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ので、今日は古代氏族はお休みです。

て言うか、4時56分なんですけど・・・。

いつものブログアップは5時(最近は遅れがち・・・)

何を書いて良いのか・・・。

あ!桜の君、今はこんな感じです。

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毎年恒例の311イラストなのですが、間に合うのかどうか・・・。



スーさん 「間に合うのかどうかではなくて、間に合わせる、だろう?」

musica 「出来るだけ頑張りますが、今年は稲田姫物語とか古代氏族とか入ったので、時間がいつもより無いのですよ」

ス 「言い訳はよしなさい」

m 「でも私はスーさんの優しさを知っています。『桜の君』って言うタイトルからすると、いざという時には桜の時期まで延長してもいいんでしょう?」

ス 「それは君が努力した後の事だよ」

m 「今日は一日中描いてました~

ス 「知っている。だが、君が昼食の後にスマホでカラオケをしていたのも知っているがねw」

m 「気分転換です!」



今聴いている桜の君の作業音楽。

キャメロン・ディアスによる紹介から観客の歓声、そして曲の入りのタイミングが完璧で、そこだけを繰り返し聞いたりしました。

ス 「そういう事をせずにひたすら絵を描いていれば・・・」

m 「気分転換ですって」


桜の君の作業音楽がファンクっていう意外性が気に入ってます( ̄ー ̄)

まぁ、おっさんsの宴会風景の一部を描いた絵ですから、さもありなん?


今週は桜の君の顔が結構変化して、その推移が面白い(と描いた本人は思う)ので、良かったら本館の色鉛筆画メイキングもご覧ください(・∀・)→画廊musica 「桜の君 メイキング その4。」


*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*


それでは本日も良い一日を~。

ス 「時は金なりだよ」

m 「気分転換も大切ですよ」



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by garoumusica | 2016-02-29 05:10 | つれづれ | Comments(2)
本日は出雲国造神賀詞のお勉強の続きです。




昨日の記事で神社が分からなかった阿遅須伎高孫根命(あじすきたかひこねのみこと)葛木の鴨の社

コメント欄にて、ここではないですか?という神社を教えてくださいました。

如月さん、ありがとうございました。

高鴨神社だそうです。

で、昨日の地図を完成させますとこんな感じ。

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うん、菱形w

四つの神社だからきっと結界だろうと思ったのですが、結界ならもうちょっときれいな四角を描いても良さそうですよね。

と、神社の位置関係を調べて思ったのですが、結界の中に入りそうなモノを考えてみたら、この菱形を納得できました。


菱形に入るモノ、こちら!

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白梼原宮(かしはらのみや)!

神武天皇の宮です(`・ω・´)+


画像の右下に方角を示すものを書いたのですが、この宮からの位置関係を見ますと、なんと!

大神神社が鬼門に!

裏鬼門には高鴨神社が!

なるほどねぇ~~~・・・。



最初は藤原京かと思ったのです。

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藤原京でも良さそうな気がしたのですが、出雲国造神賀詞を奏上したのが716年。

という事は、この時すでに都はHey!Joe!京!

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※都の大きさは適当です。

出雲の四神が守ったのは白梼原宮で良さそうですね。



ですけど、ちょっと変な感じがします。

出雲国造神賀詞では、大国主さんがこの位置関係で祀ってねって国譲りの時に言った、と言っている訳です。

でも、実際にニニギさんが天孫降臨したのって、高千穂な訳ですよね?

それから179万2470年、天孫は日向でのんびりと暮らしていた訳ですよね?(←日本書記に書いてある)

でもなんで大国主さんは国譲りの時点で、三輪から葛城にかけてのあのヤマトの地を指定したんでしょうね?

エスパー?※神様です。

まぁ約180万年ほど日向でのんびり暮らしていたっていうのが、まず変な感じがする訳ですがwww



他にも出雲国造神賀詞ってよく読んでみると、変なところがあります。

国譲りの指示をした人が高御魂命となっているのです。

天照大神じゃないんです。

天穂日命の間違いも訂正しているところを見ると、出雲国造家にはちょっと異なる日本神話があるんでしょうねぇ・・・。

あるなら見てみたいですけどねぇ|ω・`)チラッ

大人の事情もありそうですし。。。

それにしても出雲国造さん、結構なロックな精神をお持ちですよね。

面白いです。



特に、716年に平城京でこの神賀詞を読み上げたのでしょう?

それなのに、大国主さんが守っているのは白梼原宮と言っているのです。

これって、

「遷都した後の事は、一切関知致しません」

って、わざわざ宣言している様にも聞こえる気がするのですが、どうですかね?

うがち過ぎ?

