただひたすら闇雲に探すかもしれない。もしそうであるならば、案外早い時期に諦めてここから去るだろう。闇雲と言うのは集中力が必要だ。気力を使い果たすのも早かろう」

「はい」

「だが、ひとつひとつの頭が知恵を絞り、ひとつの案についてじっくりと時間を掛けて探すという事もあるかもしれぬ。実際、年に一度必ず同じ日に現れるというのは、結構な執念の持ち主である事の証拠だからね」

「それ故九度目の日を迎えたところで戻ると?」

「うむ、少々単純な計算だがひとつの頭につき一日だ。それにその頃になればヤマタノオロチに捕食された私の身体が奴の血となり、その身体を自由に扱える様になっておろう」

スサノオは両手を顎の前で組むとニヤリと笑った。

「身体を自由に?」

「うむ。いくら奴の目を騙し今回は君の命を守る事が出来たとしても、奴を殺さぬ限り来年また同じ時期にやって来るだろう。それでは真に君を守ったとは言えぬ。ただ一年ほど君の寿命を一年伸ばしただけに過ぎぬ。・・・私は今回で必ず奴を滅亡させる。この身を道具として使ってでも」

(大海に身を投げさせるか?それともこれまでクシナダ姫の姉君にしてきた様にお互いを喰らわそうか?いずれにせよ、お前を楽に死なせはせぬ。クシナダ姫が今迄味わってきた恐怖をお前にじっくりと味合わせてやる。利子をちゃんとつけて)

クシナダは恐ろしい目で虚空を睨みつけているスサノオをじっと見ていた。

(なんと恐ろしい策を思いつかれるのであろう・・・。でもそれは偏にわたくしの命を救う為・・・。スサノオノミコトは万が一の策だと言われているけれど、万が一であれ、わたくしの為にその尊い命を危険に晒す訳にはいかない・・・)

「スサノオノミコト」

「なんだね?」

クシナダは服の上から薄紅の玉をギュッと握り締めると、スサノオの目を真っ直ぐに見つめ言った。

「どうぞここからお立ち去りくださいませ」

(わたくしは貴方様に生きていてほしい)



「・・・」

(またこのおなごは・・・。万が一の話だと言っておるのに・・・)

スサノオは少々呆れながら言った。

「なに故その様な事を言う?」

「わたくしの命の為に貴方様の命を犠牲にする訳にはいきませぬ」

「だから初めに言っただろう?これは万が一の事態に備えた策だと」

クシナダは服の上から薄紅の玉を更に強く握りしめた。

そして、

「万が一でも貴方様の身を危険に晒す訳にはいきませぬ!これはわたくし達の部族の問題です。部外者はどうぞお立ち去りくださいませ!」

と、半ば叫ぶ様に言った。



(言い過ぎた!)

クシナダはたった今、己の吐いた言葉に酷く後悔した。

(今酷く傷ついた顔をされた・・・。どうしよう、取り返しのつかない事をしてしまった・・・)

だがその反面、それでもスサノオがここから立ち去りどこかで生きてくれるなら、それで良いとも思った。

(わたくしは貴方様を危険に晒す訳にはいかない。貴方様だけは生きていて欲しい)

クシナダはもう一度言った。

「どうぞ、ここからお立ち去りくださいませ」



スサノオは静かにクシナダを見つめていた。

(部外者、部外者か・・・。確かにその通り、私は部外者だ。そんな事は百も承知だ)

スサノオは微かな苦笑いを浮かべると、そっと目を閉じた。

(だが・・・、最愛のおなごに言われるとなかなか堪えるものだな・・・)



スサノオは高天原でも厄介者として疎外されていた。

母はスサノオが生まれた時には既に黄泉の住人であったし、父や姉にはいつも叱られ疎まれていた。

姉には挨拶をしに行っただけで攻撃を仕掛けて来たと思われた程だ。

勿論他の神々からも当たり前の様に疎まれていた。

他の者達の気を引こうとすればする程、何故か疎まれていった。

そして荒れた。

好き勝手にやった。

そうして最終的に財産を全て没収され葦原中国へと追放された。

失意の中彷徨ったこの地では親切にしてくれた者もいたが、大半の者に疎まれた。

そして今、ようやく巡り会った最愛のおなごからも部外者だと言われてしまった・・・。



(だが・・・)

スサノオは閉じていた目をゆっくりと開き、クシナダを見つめた。

その最愛のクシナダが掴んでいる上着の胸元の下には、己の贈った薄紅の玉があるはずだ。

その玉を握り締めながらスサノオに『部外者』と言い放った。

そしてクシナダの瞳は酷く傷ついているように見えた。

(私の独り善がりな考えかもしれぬが、その行為から察するに貴女の言葉の裏には私への気遣いがある様に思える)

スサノオはクシナダの己への配慮をひしひしと感じていた。

それは余りにも不器用な言葉でもたらされたが・・・。

(だから貴女のその優しい心に応える為にも、私は貴女に少々厳しい事を言おう。貴女には今、気がつかねばならぬ事がある)

(貴女を傷付けるかもしれない。貴女に嫌われるかもしれない。だが私が犯した過ちを、愛しい貴女に繰り返させる訳にはいかぬ)



スサノオはクシナダに問うた。

「なに故その様な事を言う」

「わたくしは幼い頃から最後に捧げられる娘として、その様に生きて参りました。今更生きたいとは思っておりませぬ。まして誰かの犠牲の上に立つ生など・・・」

「そうか、確かに君はこれまでずっと『最後の姫』として生きてきた。今更その命など惜しく無いだろう」

「はい」

クシナダは決意に満ちた目でスサノオを見た。

「しかし来年はどうだ?」

「来年・・・」

クシナダはスサノオが何を言いたいのか理解出来ずにいた。

クシナダの将来への展望は明日で終わっているからだ。

来年・・・。

自分に来年の話など関係あるのか?

