稲田姫物語 妖しき剣編 その15。

はい、本日は稲田姫物語の続きです。

キリがいい所まで続けたのでちょっと長いです。

なのでお暇な時に読んでいただけると良いかもしれません。




スサノオはその場に居る亡者達の視線を全て受け止めると、勢い良く頭を下げた。

するとスサノオを取り巻く気が、即ち亡者達の思念が揺らぐ。

恐らくスサノオの行動が亡者達の予想に反したものだったのだろう。

意表を突いた行動を目の当たりにすると人は狼狽えるものだ。

スサノオはその姿勢のまま言葉を発する。

「皆の意見を伺う事もせずに勝手に火を点けて申し訳なかった!」

スサノオは高天原で数々の悪事をしてきたが、この様に謝罪をしたのは初めてかもしれない。

この度は悪事をした訳ではないが、以前とは違い素直に己の過ちを認め頭を下げる事が出来たのは、やはりクシナダという存在が大きいだろう。

スサノオは顔を上げると、亡者達を見渡した。

皆、少々面を食らったかのような表情を浮かべている。

スサノオは少々その表情に引っかかるものを覚えたが、構わずに続けた。

「私は皆のあの様な姿を人目に晒したくなかった」

スサノオはオロチの身体から取り出した、あの無残な犠牲者達の塊を脳裏に描く。

あの理性も何も残っていないかの様な、おぞましき姿を。

「善かれと思って火を点けたのだが、結果として皆を迷わせてしまった。本当に申し訳ない」

スサノオはそこまで言うと、しょんぼりと俯いてしまった。

しかし次の瞬間、スサノオを取り巻く気が柔らかく軽やかなものへと変化したのを肌で感じ、スサノオは思わず顔を上げた。

すると目に飛び込んで来たのは、微笑みを浮かべる亡者達だった。



(皆が笑って…)

スサノオは不思議な面持ちで皆を見つめていると、ひとつの気配がスサノオに近づいて来た。

そちらに顔を向けると、そこには剣を手にした、いかにも手練れといった様相の男がスサノオに向かって歩いて来ていた。

この辺りの者ではない。

年の頃はスサノオよりも二十は上だろうか。

いや、美しく整えられた髭の所為で、実際の年齢よりも老けて見えているかもしれない。

髭というものは男に貫禄を与えるものだ。

故に高天原追放の際に抜かれた髭が未だ生えてこない事を、スサノオは不満に思っていた。

密かにアマテラスが何かしたのだろう。

その意図は分からぬが、次に接した時には返却を求めるつもりだ。

男には貫禄が必要だ。

スサノオはそう思っている。



男に話を戻そう。

背はスサノオの方が遥かに高いが、その男の圧倒的な存在感はスサノオに劣らない。

生前は部族の長やクニの王、もしくはそれに近い立場であっただろう。

その様な印象を初対面の者に与えられるだけの雰囲気を醸し出していた。

男はスサノオの前まで来ると歩みを止め、スサノオを見つめた。

スサノオも眼前にやって来た男を見つめる。

同じ剣を扱う者同士、この様に対峙するだけで相手の剣の腕前は分かるものだ。

スサノオは高天原においては右に出る者が居らぬ程の腕前だが、この男はそれに劣らぬだろう。

いや、実際の戦いの場においてはこの男の方が場数を踏んでいる分上手かもしれない。

スサノオの心には、早くもこの男に対しどこか尊敬の念に似たものが生まれていた。



二人はしばし見つめあっていたが、男はフッと頰を崩し、スサノオに話し掛けた。

『我々は迷うてここにいるのではない、君に逢いに来たのだ』

男の口は動くものの、そこから発せられるのは空気を震わせる声ではなく、頭の中に直接響く声だった。

同じ場に立っているからだろうか?