あ、5時過ぎちゃったのでまた明日です(`・ω・´)+

という訳で、今日も更新が遅れました。。。

すみません・・・。


(・∀・)゚+.゚。゚+.(・∀・)゚+.゚。゚+.(・∀・)゚+.゚。゚+.(・∀・)゚+.゚。゚+.(・∀・)


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「悔いの無い一日を過ごしなさい」


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by garoumusica | 2016-02-28 05:21 | 古代氏族 | Comments(2)
本日も物部氏探索の続きです。




昨日の記事を書いた後、スーさんが出雲国造神賀詞について調べろと言うので、今からちょっと調べてみたいと思います。

出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)。

これは出雲国造が新しく就任した時に、天皇に対して奏上する寿詞(よごと)の事です。



出雲国造神賀詞の全文はこちらのサイトにありました。→日本神話と古代史

このサイトのメニュー「その他文献」に現代語訳と共にありますので、ご覧ください。

内容に関してですが、初めの部分は天皇に対する挨拶と、ほんのり出雲の自慢と、これだけ禊ぎして来たぜ、みたいな感じ。

中盤は国譲りの内容が入ります。

これ、ちょっと面白いのですが、この神賀詞を奏上したのが716年。

古事記が出来たのが712年。

で、このタイミングで古事記の内容と異なる内容の神話を神賀詞に入れるって、なかなか面白いですよね。

古事記に書かれた国譲りの場面での自分達の祖神に対する誤り(?)を、天皇に向かって訂正している訳です。

以前、このシリーズで出雲国造家を調べた時にも記事にしました。→出雲国造家 祖神・天穂日命編。

ですが、出雲国造の訴えむなしく、720年に編纂された日本書記での天穂日さんの扱いは、変わる事はありませんでした。



で、今回スーさんが調べろと言ったのは多分ここの部分です。


『己命の和魂を八咫の鏡に取り託けて、倭の大物主櫛甕玉命と名を称へて、大御和の神奈備に坐せ、己命の御子阿遅須伎高孫根命の御魂を、葛木の鴨の神奈備に坐せ、事代主の命の御魂を宇奈提に坐せ、、賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備坐せて、皇孫の命の近き守り神と貢り置きて、八百丹杵築の宮に静まりましき』


まず大穴持(おおなむじ=大国主)さんの和魂を八咫鏡にコピ―して、それを倭の国の大物主櫛甕玉(おおものぬしくしみかたま)と名付けて、三輪山に鎮座させます。

大神神社の事でしょうね。

それから大穴持さんの子供の阿遅須伎高孫根命(あじすきたかひこねのみこと)を、葛木の鴨の社に鎮座させます。

これはちょっとどの神社に当たるのかよく分からないです・・・。

で、事代主さんの御魂を宇奈提(うなて)に鎮座させます。

河俣神社らしいです。

更に、賀夜奈流美(かやなるみ)さんの御魂を飛鳥の社に鎮座させます。

飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)だそうです。

彼ら四神で皇御孫命(=天照大神の子孫)の御親近の守護神としました。

そして最後に大穴持さん自身は八百丹杵築宮に鎮座しました。

八百丹って言うのは杵築の枕詞だそうです。

ちなみに、この頃は出雲大社ではなく杵築大社と呼ばれていました。



あ、五時になってしまった・・・。

という訳で今日はここまでです。

また明日に続きます。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


それでは良い週末を~。

スーさん 「休む時は休む、働く時は働く。どちらか片方だけではバランスが崩れてしまう」


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by garoumusica | 2016-02-27 05:08 | 古代氏族 | Comments(2)
はい、本日も古代氏族物部氏の続きです。




昨日は「て言うか天津神・饒速日さん、国津神・大国主の孫と結婚してたんですか!?」で終わりました。

鈴木真年さんの『史略名称訓義』と、丹後宮津藩主本荘氏の『本荘家譜』という系図に、「長髄彦(ながすねひこ)さんは大国主さんの子供の事代主さんの子供」と書いてあるそうで・・・。

ちなみに鈴木真年さんの『史略名称訓義』は、国会図書館のデジタルなんとかで読む事が出来ます。

検索してみたら「国立国会図書館デジタルコレクション」でした。

これです。→史略名称訓義. 上

始めは崩し文字で読みにくいのですが、名前の説明に入ると読みやすい文字で書いてあるので、興味のある方は覗いてみてください。

パソコンで見ると扱いやすくて良いかもです。

ちなみに私は適当にページを開いたら、スーさんの所でしたw



で、長髄彦さんの出自を調べていたら、なんとなく磐余彦(いわれひこ=神武)さんの奥さんの事が気になり、改めて古事記と日本書記を読んでみたら、普通に載ってました。

磐余彦さんの奥さんは、古事記では比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)、日本書紀・先代旧事本紀では媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)という方。

で、その両親が古事記では大物主と勢夜陀多良比売(せやだたらひめ)、日本書記・先代旧事本紀では事代主と玉櫛媛なのです。

まとめてみました。

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磐余彦さんも饒速日命さんと同じく国津神を娶っています。

まぁ国津神の女しかいない訳ですから、当たり前って言えば当たり前なんですけど、出雲系の方を娶っているのが面白いと言うか。

で、うろ覚えですけど、これからしばらく天皇家は出雲系の姫を娶っていたはず。

まぁ後できちんと調べてみますが。。。

でも、ちょっと不思議な感じですね。

天皇家には始めから出雲の血が入っている訳ですから。

・・・(´・ω・`)

また今度考える!(ノ)’∀`(ヾ)



はい、という訳で、今までの内容と今日の内容を併せてみるとこんな感じ?

