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本日も稲田姫物語の続きです。




高天原のアマテラスの私室はいまや、ツクヨミの啜り泣く声だけが響いていた。

アマテラスはその泣き声を聴きながら銅鏡を見ていた。

この私室にある数々の銅鏡の中で最も大きな銅鏡には、スサノオとクシナダの姿が映しだされていた。

二人は血に染まった手を握り、身を寄せてこちらを見ている。

アマテラスの「眼」は妖術の使えるスサノオにしか見えぬはずだが、クシナダもこちら側をじっと見つめていた。

おそらくスサノオの視線を追い、同じ場所を見ているつもりなのだろう。

そしてその視線は見事に的中していた。

(大したおなごよ・・・)

アマテラスは眼を細めてクシナダを見た。

(あのスサノオをこの短期間のうちに、ここまで改心させるとはな・・・)

(もしもこのおなごが生まれた時から跡継ぎとして然るべき事を学んでいれば、今や首長として立派に国を牽引して行けただろう)

アマテラスはここまで考えたところで、ふと気がついた。

(いや、違うな・・・)

アマテラスは銅鏡からその後ろに備わる窓の外の景色へと視線を移した。

(あの境遇故の、この性格か・・・。この世とはなんと因果なものか・・・)

そしてアマテラスはスサノオとクシナダの映る銅鏡の横にある、やや小ぶりの銅鏡に目をやると、

『もう充分であろう』

と、心の中で語り掛けた。



アマテラスはスサノオに問うた。

「スサノオよ、お前は改心した様な事を言っておるが、お前自身もそう思うか?」

スサノオは一瞬考える素振りを見せ、それから答えた。

『それは分かりません』

「スサノオ!」

ツクヨミが思わず名を呼んだ。

今はアマテラスに己の改心ぶりを見せる方が得策であるというのに・・・。

そんな兄の心を意に介さずにスサノオは続けた。

『今の私は、この横に居るおなごに遅れを取らぬ様、必死で追いかけているところでございます』

スサノオは苦笑いをする。

『先程も癇癪を起こしそうになったところを、このクシナダによって止められました』

(ほう・・・、謙虚さも身に付けたか・・・)

アマテラスは手で口元を隠し、小さく笑った。

「ではお前はクシナダが側に居なければ、以前の己のままだと言うのか?」

『いや、それも違う気がします・・・』

スサノオは首をかしげると少々考え込んだ。

『・・・私は既にクシナダの影響を受けております。だから以前の私とも違う様に思います』

「ではある程度は改心したと言えるか?」

『改心と言えるかどうかは分かりませんが、少なくとも感謝を覚えました』

そしてスサノオは居住まいを正すとアマテラスに言った。

『姉上、今迄私の為に心を砕いてくださった事、心よりお礼申し上げます』

「そうか・・・」

『はい』

二人の会話をツクヨミは見守っていた。

アマテラスとスサノオは、しばしの間見つめ合った。

そしてアマテラスは小さく笑うと、スサノオの映る銅鏡の横に並べられた小ぶりの銅鏡に向かって話し掛けた。

「もう充分であろう」

「え・・・?」

ツクヨミはアマテラスを見た。

スサノオは「眼」に映るアマテラスが己とは少し違う方向に視線をやり、誰かに話し掛けている様子を怪訝そうに見ていた。

「そう思わぬか?オモイカネよ」

『オモイカネ・・・?』

(やはりこの男か)

ツクヨミは口元を団扇で隠すと、スサノオの映る銅鏡の横の鏡に白髪の老人が映し出されていく様を見ていた。



このオモイカネをツクヨミとスサノオは快く思っていなかった。

この男は普段老人の様な形(なり)をしているが、本来の姿はもう少し若い様だった。

オモイカネは好んで老人の格好をしているが、その理由は年若な姿よりも老人の見かけをしていた方が、人々が警戒心を解きやすいからだと言っていたのを聞いた事があった。

二人はその話を耳にしてからというもの、この男にどこか信用出来ぬものを感じていた。

またアマテラスがこのオモイカネを重用している事も気に食わなかった。

「ご機嫌麗しゅうございますか?ツクヨミノミコト」

銅鏡に映るオモイカネはツクヨミに恭しく挨拶をした。

ツクヨミは団扇で口元を隠したまま返した。

「これはこれはオモイカネ、お久し振り。まさか貴方がいらっしゃるとは夢にも思いませんでしたよ」

オモイカネは恭しい態度を崩さずに言う。

「左様にございますか。ツクヨミノミコトは私が突然現れても少しも慌てる様子が見受けられませんでしたので、私の事は既に気がついておられたのだと思っておりました」

(相変わらず嗅覚の鋭い奴だ・・・)

「いやいや、何を言われますか。驚きのあまり声が出ないとはまさにこの事でしたぞ」

それからアマテラスに向かい問う。

「姉上もお人が悪い。弟である私まで謀るとは・・・」

「すまない、中立的な立場の者も必要だったのでな」

ツクヨミは続けた。

「今オモイカネが現れたという事から察するに、姉上はオモイカネと共にスサノオを改心させる策を実行されていたのですね?」

「まぁ平たく言えばそうだ。スサノオよ、拗ねずに聞いてくれよ」

『心配なさらずに、姉上。クシナダがおります故』

そう答えるその声は硬い。

「ふん、勝手に言ってろ。・・・オモイカネ」

「はい」

「そなたから説明せよ」

「はい」



オモイカネの説明はこうだった。

アマテラスとスサノオが誓約をしスサノオの潔白が証明された後、スサノオの狼藉が酷くなった事に思い悩んだアマテラスが、スサノオを改心させ神として人心を集める良い策がないかとオモイカネに相談を持ちかけた事が、すべての始まりだった。

しかしオモイカネは世論を顧みると、ただ単にスサノオを改心させただけでは、誰一人として納得せぬだろうと判断した。

故に一度厳格な処罰を下し追放させ皆の溜飲を下げた後、スサノオが高天原の困窮を救う様な手柄を立て、更になんらかの貢ぎ物をし、その上アマテラスに順従を誓うというような事がなければならないだろう。

スサノオの手柄は穀物や蚕の幼虫を独占し、高天原に脅しをかけてきたオオゲツヒメの暗殺と穀物の種子の確保、そして貢ぎ物は噂に聞くヤマタノオロチの剣が適当であろうという事となった。

しかし肝心のスサノオは狼藉を働くものの、追放に値する様な決定的な狼藉は働いていなかった。

ヤマタノオロチが葦原中国にやってくる日時が刻一刻と迫っている。

ならば追放を決定づける事柄を起こしてしまおうという事で、アマテラスの岩戸隠れを実行した。

計画通りに太陽の無くなったこの世は混乱し、高天原の神々はおおいに怒り、スサノオ追放を口にした。

それからスサノオを監視する為に拷問と称して手足の爪を剥ぎ髭を抜き、妖術の道具として利用する事とした。

「後は皆様のご記憶の通りにございます」



(やはりそうであったか・・・。見事にしてやられたな・・・)

ツクヨミは己の読みの甘さに苛立ちを覚えた。

(スサノオは怒ってはおらぬか・・・)

ツクヨミは銅鏡のスサノオを盗み見た。

スサノオは口をへの字に曲げている。

(あー、これは不機嫌だな・・・)

それは無理もない事だった。

まんまと嵌められた当人なのだから。

ツクヨミはオモイカネに問うた。

「オモイカネに一つ聞く」

「はい、何なりと」

「今回のスサノオの働きと改心で、スサノオの処罰撤回と名誉回復を皆に納得させる事が出来るだろうか?」

スサノオとツクヨミはオモイカネの言葉を待った。

しかしオモイカネが口を開く前にアマテラスが言った。

「スサノオの処罰は撤回する事とする。異論は許さぬ」

異論は許さない・・・。

高天原の最高神のこの言葉は絶対であった。

オモイカネは溜息を吐いた。

「・・・だそうでございます」



「姉上!」

ツクヨミがアマテラスに抱きついた。

「鬱陶しい、離せ」

アマテラスはツクヨミから顔を背けながらスサノオに問うた。

「スサノオよ、その為には皆の前で私に剣を献上し私に服従する芝居を打たねばならぬが、それでも良いか?」

スサノオは微笑みながら言った。

『芝居ではなく本心で献上いたしましょう』

アマテラスとスサノオは鏡を通して見つめあった。

そしてアマテラスは微笑みながら言った。

「スサノオよ、お前は高天原へ戻る気はないか?」

『姉上、私は・・・』

この葦原中国の神としてクシナダと共にこの地で生きる。

そう言おうとして、スサノオの言葉はアマテラスの言葉でかき消された。

「お前はこれから太陽神として生きよ」


明日も続きます。


(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ


musica 「久し振りにあの言葉をお願いします」

スーさん 「それでは本日も良い一日を志して過ごしなさい」



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by garoumusica | 2016-02-09 05:12 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も稲田姫物語の続きです。




