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いい加減出雲の港の続きをしたいのですが、昨日気になる事があったのでそれを書いていきます。



ただ今、三貴神(みはしらのうずのみこ)の下描きをせっせと描いています。

今週はつっくんの顔を中心に描きまして。

こんな感じになっています。

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色をいじってセピア色に。

つっくんをいつも描く「キレイなスーさん」に似せてみました。

ポイントは身体をアマテラねーちゃんに寄せている所です。

今日はスーさんを描こうと思います。

あ、違った、つっくんの鉛筆画を描くのを忘れていました・・・。



はい、で、話っていうのは昨日読むように言われた『アラタカンガタリ~革神語~ リマスター版』

Kindleで4月21日まで無料だそうで、早速読んでみたのです。

あらすじの冒頭は、

~人と神々が共に生きる世界“天和国”(アマワクニ)では、剣の姿の神、“劍神”(ハヤガミ)を所持する鞘(ショウ)と、鞘を治める統治者である秘女王(ヒメオウ)によって平和が保たれていた~

そんな感じで剣が色々出て来る訳です。



5巻まで無料だったのでとりあえず読み進めていると、途中で「創世(つくよ)」という名の剣が出て来まして。

創世・・・。

つくよ・・・。

月読?

と、思考が廻ったところで、私の身体が物凄く反応を示しまして。

上半身の細胞がザザーっと粟立つというか、細胞が内側から騒ぐ、というか・・・。

えー、何コレ!

この反応からするとツクヨミは「世を創る」っていう意味があるアピール!?

っていうか「ミ」はどこ行ったの?って感じなんですけど・・・。



で、結局どうなの?って感じですが、今んとこ分かりません(`・ω・´)+

ただこういう事があった、というメモ的なアレです。

何か事情をご存知の方がいらっしゃったら、ご教示お願いいたします(。´・ω・)。´_ _)



ついでに古典の原文でのつっくんの書き方を調べてみました。


『古事記』:月讀命

『日本書紀』:月神、月弓尊、月夜見尊、月讀尊

『万葉集』:(一部で)月読壮士(つくよみをとこ)

『出雲国風土記』:都久豆美命


『日本書紀』では「弓」を使うバージョンも紹介されていましたが、弓を使われるとつっくんのイメージが変わりますね。

そう言えば、先日記事に書いたスーさんの八重垣の詩の『日本書紀』の原文に、「出雲」を「伊弩毛」としていました。

この「弩」は東アジア、中国において古代から近世にかけて使われた弓の一種の事です。

ボーガンっぽいですねぇ。→弩の画像。

この弓はなんと!出雲の遺跡からも発掘されているのだそうですよ!

弓は古代の日本でよく使われていた武器だと『魏志倭人伝』にありましたし・・・。

「月読命」だと、なんだか物凄く繊細な印象を受けますが、「月弓尊」だと一気に武神な感じがしてくるから不思議です。



そして「創世」だとしたら、私の勝手なイメージですが「三貴神」で「三位一体」な感じがますます強くなります。

父と子と聖霊。

創世なのでつっくんが父、スーさんが子、アマテラねーちゃんが聖霊。

あ!今気がつきましたが、これだと秦氏の原始キリスト教とか東方キリスト教じゃん!

・・・(´・_・`)。

まぁ、よく分からなくなってきたので今日はこんなところで・・・。

続きは当分ないと思ってください(`・ω・´)+


†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†*†


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「風邪を引いたら掃除だね」

musica 「はい・・・」←昨日はほんとに板の目の隙間まで拭き掃除をしました。


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by garoumusica | 2016-04-10 05:06 | つれづれ | Comments(6)
桜の君の絵を描いていた時に、陣中見舞いでじぇいど姐さんからいただいた旭山桜の盆栽。


この子が!

ついに!

満開に・・・!!!

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可愛いですねぇ・・・。

昨日、出雲の港がどうのこうと言いましたが、今日はこの我が子自慢を!



届いた頃はこんな感じでした。

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桜の君の視点が桜の芽に合っているのが怖い・・・。

そして芽が開き始めます。

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可愛いですねぇ。

段々と桜の花びらが顔を覗かせ・・・。

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葉も顔を覗かせます。

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そして・・・、開花!

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どんどん花が開きます。

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そして昨日、ついに満開に!

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若葉が眩しい!