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事代主さんのお母さんは神屋楯比売(かむやたてひめ)さんって言うらしいです。

で、建御名方さん≒長髄彦さんっていうのもあったので、ちょっと書いてみました。

お母さんが不明みたいですね、この人・・・。

しかも古事記にしか出てこないですし。

そう言えば長髄彦さんには安日彦(あびひこ)さんっていうお兄さんがいて、神武東遷の時に東北に逃げたという説もあるとか。

それが建御名方さんって感じなのでしょうか???

・・・(´・ω・`)

また今度考える!(ノ)’∀`(ヾ)



で、国譲りって何なんだろう?って疑問に思います。

まず一回目が出雲における国譲り。

二回目が大和における国譲り。

どちらも出雲系、登場人物もなんとなく近い。

ここで思い出すのが、古代氏族物部氏 長髄彦と神武東遷編 その1。で触れた、


「多次元同時存在の法則」


『違う神であっても名前の意味が同じであれば同一神、名前が違っていても神話のストーリーが同じなら同一神、さらに違う系図に同じ神の名があれば、その間にいる神々も同一神』という法則で、八百万と言われるほど膨大な日本の神々を整理する時に極めて強力な効果を発揮する、ってやつです。

これって、ここでも応用で使えそうですよね・・・。



神の部分を神話に変更して応用した場合、出雲の国譲り神話と大和の国譲り神話、これが同一の神話だとすると。

客観的な事実を基に検討すると、消えて無くなるのは当然出雲の国譲り神話。

グッバイ、出雲神話・・・(´;ω;`)



あ!そう言えば出雲国風土記はどうだったかな。

確か出雲国風土記には、事代主さんも建御名方さんも出て来なかった気がします。

須佐之男さんも超脇役な農業神でしたし。

そして大国主さんの国譲りも、「出雲国以外は譲る」みたいな感じだった気が・・・。

・・・(´・ω・`)

忘れちゃいました!(ノ)’∀`(ヾ)

グッバイと言うのはきちんと調べた後にします(`・ω・´)+


という訳でお絵かきの進み具合によっては、明日も続きをするかもです。

無かったら適当なスーさんブログです。


(o・ω・o)ノ++++++++++ヽ(o・ω・o)


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「一月(いちげつ)往(い)ぬる、二月(にげつ)逃げる、三月(さんげつ)去る。一日一日を大切にしなさい」

musica 「昔はいちげつっていう言い方だったのですか・・・」



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by garoumusica | 2016-02-26 05:00 | 古代氏族 | Comments(1)
はい、本日も長髄彦さんと神武東遷の巻の続きです。




今日もこの図から行きます。

とりあえず今はざっくりとした説明だけですが・・・。

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⑦熊野村(くまのむら)

・ここに上陸するまでに暴風雨に遭った為、陸でも海でも進軍が阻まれる事を憤慨したお兄ちゃんの稲飯(いない)さんと三毛入野(みけいりの)さんが入水(人身御供)しました。

・磐余彦さんは息子の手研耳(たぎしみみ)さんと共に、熊野の荒坂津=丹敷(にしき)の浦に進み(て言っても⑦のすぐ近く)、丹敷戸畔(にしきとべ)を殺します。

・その後、熊の形を借りた土地神の毒気を受け、磐余彦さん達は倒れます。

・その窮地を救ったのが熊野の高倉下(たかくらじ)さんです。

・高倉下さんは高天原より霊剣・布都御魂を賜り、布都御魂を磐余彦さんの元へ持参したところ、毒気を浴びた磐余彦一行は目を覚ます事が出来ました。

(ちなみにちょっと前に布都御魂に関して記事にしていました。→古代氏族物部氏 石上神宮 布都御魂大神編。古代氏族物部氏 石上神宮 布都御魂大神編 つづき。

・天照大神より八咫烏を賜り、八咫烏の案内により熊野から吉野河に至ります。

⑧吉野河

・国津神の贄持之子(にえもつのこ)さん、井氷鹿(いひか)さん、石押分之子(いわおしわくのこ)さんに出会います。

・彼らは味方です。

・更に八咫烏に案内をしてもらいます。

⑨宇陀(うだ)

・兄宇迦斯(えうかし)・弟宇迦斯(おとうかし)の兄弟に会います。

・この二人に八咫烏を遣い、磐余彦さんに仕えるかどうか確認すると、兄宇迦斯さんは八咫烏を追い返し弟宇迦斯さんに磐余彦さんを迎撃すると言い、謀略を巡らします。

・一方の弟宇迦斯さんは磐余彦さんに恭順、兄宇迦斯さんの謀略を曝露し、磐余彦さんと共に兄を殺します。

⓪忍坂(おさか・おしさか)

・敵がいっぱいいて困った磐余彦さん、占いをしたりします、おっとめ~。(この辺ちょっと⑨と⓪が混じってそうですが、気が向いたら後日細かく見ていきます)

・土雲(つちぐも)の八十建(やそたける)さんが室屋(むろやー洞穴)に集結し待ち構えていました。

・磐余彦さんは八十建さんに御馳走を振る舞い、油断させたところで惨殺します。

・で、ここで再び長髄彦さんと戦います。

・更に大和国磯城の豪族・磯城兄弟に遭遇→戦います。

・再び八咫烏を送りますが、兄磯城(えしき)さんは拒絶し惨殺、弟磯城さんは恭順します。

・その後、饒速日さんがやって来て長髄彦さんを殺し、磐余彦さんに国譲りをします。

ラスト!白梼原(かしはら)

・ここで即位です。



はい!やっと長髄彦さんに入ります!