「スサノオよ・・・。高天原を追われし者、葦原中国に放逐された神に命じる」

アマテラスは顎を上げ、銅鏡に映るスサノオを見下しながら言った。

「ヤマタノオロチに隠されし妖しき剣を・・・」

スサノオは掌の石を握り締めると、「眼」に映るアマテラスを睨みつけた。

「高天原の最高神アマテラスに献上せよ」

スサノオはその言葉の意味が分からぬといった様子で繰り返した。

『・・・献上・・・?』

「姉上!」

ツクヨミが声を荒げた。

「献上とは如何なる事ですか!スサノオは我らの弟ですぞ!?献上などという言葉を使うとは、まるでスサノオが姉上の家来であるかの様な言い草ではありませんか!」

アマテラスはツクヨミを一瞥もせず、銅鏡に映るスサノオに向かって語り掛ける。

「勿論ただでとは言わぬ。そなたがオロチの剣を献上すると言うのならば、そなたの処罰を撤回し名誉を回復してやろう」

『名誉を回復だと・・・?』

スサノオは拳の中にある二つの石を強く握り締めた。

『姉上はその様なものを私が望むとでもお思いか!?』

アマテラスはその優美な指先を唇にあてがう。

「スサノオ・・・。そなたが葦原中国の蛮地の跡取りの婿だと言うのならば、その蛮地の為にも素直に献上した方が良いと思うがの」

「それはどういう意味ですか!?姉上!」

ツクヨミが鋭い声を上げ、アマテラスを問い詰める。

アマテラスは視線だけをツクヨミに向けて言った。

「高天原から見れば葦原中国は赤子の様なものだ。その赤子の手を捻るのは造作もない事よ」

「姉上っ!それはスサノオに兵を向けるという事か!?」

アマテラスはツクヨミの質問には答えず、銅鏡のスサノオに問う。

「どうする?スサノオ。葦原中国に留まると言うのならば、そなたはクシナダの事を第一に考えて決断せねばならぬぞ?」

「クシナダ姫は関係あるまい!あの姫の事はそっとしておいてやれ!」

クシナダを引き合いに出せばスサノオは怒りを爆発させてしまうやもしれぬ。

ツクヨミは必死でアマテラスを止めようとしていた。

『クシナダの事を・・・?』

スサノオは呟く様にアマテラスの言葉を繰り返した。

「そうだ」

「スサノオ、クシナダ姫の事は気にするな!姉上の戯言だ」

そしてアマテラスは勝ち誇った声でスサノオに命令を下した。

「蛮国に降り立った神スサノオよ。クシナダを想うならば、ヤマタノオロチに隠されし剣を高天原の最高神に献上せよ」



クシナダは血の臭いに気がつくと眉を顰めた。

(血の臭いは姉上達を思い出すから嫌・・・)

クシナダはその臭いの元を突き止めようとスサノオを見ると、微かに腕を震わせ固く握り締める拳から、血が流れ出ている事に気がついた。

その固く握られた拳には、あのふたつの石が握られているはずだ。

クシナダは咄嗟にスサノオの顔を見上げると、スサノオは夕陽を睨みつけていた。

(夕陽・・・?違う・・・)

スサノオの視線を追ってみると、夕陽よりもっと近い位置の虚空を睨みつけている様だった。

再びスサノオの顔を見ると、何か苦痛にでも耐えている様にも見える。

(わたくしの考えの及ばぬ所で、スサノオノミコトの戦いは既に始まっているのかもしれない・・・)

急いで髪の毛を麻紐で縛り美豆良を結い終えると、クシナダは血を滴らせるスサノオの手に己の手を重ねた。

スサノオはその感触に気がつくと、驚いた様な表情でクシナダを見た。

クシナダはスサノオの目を見つめ返しながらその顔に笑みを浮かべると、ゆっくりと一度頷いて見せた。

二人はしばしの間見つめ合うと、スサノオは微かに微笑み、そしてクシナダの手を握った。

クシナダの白く美しき手は、見る間にスサノオの血で紅く染められていく。

そしてスサノオの手によって操られていた血に染まった二つの石は、二人の手の隙間から零れ落ちた・・・。



『アマテラスオオミカミよ』

スサノオは高天原のアマテラスに話し掛けた。

「・・・」

アマテラスは無言でスサノオを見下ろす。

『この葦原中国に立ち上がりし神スサノオは、ヤマタノオロチに隠されし剣を・・・』

スサノオは己の腕に身を寄せるクシナダを一瞥すると、再び視線を戻し言った。

『喜んで献上させていただこう』

「スサノオ!」

ツクヨミが叫んだ。

『兄上・・・』

スサノオはツクヨミに向かって微笑み掛けた。

アマテラスは「そうか」と一言だけ言うと片側の口の端を上げた。

『はい。我ら夫婦の意思にございます』

スサノオは確固たる口調で言った。

「スサノオ!この様な姉上の戯れ言に付き合う事はいらぬ!撤回せよ!」

スサノオはツクヨミを見つめた。

『兄上・・・、兄上が教えてくださったのです』

「何をだ?この様な侮辱に耐えろとは私は一言も言ってはおらぬぞ」

険しい形相のツクヨミに対し、スサノオは晴れやかな笑みを浮かべて言った。

『兄上、夫婦というものはどちらか一方の評価でもう一方の評価も決まるのであろう?』

ツクヨミは先程戯れに乗じて言った己の言葉を思い出した。

『私が葦原中つ国に追放された神という評価のままでは、クシナダが誹謗されるやもしれぬ』

「スサノオ・・・、お前はクシナダ姫の為に侮辱に耐えると言うのか・・・?」

スサノオはクシナダの温もりを感じながら言った。

『兄上、侮辱ではございません。私は機会を与えられたのです』

「機会だと?」

『はい・・・』

アマテラスは頬杖を突きながら二人の会話を聞いていた。



『思えば姉上には様々な機会を与えられてきました・・・。泣き喚き大地を荒らしては機会を与えられ、狼藉を働いては機会を与えられ、そして高天原を追われては機会を与えられ・・・。姉上はいつも私に生まれ変わる機会を与えてくれていました』

スサノオは目を瞑り回想をしながら続けた。

『そして高天原に居た頃の私は、機会を与えられている事にさえ気がつく事が出来ませんでした』

ツクヨミは黙り込みスサノオの言葉を聞いていた。

『この葦原中国を彷徨う間、私は様々な事を考えました。高天原への恨み、己の過去の狼藉、そして後悔・・・』

スサノオはしばし間を空けた。

『そうして巡り逢った唯一の人・・・。この清らかなる姫と巡り逢い、私はようやく感謝というものを学びました』

スサノオは己の腕にもたれかかり夕陽を見つめるクシナダを一瞥すると、小さく微笑んだ。

そしてクシナダの視線と同じ方向にある「眼」からアマテラスの目を見つめた。

『姉上が私達二人を結びつけてくださいました。私達夫婦は姉上に対し感謝の念しかございません。その姉上がご所望であるならば、剣でも私の命でも、なんでも献上させていただきましょう』

そして一言付け加えた。

『クシナダ以外であれば・・・』

「スサノオ・・・」

ツクヨミは流れる涙をそのままにし、銅鏡に映るスサノオを見つめ続けていた。


明日も続きます。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


musica 「やっぱりまだちょっと、短気な所があるスサノオさんですね」

つっくん 「生まれ持った性質はなかなか改善しづらいものだよ。でもこのスサノオは短気を起こす度に気がつき修正をしている。気がつけば修正、気がつけば修正。これを繰り返していけば生まれ持った性質も改善していくものだ」

m 「根気がいりますね」

つ 「それもまた人生の醍醐味というもの」


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by garoumusica | 2016-02-08 05:02 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日は稲田姫物語の続きです。




スサノオはもうひとつ石を拾うと、再び己の掌に乗せた。

「クシナダ姫、あなたとの大切な出逢いも、掌の持ち主によって用意されたものだったとしたら・・・」

そしてスサノオは苦しげにクシナダを見つめた。

クシナダは作業の手を止めると、スサノオの掌を覗き込んだ。

スサノオの掌はふたつの石をコロコロと転がし続けている。

「そうですねぇ・・・」

クシナダは少々考え込んだ。

柔らかな夕時の日差しは相変わらずクシナダの顔を照らし、その美しい瞳を更に際立たせている。

スサノオは掌の上の二人をコロコロと転がしながら、その瞳を見続けていた。

そしてその美しい瞳がスサノオの瞳を見つめ返したかと思うと、次の瞬間、慈愛に満ちた眼差しを湛えた。

「それではその手の人物に感謝をしなければなりませんね」

「感謝?」

それはスサノオとって意外な言葉だった。

己を意のままに操る相手への怒りではないのか・・・?