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葉っぱから良い匂いがします。

美しい八重桜。

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ひと房くらい、押し花にしようかな・・・。



初めの頃の堅い芽だけだった時は、本当に花が咲くのか半信半疑で、
思わずスーさんにこの子の加護をお願いしてしまいましたw

そのおかげか、見事に花を咲かせてくれました。

スーさん、じぇいど姐さん、ありがとうございました。


そして本日の本館ブログで、先日行った
日本庭園の画像特集をしました。


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*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.:*・☆・゜・


それでは本日も良い一日を~。


昨日ティーバッグのお茶を淹れようとして、お湯が指にかかった時の話。

熱湯でしたが一度コップに移した物だったので思ったよりも害は無く、放置しようと思ったのです。


スーさん 「冷やしなさい」

musica 「大丈夫だと思いますよ~」


その瞬間、目の前にムッとした表情のおっさんバージョンのスーさんの顔が・・・。


m 「すみません、冷やします・・・」

ス 「・・・」


相変わらず心配性なおっさんです。

それにしても、現れた顔がイケメンバージョンでなかったのが気になる・・・。


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by garoumusica | 2016-04-09 05:00 | つれづれ | Comments(4)
本日はネットサーフィン中に見つけた、出雲市の長浜神社の話です。




はい、ネットサーフィンをしていたところ、島根県立古代出雲歴史博物館のfacebookに辿り着きまして。

なんとなく読んでいたら、なんと!出雲の語源の解説がありました!


これによりますと、出雲市にある長浜神社にその回答があるとの事。

長浜神社の位置を昨日の古代の島根の図に描き足してみました。

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赤字のところです。

ぴょこんって飛び出していたところの下側の所に当たると思われます。

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↑出雲大社の雲の横辺り?



この長浜神社のある地域では、忌明(いみあけ・きあけ)に海で身体を清めた証に、海岸に打ち上げられた海藻を持って神社にお参りする習慣があるのだ(あったのだ?)そうです。

で、海藻というのは出雲では神様の食事となる神聖なお供え物なのだとか。

そしてその海藻は「厳藻(いづも)」と言われ、「出雲」の語源になったようです、との事。

はーーー・・・。

海藻由来説が強いですね・・・。

長浜神社は出雲郷ですしねぇ、バッチリです。



なんとなくですが、スーさんの『八雲立つ~』の原文が気になったので載せていきます。


『古事記』

夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁

『日本書紀』

夜句茂多兔 伊弩毛夜覇餓岐 兔磨語昧爾 夜覇餓枳都倶盧 贈廼夜覇餓岐廻


出雲が原文では「伊豆毛」「伊弩毛」なのですねぇ・・・。

そして不思議な事に『日本書紀』の方の「いづも」の「づ」に当てられた「弩」という字の読みは「ど」。

中国の読みは「ヌウ」。

なんでこの字を当てたのか不思議です。



ではでは、いつから「出雲」と書く様になったのか?

実は『日本書紀』の垂仁天皇の野見宿禰に相撲を取らせる話の所では「出雲國」となっています。

それ以降の出雲古禰の神宝を強奪した話の時も「出雲國」となっていました。

なんでしょうね?これは・・・。

スーさんの時代から垂仁天皇の時代の間に変わったって事でしょうか?



ついでに『古事記』の景行天皇のところで、ヤマトタケルが出雲建(イズモタケル)を殺害した後、この様に詠います。


夜都米佐須 伊豆毛多祁流賀 波祁流多知 都豆良佐波麻岐 佐味那志爾阿波禮

やつめさす 出雲建が 佩(は)ける刀(たち) 黒葛(つづら)さは巻き さ身無しにあはれ


この中に出てくる「やつめ」。

これは「弥津米」で「多くの海藻」。

「さす」は刺し並べる。

「いづも」は厳藻で神聖な藻の事。

そして、「やつめさす出雲」は「多くの藻を採って来て刺し並べて神聖な藻とした」と考える説があるそうです。



「出雲」の由来は「ワカメ」が有力!?