長髄彦さん、古事記にも日本書紀にもたいした説明はありません。

古事記には登美の那賀須泥毘古とあり、日本書記に至ってはほとんどスルーです。

で、先日購入させられた三輪氏の本を読んでみたところ、この様な説明がありました。

江戸時代から明治時代にかけて活躍した鈴木真年さんの『史略名称訓義』という本には、この様に書かれているそうです。


「大和国城上郡登美の人、長髄も同所の邑(むら)名、飛鳥事代主の子」


・・・(´・_・`)。

ハイ?(・・?)

事代主の子!?Σ(・□・;)

・・・( ゚д゚)

だって事代主さんって大国主さんの息子さんでしょ???

国譲りの時に大国主さんが息子の意見を聞いてくれって言って、最初に指定した人が事代主さんですよね???

その事代主さんのお子さんが、長髄彦さんなんですか???

磐余彦さんの宿敵の長髄彦さん!?



もうひとつ記述がありました。

丹後宮津藩主本荘氏の『本荘家譜』っていう系図にある、長髄彦さんの妹の三炊屋媛(みかしぎやひめ)と饒速日命の間に出来た、宇摩志麻遅(うましまじ)さんの注にこうあるのだそうです。

母飛鳥大神の女(むすめ)、登美夜毘売」

この飛鳥大神っていうのは事代主さんの事らしいです。

ネットで調べてみたらあんまり出てこないですし、朝鮮系の王子にもこの名前を使っているそうなので、いまいち出典が掴めないですが・・・。



あー・・・、つまりアレですか?

三輪山の神様=大物主=大国主の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)

大国主の子供=大物主の子供=事代主

事代主の子供=長髄彦・三炊屋媛

大物主の子供の子供だったら三輪山の麓を治めていてもおかしくないよねって事ですか?

て言うか天津神・饒速日さん、国津神・大国主の孫と結婚してたんですか!?

そして婿入り?

えー、これってもしかしてスサノオさんと同じパターン?

ファー――!!!


明日はお絵かき曜日ですが、いい所なんで多分続きを書きます。


■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■゚Д゚■


musica 「ねぇスーさん。昨日の神武東遷のところで『戸畔というのはヤマト王権以前に使われていた称号の一つで、4世紀以前の女性首長の名称に使われた』って書いたのですが」

スーさん 「うむ」

m 「こういう言葉があるって事は古代は女性首長が結構居たって事ですよね?」

ス 「そうだね。この部分だけでも二人出て来たし、今回省略した部分にも勇猛果敢な女性の記述があったね」

m 「はい。面倒だったから略しちゃったwで、話は変わりますが、稲田姫物語の時にスーさんやアマテラねぇちゃんが、稲ちゃんの事を『次期首長』扱いしていたのがすごく不思議だったんです」

ス 「フフフ」

m 「なので、今回畿内における神武東遷を調べて、ようやく納得出来ました」

ス 「だから君にずっと神武東遷を調べろと言ってたのだ。君が私の言う事を聞かないから(以下略)」


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by garoumusica | 2016-02-25 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
はい、本日も長髄彦さん特集です。




長髄彦さんは磐余彦(いわれひこ=神武天皇)さんの宿敵と言われています。

それは何故かと言いますと、磐余彦さん達が畿内に乗り込んだ際に、一番初めに闘い敗れた相手であり、そしてお兄ちゃんの五瀬(いつせ)さんを殺した相手だからです。

ちょっとここで畿内における神武東遷のルートの確認をしてみます。

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吉備(岡山)から畿内へ向かう為、まず辿り着いたのが、

①速吸門(はやすいのもん)

・明石海峡です。

・ここでですね、国津神の珍彦(うづひこ)さんと出会い、水先案内人を務めてもらいます。

・なんでもこの人、『古事記』では亀の甲羅の上に乗っていたらしいですよ!

・後に磐余彦さんから椎根津彦(しいねつひこ『日本書紀』)、槁根津彦(さおねつひこ『古事記』)という名前を貰います。

・倭国造(やまとのくにのみやつこ・やまとこくぞう)の祖となります。

・ちなみに倭国は大和国の中央部にあたる領域です。

②浪速渡(なみはやのわたり)

・潮が速く急流であった為、磐余彦さんが「浪速」と名付けたそうです。

・この場所を超えて河内湖に入ったそうです。

(↑間違えて現代の地図を描いてしまい分かりにくいので、下の図で予想してください(`・ω・´)+)

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余計な図が入って分かり難いのでもう一度東遷の図を。

f0351853_01423039.jpg

③白肩津(しらかたのつ)

・ここで長髄彦さんと出逢います!