「はい。だって・・・、その方がスサノオノミコトとわたくしを引き遭わせてくれたのでしょう?」

スサノオはハッと目を見開いた。

(そうだ、その通りだ・・・)

スサノオの驚きに溢れた目は、クシナダを見つめ続けていた。

(我々の出逢いが例え姉上の掌の上で転がされた結果であったとしても、これ程までに愛おしいと思える姫君と巡り逢う事が出来たのは、偏に姉上のおかげ・・・)

クシナダは結いかけの美豆良から片手を離すと、その手を石を持つスサノオの手にそっと重ねた。

それはスサノオの手よりも遙かに細く小さく、そして冷たかった。

「難しい事は分かりませぬが、これだけは分かります」

スサノオ次の言葉を待った。

「わたくしは貴方様にお逢い出来て、幸せにございます」

その瞬間、スサノオはクシナダの手を握り締めると、その精悍な顔に満面の笑みを浮かべた。

それは全ての迷いがどこかへと消え去ったかの様な、晴れやかな笑顔だった。

二人の横顔を夕陽が赤く染める。

「クシナダ姫、貴女の言う通りだ。貴女と巡り逢う事が出来た、それ以上の喜びは無い」

「ね!感謝しなければならないでしょう?フフフ」

「ハハハ・・・」

二人はしばらくの間、お互いの掌の間に石を挟んだまま手を握り合い、そして笑い合っていた。

そしてクシナダが再び作業に取り掛かると、スサノオは掌の中にある石を握り締め、再び高天原へと繋がった。



『姉上!』

スサノオがアマテラスの「眼」から高天原の様子を見ると、二人は服の袖口で涙を拭っていた。

『え・・・、何事ですか・・・?』

スサノオは戸惑いを隠しきれずに問うた。

「いい子だ・・・、クシナダ姫・・・」

「あぁ、本当に・・・」

高天原の二人は先程のスサノオとクシナダのやり取りを見、涙に暮れている様だった。

「姉上、私にも良いおなごを紹介してくだされ・・・」

「馬鹿者、お前はまず女好きを治せ・・・」

「姉上酷い・・・」

「酷いのはお前の女癖だろう・・・」

スサノオが呆れながら言った。

『お前達は何を言っているのだ・・・。夫婦の会話を盗み聞きしおって・・・』

「何が盗み聞きだ、馬鹿者め。我らが見ておるのを分かっていながら戯れ合っていたのは、そちらではないか」

「見られているとかえって興奮する輩もいるそうですよ、姉上」

「それは真か!?なんと破廉恥な・・・」

アマテラスは下衆を見る目で銅鏡に映るスサノオを見つめた。

『もう一度言う、お前たちは何を言っておるのだ』

「お前の性癖を・・・」

『兄上!私のクシナダをそのような目で見るな!』

「アイタッ!」

再びスサノオの妖術がツクヨミの後頭部を直撃した。



「はぁ・・・スサノオよ、お前はちっとも分かっていない」

ツクヨミは目を閉じると、やれやれと言わんばかりに頭を左右に振りながら言った。

「良いか?スサノオ。夫婦というのは一心同体だ。夫婦どちらか一方の評判でもう一方の評判も決まる」

『どちらか一方の評判で・・・?』

スサノオが呟く様にツクヨミの言葉を繰り返す。

「そうだ。だから何か事を起こそうとする時は、まず相手の事を思わねばならぬぞ?周りの者はお前の行動を見て、クシナダ姫を評価するのだから」

『・・・』

「故にお前の性癖によって・・・」

『その様な性癖は無いわ!』

「あー、もう止めよ、お前達」

再びアマテラスがこの愚かな兄弟を制した。

スサノオは少々拗ねた様な表情をし、一方のツクヨミは団扇で口元を隠した。



アマテラスは再び脇息にもたれ掛かると、先の会話に戻した。

「で・・・スサノオ、お前の質問は何だ?」

銅鏡に映るスサノオはアマテラスを真っ直ぐに見つめている。

『ヤマタノオロチのくだりは聞かせて貰った。姉上の狙いは妖しき剣なのだな?』

「そうだ。オロチの体内に長き事在り続けてもその妖力を失わぬ剣、私はそれが欲しい」

『剣を調べ、我々の鍛冶技術に取り入れるつもりなのだな?』

「我々?」

アマテラスは秀麗な眉を片方だけ釣り上げると、少々可笑しそうに言った。

「そなたは追放された身、もはや高天原とは関係ない。我々などという言い方は許さぬ」

「姉上・・・」

ツクヨミはアマテラスを制する様に声を掛けた。



ツクヨミはこの2人が諍い合う事だけは、なんとしても阻止したかった。

アマテラスとスサノオは妖術に長けていた。

それ故に二人が諍い合い、妖術を使う様な事があってはならない。

特にスサノオは先天的にその能力が高かった。

己の感情によって周りの精霊を無意識に操る事が出来る程だ。

幼少期には泣けば嵐が起こり、海は荒れ、そして木々は枯れ果てた。

更には得体の知れぬ魑魅魍魎がその力に反応し、この高天原を跋扈(ばっこ)する様をツクヨミはこの目で見てきたのだ。

しかし、ヤマタノオロチ討伐の主要な作戦に剣と酒を利用し、妖術をクシナダを爪櫛に変えるにとどまらせている辺りをみると、スサノオの妖術は葦原中国では高天原と同じ様には使えぬのかもしれない。

まぁ、本人も妖術よりも剣を使って身体を動かす方が性に合うのだろう。

妖術が使えずともそう気にしている様子はない。

しかし先程ツクヨミの後頭部に対して行った攻撃は、一度目は少々時機が遅れていたが、二度目三度目は見事に合わせてきた。

無意識に妖術を使ったのだろうが、この短い時間で時機を調整出来たという事は、葦原中国へ降りてもスサノオの能力は高天原では有効のようだ。



一方のアマテラスは努力で妖術の能力を上げた。

幼少期にスサノオの能力を目の当たりにした後、妖術の修行を本格化させ、今の能力を得ていた。

スサノオがしでかした被害の甚大さに姉として責任を感じ、弟の暴発を抑止出来るだけの能力を欲したのだろう。

顕在的な能力は五分五分だろうとツクヨミは見ている。

だが、先天的な潜在的能力を持つという点では、スサノオの方が圧倒的だ。

現在のスサノオがこの場に居る状態で本気で怒り、その潜在的な能力を覚醒させてしまう事があれば、高天原などあっという間に壊滅させてしまうだろう。

そしてその怒りの引き金となり得るのは、クシナダしかいない。



また、アマテラスに関してはこの様な事があった。

アマテラスは以前、スサノオが黄泉の国の母に会いに行くと言って挨拶をしに来た時には、兵を集め武装した姿でスサノオを出迎えた。

これはアマテラスが妖術ではスサノオに勝てぬという事を、潜在的に理解している事を示していた。

妖術の争いになれば両者が高天原に居る間は、アマテラスはスサノオに勝てない。

だが、スサノオが葦原中国に居る今はどのような結果になるものか・・・。

葦原中国のスサノオが高天原を壊滅させる事は難しいだろうが、おそらくアマテラスが葦原中国を壊滅させる事は可能だ。

あれもこれも憶測に過ぎない。

しかし、ただひとつ確実に言える事は、この二人が争う事は世の中にとっても良い事はひとつも無いという事だ。

だからこそ今、ツクヨミは二人を抑える事に専念しているのだ。



『ほう・・・、そう言えばそうであったな。どうでも良い事なのですっかり忘れておったわ』

スサノオはアマテラスの嘲笑に対して挑発で返した。

『だが姉上もお忘れにおいでの様だ。私は既に高天原の住人ではない。クシナダの、この地を治める首長の跡継ぎの婿だ。姉上が剣を欲したからとて、己が手に入れた剣をやすやすと渡すとお思いか?』

「スサノオ!」

ツクヨミが声を上げる。

「姉上に対してなんという言い草だ」

アマテラスがツクヨミを手で制する。

「スサノオよ・・・。高天原を追われし者、葦原中国に放逐された神に命じる」

アマテラスは顎を上げ、銅鏡に映るスサノオを見下しながら言った。

「ヤマタノオロチに隠されし妖しき剣を・・・」

スサノオは掌の石を握り締めると、「眼」に映るアマテラスを睨みつけた。

「高天原の最高神アマテラスに献上せよ」


明日も続きます。


(●・ω・)(・ω・◎)(○・ω・○)(◎・ω・)(・ω・●)


musica 「ようやく佳境に差し掛かりましたね。今日でその6です」

スーさん 「まだ続くから気を抜かぬようにね」

m 「あと1~2回かな」

ス 「もうその様に言うのはやめなさい・・・」


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by garoumusica | 2016-02-07 05:23 | 稲田姫物語 | Comments(2)
稲田姫物語が続いておりますが、昨日かなりショッキングな出来事があり、やる気をなくしてしまったので、本日はそのつれづれです。