スサノオはクシナダの目を覗き込むと挑む様に言った。

「この地の者達は君が『最後の犠牲者』だと思い込んでいるが、本当に君で『最後』なのか?」

クシナダはハッと表情を変えた。


明日でも続きます。


Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)Oo。-y(ω・`)


musica 「昨日『明日か明後日に終わります(`・ω・´) 』などと言いましたが、多分明日も終わりません・・・」

スーさん 「ハハハ」

m 「初めは2〜3日で終わると思っていたので、この長さにはびっくりです」

ス 「まぁ何事も勉強だ」

m 「それにしても今日の話のスサノオは、まだまだ残虐なところがありますね」

ス 「彼はまだまだ学びの途中だ。勿論この私もだ」

m 「神様の学び・・・」

ス 「うん、まぁ・・・、苦労してるよ・・・」

m 「それってどういう・・・」



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by garoumusica | 2016-01-28 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。



スサノオは向かい合って座るクシナダを見つめていた。

クシナダには全てを共有しようとは思うものの、その結果クシナダを傷つける事にならないか、という事が一番の悩みだった。

何故ならクシナダが口にした計画は、スサノオが敗れた場合をも想定したものだったからだ。

それはもちろん死を意味する。

その死屍はヤマタノオロチに食べ尽くされ、僅かな肉片も残らぬだろう。

(自分の生の代償が他者の死である事をこのおなごは望まぬだろう)

スサノオはどの様に説明すれば良いものかと思いあぐねていた。



スサノオはクシナダを見つめたまま右肘を胡座をかいた右膝に乗せて頬杖をつくと、溜息をひとつついた。

「スサノオノミコト?如何なさいました?」

「うむ・・・」

(あまり沈黙をしているとかえって不安を煽ろう・・・。如何したものか・・・)

スサノオはクシナダを見つめていると、クシナダの胸に光る薄紅の玉が目に入った。

(・・・それにしても美しいおなごだ。薄紅の玉もよく似合っておる)

スサノオが僅かに漏らした笑みをクシナダは見逃さなかった。

「 何が可笑しいのですか?」

「ん?あぁ・・・。いや、薄紅の玉が君によく似合っておるなぁと思って。本当に君は美しいなぁ」

突然もたらされたその言葉に頬を染めたクシナダは、咄嗟に薄紅の玉を掴むと上着の襟口からその玉をパッと服の中に投げ入れ、プイッと顔を背けた。

「えっ!?」

スサノオは驚愕のあまり思わず姿勢を正すと、

「なに故隠すのだ、君は!」

と叫び、ポカンとクシナダを見つめた。

クシナダは顔を背けたまま言った。

「高天原の方は皆、その様に口がお上手なのでしょうか?」

「いや、口が上手い下手云々ではなく、私は美しいから美しいと言っただけではないか」

「ほら!またその様な戯言を・・・」

「戯言など・・・。私は本当の事しか言わぬぞ」

スサノオは再び頬杖をつくと笑いながら言った。

するとクシナダはサッとスサノオの方へと顔を向けその身を乗り出すと、スサノオの瞳をじっと見つめ、機を逃さずに言った。

「スサノオノミコト・・・。それではわたくしに嘘偽りなく説明してくださいませ」



スサノオはハッとした表情を浮かべると同時に、先程ついたばかりの頬杖を外した。

(やられた・・・)

気がついた時には完全に誘導されていた。

(このおなごは想像以上に聡い。これでは隠し立てをしてもすぐに暴かれよう)

スサノオはクシナダの事を思い、説明を曖昧にしなんとか誤魔化す方法を考えていたが、それはもうやめる事とした。

スサノオは居住まいを正すと意を決してクシナダに語り掛けた。

「クシナダ姫」

「はい」

クシナダもスサノオにつられ居住まいを正した。

「まず念頭において欲しいのは、私はヤマタノオロチを討伐する自信がある、という事だ」

「はい」

クシナダはスサノオの言葉ひとつひとつに頷いていった。

「それも必ずだ」

「はい」

「決して己の命を差し出して君を救おうとしているのでは無い」

「はい」

「頭の中では討伐後に君と共に行うであろう事で一杯だ」

「はい。ふふふ・・・」

クシナダは目を細めて笑った。

スサノオは宙で何かを指す様に人差し指を動かしながら続けた。

「君とあそこに行こう、ここに行こう、何を見せよう、何を話そう。そのような事で頭は一杯だ」

「・・・はい」

クシナダは恥ずかしそうに頷いた。



スサノオはクシナダを諭す様に言った。

「だが、何か事を起こそうとする場合は最悪の事態をも想定して動かねばならぬ。特に誰かと争う時にはそうだ。相手よりも智略で勝らねばならぬ」

「はい」

「それ故にまず領民には安全な場所へ隠れてもらう事とした」

「ですが、両親に造らせた強いお酒でオロチを酔わす手筈では?ここに来る前に酔いつぶれましょう?」

「先程私はクシナダ姫を爪櫛に変えると言った。変える理由はまた後で説明するが、ヤマタノオロチは姫の姿を確認しなければ酒を飲まぬかもしれぬ。まぁ十中八九奴は飲む筈だ。その為に私も言葉を尽くす」

「はい」

「だが、万が一酒を飲まなかった場合は、奴は君を探しにここまでやって来るだろう。それに奴に協力する者がいる可能性も無きにしも非ずだ。奴が酒を飲んだとしてもその者がここに来るやもしれぬ」

(もちろん私が敗れた場合にもここへ来るだろうが・・・)