・上の図では陸地になっていますが、当時は船で行ける場所でした。

・生駒山の北を越えて侵攻しようとした磐余彦さんですが、③あたりにある孔舎衛坂(くさかざか、くさえのさか)で応戦した長髓彦さんにまさかの敗戦。

・ここでお兄ちゃんの五瀬さんの肘に、長髄彦さんの放った矢が当たります。

・ちなみに矢で受けた傷の事を痛矢串(いたやぐし)といいます。←どうでもいい知識。

④血沼海(ちぬのうみ)

・五瀬さんが血の付いた手を洗った場所です。


⑤男之水門(おのみなと)

・男の水門ってwナニの事?

・( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

・この場所で五瀬さんの傷が悪化し、お亡くなりになります。

・その時に「賊に傷つけられて死ぬとは!」と雄叫びをあげたので、「雄水門(おのみなと、男之水門)」と呼ぶようになったのだそうです。

・男の水門(=ナニ)ではなかったです( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

⑥竈山(かまやま)

・五瀬さんの遺体がこの地に安置されました。

・その後、この周辺にある名草邑(なぐさむら)に着き、名草戸畔(なぐさとべ)という名草邑の統治者である女性と戦い、殺します。

・磐余彦さんイライラしてたんでしょうね、名草戸畔の頭、胴、脚を切り離しちゃったんだそうです。クソですね。

・ちなみに戸畔というのはヤマト王権以前に使われていた称号の一つで、4世紀以前の女性首長の名称に使われたそうです。

⑦熊野村(くまのむら)

・ここに上陸するまでに暴風雨に遭った為、陸でも海でも進軍が阻まれる事を憤慨したお兄ちゃんの稲飯(いない)さんと三毛入野(みけいりの)さんが入水(人身御供)しました。

・なんでも「母も叔母も海神であるのに、どうして我々は波によって進軍を阻まれなければならないのか」と言って、身を投げたそうです。

・ちなみにお母さんは玉依姫(たまよりひめ)→日向神話を巡る旅 皇子原神社編。で、叔母さんは豊玉姫(とよたまひめ)→日向神話を巡る旅 鵜戸神宮編。日向神話を巡る旅 青島神社編 その1。、おじいちゃんは綿津見大神(わたつみのかみ)です。

・磐余彦さんは息子の手研耳(たぎしみみ)さんと共に、熊野の荒坂津=丹敷(にしき)の浦に進み(て言っても⑦のすぐ近く)、丹敷戸畔(にしきとべ)を殺します。

・現在の新宮市(しんぐうし)の御手洗海岸は、丹敷戸畔を殺した際に着いた血を洗い流した為、その名が付いたそうです。

・その後、熊の形を借りた土地神の毒気を受け、磐余彦さん達は倒れます。


なんだか時間が無くなったのでまた明日~。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆


それでは本日も良い一日を!

スーさん 「君は余計な豆知識を書き過ぎるのだ」

musica 「男の水門・・・」

ス 「・・・」


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by garoumusica | 2016-02-24 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
本日より再開します、古代氏族シリーズです。



皆さまお元気でいらっしゃいますか?

私は回る椅子の上で体育座りをして、思わずくるくると回ってしまいたくなる気分です。

スーさんの掌の上でコロコロと転がされっぱなしですから・・・。



なんでこんなにやさぐれているかと言うと、アレです。

一昨日の記事で稲田姫物語の国譲りの私の予想を述べさせられたのですが、その時にスーさんにタケミナカタとナガスネヒコの類似点を勉強してみなさいと言われまして。

ですがその時私はナガスネヒコの奈良とタケミナカタの長野では場所が遠いからあんまり関係が無いんじゃないのかな?と思ったのです。

そして昨日、月曜になってお絵描き曜日が終わったのでようやく本読みを開始したのです。→神武東征とヤマト建国の謎 日本誕生の主導権を握ったのは誰か?

で、ざっくりと読んだところで眠気が・・・。

MUJIの人をダメにするソファーで軽く寝たら2時間経過・・・。

そして目が覚めてからなんとなく手に取った本、先日スーさんに行けよ?と言われて行ったブックオフで見つけた三輪氏の本。

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ヤマト王権は三輪山の麓で栄えましたから、その三輪山をご神体とする大神神社の祭祀者の三輪氏の勉強をさせたいのだろうな、と思って購入したのです。

で、なんとなく目次を読んでいると、なんと!

「長髄彦と磯城県主の系譜」という項目があり、更に

諏訪神族の東国移遷」

という文字が・・・。

慌ててその章を見ると、ありました、建御名方命のお名前が・・・。

ファーーー!!!

そこしか読んでい無いのでなんとも言えないのですが、建御名方命の別名が『建御名方富命(南方刀美神)』とも言われ、『富』『刀美』が地名の『登美』に当たるなら、長髄彦さんの別名『登美能那賀須泥毘古』に通じるものがあると書いてありまして・・・。

思わずここで本を閉じてしまいました。

もうこの掌のコロコロ感がすごくイヤ・・・。

そのコロコロっぷりがこのブログにしっかりと記録されているのがなんだか悔しいし、世に晒されているのも恥ずかしい・・・。

・・・稲田姫物語で自分がされて嫌だった事は人にしちゃダメですよ?スーさん!