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Earth,Wind & Fireのメインボーカルの1人のモーリス・ホワイトさんが、アメリカ時間の3日にお亡くなりになりました・・・。

享年74歳、よいお歳です。

以前このブログでも取り上げましたが、彼のソロ曲の「I Need You」は私が小学生の頃に初めて好きになった洋楽で、それはもう多大な影響を受けました。

彼の訃報は毎日の日課のカーヴィーをこなしている時に知りました。

カーヴィーはひとつのダンスが10分なのでそれが終わると2分休憩を挟むのですが、その時に見たネットニュースに載っていまして。

で、時間はきっちりと決めて運動していたので、ショックを受けつつも時間が来たのでカーヴィーの続きをしたのですが、なんだか身体に力が入らない。

「同じやるならキッチリと」が私のモットーなのでいつもなら汗だくになるのですが、訃報を知った後では身体に力が入らず汗もちっともかかない・・・。

人の心って身体と直結しているな〜って改めて実感しました。



で、モーリスさん絡みでもうひとつショックを受けた出来事がありました。

節分の日に久し振りにモーリスさんの「I Need You」が聴きたくなり、iPhoneに取り込んでいるのを聴こうとしたところ、曲が見当たらない・・・。

おかしい。

この曲の入っているコンピレーションアルバムはものすごくお気に入りで、小学生の頃から大事にしているものなのです。

それを消すはずがない・・・。

他の音楽再生アプリを開いて探してみても見当たらない。

なので仕方がないのでYOUTUBEで聴いていたのです。

そして昨日の5日に訃報。

時差がありますのでお亡くなりになる前日の出来事でした。

なんでしょう?この偶然は。

全ての人類に共通する潜在意識から情報を無意識にダウンロードし云々、みたいな感じでしょうか・・・。

稲ちゃんの話を言葉になおしている最中だったので、白檀の香りを嗅いだりとか意識的にかなりオープンにしていたので、そういうのを察知しやすかったのだろうな、とは思いますが。

なんだかこういうのってめんどいです・・・。



スーさん 「消えた曲はなんだったかね?」

musica 「アルバムひとつ消えましたから沢山ありますけど、モーリスさんだったら『I Need You』ですよ」

ス 「どのような歌詞だった?」

m 「女を取っ替え引っ替えしていた主人公が唯一の女性と出会ってしまい、戸惑いつつも自分の人生には君が必要なんだって自覚する歌」

ス 「稲田姫物語のスサノオにぴったりの曲だね」

m 「あー、そう言えばそうかも。『一体誰が恋に落ちる相手や時を決めているんだろう?』ってところも、スサノオさんの心境にピッタリかも」

ス 「消えたアルバムのタイトルは?」

m 「Always On Your Side」

ス 「直訳すれば『いつも側にいるよ』だが、この言葉はどのような意味で使われている?」

m 「いつもあなたの味方だよ・・・」

ス 「どちらも私から君へのメッセージだ」

m  「でもこのアルバム、消えちゃいましたけど・・・」

ス 「あー、まぁそこは気にするでない」

m 「いやー、普通そこを気にするでしょ。そういえば何で消しちゃったんですか?」

ス 「ワンクッション置く為だ」

m 「ワンクッション?」

ス 「そうだ。彼の訃報を聞き、君はショックを受けるだろうからね。事前に彼の事を思い出し『消える』という体験をして貰ったのだ」

m 「分かるような分からないような・・・」

ス 「それで良い」


雑談してたらちょっと元気出ました。

モーリスさん、お元気で。



明日は稲ちゃん物語の続きを真面目に文字にしていきます。


*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*


それでは良い週末を。

ス「たまには己が死ぬ時の事を考えてみなさい。その時に己の人生を振り返り、良い人生だったと思えるだろうか?」

m「重いですって・・・ヽ(´o`;」


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by garoumusica | 2016-02-06 05:00 | つれづれ | Comments(0)
本日も高天原編の続きです。



「そうだ。あの亡骸からはいまだに種や蚕が溢れ出ている。それもいずれは止むかもしれぬが、今回手に入った種は恐らく世代を繋ぐ事が出来るだろう」

『フン、なるほどな・・・』

『スサノオノミコト・・・』

その時、銅鏡からスサノオを呼ぶ声が聞こえてきた。

ツクヨミはそのゆったりとした声を聞くと、少々気が休まる思いがした。

この姉と弟が諍いを起こさぬか気が気でなかったからだ。

「ほらスサノオ、姫君がお呼びだ。行ってあげなさい」

ツクヨミは会話を中断するよう促すと、再び団扇を扇ぎ、先程の内容について思いを巡らした。



ツクヨミは普段アマテラスの補佐の仕事をしている。

太陽神としてのアマテラスを補佐する事と、月神として夜の世界をつつがなく運営し、そしてまたアマテラスに引き継ぐ事が、ツクヨミの主な仕事だった。

なのでアマテラスのすぐ側で仕事をする機会は多い。

それなのにツクヨミは先程の話の内容を全く知らなかった。

他の者達も皆、何か知っている、隠しているといった素振りを見せる者は居なかったはずだ。

恐らく皆知らぬ内容だろう。

(・・・いや、そうではない・・・)

ツクヨミは一人だけ知っていそうな人物を思い出した。

その人物は、アマテラスの側近であり知恵の神でもある、オモイカネだ。

オモイカネは岩戸隠れをしたアマテラスを表へ引きずり出す作戦を考えた神だ。

オモイカネの編み出した作戦は見事に成功した。

だが、一度疑惑を抱いてしまえば、その作戦も、アマテラスの岩戸隠れ自体も、スサノオ追放の為に二人が共謀したものだったのではないかと思えてくる。



高天原の住人は、何か問題事があれば皆オモイカネの所へ相談しに行く程に、この賢人を信用している。

もちろんツクヨミもそうだ。

この二人がひとつの部屋で対談をしていても、怪しむ者は高天原にはいない。

二人が話し合って物事を定める事は良くある。

そして皆、この二人が間違った判断をする事はないと思っている。

ツクヨミ自身もそう思っている。

いや、そう思っていた、か・・・。

先程のアマテラスの話を聞いた今では、正直、本当にそうなのか分からなくなってきていた。

真相はまだ明らかになっていないが、とにかくこの二人が皆に黙ってオオゲツヒメの殺害を決め、スサノオに実行させたのは間違いないだろう。



スサノオは目を開けるとクシナダの声のした方へと顔を向けた。

「スサノオノミコト、仮の結びが終わりましたから、少しだったら動いても構いませんよ」

クシナダはスサノオの耳の前に集めた髪を、ようやくひとつに纏め上げていた。

美豆良は正中線で分けた髪を耳の前で一度纏め、その後にその纏めた髪を瓢箪の形に整えていく。

通常であればさほど時間のかかる作業ではない。

だが、今回スサノオの髪は酷いほつれ部分を切り取った為に、長さがバラバラであった。

それ故クシナダはその短い髪を長い髪の内側に隠し、短い髪が垂れてしまわぬ様に纏めあげる作業をせねばならなかった為、少々時間が掛かっていた。

もちろん、スサノオがじっとしていられなかったというのも、大きな要因のひとつではあるが・・・。

「だいぶ陽が傾いて来たな」

「はい」

「ちょっと座る向きを変えても良いかね?」

「どうぞ」

スサノオはアマテラスの「眼」がある方向へと座り直した。

これなら顔をいちいち動かさずに済むから、クシナダに叱られる事もなくなるだろう。

スサノオはふとクシナダを見ると、夕陽が顔半分を照らし、そしてその瞳にも差し込んでいた。

「眩しいかね?」

「いいえ、今時分の陽射しでしたら大丈夫ですよ」

スサノオは陽が差し込む側のクシナダの瞳を見つめた。

今迄は屋内でしかその瞳を見た事は無かったが、今は夕陽が明るく照らし、焦茶色の瞳が美しく透き通って見えていた。

(美しい・・・)