スサノオはその事には触れずに話を続けた。

「ただ探すだけならまだ良いが、恐らく奴はここを壊滅させる。人も巻き添えをくらうだろう。それ故に皆には身を隠してもらう。万が一の為にね」

「はい」

「それからもう一つ。『スサノオが敗れた後、クシナダは一度消える。しかし九度目の日を迎えたところでクシナダは戻る』だが・・・」

「はい」

スサノオは言葉を詰まらせた。

(伝えずに済むのなら出来れば・・・)

スサノオはクシナダをじっと見つめていた。

(どうしたものか・・・)

クシナダは微笑みながら小首を少々かしげると、

「スサノオノミコト・・・、わたくしはとうの昔に覚悟は出来ております」

と、慈愛に満ちた目でスサノオを見つめた。

(それは己が死ぬ覚悟だろう・・・)

スサノオは無言でクシナダを見つめ溜息をつくと、話を再開した。

「クシナダ姫、君を爪櫛に変える理由は簡単だ。爪櫛は激しい動きをしても簡単には外れぬ。だが手で外そうとすれば簡単に外れる。そういう理由だ」

「・・・」

「爪櫛に変えた君を私の美豆良に挿す。君は爪櫛を誰かに預けたりどこかに隠した方が安全ではないかと思うかもしれない。だが、それではいけない。私の側に置かなければならないのだ」

「なに故にございますか?」

スサノオはクシナダを見つめて言った。

「私の最期の時に、私がすぐに手にする事が出来る場所へ置いておく必要があるからだ。最期に残された力であっても簡単に抜く事が出来、手中に収める事が出来る物、それが爪櫛だ」


明日も続きます。


☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆


musica 「は〜〜〜、やっと終わりが見えてきました。明日か明後日には終わりますかね?」

スーさん 「そうだな、スサノオとクシナダの心の触れ合いを書かなければ、終わるだろうな」

m 「心の触れ合い?いちゃいちゃでしょ?」

ス 「それもまた心の触れ合いだろう?」

m 「本人からすればでしょ?周りから見ればただの公開いちゃいちゃ!」

ス 「私の自慢の妻だからね、そうもなろう」



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by garoumusica | 2016-01-27 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。



スサノオは決意を込めた声でクシナダに告げた。

「私は明日、君を爪櫛に変えようと思う」

「・・・」

スサノオはクシナダの後ろ姿を見つめた。

クシナダはしばらく沈黙した後、身体を前に向けたまま顔を心持ち後ろに向けると、スサノオに問うた。

「・・・スサノオノミコト?失礼ではございますが、先にお尋ねしたい事があります」

「なんだね?」

「スサノオノミコトがヤマタノオロチと対決されている間、領地の皆を避難させるというのはどういう事でしょうか?オロチの狙いはわたくしだけであるはずなのに、なに故皆まで避難させる必要があるのでしょう」

「クシナダ姫、どこでそれを・・・」

スサノオの顔に困惑の色が浮かんだ。

「それからもうひとつ。『万が一私が破れた際には、クシナダは一度消える。だが九度目の日が昇る時に再び現れる』とはどういう事でしょう」

スサノオはそのクシナダの言葉を聞いた瞬間にカッと怒りが込み上げ、胸の中に激しく燃え盛る炎が上がった。

「アシナヅチめ!!!」

スサノオは地の底から轟いて来たかの様な唸りにも似た声を上げると、目にも留まらぬ速さで傍らに置いていた剣を握り、鞘を抜きながら立ち上がった。

スサノオは昨夜クシナダの父であるアシナヅチに、クシナダに聞かれぬ様にこっそりと計画を告げていた。

そしてクシナダにいらぬ心配をさせぬ様、口止めをしたはずだった。

(にも関わらず、当の本人が知っているとは何事だ!)

「あの男許せぬ!叩き斬ってくれる!!!」

スサノオは鞘を床に激しく叩きつけると剣を一度宙で払い、入り口に向かい歩きだした。



「お待ちくださいませ」

クシナダが静かに声をかけた。

「止めてくれるな!」

「お待ちくださいませ」

スサノオはクシナダを振り返り、そして我が目を疑った。

そこには片膝を立てどっしりと座り、スサノオの目を真っ直ぐに見るクシナダがいた。

「・・・っ」

先程まではどこか儚く、触れれば今にも倒れてしまいそうな風情を醸し出していた乙女は、今やこの粗暴な乱暴者より静かなるも力強い気迫を放っていた。

「父がわたくしに話した訳ではありませぬ。故にスサノオノミコトが父を斬る所以は何処にもございませぬ。どうぞ剣を鞘にお収めくださいませ」

「・・・」

(なんだ?この気迫は・・・)