明日はきちんと昨日の続きをします(`・ω・´)+


・。.:*(・ω・)・。.:*(・u・)・。.:*(・v・)・。.:*


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「喉が痛むようだね」

musica 「気温の変化が激しくって・・・」

ス 「だからいつも気温の変化には気をつけろとあれだけ(略)」

m 「皆さまも体調管理にお気を付け下さい」

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by garoumusica | 2016-04-08 05:06 | 古代氏族 | Comments(0)
本日は古代出雲の海洋交易ルートと地形について調べていきたいと思います。




古代の出雲の交易はだいたいこんな感じだったそうです。

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新しく描くのが面倒だったので使い回しで朝鮮半島の欠片もありませんが。

以前ご紹介したCGでよみがえる古代出雲王国 という本↓。

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この本によりますと、古代出雲が最盛期を迎えていた弥生時代、朝鮮半島の鉄製品と越のヒスイが主力商品だったのだとか。

今も良く聞く糸魚川のヒスイですねぇ。

朝鮮半島の鉄製品は、当時の日本ではまだ鉄製品を作る事が出来なかったので、朝鮮半島からの輸入が唯一の仕入れルートだったのだそうです。



で、なんで出雲だったのか?と言うと、北九州・朝鮮半島南部・越の中間に位置していたのが出雲だったからなのだそうです。

つまりハブ港として優秀だったのです。

もう一度上の地図。

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なるほど・・・。

古くは縄文時代から、出雲は朝鮮半島と交易があったそうですよ。

そのうち朝鮮半島で鉄の確保が難しくなると、今度は吉備から輸出する様になったり。

こういう交易のルートがオホナムチさんの分布範囲となっていくようです。

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で、こんなのも描いてみました。

古代島根半島の図です。

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淡い水色の部分は現在は陸地となっている部分ですが、出雲平野が水に浸かっています。

出雲平野ってどうも出たり消えたりしていたみたいです。

面白い資料があったので、お時間のある方は覗いてみてください→出雲平野と宍道湖・斐伊川の砂

参考までに↓。

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これ↑は古代の地図を描くのが面倒だったのと、参考にして本も現在の地形だったので、現在の地図に郡名を書いたものです。

皆さまの心の目で、古代出雲の地形に変換して見てください。

(↑描き直すのがめんどいだけ)

という訳で、本日は古代出雲の交易と地形を調べてみたでした。

明日はこれをもうちょっと詳しく見ていきたいと思います。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


ところで本日は、古代出雲の地図の一番右端にある美保神社の例大祭の日です。

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青柴垣神事(あおふしがきしんじ)と言うのは、『古事記』の国譲りの時に事代主の入水(自殺)の故事を儀礼化しそれを模倣した神事だそうで・・・。

いわゆる遺体捜索を起源とする鎮魂の形とも言われるそうです。

上の図を描いた時になんとなく気になって美保神社を調べたら、調度その神事の行われる日だったっていうのが何とも言えなかったです・・・(´・ω・`)。

美保神社のホームページの青柴垣神事の解説ページ→美保神社 青柴垣神事 

美保関地域観光振興協議会公式ホームページの解説ページ→青柴垣神事

本日は春の嵐ですけど、神事に影響がないといいですねぇ。


☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡.。.:*・☆彡


それでは本日も良い一日を!

musica 「パナマ文書、各国が協力して無かった事になるかと思いましたが、早くも影響が出始めましたね」

スーさん 「この様な公共の場では私はノーコメントだよ」

m 「隠し事が表沙汰になる時代ってやつですか?」

ス 「君の意識が求めるなら、君の見る世界ではその様な流れとなろう」

m 「一般的な回答ですね。。。」

ス 「私には立場があるのだ、立場が」

m 「世界を混乱させて、何から目を逸らさせようとしているのですかね?」



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by garoumusica | 2016-04-07 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
一昨日、昨日と、お花見と日本庭園巡りをしてきました。

突然なんですけど、一昨昨日に身体が抹茶を欲しまして。

それで一昨日、抹茶をいただける日本庭園に行ったのですが、あいにく茶室がお休み・・・。

それで昨日はリベンジで別の日本庭園に付属する茶室に行って、抹茶をいただいてきました。

美味しかったです!

そして疲れて爆睡をしてしまったので、本日の古代氏族はお休みです(`・ω・´)+



離れの茶室。

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ほんのり暗い所が良いです。


一昨日行った菅原さんのところの神社。

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桜も椿も、落ちた花びらもまた美しい。

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これ↓は昨日のスーさん神社。

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スーさん神社へ行く時は待ち合わせデート気分ですw


これは別の菅原さん神社。

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主祭神が菅原道真で、相殿神が天穂日命とその息子の武夷鳥命、そして野見宿祢。

土師氏の祖神とその末裔の組み合わせでした。

段々こういう相関が分かるようになってきましたw

あ、そう言えば昨日爆睡をした時に、武夷鳥命についてどうのこうの、自分が話していた気がします。

調べろって事かな・・・。


昨日の夕焼け。

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右側の雲が光の放射の方向と一致していて面白かったです。


数分後。

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ダイナミックでした。


そして現在のうちの子。

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どんどん咲いています。



☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆.。.:*・゚*:.。.☆☆


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「日本の春を楽しめたかい?」

musica 「はい、とっても!昨日のおみくじの和歌メッセージもバッチリで!