それはイザナミとの間の交流よりも遥かに明確な意思の交換だった。

スサノオは口を動かさずとも男に意思を伝える事は出来たが、口を動かし意思を伝えて来た男に合わせ、実際に声に出して返事をした。

「私に逢いに?」

『そうだ』

男は首を傾げ不思議がるスサノオを見つめる。

この大男には似合わぬ動作と表情だ。

どこか親愛の情が湧く。

それは周りで見守る者達も同じだった。

これだけの犠牲者を出したオロチを退治した男には余りにも不釣り合いな言動が、かえって親近感を覚えさせていた。

『名を聞いても?』

スサノオはハッとした表情を浮かべると、背を伸ばしてその名を告げる。

「これは重ね重ね失礼を致した。我が名はスサノオ。葦原中国のタケハヤスサノオと申す」

葦原中国の、という部分でスサノオは自慢気に胸を張った。

高天原のスサノオであった時よりも、葦原中国のスサノオである事の方が自慢であるかの様だ。

実際には、葦原中国の人間にとっては高天原の者である方が自慢出来る事なのだが…。

『スサノオ…、スサノオノミコト』

男はスサノオの名に尊称を付けて呼び直す。

他の者達もスサノオの名を口々に呟いている様だ。

『スサノオノミコト、我らは迷うて今この場に居るのではない。スサノオノミコトに礼を述べる為に戻って来たのだ』

「私に礼を?」

スサノオは訳がわからぬという風に先程とは逆の方向に首を傾げる。

この大男には余りにも似つかわぬ動作に、皆ついつい頰を崩す。

だが、男は表情を引き締めると胸に手を当て、スサノオに告げる。

『我らをあの忌々しきオロチの体内より解放してくださった事に対し、感謝の意を申し上げる』

亡者達も各々のやり方で感謝の意を態度で示す。

「えっ…」

スサノオは思いもよらぬ突然の感謝の言葉に狼狽えた。

てっきり亡骸を勝手に燃やしてしまった事を咎められるとばかり思うていた。

『スサノオノミコトが我らを解放して下さらなければ、我らは今尚あのおぞましき姿のまま、分別もつかぬ獣の様な御霊のまま、オロチの養分として生きなければならなかったはず』

他の者達も皆、この男と同意見だと言わんばかりにそれぞれに頷く。

スサノオはそれは違うと首を横に振る。

そしてバツが悪そうに、言い澱みながらも事の真相を告げた。

「私は皆を解放しようなど、そんな大それた事を考えて行動した訳ではない。…私はただ、愛しきおなごをオロチから護る為に行動したまでなのだ…。だからその様に礼を言われる様な事は何ひとつしていない」

それがスサノにとっての事実だ。

愛しきクシナダを喰らおうとしていたオロチの息の根を完全に止める為に、その肉体を切り刻んでいたら、胴体の部分から犠牲者達の塊が出て来た。

ただそれだけだ。

感謝される事は何ひとつしていない。

そう告げられた後も亡者達はスサノオをじっと見つめていた。

男は困惑の表情を浮かべるスサノオに一歩近づくと、改めて告げる。

『それでもだ、スサノオノミコト』

スサノオは男を見つめ返す。

『それでも我らは今なお、あなた様に感謝の念を抱いている』

男は一呼吸置いた後、再び言葉を紡いだ。

『ありがとう、スサノオノミコト』

その言葉に続き、他の者達も口々に感謝の言葉をスサノオに伝えた。



スサノオが再び否定の言葉を口にしようとすると、男はそれを遮るようにスサノオに剣を差し出す。

スサノオはその差し出された剣を見つめた。

受け取れという事なのだろうか?

差し出された剣は男と同じ様に微かに透けて見える。

恐らくこの剣も、もうこの世には存在しない物なのだろう。

亡者達も人の姿と同じ様に見えるものの、微かに透けて見える。

それがこの世に生きる生者とあの世に生きる亡者の違いだ。

この世に生きているスサノオが差し出された剣を触れられるのかどうか、スサノオには分からなかった。

だがまったく受け取ろうとしないのもまた、失礼であろう。

そう考えたスサノオは剣を受け取る形を取る事にした。

スサノオは手にしていた天の十握剣を足元に置くと、透き通る剣を掴もうとする素振りをした。

そしてスサノオの手が透けた剣に触れたかの様に見えた瞬間、透き通っていた剣がスサノオの手を中心にしてスッと実在を帯びる。

スサノオが驚きの表情を浮かべたのと同時に、剣はスサノオの手の中に重さと感触と共に収まった。

(重い…)