力強く有無を言わさぬ調子でクシナダは続けた。

「剣を鞘に収めてお座りくださいませ」

クシナダは自分の前の床を指でトントンと叩いた。

「剣を収め、お座りください」

「・・・」

スサノオはその気迫に逆らう事が出来ず、バツが悪そうに鞘を拾い剣を収めると、クシナダから目線を外し少々粗暴に座った。



クシナダの気迫に気圧され視線を合わせられぬまま、スサノオは問うた。

「それではその話を誰に聞いたというのだ?」

「・・・」

クシナダは何も言わなかった。

スサノオは少々苛ついた様子で、クシナダに目線を向けながら再度問うた。

「誰に聞いたと・・・」

クシナダは顔を耳まで赤く染め、両手で顔を覆っていた。

「ク、クシナダ姫・・・?」

スサノオは先程までとの態度の違いに動揺しながら、名前を呼んだ。

「クシナダ姫?一体如何された?クシナダ姫?」

「・・・しました・・・」

クシナダは両手で顔を覆ったまま蚊の鳴くような声で言った。

「なんだ?一体どうしたのだ?ん?」

スサノオは思わず優しい声色で聞いた。

「わたくしが盗み聞きいたしました・・・」

「盗み聞き!?まさかその様な」

「無作法な振る舞いをし、申し訳ありませぬ!」

クシナダは声を上げた。

「いや、責めているのではない。私はあの時そなたの気配をまったく感じなかった。その事が剣を扱う者としては驚きなのだが」

クシナダは手を外すと真っ赤な顔で言った。



「わたくしは何故か幼い頃から人に気配を感じぬと驚かれる事がしばしばありました」

「うむ、確かに君の気配を一切感じなかった」

「それはまるで身体から抜け出た魂だけの存在の様だと・・・」

「それは言い得て妙だが・・・」

「近しい間柄の者からは『御魂ちゃん』と呼ばれております・・・」

「御魂ちゃん・・・」

スサノオはここは笑ってはいけないと、眉を寄せわざとらしく神妙な顔をした。

「それ故にスサノオノミコトと父が話されている時に盗み聞く事が出来たのでございます・・・」

(それもおそらくヤマタノオロチ故だろうなぁ・・・)

屋敷の奥深くに隠されたこのおなごは、無意識にヤマタノオロチに気配を悟られぬ様息を殺して生きてきたのだろう。

そして皆に御魂ちゃんと呼ばれる程、気配を消す事が出来る様になった。

(気の毒な・・・)

「話は分かった、もう気にするでない。私の方こそ早合点をしてしまい申し訳なかった。すまない、この通りだ」

スサノオは両手を胡座をかいた膝の上に置くと、ペコリと頭を下げた。

「いいえ、わたくしの方こそ申し訳ありませんでした。・・・はぁ、それにしても先程のスサノオノミコトの剣幕は恐ろしゅうございましたなぁ・・・」

クシナダは笑顔を浮かべながら身体の力を抜き、だらんとした様子を見せて言った。

スサノオは目線を逸らし、ぼそりと呟いた。

「私も恐ろしかったよ・・・、本当に・・・」

「・・・?」

(私は母上にお会いした事が無い故叱られた経験は無いが、母上がいらっしゃったらきっとあの様な感じで叱られたのであろうな)

(私は新妻と共に母をも手に入れたという事か・・・。クシナダ姫、そなたは不思議なおなごだ)

スサノオはクシナダを無言で見つめていた。

「・・・それでは次はスサノオノミコトがわたくしの質問に答える番です。何故この地の皆まで避難する必要があるのですか?」



スサノオはクシナダに全てを伝える事にした。

(このおなごは私に守られるだけの存在ではない。共に立ち、同じ方向を見つめ、考えを共有する事の出来るおなごだ。これからはこのおなごには隠し立てせず全てを共有しよう)

(まぁ隠そうとしても、きっとこのおなごには見抜かれてしまうだろう。気配を消す事も得意だしな)


明日も続きます。


*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*:;;;:*†*


musica 「まだ終わらない・・・。長いですねぇ・・・」

スーさん 「降ろすのは一瞬だがそれを文字に直そうとすると時間が掛かるものだ」

m 「今回は稲ちゃんのターンでしたが、本来のものはこの半分近くがスーさんと稲ちゃんのいちゃいちゃでした。もういい加減ダレて来たので、全部カット!」

ス 「酷いものだね・・・」



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by garoumusica | 2016-01-26 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。




クシナダが首からぶら下げた薄紅の玉を手でいじっている後ろで、スサノオは紐の左右を結びつける作業に格闘していた。

なんとかひとつ目の結びを終えたところで、スサノオはクシナダの白いうなじを見た。

この辺りの者としては白過ぎる肌。

髪を垂らしているとは言え、このおなごの肌は少々白過ぎる気がする。

(これではまるで1度も陽に当たった事が無いかの様ではないか・・・)

そしてスサノオはようやく思いついた。

(そうか、このおなごは末の娘であるが故に、最後の姫として屋敷の奥深くに隠されてきたのか)

スサノオはクシナダの白いうなじを、今度は憐憫を含んだ眼差しで見つめた。

(それでは海で泳いだ事も草原を駆け抜けた事も無いのか・・・)



それからクシナダのあの自分の色香に無頓着な様子にも合点がいった。

おそらくこのおなごは今までごく限られた人物としか接した事が無かったのだろう。

もちろん屋敷の中から少々離れた場所にいる男を見た事はあるだろうが、男女の色香を含んだやり取りは無かったはずだ。

それ故に己の色香を理解する機会も、また武器とするという考えも生まれなかった。

それもこれも、ヤマタノオロチ故か・・・。



「クシナダ姫」

「はい」

「全てが終わったら、君に海を見せてあげよう」

「まぁ!海にございますか?」

クシナダは思わず振り返りそうになり、スサノオに止められた。

「こら、動くでない。あぁ、結び目が解けた・・・」

「ごめんなさい・・・」

「良い、気にするな」

スサノオはまた紐の長さを確認すると作業を再開した。

「海は良い。時に荒れ、時に凪、一刻も留まる事を知らぬ。そしてそれが何処までも続いていく」

「何処までも・・・」

クシナダは遠くを見ながら呟いた。

「そうだ。そして青い青い海の果てには大陸がある。いつか二人で舟に乗り海を渡ろう」

「・・・はい」



スサノオはクシナダの白いうなじを見つめながら、作業を続けた。

「春になるとこの辺りの山には、薄紅の小さな花々が木を彩るのだそうだね?一緒にそれを見に行こう。なに、君くらいならこの私が担いで山に登ろう」

「ふふふ」

クシナダは手を口に当てて笑った。

「新緑の眩しい季節になればその新しい生命の息吹を感じに行こう。その頃には君の足腰も強くなっていよう。二人で散歩と洒落込もうではないか」

「はい!」

それからスサノオは何かを思い出しているかの様に空中を見つめ、眩しそうに目を細めた。

「夏になればやはり海だろう。夏の海は抜ける様に青く、陽射しを受けてキラキラと輝く。そのなんと美しい事か。どれ、君に泳ぎを教えてあげよう」

「まぁ、泳ぎをですか?」

「うむ。手取り足取り」

「・・・」

クシナダは頬を赤らめながら俯いた。

「秋になれば朱く染まった山々を堪能しに行こう。この辺りの木は見たところ葉が朱く染まる木が多いから、それは見事な景色となるだろう。山道が辛ければ私の手を取れば良い」