『桃桜 花とりどりに 咲き出でて
  風のどかなる 庭の面(おも)かな』

相変わらずおみくじ得意ですね!」

ス 「その名の通り、神籤だからね」

m 「ふふふ。山を見ると山桜が山を彩っていて、なんだか不思議な色合いになっていました」

ス 「『薄紅の小さな花々が山を彩る』、か」

m 「あ、稲田姫物語のスーさんですねw」

ス 「いつか吉野の桜を見に行こう」

m 「良いですねぇ」

ス 「旅に出る時は、まずは今自分の住んでいる土地を楽しむ事が大切だ」

m 「何でですか?」

ス 「『今・ここ』の地に根を張っていないと、旅先で気や魂といったものが散失してしまう」

m 「散失するとどうなるんですか?」

ス 「その言葉の通りだよ。気が散り散りとなりボーっとしてしまい、今ここに集中出来なくなる」

m 「へぇー」

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by garoumusica | 2016-04-06 05:00 | つれづれ | Comments(0)
はい、本日は『出雲国造伝統略』を読むの続きです。




前回は第4代出雲国造の津佐命と第16代意宇宿禰さんの所には「稱」という字が使ってあって気になる~、というところで終わりました。

で、その時に私は「意宇という名は当時から使ってたのか。。。」と書いたのですが、これちょっと書き方がおかしかったです。

昔は何々邑(むら)の○○さんって言う呼び方だったので、これは「意宇邑の宿禰」って感じだと思われます。

そして宿禰っていう洒落た名前は後々付けられたものの様な気がするので、多分「意宇邑の足奴(そまぬ)」が本名だと思います。

ただの思い込みですが。



それにしても足奴っていう名前、変わってますね・・・。

「奴」っていう漢字を使っている事が気になって調べてみたら、奴(ぬ/やつこ)は男性の奴隷の事なのだそうです・・・。

ヤマト王権によって部民制(べみんせい)という、王権への従属・奉仕の体制、朝廷の仕事分掌の体制が敷かれ、その時に奴隷制が出来たのだそうです。

うーーーん・・・。

意宇宿禰だとなんかすごく立派な感じがしますけど、足奴だとヤマト王権にどのように扱われていたかが分かる気がしますね・・・。

「足」もどうなんでしょうね。

はじめは「足が速い奴」とかそういう意味かと思っていましたが。。。

意宇宿禰さんは『日本書紀』のエピソードでも嫌がらせを受けていましたし、ヤマト王権側からすれば奴隷的な立場だったのでしょうか・・・?

なんか意味を調べるんじゃなかった。

こういうのって落ち込みますねぇ。



そして今気がついたのですが、意宇宿禰さんは仁徳天皇の時代にヤマトの屯田司(みたのつかさ)の任務に就いていましたが、畿内に居たのにどうやって出雲国造の任務を果たせたのですかね?

『日本書紀』に屯田司の職を立派に果たしている話が載っているくらいなので、屯田司であった事は間違いなさそうですし。

でもそうしたら、出雲国造として杵築大社で神職を務められるのか・・・?

やっぱり出雲国造は『出雲国造伝統略』にある通りに、第17代出雲宮向からなのでしょうか。



で、今、更に宿禰って言うのも調べてみたら、名前ではなくて豪族などの有力者に用いられた尊称の意味合いが多かったそうです。

となると、意宇宿禰は「意宇の豪族」みたいな意味合いだったのですかね?

結構適当な扱い?