しかもこの本が言っている事がなんとなく分かるのです。

この古代氏族シリーズが途絶えた原因となった秦氏シリーズ。

この時に日ユ同祖論と学んだのですが、そのとき読んだ本にこうあったのです。→日ユ同祖論対談 飛鳥昭雄×久保有政

籠神社の海部光彦宮司によって明かされたという「多次元同時存在の法則」

これは『違う神であっても名前の意味が同じであれば同一神、名前が違っていても神話のストーリーが同じなら同一神、さらに違う系図に同じ神の名があれば、その間にいる神々も同一神』という法則だそうで、八百万と言われるほど膨大な日本の神々を整理する時に極めて強力な効果を発揮するそうなのです。

この古代氏族シリーズの間に日ユ同祖を学ばせたのもその為なんですかね・・・。

あーーー、もーーー、椅子の上で体育座りをしてくるくる回りたくもなるわーーー!!!



はい、という訳で今日から長髄彦さんを勉強してみたいと思います。

きちんと思い出したいという方はこちら!


以前長髄彦さんが出て来た時の記事の転載↓です。



饒速日さんが古事記に出て来るのは伊波礼琵古(いわれひこ)の東遷のラスト、大和地方で東征に最後まで抵抗した伊波礼琵古さんの宿敵である登美能那賀須泥毘古(とみのながすねひこ)を討った時です。

邇藝速日(古事記バージョンの漢字)さんは伊波礼琵古さんにこう言います。

「天の神の御子が天からお降りになったと伺いましたので、後を追って降って參りました」

それから天から持って来た宝物を捧げ、伊波礼琵古にお仕えしましたとさ。

そしてこの後にこう続きます。

この邇藝速日命が登美能那賀須泥毘古の妹・登美夜須毘売(とみやすびめ)と結婚して産んだ子が宇摩志麻遅命(うましまじのみこと)で、これが物部連・穂積臣(ほづみうじ)・采女臣(うねめうじ)の祖先です、と。



つまり、長髄彦(←日本書紀バージョンの漢字です)さんは饒速日さんの義理のお兄さんにあたります。

物部氏の祖とされる宇摩志麻遅さんのお母さんのお兄さん=伯父さん。

長髄彦さんは饒速日さんがヤマトに来る前にこの地を治めていた豪族でした。

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この図には生駒山脈しか描いていませんが、オレンジ色の大和国と書いてある部分の右下あたり(もしくは大和湖と書いてある右横あたり?)に三輪山があります。


明日に続きます。

本日の更新はやさぐれていたのでちょっと遅れました。

すみません。。。


◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎


それでは本日も良い一日を〜。

スーさん 「相手の掌の上で転がされているように見えながら、実は自分が相手を掌の上で転がしている、男と女とはそのようなものだ」

musica 「自分は稲ちゃんに完敗の癖に!」

ス 「一見そう見えるかもしれないが実は・・・」

m 「負け惜しみですか?( ̄▽ ̄)」

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by garoumusica | 2016-02-23 05:14 | 古代氏族 | Comments(2)
絵を描く事に集中していたので、別館ブログを書くのを忘れていました・・・。

助けて!スーさん!



スーさん 「・・・本当に君は仕方ない者だな・・・」

musica 「311用の絵だから時間が無くて、ついつい・・・」

ス 「タイムスケジュールという言葉を知っているかね?と言うよりも君は、己の中で築いていた日曜日の予定を見事に無視した」

m 「日曜日は絵を優先です。絵に集中しなくちゃいけない時に稲田姫物語を文字にしていたので、予定がかなり遅れているんですー」

ス 「脳内の画像を文字に直すという作業は、右脳と左脳の連絡の強化にも繋がる」

m 「左右の脳を繋ぐ脳梁の部分ですね」

ス 「そうだ。脳トレと思って頑張りなさい」

m 「何言ってるんですか・・・。あ!そう言えば夕方に突然眠たくなって、ベッドへダイブして1時間くらい寝たのですが、その時に天変地異的な夢を見ました」

ス 「君がその様な夢を見る時は、パラレルの世界で起こった、もしくは起きる出来事だから、その様な夢を見る事を感謝しなさい」

m 「夢パラレルで体験した事は現実の世界で体験することは無い、のアレですね?」→日向(略) 江田神社編 その2 夢パラレルで経験を積む。

ス 「そうだ。君が夢で災害を体験したならば、君の現実では決して起こらない」

m 「はい」

ス 「しかし、その夢の事ばかり考えているとその現実を引き寄せる事となる」

m 「引き寄せ?」

ス 「うむ。その様な夢を見たら『夢の中で体験出来て良かったな、これでもう現実には起こらないぞ』と思い、それで終わりにしなさい」

m 「はい」


**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**


それでは良い一日を。

ス「何を考えながら今日という二度と訪れる事の無い一日を過ごすのか。その選択は君に任されているのだよ」


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by garoumusica | 2016-02-22 05:00 | つれづれ | Comments(0)
本日もスーさんに聞いてみたの巻です。