「・・・はい」

「雪の季節になれば雪を肴に酒を飲もうではないか。舞い落ちる雪を見ながら酒を飲むのも一興。酌を頼んでも良いだろうか?」

「はい!」

クシナダは自分にも出来る事を提案され、明るい声で返事をした。

「フフフ」



スサノオはようやく結び終えた首飾りの紐を手で弄りながら、言葉を続けた。

「クシナダ姫、君は先程どうしてヤマタノオロチを退治しようと思ったのかと聞いてきたね?」

「はい」

「・・・惚れたのだ」

「えっ?」

「君に惚れたのだよ、私は」

スサノオは紐を手放すと、片側に寄せ胸の前へと垂らされたクシナダの美しい黒髪を、なんとなしに右手の人差し指ですくい、それからはらりと背中に垂らし始めた。

「えっ?」

クシナダはスサノオの言葉と行動に戸惑いを隠せなかった。

「あの・・・」

「終わったから髪を元に戻しているだけだ。じっとしてなさい」

「はぁ・・・」

スサノオは続けた。

「・・・惚れた女を護る為に闘う。その事に理由は必要だろうか?」

「・・・」

スサノオは再び艶やかな黒髪を指ですくうとまた、はらりと背中に垂らした。

髪をゆっくりとすくってはその背にはらりと垂らし、またゆっくりとすくっては、はらりと垂らす・・・。

「私は君を初めて見た時、なんと美しい花なのだろうかと見惚れた」

スサノオはクシナダの真っ直ぐに伸びた黒髪をゆっくりとすくいながら、ふと、兄であるツクヨミの言葉を思い出した。


『美しい花には毒があるものだよ。いくら女から近寄ってくると言っても、蝶の様にひらひらと次から次へと花を渡り歩いていると、知らず知らずのうちに毒に侵されてしまう』


スサノオはゆっくりとした動きでその大きな手から艶やかな黒髪を離すと、クシナダの背にはらりと垂らした。

やがてクシナダの白いうなじがその美しい黒髪で半分程隠されると、スサノオはようやくその手を止めた。

(この美しき花にも毒があるのだろうか?)

スサノオはしばらくクシナダのその白いうなじを見つめ、それからゆっくりと顔を寄せていった。

軽く匂いを嗅ぐと、何故か春に咲く甘い花の香りがした様な気がした。

(もしこの美しき花に毒があるのならば、その清らかなる毒でこの身を侵して欲しいものだ。私のこの穢れた身を)

スサノオはゆっくりと目を閉じ顔を傾けると、唇を白いうなじへと近づけた。

(その清らかなる薄紅の・・・)

(薄紅の・・・)

唇が白いうなじに触れそうになった瞬間、スサノオの脳裏に満面の笑みを浮かべ己の名を呼ぶクシナダの姿が映った。

『スサノオノミコト・・・』

スサノオは硬直したかの様に動きを止めると、目を開き、その凛々しい眉を寄せた。

(私の穢れた身でこの清らかなる花を汚す訳にはいかぬ)



スサノオは姿勢を正すと一瞬迷うかの様な表情を浮かべた後に、クシナダの艶やかで美しい黒髪を一筋ほど手に取った。

(私のこの穢れた身で、清らかなる花を汚す訳にはいかぬ)

(・・・だがせめて、美しき黒髪の、この一筋だけでも・・・)

スサノオはその黒髪をしばらく見つめるとゆっくりと目を閉じ、そしてそっと唇を寄せた。

(この一筋の黒髪に誓う。私はこれからどの様な事が起きようとも、この清らかなる乙女を護り続ける。例えこの身が朽ち果てようとも、我が魂は永遠に、永遠に・・・)

スサノオはゆっくりと唇を離すと姿勢を正し、クシナダの黒髪を静かに降ろした。

そして決意を込めた声でクシナダに告げた。

「私は明日、君を爪櫛に変えようと思う」



明日も続きます。


*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*


musica「今日はスーさんの見せ場でしたね」

スーさん「少々揺らいだがねw」

m「揺らぎましたね〜〜〜wしかもつっくんの言葉を都合良く利用しようとして!」

ス「ハハハ、以前のスサノオならこのまま欲望のまま突き進んだだろうね。だがクシナダの笑顔がスサノオを思いとどまらせた。クシナダの愛がスサノオを変えたのだ」

m「クシナダ無双ですね!」

ス「スサノオにとってはね」





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by garoumusica | 2016-01-25 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。




スサノオはまるで脳天を雷で打たれたかのような衝撃を受けていた。

身体は金縛りにでもあっているかの様に硬直し、更には思考は停止し、頭の中は真っ白だった。

スサノオはただただ、クシナダの白いうなじだけを凝視していた。

そして何よりその様な己の態度に驚愕するばかりだった。

クシナダが髪を片側に束ね後ろを向いた。

ただそれだけだ。

たったそれだけの事で己は今までに経験をした事の無い程の衝撃を受けている。

(これは一体何なのだ?私は一体どうしたというのだ・・・?)



スサノオは女の肌を知らないという訳ではない。

いや、むしろ知り過ぎていると言っても過言ではない。

高天原にいた頃は、天下のアマテラスの弟という肩書きの下に媚を売ってくる女はごまんといた。

鼻につく匂いを辺りに漂わせ、肌を露わにし、そしてその肉体をスサノオの身体に擦り寄せてきた。

その様な女をスサノオは冷めた目で見下ろし、時に己の欲望のまま乱暴に扱った。

女の欲に対し男の欲で返す。

それに何の問題があろうか?