スサノオはその瞳によく似た玉を見た事があった。

それは以前アマテラスが身に着けていた、琥珀と呼ばれる玉であった。

「どうかなさいましたか?」

己の片目を見つめたまま黙り込んだスサノオに、クシナダは声を掛けた。

「あぁ、すまない・・・。夕陽が貴女の瞳に差し込んでいて、それは美しい玉の様に見えるものだから・・・」

クシナダもスサノオの瞳を覗き込みながら言った。

「それでしたらスサノオノミコトの瞳にも陽が差し込んでいて、大変美しゅうございますよ。とても不思議な色・・・。初めて目にする色にございます」

「初めて?」

スサノオはクシナダの瞳を見つめながら問うた。

「はい。高天原のお方だからでしょうか?この辺りの者には見られぬ色をしておいでです。それは美しゅうございます・・・」

二人はお互いの瞳に見とれながら、時の経つのを忘れていた。

『ねぇ、まだですかな?お二人さん』

流石に痺れを切らしたツクヨミがスサノオに声を掛けた。



「やれやれ、やっと我々の事を思い出してくれた様ですよ、姉上」

「本当にどうしようもないな、あやつらは・・・」

「まぁ、こういう時期は今だけでしょうよ、姉上。一年も経てばスサノオはまた他の女の尻を追い掛けましょう」

『そんな事はないぞ。独り身のやっかみか?兄上』

ようやく二人の世界から脱したスサノオが会話に入って来た。

『妻は良いぞ?兄上。兄上もそろそろ身を固めてはいかがか?』

「お、なんだ?相手が出来てから急に態度がでかくなりおって。たまに居るなぁ、身を固めた途端そうやって講釈を垂れる輩が。自由な私が羨ましいのか?ん?」

ツクヨミは団扇で口元を隠しながら言った。

『なんだと?私は兄上の事を思って・・・』

「あー、もうやめよ。みっともない」

アマテラスがさも興味がないといった様子で手を振ると、二人は会話を止めた。



「それでお前の質問はもう終わりか?スサノオ」

『いや・・・』

スサノオは迷った。

これからアマテラスに質問をしても良いものなのか否か・・・。

聞いてしまったら己の中で何かが変わってしまうかもしれない・・・。

何かとは何だ?と問われても上手く答えられる自信は無い。

ただ、聞くのが恐ろしい。

クシナダに対しても、今と同じ気持ちではいられなくなるかもしれない。

だが、聞かなければ恐らく後悔する・・・。

この後一生、なにか引っ掛かりを覚えながら生きていかなければならないだろう。

クシナダに出逢ってからというもの、スサノオの心は実に複雑になっていた。

『姉上、少々お待ち頂いても?』

「・・・よかろう」

スサノオは視線をアマテラスの「眼」からクシナダに移した。



「クシナダ姫」

「はい?」

作業の手を止める事無くクシナダが応える。

「クシナダ姫に聞きたいのだが」

「何でしょう?」

「うむ・・・」

スサノオは実際のところ、自分が何を聞きたいのかよく分かっていなかった。

己が本当に質問したいのかもわからない。

ただ自分の考えを纏めたいだけかもしれない。

だが、何を聞けば良いのだろう・・・。

スサノオはとりあえず、何とか今の己の心境を伝えようと努力をした。

「あー・・・、例えば己が誰かの掌の中に居るとする」

「はぁ・・・」

クシナダはスサノオが何を言いたいのかよく分からなかった。

スサノオは近くにあった小さな石ころをひとつ手に取り掌の上に乗せると、コロコロと転がして見せた。

「これは私だ」

「まぁ・・・」

スサノオは掌の上で己代わりの石ころを転がし続けた。

「私は誰かの掌の上でいつもコロコロと転がされているのだが、私はそれを知らない。私に起こる事はすべてこの掌の人物が用意しているのだけれども、それが私には分からない。いつもいつも自分の身に起こる出来事を、ただただ受け入れて生きていくだけだ」

スサノオはその掌の中の石ころの上に砂をパラパラとかけたり、草を引き抜いて石ころの上に投げつけたりした。

「こんな感じだ」

「・・・」

クシナダは手を休める事なく、スサノオの掌の上で転がる石ころを見ていた。

「何らかの試練だと思う様な出来事も、誰かとの出会いも、全て掌の持ち主が用意している」

「それには何か理由があるのですか?」

「それは私にも分からぬ。何か重要な理由があるのかもしれないし、無いかもしれない。もしかしたら面白半分かもしれない」

「・・・」

クシナダは困った様な面持ちを浮かべた。

「私がそれに気がつかぬうちは、ただただ生きるだけだった。それもまた運命だと思ってね。それはそれで幸せだった・・・。だが、気がついてしまった」

「誰かの掌の上で転がされていた事に、ですか?」

「そうだ・・・」

スサノオは縋るような思いでクシナダに聞いた。

「気がついてしまった時、私はどうすれば良いのだろう?」

「どうすれば・・・」

スサノオはもうひとつ石ころを拾うと、再び己の掌に乗せた。

「クシナダ姫、あなたとの大切な出逢いも、掌の持ち主によって用意されたものだったとしたら・・・」


明日も続きます。


。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。


musica 「なんだか馴染み深い言葉が・・・」

スーさん 「掌コロコロかい?」

m 「そうです、私がスーさんの掌の上でコロコロ転がされてるってやつ。アマテラねぇちゃんがスーさんのガイドって事ですか?」

ス 「そうではないが、ある意味そうでもある。目の前にいる人は皆、ガイドの化身だよ」



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by garoumusica | 2016-02-05 05:16 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日も高天原編の続きです。




ツクヨミにはもう一つ確かめたい事があった。

「スサノオのオオゲツヒメ殺害に関してもそうでございましょう?」

アマテラスはツクヨミを見つめながら小さく笑った。

「それを聞いてどうする」

「それは・・・」

ツクヨミは言葉に窮した。

「先程からどうした。そなたの言葉は誘導ばかりではないか」

「・・・」

(やはり気がつかれていたか・・・)

「そんなに気になるのか?スサノオの事が」

「当たり前にございます。私のすぐ下の弟であり、竹馬の友でもありますれば」

ツクヨミの上には沢山の兄弟がいるが、仲が良いのは下の弟であるスサノオだけだった。

弟としてのスサノオは腕白で少々聞かん坊ではあったが、根が素直な為きちんと説明をすればツクヨミの言う事をよく聞いてくれた。

それに二人共女好きという共通点があったので、夜更けまで酒を交わしながらよく語り合ったものだった。

それ故にツクヨミはスサノオの高天原追放という処分には心を痛めていた。

もちろん姉であるアマテラスとも、今の様に私的な時間に相手の屋敷を行き来する仲ではあったものの、アマテラスの最高神としての立場故か、近頃は腹を割って話す事が出来なくなっていた。

「竹馬の友か・・・、フフフ・・・」

アマテラスは鏡を見つめると鏡の向こうに呼び掛けた。

「まぁ、気になるのは本人も同じであろう。のう?スサノオ!」

「え?」

ツクヨミは慌てて銅鏡を見た。

スサノオは二つ目の眼には気がついていなかったはず・・・。

だがツクヨミの予想に反し、銅鏡に映るスサノオはその声に応える様にこちらを振り返ると、再び睨みを利かせた。

そして次の瞬間、クシナダの手から零れ落ちた髪がスサノオの顔にぱさりと触れた。

「あ・・・」

「あ・・・」

鏡のこちら側の二人が同時に声をあげた。



スサノオは今迄経験のした事の無い程の緊張をしていた。

背中には嫌な汗が滴り落ちる。

(やってしまった・・・)

激しい後悔の念が己の胸を締め付ける。

あれ程までにクシナダに動くなと念を押されていたにもかかわらず、アマテラスの呼びかけに反応し、ついつい動いてしまった。

スサノオは己の未熟さに泣きたい気分だった。

そしてこの場から逃げ出したくて堪らなかった・・・。

クシナダの反応が怖くて仕方がない。

スサノオは横目でチラリと愛しいおなごの様子を見ると、よくやく纏めあげた髪を麻紐で括り付けようとしていた矢先の出来事だった様で、よっぽど心に衝撃を受けたのか、クシナダはスサノオの顔の近くに麻紐を持つ手を寄せたままの姿勢で固まっていた。

(怒鳴りつけられるか、泣かれるか・・・?)