・・・。

おかしい、入浴中に今日のブログネタを聞いたのですがすっかり消え去ってやがる・・・( ・ὢ・ )。

あれ?なんだったかな・・・。



musica 「・・・」

スーさん 「君という者は・・・。先日百円ショップでノートを買い込んでおったではないか。あれは何を書き込む為に購入したのかね?」

m 「あまりの可愛さについ・・・。2冊ずつ買って1冊は保存用です」

f0351853_04404986.jpg

めっちゃカワイイ!ダイソーサイコー!

赤いノートのお化けがめっちゃ渋い男性の声で

"I'm busy now."

とか言ったら、「ホントかよ!」ってツッコミを入れたいです。

ちなみに手前ふたつはミラーです。

思わず買ってしまいました。

ノートは2冊ずつ・・・。

百均マジック(「百円だし、まぁいっか」のアレ)、恐るべし・・・!



ス 「・・・私との会話でもメモしなさい・・・。今日は前々回の続きだ」

m 「あー、スーさんは第三の目から生まれました的な」

ス 「うむ。君はどう思うかね?」

m 「あっそ~、って感じです。物語として面白いねって」

ス 「君は日本神界にまったく興味の無い人間だったからね、そんなものだろう」

m 「なんか、おっさんsが嬉々として演じている様にしか思えない・・・。上の人達ってあんまり執着の無いイメージなんですよね」

ス 「では、あくまでも物語として聞こう。稲田姫物語のスサノオは太陽神になると思うかい?」

m 「ここにいるスーさんが稲田姫物語のスサノオを演じているのだとしたら、なると思います」

ス 「それは光の色故に?」

m 「はい」

ス 「ではどの瞬間になると思う?」

m 「うーん、オオクニヌシが根の国からスセリヒメと駆け落ちした後、かな」

ス 「ほう」

m 「根の国=黄泉にスサノオがスセリヒメを伴って居ついたというのは、あの物語の流れではクシナダの転生待ちの状態なんだと思うんです(→稲田姫物語 高天原編 オロチ退治前日の話 最終話。 アマテラスとツクヨミの会話)。で、オオクニヌシがスセリヒメを連れて行った時に、なんだか色々と執着が無くなって、太陽神コースだと思います」

ス 「何故そう思ったのかね?」

m 「あの時、駆け落ちをした二人を黄泉津比良坂まで追いかけて来て、遥か遠くのオオクニヌシとスセリヒメを望んで言った、スーさんのセリフの最後の言葉です」

ス 「『こやつめ』だね」

m 「そうそう。『私のむすめのスセリヒメを正妻として、ウカの山の下の大磐石の上に宮柱を太く立て、大空に高く棟木上げて住めよ、こやつめ』と言うセリフ。この最後の『こやつめ(現代語だとクソ野郎?)』のセリフで、あー、スサノオさん執着が無くなったのね、って感じました。娘を嫁にやる父親の心境が現れたセリフだと思うんですけど、それに伴って色々と吹っ切れたって感じ?」

ス 「そして高天原へ戻り太陽神となる、というのが君の意見だね」

m 「はい。そうするとその後の国譲りもオオクニヌシが拒否しなかったのも頷けます」

ス 「君はどう考える?」

m 「スサノオが高天原に帰って来たので、弟に代わって姉が葦原中国を治める、という感じです」

ス 「スサノオの代わりにアマテラスが治めた、だね?」

m 「私が続きを考えて書くとしたらそういう流れになります。アマテラスサイドから見ればスサノオはあくまでも天津神。天津神とその末裔、同じ天孫族同士でトップが入れ替わるだけ、というスタンスだと思います。オオクニヌシサイドからしたら、自分達は国津神だから天津神に乗っ取られた、という感じだとは思いますが」

ス 「では、神武東遷と似た感じだと思うのだね」

m 「あー、そうかもですね・・・。神武とニギハヤヒは同じ天孫族。だからニギハヤヒはあっさり大和を譲り渡した」

ス 「だが国譲りの際はオオクニヌシの子・タケミナカタは抵抗したね」

m 「それはニギハヤヒにおけるナガスネヒコと同じ感じです。って、この部分、古代氏族の記事にしましたっけ?」

ス 「この部分に入る前で中断したね」→古代氏族物部氏 祖神・饒速日命編 その2。

m 「マジか!・・・っていう事は、この流れで古代氏族の記事に戻りなさいって事?」

ス 「君が学びやすくしてあげたよw」

m 「うわー、なんかムカつくこの策士!!!」

ス 「フフフw君は本当に操りやすいなぁ・・・。早速ノートの出番だ!」

m 「まんまとしてやられたー・・・」

ス 「ついでにオオクニヌシの国譲りと合わせて勉強してごらん。タケミナカタとナガスネヒコ、両者とも国譲りに抵抗した者だ。その類似点から見えてくる事もあろう」

m 「はー・・・、なんか悔しい・・・」


(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


それでは本日も良い一日を~。

ス 「幸運の女神は前髪しかない。思いついた事はその都度メモして残しておくように」

m 「だってお風呂に入ってたんですもん・・・。て言うか、心の師匠レオちゃんの言葉だw」


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by garoumusica | 2016-02-21 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
昨日はスーさんが色々と言っていましたが、ちょっと別の話題を。