スサノオは下心をその肉体の下に隠し色を振り撒く女など飽きる程見、そして飽きる程まぐわってきたのだ。



だが、今の自分はどうだ?

童と言っても過言ではないこのおなごのちょっとした仕草で、かつて味わった事の無い程の衝撃を受けた。

白いうなじを見た、ただそれだけの事で。

そう言えば、クシナダ姫にはあの女共の様な欲は見受けられなかった。

ただただ純粋な色香だった。

それ故に衝撃を受けたのだろうか・・・?



スサノオよ、卑劣極まる乱暴者として高天原を追い出されたお主は、一体どうしたというのだ?

女を己の欲望のままに扱ってきた男はどこへ行ってしまったのだ?

今のお主はまるで初めて女の秘部を垣間見た少年の様ではないか・・・。

「まいったな、これは・・・」

スサノオは顔が紅潮するのを感じながら何故か緩む口元を手で隠し、クシナダのうなじから無理矢理視線を逸らせた。



クシナダはスサノオの様子を見ようとこっそりと振り返った。

するとスサノオは顔を耳まで紅潮させ、口元を手で押さえているではないか。

(どこか具合でも悪いのかしら・・・。あの手はもしかして吐き気?)

クシナダは心配そうな面持ちを浮かべながら腰をひねり、足を横座りの形にしながら両手を前に突き、それからスサノオの顔を下から覗き込んだ。

(やはり顔が赤い。川へ潜られたから風邪でもひかれたのかもしれない。熱は?)

クシナダは片手を上げ指の甲側でそっとスサノオの額に触れた。

スサノオは突然額に当てられた冷たい手の感触に心の臓が飛び出るかという程驚き、身体を硬直させてクシナダを見た。

「何を・・・」

「動かないでくださいませ」

クシナダはスサノオの目を素早く見、早口で伝えると、小首をかしげながらもう片方の手を自分の額に当て、神妙な面持ちでスサノオの体温を計り始めた。

(やはり少々高い気がする・・・)



一方のスサノオは、下から覗き込むクシナダの襟元から覗く白い胸元に、ハッと気がついてしまった。

そして最大限の自制を以て慌てて目線を逸らすと、大きな溜息をついた。

(どうしてこのおなごはここまで己の色香に無頓着なのだ・・・。この調子では出逢う男を次から次へと落としてしまうぞ。私はこれからどうすれば良いのだ?指摘をするか?いや、それでは私が純粋なクシナダ姫を邪な目で見ている変態の様に思われるではないか。しかしクシナダ姫の色香を他の男に見せる訳にもいかぬ。どうしたものか・・・。このままではクシナダ姫の背後にぴったりと片時も離れずに寄り添い、逢う男逢う男に睨みを利かせていかなければならぬではないか。・・・それも良いか?いや、それでは男の威厳というものが・・・以下略)

などと愚かな事を考えているスサノオに全く気がつかないクシナダは、スサノオの額から手を離すとその目をキッと見つめ、

「寝床の準備をします!」

と、告げた。

そして素早く立ち上がるとスサノオにくるりと背を向けた。

だが次の瞬間クシナダはピタリと動きを止め、今度は小首をかしげたかと思うとまたくるりとスサノオの方へと向きなおした。

それからスサノオの傍らに置いてあった上着を素早く手に取るとパンッとひと払いし、上着を広げながらスサノオに向かって勢い良く突き出した。

そしてキリッと引きしまった表情を浮かべ、

「まずは上着を着てくださいませ!」

と言い放った。



スサノオは口を開けっぱなしにしたまま、しばらくあっけにとられた様子でクシナダの一連の動きを見ていたが、ふと我に返ると思わず吹き出してしまった。

(このおなごは本当に・・・)

己の想像の範疇を軽く超えたクシナダの行動に、スサノオは声を上げて笑った。

生まれて初めて、心の底から笑った。



・・・どのくらい時が過ぎただろうか。

クシナダはスサノオの上着を抱きかかえたまま、いつまでも腹を抱えて笑うスサノオを困惑した様子でただただ見つめていた。

そしてまた小首をかしげると、思い切ってスサノオに話しかけた。

「スサノオノミコト・・・。よく分かりませぬが、とりあえず上着を・・・」

「ワハハ!風邪などひいておらぬ、大丈夫だ、フフフ・・・」

スサノオは笑い過ぎて涙の浮かんだ目を向けると、クシナダの頭の上に手をポンと置いた。

それから優しく頭を撫でた。

(愛おしい・・・。なんと愛らしく、なんと愛おしいおなごだろうか)

そう思った後、はたと気がついた。

(・・・愛おしい?)

スサノオは今までの人生の中で決して感じた事の無かった感情に気づくと、己の行動になるほどと合点がいった。

(クシナダ姫へ抱くこの少年の様な感情は、『愛おしい』という想いの成せる技か・・・)

スサノオは自分の中に新たに生まれた感情を味わいながら、クシナダに声を掛けた。

「ほら、首飾りを着けてあげるから後ろを向いて」

「でも・・・」

「いいから」

スサノオは両手をクシナダの両肩に軽く添えると、くるりと後ろを向かせた。

そして両肩に体重を掛けて床に座らせると、少々ぶっきらぼうにクシナダの髪を払う様にして片側に寄せた。

それからクシナダに髪を持ち上げさせ麻紐を首筋に這わすと、ちょうど良い紐の長さを確認させた後、左右の紐を結びつける作業に入った。


明日も続きます。


☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..