スサノオが覚悟を決めた次の瞬間、クシナダは小さく溜息をつくとスサノオに向かって微笑んで見せた。

「スサノオノミコト?」

「・・・はい」

スサノオは思わず身を固くした。

「明日の事で頭が一杯なのでしょう?わたくしの為にありがとうございます」

「え・・・?」

クシナダの予想外の反応にスサノオは少々面を食らった。

「考えに集中し過ぎると、わたくしがお願いした事を忘れてしまわれるご様子・・・。それは致し方ありませぬ」

「う、うむ・・・」

スサノオは思わず頷いた。

「ついつい動いてしまうお気持ちも分かりますが、こう何度も動かれてしまうといつまで経っても美豆良が結えませんよ?」

「クシナダ姫・・・」

クシナダの気遣いが胸に刺さる。

「そろそろ日が陰る頃合いですので・・・」

と言うと、クシナダは手に持った麻紐の両端を持ち、スサノオの鼻の先でピンッと勢い良く張ってみせ、

「この紐で髪を縛るまではもう二度と動かないでくださいまし!」

と凄んだ。

「・・・はい」

大人しく従う余地しか残されていなかったので、スサノオは目を瞑り二度と動かぬ様にと精神統一を始めた。



その一部始終を見ていたアマテラスは、溜息をつきながら言った。

「・・・あのおなご、流石だな。私の補佐に欲しい位だ」

「えぇ、本当に・・・。私もあの美しいおなごに麻紐で縛られてみたいものですな、アイタッ!」

ツクヨミの後頭部にアマテラスの妖術が飛んだ。

「本当にどうしようもないな、お前のその女好きは!」

「アイタッ!」

アマテラスの妖術に遅れて、スサノオの放った妖術がツクヨミの後頭部を直撃した。

「あぁ、やはり時間に差が出るな・・・」

『その様ですな、姉上。ツクヨミよ、クシナダに手を出してみろ、只では置かぬぞ!』

目を瞑り精神統一をしている様に見えるスサノオが、二人の会話に入ってきた。

「冗談ですよ、も〜、冗談!」

ツクヨミ後頭部を摩りながら言った。

『何が冗談だ、馬鹿者!』

「お前が言うと冗談に聞こえぬのだ」

「姉上酷い!」

「お前の日頃の行い故だ!まったく。あー・・・、我々は一体何の話をしていたのだったか?」

アマテラスは思い出した様にツクヨミに問うた。

「オオゲツヒメにございますよ、姉上」

「おぉ、そうであったな」

「緊張感の欠ける会話ですなぁ・・・」

『クシナダが良い緩衝材となっておろう』

スサノオは少々自慢気に言った。

『何度この姫に心を救われた事か・・・』

「早くも尻に敷かれている様子が伺えるのぉ」

「それも可愛らしい尻でございますな。羨ましい限りで、アイタッ!」

『兄上はもう会話に入って来るな』

「あらやだ、酷い弟だこと・・・」

ツクヨミは団扇で口元を隠した。

「私も同感だ、お前は黙っておれ」

「えー・・・」

少々口が過ぎたツクヨミは、早速会話から除外される事となった。



『して姉上、兄上の言われていたオオゲツヒメの件について話してくだされ』

姉弟の楽しい会話はここまでだった。

「やはり聞いていたか・・・」

スサノオはツクヨミの呟きは無視し、アマテラスに単刀直入に聞いた。

『姉上は私がオオゲツヒメを殺害する様に仕向けられたのか?』

「・・・その通りだ」

アマテラスも単刀直入に答えた。

余りにもあっさりと認めたので、スサノオは二の句が継げなかった。

「私がそう仕向けた」

「姉上・・・」

ツクヨミはアマテラスを気遣う様に声を掛けた。

スサノオは昔から政治の裏側で繰り広げられるドロドロとした駆け引きが嫌いだった。

今回自分が都合よく使われたと知れば激しく怒るだろう。

しかもオオゲツヒメを殺害する様に仕向けられたのだから、その怒りの程は・・・。

ツクヨミは姉弟で諍い合うのはなんとしても阻止したかった。

元々仲の良い姉弟なのだから・・・。



だが、ツクヨミの予想に反してスサノオの反応は冷静であった。

『なに故だ?なに故その様に仕向けたのだ』

「あの女の亡骸から溢れ出る穀物の種を見ただろう」

『あぁ』

スサノオは己が斬り殺したオオゲツヒメの亡骸から、様々な穀物の種や蚕が溢れ出てくる様子を思い出していた。

「あれが理由だ。高天原の住人の食料や衣服の基となる種や蚕を、我々はあの女から供給を受けていた」

『・・・』

「だがあの女は必要最低限しか寄越さなかった。しかも寄越した種は一代しか実が付かぬものだった。その種を採取し育てようとしても、ろくな実が付かなかった。あの女は種に細工をし、毎年我々があの女を必要とする様に仕組んでいたのだ」

アマテラスは苦々しい表情を浮かべていた。

『そんな事が・・・』

「更には我々に要求する対価も年々増していった」

『それで?』

「ついに我々は決断した」

『殺害をか』

「そうだ。あの女が死に、魂が離れ、あの身体を操縦する者が居なくなれば、種は自動的に溢れ出すだろうと踏んでいた」

『そしてその予測通りになったという事か』

「そうだ。あの亡骸からはいまだに種や蚕が溢れ出ている。それもいずれは止むかもしれぬが、今回手に入った種は恐らく世代を繋ぐ事が出来るだろう」

『フン、なるほどな・・・』


明日も続きます。


∋(´・ω・)o/・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*゚¨゚゚・*:..。o○☆゚+。*


musica 「最近あれ忘れていました」

スーさん 「それでは本日も良い一日を~」

m 「フフw」



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by garoumusica | 2016-02-04 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)
本日も高天原編の続きです。