愛用の天の十握剣の半分程の長さにもかかわらず、その重さは同じくらいだ。

スサノオが剣を受け取ったのを合図に、他の者達もスサノオに近づくと口々に感謝の意を伝え、スサノオの足元に半透明の剣や装飾品を置いていった。

もはやスサノオにはそれらの行為を見守るしかなかった。



全ての者達がスサノオに感謝の意を伝え終わると、再び男がスサノオに話しかけた。

『我らからの贈り物だ。これが今、我らに出来る精一杯の感謝の印。どうか受け取って欲しい』

スサノオが受け取れぬと口を開こうとした瞬間、それを見抜いたかの様に男は再び口を開く。

『その剣は我らのクニに代々伝わる物だ』

スサノオはその言葉につられ、ついつい剣を見てしまう。

少々古い時代のものだが、その剣の柄や鞘に美しい細やかな彫りが施されている。

彫金の技術はなかなかのものだ。

「鞘を抜いても?」

『勿論』

スサノオはゆっくりと鞘を抜く。

そしてその鞘から出てきたのは、銅製のスサノオの天の十握剣とは違う鋼で出来た刀身あった。

(何だ?この剣は…。姉上の作られる鉄製の剣とも違う様な…)

スサノオは初めて見る鋼で出来た刀身にそっと触れてみる。

「熱い?」

その指には微かに熱を感じた。

スサノオは片膝を突きその膝の上に剣を置くと、地面に置いていた己の剣を手に取って鞘を抜き、その刀身に触れ温度を確かめた。

スサノオの天の十握剣の方が微かに冷たい。

(やはりこの剣の刀身は僅かではあるが熱を帯びている様だ)

スサノオは再び天の十握剣を地面に置くと、膝の上に置いていた剣の刀身に触れた。

その様子を満足気に見ていた男が口を開く。

『その剣には古よりの伝えがある』

「伝え?」

スサノオは片膝をついたまま男を見上げた。

『そうだ。天より落ちたる星と共に我が大地に舞い降りし剣』

「天より…」

スサノオは思わず空を見上げる。

「流星…、流星で出来ているのか、この剣は」

男はスサノオを見つめながら話を続けた。

『草木が眠りし頃、天は我が大地を削る程泣きに泣いていた。

だが突如雲が裂け、眩い光が世界を覆ったかと思った次の瞬間、全ての者の耳を閉じさせる程のけたたましい轟音と、大地が裂けたかの様な巨大な揺れが大地を襲った。

その揺れが収まった後、我が祖先がその場所に近づいて行くと、辺り一面に凄まじい程の熱気を帯びた雲が群がっていた。

やがてその熱と雲が霧散すると、そこには今まで無かった巨大な円形の窪地が現れた。

そしてその中心には割れた流星と共に、一本の剣が大地に突き刺さっていた』

男はスサノオの手に収められた剣を見つめた。

『今、スサノオノミコトの手にあるのがまさに、流星と共に空から舞い降りし剣だ』

「では、その時の熱を今なおこの剣は閉じ込めて…」

スサノオはしばしの間剣を見つけていたが、ふとこの剣と夜空に瞬く星々とを重ねて見たいと思い立ちゆっくりと立ち上がると、天に向かって剣を突き出した。

オロチと亡者達を焼く炎を受け、その剣は美しいまでの妖しい輝きを放つ。

その輝きと相成って、これだけの犠牲者を生んだオロチを倒すという偉業を成し遂げた大男の剣を天に突き出すその姿は、亡者達の目には余りにも神々しく映った。

本人からしてみれば、何の意図も無いただの思いつきの行動なのだが…。

男はその姿を見、まるで尊いものを見ているかのように目を細めると、その剣の名をスサノオに告げた。

『故にその妖しき剣の名を、天の叢雲と言う』

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稲田姫物語その15にしてようやく、スサノオ君が妖しき剣を手にする事が出来ました。

妖しき剣編の山場を越えました(`・ω・´)+

まだまだ続きますが・・・。

妖しき剣編が終わったら、オロチ退治後編→ちょっとした小話編→高天原編へと続き、スセリヒメとオオクニヌシさんの出て来る黄泉の国編まで続きます。

実際もう、脳内では黄泉の国編も終了しています。

これ全部文字化するのに何年かかるんだろう・・・。

こんな感じで、それでは良い週末を~。








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by garoumusica | 2018-03-30 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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