musica 「は〜、長いですねぇ・・・」

スーさん 「我々の愛情の疎通の場面であるから、大切に書いていかねば」

m 「はいはい、ラブラブラブラブ。それにしてもアレですね。スーさんが稲ちゃんのうなじに惹かれたのは、稲ちゃんの二面性故かと思ってたのですが、ちょっと違うみたい」

ス 「もちろんそれもあるだろう。まだまだ内面の幼い女の子だと思っていたのに、ふとした瞬間に妖艶な女の顔を見せたのだ。男はこの様なギャップに弱い」

m 「・・・へぇ」

ス 「しかしこの場面では、スサノオが生まれて初めて他者に対し愛情を持った事が大きな要因だ。愛しいおなごが見せたギャップ。しかもそれは色香を多く含んだものだった。それ故にスサノオは激しく動揺し、感情が初めて動いたのだ」




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by garoumusica | 2016-01-24 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)
本日も昨日の記事の続きです。





「スサノオノミコトは何故ヤマタノオロチを退治しようと思われたのですか?」

「ほら、出来た」

スサノオは作業をしていた手を止めそう呟くと、丸めていた背中を起こし、クシナダと向かい合う様に座りなおした。

それから右の拳をクシナダの前に差し出し、小さく、

「ん」

とだけ言った。

クシナダは反射的に両手をスサノオの拳の下に添えた。

するとスサノオはクシナダの両手の下に更に左手を添え、一瞬クシナダの手を包み込むと素早く手を離し、プイと横を向いた。

(・・・?)

クシナダはスサノオによって閉じられた両の手をそっと開き、その中に残された物を見ると、思わず笑みをこぼし声を上げた。

「わぁ!美しい薄紅の玉・・・。これをわたくしに?」

「うむ」

スサノオは横目でクシナダをチラリと見、ぶっきらぼうに答えた。

クシナダの手の中に残された物、それは細く紡いだ麻の紐の先に、透き通った薄紅色の玉を不器用に結び付けただけの粗末な首飾りだった。

クシナダは美しく輝く薄紅の玉を右手の親指と人差し指でつまみ、光に透かした。

そして玉の向こうにこちらを見ながら満足そうに微笑むスサノオの姿を見遣った。

「ありがとう、スサノオノミコト・・・。わたくし、この様な美しい玉を見るのは初めてです」

これまでどこか憂いを秘めていたその瞳は今やキラキラと輝きを放ち、そして頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべるクシナダを、スサノオは眩しそうに目を細めて見ていた。

「この玉はどうされたのですか?」

「禊をした時に川の底で見つけたのだ」

「まぁ!川に潜られたのですか?」

「ん?ハハハ・・・」

(川の底で拾った石ころごときでこんなにも喜んでもらえるとは・・・)

スサノオは笑みを浮かべながら手を様々な方向に傾け、様々な角度から玉を眺めているクシナダを見つめ、胸の奥に何か暖かいものが広がっていくのを感じていた。

だがその反面、胸に鋭い刃を突き立てられたかの様な痛みをも覚えていた。

そして己の不甲斐なさを恥じた。

今のスサノオには妻となるおなごを飾り立てる美しい装飾品を得られるだけの財産が無かった。

唯一贈る事が出来たのが、川底で見つけた石ころで作ったこの粗末な首飾りだけだった。

(それでもこのおなごは喜んでくれてはいるが・・・)

スサノオはこの時初めて己の過去の言動を心底悔やんだ。



スサノオは高天原を追放される際に財産を全て取り上げられていた。

更に髭はそり落とされ、手足の爪も剥がされた。

スサノオに許されたのはふたつだけ。

粗末な服と愛用の剣。

本来ならば剣も取り上げられる予定であったが、姉であるアマテラスの恩赦により免れた。

そしてその時に姉からこう言われた。



お前はその剣で多くの者を殺めた。

そしてその殺めた者の血を、その時の恐怖の念を、その剣は記憶している。

お前をこの後葦原中つ国に追放する。

本来ならばこの剣も没収するところだが、お前は剣を持って葦原中つ国に降りよ。

そしてその地で今度は人を殺める為でなく人を守る為にその剣を用いよ。

良いか?

殺める為でなく守る為に用いるのだ。

そしてその時、お前は初めて過去の己の行いを悔やみ、反省する事となるだろう。



スサノオは傍に置いた剣にそっと触れた。

(殺める為でなく守る為に剣を握る。ついにその時が来たのだ・・・)

神妙な顔をし剣に触れるスサノオに気がついたクシナダはおずおずと声を掛けた。

「スサノオノミコト・・・」

「ん?」

「いかがなさいました?」

スサノオは小首をかしげながら己を見上げるクシナダに微笑みかけた。

「どれ、着けてあげよう。後ろを向いてごらん」

「はい」

クシナダは輝く瞳でスサノオを見つめ首飾りを渡すと、そのまま目線を離さずに笑みを浮かべながら首をかしげ、流れるような手つきで美しい黒髪を片側に束ねた。

そして流し目を残しながらくるりと背を向けると、スサノオに向かってその白いうなじを露わにした。



クシナダは己の首にあの美しい玉の首飾りがスサノオの手によって着けられるのを、はやる気持ちを抑えながら今か今かと待ち続けた。

しかし、いつまで経ってもスサノオの動く気配は感じられなかった・・・。

少々疑問を抱きつつもその姿勢のまま動かずにいると、

「まいったな、これは・・・」

と、呟くスサノオの声が背後から聞こえてきた。

何事かと思いスサノオを振り返ると、この大男は口元を片手で隠し、顔を耳まで紅潮させて横を向いているではないか。



明日も続きます。


テイッ>(´ノ・ω・`)ノ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+


それでは本日も良い一日を~。

musica 「ねぇスーさん、一体私は何を書いているのですか?何このデレデレ話」

スーさん 「これかい?先日君が桜の君で学ぶ事が出来なかっただろう?あの替わりだ」

m 「はい?」

ス 「君は桜の君と密やかな愛情のやり取りをする事が出来なかった。その為に仕方がない、我々が一肌脱いだのだ」

m 「仕方がない~?結構ノリノリじゃないですか~wwwで?これはフィクション?ノンフィクション?」

ス 「好きなように取りなさい。どうせ真実を知る者はいないのだから」

m 「また適当な・・・」

ス 「大切なのは君が何を学ぶかだよ」




本日の本館で以前スーさんのブレスレットに使ったのと同じヌーマイトを特集しました。


カメラ越しに見るとものすごく素敵な石でした・・・。

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by garoumusica | 2016-01-23 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(6)
なんだかよく分からないのですが、先日突然この様な話が脳裏にダウンロードされたのです。