ツクヨミはそれまで浮かべていた穏やかな表情を消し、団扇で口元を隠すと、にこにこと嬉しそうに鏡を覗くアマテラスに尋ねた。

「スサノオの勝機は如何程で?」

「・・・」

ツクヨミの質問を聞くとアマテラスの顔から笑顔が消え、そしてその視線を静かに鏡からツクヨミへと移した。

「それはスサノオ次第よ・・・」

その目にはどこか挑発を感じさせるものがあった。

ツクヨミもアマテラスの瞳をじっと見つめ返す。

「・・・それもそうでございますな」

ツクヨミは暑い訳ではなかったが、なんとなしにゆっくりと団扇を扇ぎ始めた。

しばしの間二人の間に沈黙が流れていたが、次の瞬間、鏡から聞こえたスサノオを注意するクシナダの声が沈黙を破った。

どうやら二人はもう片方の美豆良に取り掛かり始めたが、スサノオがつい動いてしまったらしい。

アマテラスは鏡に映る仲睦まじい二人を見ながら言った。

「まぁ・・・、あやつに婚礼の祝いの品でも用意してやれ」

ツクヨミは目を見開き、団扇を扇ぐ手を止めた。

そしてにっこりと微笑むと再び団扇を扇ぎ始め、安堵した様に言った。

「左様にございますか」

アマテラスは脇息に肘をつきながら満足そうに鏡の中の二人を見ていた。



「はぁ・・・、それにしても姉上はお人が悪い・・・」

ツクヨミは溜息をつきながら言った。

「私は間違った事を言ってはおらぬぞ?何事も本人次第だろう?」

「その通りにございますが・・・」

「まぁ、スサノオとクシナダが心を通わせる事が出来た時点で、結果が決まった様なものだ」

「姫君への愛情故にございますか」

「そうだ」

それからまた二人は鏡に映るスサノオとクシナダを見た。

「・・・では、祝いの品はこの愛らしき姫君を美しく飾り立てる品々でよろしいですかな?」

「あぁ・・・、それはやめてやれ。この姫君を一番初めに飾り立てるのはスサノオの役目だ」

アマテラスはツクヨミの気の利かなさに少々呆れていた。

「この度はあの粗末な首飾りしか贈れなかったからな、あの子は。さぞかし無念だったろう・・・」

「なるほど」

ツクヨミは納得した。

「あの子は今回の無念を胸に身を粉にして働くであろうよ。美しい姫君を引き立てる品々を手に入れる為にも」

「あのスサノオがねぇ・・・。人は変わるものですなぁ・・・」

ツクヨミは溜息をつきながら鏡を覗き込んだ。

そして少々の疑惑を込めて言った。

「これぞ神の采配の為せる技ですな」



ツクヨミは今回のスサノオとクシナダの出逢いは、偶然にしては出来過ぎに感じていた。

もしやこの出逢いまでアマテラスが仕組んだものだったでは・・・。

「なに、私はスサノオとクシナダを巡り会わせただけ・・・。そこから何をどう発展させるかはあやつら次第よ」

やはりそうだったか・・・。

「それもそうですな・・・」

スサノオにとっては人生を変える幸いな出逢いではあったが、これだけの事を予め計算して事を動かすアマテラスに、僅かながらも恐ろしさを抱かずにはいられなかった。

更にツクヨミは探りを入れた。

「それにしてもよくこれ程までにスサノオにぴったりな姫君を見つけられたものですなぁ。それも国津神で」

「あぁ、ちょっとした噂を耳にしてな・・・」

アマテラスは少々声を潜め答えた。



「噂にございますか」

ツクヨミはアマテラスに身体を寄せる。

「うむ・・・。葦原中国に毎年同じ時期に出没する乙女を喰らうオロチがおり、そしてその体内に妖しき剣が隠されているらしい、とな」

「ほう、妖しき剣ですか・・・。それが明日スサノオが対決するヤマタノオロチで?」

「そうだ」

アマテラスは脇息に乗せた側の手を唇のすぐ下に添え、どこか遠くを見る様な目をしながら言った。

「奴は毎年同じ時期にあの場所へ乙女を喰らいに現れるまでは、どうも様々な土地を巡り巡っているらしい。葦原中国だけでなく潮の流れに乗って大陸の方までも行くそうだ」

「ほう・・・」

「その奴の体内に隠された剣、恐らく大陸かどこかで人を喰らった時に一緒の呑み込んだものらしいのだ」

「それは興味深いですなぁ」

「・・・」

アマテラスは顔をツクヨミに近づけると、目を妖しく細めながら更に声を潜めて言った。

「そなたは手に入れてみたくはならぬか?その妖しき剣を・・・」

ツクヨミはアマテラスのその魅惑的な瞳に吸い込まれそうだった。

「・・・姉上、スサノオとクシナダ姫を引き逢わせたのは、それが狙いでございますか?」

アマテラスはしばらくの間ツクヨミの眼を見つめると、フッと笑った。

「何を言う、利害の一致じゃ・・・」

「利害の一致・・・?」

ツクヨミはうわ言の様に言った。

「スサノオは己の運命を変える最愛の乙女を、私は大陸の妖しき剣を手に入れる事が出来るのだ。それを利害の一致と言わずに何と言う」

やはり恐ろしい・・・。

ツクヨミは弟を想う兄として言い返した。

「でもスサノオは何も知らされておらぬのでしょう?それでは利害の一致とは言えますまい」

「まぁ、全ては高天原の安寧の為だ。大陸の剣が手に入れば有事の際に向け色々と準備が出来よう」

「・・・」

「使える者は例え弟であろうとも使う。これが為政と言うものだ」



ツクヨミは黙り込んだ。

確かにそうだ。

アマテラスは高天原の最高神だ。

高天原の最高神としての務めを果たし、更には姉として弟にとって最も適した相手を充てがっている。

スサノオの処分に関しては追放ではなく極刑を望む声もあった。

それを抑え皆が納得する道を探し、そして見事に導いている。

そしてそれはアマテラスが手腕を発揮した結果だ。

(姉上を恐ろしく感じてしまうのは、偏に己の未熟さ故か・・・)

ツクヨミにはもう一つ確かめたい事があった。

「スサノオのオオゲツヒメ殺害に関してもそうでございましょう?」


明日も続きます。


(o・ω・o)ノ++++++++++ヽ(o・ω・o)


musica 「更新がちょっと遅れました、すみません・・・」

つっくん 「書きにくかったかい?」

m 「昨日は久し振りにアクセサリー作りをしまして」

つ 「自業自得ではないか・・・」



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by garoumusica | 2016-02-03 05:08 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日は高天原編の続きです。




スサノオに姉上と呼ばれた女・アマテラスは、入室出来る者の限られた自室での私的な時間故か、上質な素材を使用したものではあるものの簡素な服を着、豊かで美しい黒髪は結わず下ろされ、そして脇息にもたれ掛かりながらゆったりとした姿勢で過ごしていた。

それからスサノオに兄と呼ばれた男・ツクヨミは、手には絵の描かれた団扇が握られ、見るからに質の良い豪華な刺繍のある派手やかな服を着、そしてアマテラスと同じ美しい黒髪は上半分を結び、残りを垂らしていた。

二人とも容姿端麗で、特にアマテラスはその名に相応しい華やかな顔立ちをしていた。

ツクヨミはアマテラスに比べるとやや華やかさに欠けるものの、姉弟である事が一目で分かる整った顔立ちをしていた。

二人が揃って人前に顔を出すと、その名の通りに太陽と月が人の姿を借りて高天原に降り立ったようだと口々に囁かれ、溜息を洩らされる程だった。

一方のスサノオは、髪と髭はだらしなく伸び放題で服も全く気を使わずにいた為か、残念ながら良い意味で人々の噂になる事は無かった。

が、スサノオが高天原を追放される際に、ようやくその評価が覆される事となった。

拷問により髭を綺麗に抜かれた顔は、髪をひとつに束ねた為に初めて人目に晒され、人々にやはりアマテラスの弟だったと思わせる整った顔には、拷問による疲労と痛みに耐える表情が相まって、何とも言えない色気を醸し出していた。

更に極め付けは、爪が剥がされてしまった為に上着の紐を結ぶ事が出来なかった結果、スサノオの引き締まった魅惑的な肉体を皆に披露する事となり、高天原を追放される姿を嘲笑おうと集まった人々は、かえってその溢れ出る色気に目を奪われてしまった。