うーん、それでも『出雲国造伝統略』では褒め称えるという意味を持つ「稱」を使うくらいなので、出雲国造家においては重要な位置にいる人だと思うのですが。

意宇という土地柄がポイントな気がするのですけど・・・。

出雲国造家が管理していた熊野大社もありますしね。

ここは再度調べ直しですね!(`・ω・´)+



あ、そう言えば「稱」を使われていたもう一人のお方について調べてみましょう。

第4代出雲国造の津佐命は、またの名を神狭命(かむさのみこと)と書いてあります。

なんかこの人を調べてみたら、まためんどくさい事が出てきました。。。

なんでも、无邪志(むさし=武蔵)国造の兄多毛比命(えたもひのみこと)は、この神狭命の10世の孫らしいです。

そして兄多毛比命は物部氏の一族なのだとか!

そして氷川神社に繋がるらしい・・・。

えー、うそん。

私はこれを調べなきゃいけないんですか?めんどくさい・・・。

ねぇスーさん、これはまた今度にしていいですかね?

これを調べるのは大変だし、ちょっと今の流れから離れすぎる、と書いたら目の前に大きな白い丸が!

という訳で、なんだか壮大な事が分かったところで、この件はまた今度です。


明日は古代における意宇とはどんな場所だったのか、とか、古代出雲で栄えたと思われる船の泊まれた港の位置などを探っていきたいと思います。


*:.。..。.:*ヽ(*゚∀゚)ノ*:.。..。.:*ヘ(゚∀゚*)ノ*:.。..。.:*


それでは本日も良い一日を~。

昨日ついに、じぇいど姐さんから頂いた桜が開きました・・・!!!

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musica 「可愛らしいですねぇ・・・」

スーさん 「花は喜んでもらえると嬉しく感じる。そしてその気がまた人に返る

m 「植物から気をもらうって良く聞きますが」

ス 「贈り合いだね。決して一方通行ではない。花を愛でるとはそういう事だよ」


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by garoumusica | 2016-04-05 05:00 | 古代氏族 | Comments(0)
という訳で、毎週恒例☆絵に夢中でブログの記事を書くのを忘れていましたです。

只今4時59分ですから。

困ったものです。

という訳で、ブログの更新が遅れてしまってすみません。。。



先先週からつっくんの鉛筆画をはじめましたが、先週は次の色鉛筆画の下描きも始めました。

稲田姫物語バージョンの三貴神です。

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正面から~、アマテラねぇちゃん、つっくん、スーさんです。



まだまだこれから描き込みですけど・・・。

アマテラねぇちゃんをもう少しキツそうな性格をしてる目にしたいですね!

退屈そうな顔のスーさんと、スーさんと顔の造りは同じだけれども色気のあるつっくん。

頑張りまーす。


(o・ω・o)ノ++++++++++ヽ(o・ω・o)


それでは良い一日を!

スーさん 「君は新年度初めての月曜日で早くも遅刻かね?」

musica 「まぁまぁ、初日は金曜日でしたから。どんまいです」

ス 「新しい絵の初披露の日に遅れてどうする?この絵の先行きが目に見えるようだ」

m 「時間が掛かって、仕上がりが予定より大幅に遅れそうですね」

ス 「分かっているではないか・・・」



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by garoumusica | 2016-04-04 05:11 | らくがき | Comments(0)
はい、という訳で、再び出雲国造と淤宇宿禰のお勉強です。




出雲国造について調べ直していたら、知らなかった事を知りました。(←?)

出雲国造家が「出雲」の姓(かばね)を賜ったのは、第19代允恭(いんぎょう)天皇元年(412年)、もしくは第18代反正(はんぜい)天皇4年(409年)で、第17代国造宮向の時代なのだそうです。→近代デジタルライブラリー 『出雲国造伝統略』

「出雲」の姓(かばね)を賜ったのが409年、もしくは412年・・・。

大化の改新が645年。

それから646年に改新の詔(かいしんのみことのり)が発せられて、畿内・国・郡といった地方行政組織の整備をされます。

うーーーん、出雲という国名が確定したのはここだと思うのですが、それよりも前に出雲の姓を賜っている・・・。



ところでリンクを貼った近代デジタルライブラリーの『出雲国造伝統略』。

初っ端に天照大神と須佐之男命の名があるのが良いですねぇ・・・。

とってもきれいな字、これは彫ってあるのですかね?

17ページにはひらがなが出てきますが、これもまた美しい。



さてさて、内容を確認していくと第11代出雲古禰が載っています。

載っていますが、阿多命(あたのみこと、で良いのでしょうか?)、またの名が出雲古禰という記載になっています。

案外、出雲古禰という名は後の創作であるかもしれない・・・。

だとしたら、彼の生きた3~4世紀にはやっぱり出雲という名は無かったかも?