昨日も外出をしてきました。

そして手に入れた本。

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CGでよみがえる古代出雲王国と古代氏族三輪氏の本・・・。



三輪氏の方は「行きなさいよ?」と言われて行った武九大不(←ブックオフがこんな変換にw)で見つけました。

ブックオフなのに定価から300円しか安くなってなかったです・・・。

CGでよみがえる古代出雲王国の方はパラパラとしか見ていませんが、昔の国の首長の家の再現とかありまして、稲ちゃん家のイメージにピッタリでした。

先日発売になったばかりなので、是非立ち読みしてみてください(`・ω・´)+



それから、外出先で一目ぼれして買ってしまった、ガラス製の雛人形。

f0351853_01531608.jpg

すっごいモダン!

ちっちゃいので机の上に飾っています。

最近はこういうのがあるんだ~って感心しました。



そして、末社のスーさんにも呼び出しを食らいまして、行ってきました。

そうしましたら丁度神主さんが太鼓を叩いている所で。

デケデンデケデン、と言うリズムで、身体の細胞ひとつひとつに震動が伝わってくるのが分かるくらいの素晴らしい音で。

その振動によって身体が清らかになっていく感じがしました。

太鼓ヒーリングです。

こういう偶然?必然?は有難いものです。



そしてそこで引いたおみくじ!

なんと「吉」!

昨年は大吉接待イヤーでしたが、今年は終了か?と思って詳しく読んでみたところ、冒頭の和歌がこれでした。


「月影の 山の端(は)近く 傾(かたぶ)けば ほのぼの白む 東(ひむかし)の空」

月が西の山の端に沈みゆく中、東の空はほのかに明るくなりゆく。

※カッコ内の読みは「こっちの方が響きがイイ!」って感じで勝手に付けました(`・ω・´)+


美しいですね・・・。

つっくん主催の高天原編の後に、こんなにも月が印象的に使われた和歌を頂くとは・・・。

しかもなんだかキーワードが一杯です。

月はそのまま出てきますが、太陽の存在は「ほのぼの白む」で暗示されているのが、奥ゆかしいですね・・・。

稲田姫物語の太陽神の暗示の様です。

今度は逆に東という言葉が出てきますが、西は「月影が傾く」と言う言葉で暗示するに留まります。

その暗示の逆転がまた素晴らしい。

東は陰陽で言うと陽、西は陰です。

で、太陽は陽、月は陰。

ここでもさり気ない陰陽のキーワードが。

それに加え、今回のお話でも太陽神は覚醒しませんでが、この和歌の太陽と同じように予兆はあるけど登っていない、というところがまた憎い演出です。

端と鼻で使われた「端」というキーワードもありますしw

こんな感じで高天原編を彷彿とさせる和歌を渡されたのが、とてもほんわかしました。



ところでちょっとした疑問なんですけど、三貴神でなんで「太陽」「月」「星」にしなかったんでしょうね?

どうせなら天体でまとめろYO!って感じなのです。

私は小学生の頃から「風の大陸」と言う本を愛読していまして、結果としてスピ用語とか魔術に関する理などを自然に学ぶ結果となったのですが、この物語は「アト(太陽)」「トバ(月)」「セイタ(星)」の三神で成り立っているのです。

なので、日本神話の三神が「太陽」「月」「海」なのがとても不思議で。

ナギさんに聞いてみたら、物語的には「深い海の底で己を顧みよ」的な親心だったようなのです。

で、更に日本神話では星の神はいるのかなと思って調べてみたところ、日本書記のみに天津甕星(あまつみかぼし)さんっていう方が出てくるのです。

「一書曰く」によっては天津神みたいなんですけど、ふっつんといかづちさんによる葦原中国平定の時に、彼らによってやられてしまいます。

それくらいなんですよね。 

7世紀末から8世紀初め頃に作られたキトラ古墳に描かれた天体図は、4世紀頃の中国で観測された物だったと聞きますから、少なくとも7~8世紀頃は自前で天体図を作れる程の観測をしていなかったという事なのでしょうけど・・・。

気になる所です。



今日は外出をして疲れすぎた為に、スーさんの話を聞く気力がありませんでした。

稲田姫物語を書いている最中に外出させなかったのは、こういう理由もあるのかもですねぇ。

やっぱり手の平コロコロ・・・。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


それでは本日もよい一日を~。

スーさん 「疲れている時こそ、我々の声を聴いて貰いたいものだよ」

musica 「・・・」



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by garoumusica | 2016-02-20 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

目に見えない厳ついおっさんと絵描きの会話。それから大変申し訳ありませんが、本サイト内の画像、写真の無断転載・転用を禁止させていただいております。


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