本当はこんな話を書いて良いのか不安ですし、ブログに載せて良いのか分からないのですが・・・。

おっさんs的には良いみたいなのですけど(´・_・`)。



ー オロチ退治前日 ー


川での禊を終えたスサノオは上半身裸のまま胡座を組み、櫛で髪を梳いていた。

高天原を追い出されてからというもの、着の身着のまま髪など気に留める余裕無く彷徨っていた結果、スサノオの癖髪は見事に絡まり、そして今この大男をおおいに悩ませていた。

好き放題に伸びた髪を前に集め力を以って解こうとするも、ますます絡まりは酷くなる有様。

スサノオは己の内から湧き出る癇癪の炎に呆れながらも、己の髪に挑み続けていた。

一方、その様子を少し離れていた所から見守っていたクシナダは、見るに見かね、迷った末に声を掛けた。

「わたくしが・・・」

スサノオは少し驚いた様子でその声の聞こえる方へと振り返ると、少々決まりが悪そうに櫛を渡しながら言った。

「申し訳ない」

クシナダは首を横に振りながら無言で櫛を受け取ると、スサノオの髪を背中に集め、背後から髪に櫛を入れ始めた。

だがやはり櫛は通らず、クシナダは櫛を一旦手放して髪を手でほぐし始めた。

「ちょっと失礼」

スサノオは身体を傾け傍に置いていた服から何かを取り出し、ちらりとクシナダを見返り、そしてまた前を向き、大きな背中を丸めて何か作業を始めた。

それからというもの二人はそれぞれの作業に没頭し、時々スサノオが痛みに耐える声を漏らし、それに対して謝るクシナダの声以外は何も聞こえなかった。



それからしばらくしてスサノオの髪の毛のひとつ目のもつれの目処が立った時、クシナダはふとスサノオの背中に気がついた。

(大きな背中・・・)

今この男は大きな背中を小さく丸め何か作業をしているが、その身体はこの辺りでは見かけない程大柄で、そして惚れ惚れする様な肉体の持ち主だった。

その事に気がつくと突如クシナダに羞恥心が襲った。

男の裸など、この辺りの男のものだったら見慣れているというのに・・・。

クシナダの異変に気がついたスサノオは、振り向き心配そうに声を掛けた。

「怖いかい?」

「えっ?」

クシナダは動揺した。

この大男に自分の心が見透かされたのだろうか?

「ヤマタノオロチの事だ」

「あっ・・・」

クシナダは言葉に詰まり、そして恥ずかしさのあまり俯いた。

(スサノオノミコトはわたくしを心配をして声を掛けてくれたというのに、何を考えているのだろう・・・。それにこの方はわたくしの為に命を賭けてくれるというのに)

クシナダは申し訳なさで一杯になり顔を上げる事が出来なかった。


スサノオは再び前を向くと少し間を空け、それからまた言葉を続けた。

「明日だと思う」

「えっ?」

「明日、奴は現れると思う」

「明日・・・」

何故・・・とクシナダは問いかけたが、ふと思い出し口をつぐんだ。

スサノオは出逢ったその日からヤマタノオロチの出現した時の星の位置、太陽の位置、川の流れなど、様々な事を聞いてきた。

そして日が暮れると星を読み、日が昇ると太陽の位置を確認し、そして川の流れを読み、風の匂いを嗅いでいた。

(わたくしには分からぬ事も高天原のこのお方には分かるのだろう。余計な事を聞いて煩わせてはいけない・・・)

「そうですか・・・」

ついにその日がやって来たのだ。

しかし、とクシナダは思う。

(わたくしは死の到来を感じてはいない・・・)

この大男が現れるまで、クシナダは物心がついた頃からずっと諦めていた。

姉がひとりふたりと消えていき自分の死の順番が静かに、そして確実にやって来るのを感じる度に、生きる事を諦めていった。

生きる事を諦めるという事はその他のすべての事も諦めるという事だ。

クシナダはただ生きていたのだ。

ヤマタノオロチに喰われる為に生きていたのだ。

だがこの大男が現れてからというもの、この大男の言動に時に驚き、時に笑い、そしてこの大男に惹かれていった。

クシナダは生まれて初めて生きる事への希望を見出したのだ。

だが、その為にスサノオは己の命を掛ける事となった。

そしてクシナダは思うのだ。

「スサノオノミコトは後悔されていませんか?」

「ん?」

「ヤマタノオロチの退治など・・・、見知らぬおなごの為に命を賭けるなど無謀ではありませんか?」

クシナダは続けた。

「スサノオノミコトはなに故ヤマタノオロチを退治しようと思われたのですか?」

「ほら、出来た」

スサノオは作業をしていた手を止めそう呟くと丸めていた背中を起こし、クシナダと向かい合う様に座りなおした。



明日も続きます。


*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*


それでは本日も良い1日を〜。

スーさん「自分が自分自身の守護になったつもりで行動出来ているだろうか?」



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by garoumusica | 2016-01-22 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


by musica