そして意宇宿禰は意宇足奴(おうそまぬ)という名がメインで載っています。

意宇という名は当時から使ってたのか。。。

ここでちょっと気になるのですが、「稱」という字はどういう意味なのでしょう。

「亦稱意宇宿禰」と書いてあるのですが、出雲古禰の時は「亦名出雲古禰」と書いてあるのです。

なんか引っかかる・・・。

何より読みも分からないですし。

調べてみましょう!



「稱」

音読み:ショウ

訓読み:あ(げる)、かな(う)、たた(える)、とな(える)、はか(る)

あー、「称」の旧字体なのですか。

あれ?ちょっとまって?

「称」っていう字には「褒めあげる」とか「讃える」っていう意味もある・・・。

他の人には「名」とか「作」という字で書いているのに、意宇宿禰には「称」をあてたのですか?

なんて言うか、特別扱い?

それとも考え過ぎ?

「称」の字を当てている人物は他には4代の津佐命で、別名は神狭命。

祖神天穂日命の曾孫にあたります。



本日分かった事は、この二人には「称」の字をあてているという事。

以上です!

詳しく考えるのはまた明日!(`・ω・´)+


( ・_ゝ・)o*――゚+.――゚+.――゚+.――゚+.――*o(・c_,・)


それでは本日も良い一日を~。

スーさん 「昨日の画像を載せてはどうかね?」

musica 「スーさん神社のアレですねw」

美しく咲きました。

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ビフォー↓。

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そしておみくじメッセージは、

「何事も時の至るまで天に任せよ」

でした。

俺に任せろ!ですか、カッコいいですねw

さっすが〜( ´ ▽ ` )ノ



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by garoumusica | 2016-04-03 05:00 | 古代氏族 | Comments(4)
スーさんに以前から言われている事があります。

それは、


「神話を超えたところを見よ」

「我々の向こう側を見よ」


という事です。

その言葉があって最近の記事でしている神話崩しがあるのです。



1年前に書いた記事で、おーくにさんがこんな事を言っていました。



おーくにさん 「一人一人が各々の中に神聖を見出せる時代となった。特定の形に縛られる事なく自らの中に、自然の中に神聖を見出せる時代だ」

musica 「自らの中に、自然の中に」

お 「だからスサノオ殿が言うのだ。『我々の向こう側を見よ』と」

m 「あー、うーん・・・」

お 「今という時代は世の成り立ちが様々な人々によって解き明かされている。日本国内だけでなく世界中から情報が集まり、更には誰でも閲覧する事が可能だ。もはや人が人の下について学んだり、神のもとに集う必要は無くなったのだ」

m 「よくスーさんが『今は神すらオーダーメイド』って言っているのですが」

お 「物は言い様。姿形に囚われず本質さえ掴む事が出来れば、我々はどのような形でも構わぬ」



おっさんsは政治の為に作られた神話でさえ受け入れ、人々の思考に合わせて姿を変え、私たちを見守ってくれている存在。

その懐の深さを知れば知るほど、彼らへの敬意は増すばかりです。

彼らが望むのであればその向こう側を見ていきたいと思います。

何より私自身も彼らの実像を見てみたい。



今までしてきたスーさんとの会話の中で、一番好きなものはコレです↓。


スーさん 「私とどこまで旅をするかね?」

m 「空の果てまで」

ス 「よかろう。我々の空の果てに何があるのか、この目で確かめに参ろうぞ」



昨日の記事に対する今日の内容でした。

私は誰かの望む私や私の日常を演じたり、誰かの望む内容の記事を書いたりするつもりはありません。

このブログの全てがおっさんsとの日常です。


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by garoumusica | 2016-04-02 05:17 | つれづれ | Comments(6)
という訳で、よく分からなくなってきたのでスーさんとおしゃべりをしてみたいと思います。