さて、今この二人が揃っているアマテラスの私室には、極々質素な家具と調度品が数点あるだけだった。

それもまた最上の品質のものではあるのだが・・・。

しかしこの簡素な部屋に一際目を引く物があった。

大小様々な大きさの銅鏡、それらが背の低い調度品の上に並べてあるのだ。

ざっと数えただけでも二十はあるだろうか・・・。

それだけでも異様な光景ではあるが、特に大きな鏡が映し出しているモノがそれらの異様さを更に際立たせていた。

鏡に映るモノ、それは、こちらを睨みつけているスサノオだった。



「お〜い、スサノオ〜。久し振りだね〜」

ツクヨミはのん気そうに鏡に向かって団扇を振った。

『久し振りではないわ!何故こんなにも鮮明に繋がる事が出来るのだ!』

「それは我々姉弟の絆故であろう?」

『適当を申すな、姉上!』

「これスサノオ。姉上に対して何という言い草だ?」

鏡の向こうのスサノオは何かに気がついたかの様な素振りを見せると、再び鏡のこちら側、アマテラス達を睨み付けて言った。

『爪だな?あの時私の爪を剥いだのはこの為だったのだな?』

「何を言っておるのか、さっぱりと分からぬなぁ・・・。のう?ツクヨミ」

「はい、姉上」

嘘だった。

二人の見つめる鏡の裏側には、スサノオの剥がされた爪がしっかりと貼り付けられていた。

妖術を操る名手であるアマテラスであっても、高天原と葦原中国との距離では声は届いてもその姿をきちんと追う事は難しかった。

だが、追いたい者の身体の一部があれば話は別だ。

身体の一部が呼応し合い、その結果、まるで相手が側にいるかの様に監視する事が出来る。

その為に処罰と称してスサノオの爪を少々頂いたのだった。

まぁ少々と言っても手足の爪、全部ではあるが・・・。



『謀ったな!』

スサノオの発言を聞いたアマテラスは、少々呆れたように言った。

「謀ったなって、お前・・・。そもそもお前は監視も無しに己が野放しにされると思っておったのか?お前のどこに信用があるのだ?ん?」

『それは・・・』

スサノオは二の句が継げずに黙り込んでしまった。

と言ってもスサノオは頭の中での会話のみで口は一切開いてはいなかった為、傍から見れば常に黙り込んでいるかの様に見えるのだが・・・。

アマテラスはそんなスサノオの様子を物ともせず、ズケズケと言った。

「お前はいつもガバガバなのじゃ。クシナダの気配すら察知出来ぬ癖に、な〜にが『剣を扱う者として驚きだ・・・』じゃ、馬鹿者め。片腹痛いわ」

すると、突如鏡がスサノオの姿を映さなくなった。

「あ・・・、あやつめ結界を張りおったわ。小癪な・・・」

「相変わらず短気ですなぁ・・・。まぁ気持ちは分かりますが」

「フン、愚か者め。眼はひとつだけだと思うなよ」

アマテラスは何も映さなくなった鏡に向かって、手の平を下にして水平に一度降ると、今度は別の角度からスサノオとクシナダが映し出された。

「だからお前はガバガバだと言うのだ」



「はい!片側の美豆良が完成いたしました」

クシナダは安堵の表情を浮かべながら言った。

スサノオは己の美豆良を軽く撫でると、

「実は美豆良をするのは初めてなのだ」

と言った。

「まぁ、左様にございますか?」

「うむ。これまでは好き放題に伸ばし、そのままにしていた。まぁ暑ければ適当に束ねてはいたけどね」

「それであの様なほつれが・・・」

クシナダはスサノオの手にある毛の塊に目をやった。

「ハハハ、でもこれからはきちんとせねばならぬな」

「なに故にございますか?」

「そりゃあ、貴女の様な美しきおなごの夫となるのだからな。貴女の横に立つに相応しい身なりをせねば」

クシナダは頰を赤らめた。

そして聞こえるか聞こえないかの大きさの声で呟いた。

「・・・スサノオノミコトはそのままでも素敵にございます・・・」

「ん?何か言ったかい?」

「なんでもございませぬ!」

クシナダは慌てた様子で両手を胸の前で左右に振りながら言った。

その様子を見たスサノオはハッと気がついた。

「やはり美豆良は似合わぬかな・・・」

「そんな事はありませぬ!あの、とても凛々しくていらっしゃって、あの、とてもお似合いです・・・」

と言うと、クシナダは顔を耳まで赤く染め、俯いてしまった。

その様子を見ていたスサノオも顔を赤く染めながら言った。

「貴女も薄紅の玉が良く似合って、美しいぞ・・・」



アマテラスとツクヨミはその様子の一部始終を見ながら沈黙していた。

「・・・こやつら、デレデレではないか。見よ、スサノオのあの顔を。だらしなく鼻の下を伸ばしよって」

「見ていられませんなぁ・・・」

とは言いながらも、仲睦まじいスサノオとクシナダの姿をアマテラスはどこか嬉しそうに見ていた。

その様子を見ながらツクヨミが言った。

「それにしても嬉しそうにご覧になるのですね」

「ん?あぁ・・・」

アマテラスは一瞬不意を突かれた様な表情を浮かべた。

そして、

「スサノオのこの様な顔、高天原に居た頃には終ぞ拝めなかったからな」

と少々寂しそうな笑みを浮かべながら言った。

「確かにそうですね、私も初めてかもしれませんなぁ・・・。ですがスサノオが幸せそうでよかった」

二人はしばらくの間沈黙し、鏡に映る二人の様子を満足そうに見ていた。

「姉上はスサノオの母親代わりでしたから、婿に出す気分ですか?」

「ハハハ・・・」

アマテラスはその華やかな顔に晴れやかな笑顔を浮かべた。

「して・・・」

ツクヨミはそれまで浮かべていた穏やかな表情を消し、団扇で口元を隠すと、にこにこと嬉しそうに鏡を覗くアマテラスに尋ねた。

「スサノオの勝機は如何程で?」



明日も続きます。


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musica 「おかしいですね、2回で終わるはずだったのに・・・(´・_・`)」

スーさん 「君はもうあと何回だとか宣言するのを止めたらどうかね?」

m 「・・・」



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by garoumusica | 2016-02-02 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)
本日から稲田姫物語 高天原編です。

と言ってもまぁ、スーさん達からの導入ですが・・・。




(幸せだ・・・)

柔らかな夕刻の日差しを浴びながら、スサノオは幸せをひしひしと感じていた。

スサノオとクシナダはあれからしばらくの間、屋内でスサノオの髪のほつれを解いていたが、ついに屋敷の中に陽差しが入り込まなくなった為に、陽の当たる場所を求めて外へ出た。

二人は適当な場所を見つけると、それからまたしばらくの間は髪のほつれを解いていたが、余りの作業の進まなさに業を煮やしたクシナダの、

「刈っちゃいましょう!」

という一言で、スサノオの髪のほつれは剣で刈り取られる事となった。

(なかなか大胆な発想をする・・・。それもまたなんと魅力的な・・・)

スサノオは元は己の身体の一部だったその毛の塊を弄びながら、新妻となる美しきおなごが己の髪を結う様子を横目で見ていた。

クシナダは生真面目な表情を浮かべながらその愛らしい唇を軽く突き出し、長さにばらつきのあるスサノオの髪をなんとかまとめようと苦心していた。

(幸せだ・・・。なんと幸せなひと時であろう・・・)

スサノオは初めて味わう幸福感を噛み締めながら、高天原にいた頃からこれまでの事を回想し始めた。



この世に生まれてからというもの、スサノオは数々の狼藉を働き、挙げ句の果てに高天原を追い出されてしまった。

失意のうちにこの葦原中国を彷徨い歩いた末、ようやく巡り逢ったこの愛しき姫。

そしてヤマタノオロチとの対決を前に、己はこれまでに味わった事の無かった充足感に満たされている。

人生とはなんと数奇なものか・・・。

そして人の心とはなんと単純なものか・・・。

今までの己の人生に起きたすべての事は、この姫と巡り逢う為だけに用意されていたのではないかとすら思えてしまうから不思議だ。



特に姉が岩戸に隠れられてしまってからの流れなどがそうだ。

姉に狼藉を働き天上天下に多大な迷惑を掛けてしまった事で、高天原の連中の堪忍袋の緒が切れてしまい、ついに高天原を追い出されてしまったが、この時追い出されなければこの麗しきクシナダと出会う事は無かった。

追い出された当初は爪を剥ぎ取られた指が痛む度に恨み、空腹に襲われては恨み、寒さに耐えられなくなっては恨み・・・。

ひたすらあの連中を恨み続けた。

だが、今となってはただただ感謝しか無かった。

(皆が私を高天原から追い出してくれたおかげで、私はこの美しき姫君と出逢い、そして己の心の充足感を満たす事が出来た)

そして何より姉に対して感謝していた。

(姉上がこの剣を持たせてくれたからこそ、クシナダ姫を守る事が出来る。姉上が皆の反対を押し切って持たせてくれたからこそ・・・)

(姉上が持たせてくれたからこそ・・・?)



ふと、スサノオは疑問を抱いた。

(姉上はなに故この剣を持たせてくれたのだろう?)

スサノオはいつでも抜ける様、己の傍に肌身離さず携えているその剣に視線を向けた。

(高天原が追放されてすぐ、私は姉上の持たせてくれたこの剣でオオゲツヒメを斬り殺してしまったぞ?)

(先見の明のある姉上の事だ、私が剣を振るってしまう事ぐらい分かっていたはずだが・・・)

そしてスサノオの心の中にある疑惑が生まれた。

(まさか・・・)

スサノオはオオゲツヒメを殺してしまったが、殺してしまった結果、様々な穀物の種子や蚕を手に入れる事が出来た・・・。

スサノオは持ち運びが出来る量は持ち出したが、残った物の行方は知らない。

あの時、オオゲツヒメの亡骸から溢れ出る種子はとどまる所を知らなかった。

(まさか・・・)

(仕組まれたか?)

そう思うや否や、スサノオは勢い良く四方八方を見回した。



「あーっ!スサノオノミコト〜!」

突如クシナダが声を上げた。

スサノオが突然動いてしまった為に、ようやく纏めかけた髪がばらけてしまった様だ。

「あっ・・・」

「も〜っ!あれだけ動かないでくださいとお願いしたではありませんか〜・・・」

「も、申し訳ない・・・」

クシナダの剣幕に思わずスサノオは素直に謝った。

(あぁ・・・、怒る姿もまたなんと初々しく愛らしいのだ・・・)

初めて見せるクシナダの怒る姿にスサノオは見惚れていた。

クシナダは溜息をひとつ吐くとスサノオの身体に軽く体当たりをし、それからスサノオの身体にもたれかかったまま呟く様に言った。

「もう・・・、また始めからやり直しでございます・・・」

クシナダは頰をぷっくりと膨らましながら姿勢を正すと、再びスサノオの髪に櫛を通し髪を纏め始めた。

その愛らしい一連の様子にスサノオは思わず頰を緩めた。

(愛らしい、なんと愛らしい仕草をされるのだ・・・)

(この姫の愛らしさに己は蕩けてしまいそうだ。その一挙一動に目が離せぬ・・・)

クシナダのその膨れた頬を指でつつきたい衝動をスサノオはなんとか抑えると、クシナダが己の髪を結いやすい様に身体を傾けた。

スサノオの気遣いに気がついたクシナダはにっこりと微笑んで言った。

「ありがとう、スサノオノミコト」

「いや・・・」

(なんと察しの良いおなごだ・・・。このおなごのすべてが愛おしい・・・)

と惚けると同時にスサノオは目だけをある一点に向け、ギロリと睨みを利かせた。

そして心の中で念じた。

『姉上!』



「あ・・・」

スサノオに姉上と呼び掛けられた女が声を上げた。

「あやつ、ようやく気がつきおったわ」

「気がつきましたねぇ・・・。なんだか凄い形相で此方を睨んでおりますなぁ・・・」

『兄上も居るのか!』


明日も続きます。


*☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆**:;;;;;:**☆*


musica  「えー、本日より高天原編が始まりましたが、なんですか?こののろけの嵐は・・・」

スーさん  「愛しい人を褒めて何が悪いのかね?」

m  「わーお・・・」



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by garoumusica | 2016-02-01 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)

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