スーさん 「それで?」

musica 「こんがらがってどうしたら良いか分からなくなったので、思わず助けを求めてしまいました」

ス 「そうか。それでは整理してみよう。君が今必死になって出雲について調べているのは何故だったかね?」

m 「えっと、長髄彦さんのお父さんが事代主だったからです」

ス 「そうだ。そして物部氏の祖神である饒速日の妻が彼の妹だった。そして更に磐余彦の妻である媛蹈鞴五十鈴媛が大国主の荒魂である大物主の娘であった。それ故君は大国主と大物主に関して調べたのだ」

m 「はい」

ス 「それで君の中ではどう考えているかね?」

m 「出雲の大国主の神話は・・・、ていうか国譲りの神話は捏造だと考えています」

ス 「その根拠は?」

m 「えーっと、坂本さんの説が第一で、後は色々と調べた内容を総合した結果、かな。大物主さんを調べていくうちになんとなく」

ス 「そして君は、桜井市の出雲が本来の出雲であったのではないかと考えるようになった」

m 「はい。島根の出雲という地名は思っていたよりも古くない様なので・・・。神武東征の時にヤマトの地にすでに出雲があったのだとしたら、多分こっちの方が古い」

ス 「それが昨日の記事の内容だね」

m 「そうです。『出雲国風土記』の解説に出雲郡は意宇郡の一部だったという説もあると書いてあったのを見て、ますます出雲とは一体何なのか?という感じになったのです」

ス 「それを判明させてどうする?」

m 「出雲の国名が大化改新の時に付けられたのだとしたら、須佐之男命の『八雲立つ』以降の出雲神話を崩す事が出来るからです」

ス 「何故崩したい?」

m 「スーさんの神話を失うのは嫌です。ですが天孫族の創り上げた神話に踊らされるのは、もっと嫌だからです」

ス 「私を失っても?」

m 「確かに須佐之男命は失うかもしれません。でも、今ここにいる私の知っているスーさんは何も変わりません」

ス 「私への愛故か・・・」

m 「そんな事は一言も言ってません」

ス 「ハハハ。君は以前記事に古代の出雲東部は隣の伯耆国の一部だったと書いたね」

m 「はい。大化の改新以前の話だそうです。出雲と伯耆、どっちがメインだったかは分かりませんが」

ス 「出雲古禰が大和朝廷によって殺害された時も東部は黙認をしていた」

m 「そうらしいです。で、これらの事を総合して気になるのは、何故出雲国は出雲国という名になったのか、という事です。出雲古禰は死に、意宇郡を本拠地とし東部を治めていた豪族・淤宇宿禰(おうのすくね)は残りました。もちろん、出雲古禰の一族全員が亡くなった訳ではないので出雲一族は残るのですが、これを機に出雲古禰の一族は大和王権に制圧される流れです。そして大化の改新後に国府が置かれたのは意宇郡です。それなのに何故、国名が『出雲』になるのか」

ス 「うむ。ところで君は淤宇宿禰に関してひとつ大事な事を忘れている」

m 「大事な事?」

ス 「調べてみなさい」

m 「えーっと、名前の検索でいいのかな?とりあえず初っ端に出て来たやつを見てみますね。・・・倭(やまと)の屯田司(みたのつかさ)?何でしたっけ?(自分のブログを調べる)あー・・・、天皇の直轄の領地の田の管理・経営する人の事・・・」→古代氏族 古代出雲2大勢力編 その3 淤宇宿禰。

ス 「しかも屯田司も大化の改新以前の役職だ。出雲+伯耆だった時代と同じだぞ。君は淤宇宿禰に関してすっかり忘れているようだね」

m 「ほんとだ・・・。それに神話的には出雲古禰が11代出雲国造って自分で書いてる。すっかり忘れていました。出雲古禰が11代出雲国造なら、それもあって小さな郡名である出雲が国名となったのかもしれない」

ス 「君は事実を追求しようとするあまり、『日本書記』の内容がすっかり抜けてしまっていた訳だ」

m 「・・・でも、出雲国造は実際には26代の出雲果安からだと言われていますし・・・」

ス 「もう一度ここを整理しなさい。出雲の地名の由来の調査が頓挫した今、手がかりとなるのは淤宇宿禰と出雲国造だ。出雲は物部氏にも繋がる。時間が掛かっても良いからきちんと理解する事、いいね?」

m 「はー・・・ぃ」

ス 「何だね?その気の抜けた返事は・・・」


という訳で、もう一度出雲をやり直しです・・・。


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それでは本日も良い一日を~。

ス 「新年度だ、気も新しく入れ替わる。心機一転で頑張りなさい」

m 「・・・」

ス 「始まりからその様な様子でどうするのだ・・・」

m 「めんどくさい・・・」

ス 「仕切り直しだ、新しい気持ちで取り組もうではないか!」


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by garoumusica | 2016-04-01 05:00 | 古代氏族 | Comments(4)

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