カテゴリ:稲田姫物語( 47 )

今回はお話は間に合いましたが、残念ながら挿絵が間に合いませんでした・・・。

なので1週遅らせようかとも考えましたが、今週更新した方が良い気がしたので、挿絵無しで参ります。

すっごく絵にしたい回だったので残念です。



*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜



「ん…?」

アマテラスの宮の庭園に集った高天原の民を忙しくもてなして回っていたツクヨミは、足下に微かに突き上げるような揺れを感じ、足を止め地を見つめた。

(珍しい…)

高天原は地震の多い地ではない。

ツクヨミがこの前地震に遭ったのは、弟であるスサノオが母に会いに黄泉へと旅立とうと、姉であるアマテラスの元へと挨拶に来た時だ。

どの程度の揺れだったかと言うと、まぁ、アマテラスが武装した上で全身を青丹(翡翠)の曲玉で覆い、挙兵する程度には揺れた。

それより前はと言うと、やはりスサノオが母を求めて泣き喚いていた頃になる。

となれば思い浮かぶ揺れの原因はひとつしかない。

(…スサノオに何か?)

ツクヨミは頭を上げゆるり辺りを見渡したが、ツクヨミ以外の者は皆愉しげに酒盛りを続けている。

楽を奏でる事が得意な者は楽を奏で、詩を唄う事が得意な者は詩を唄い、舞う事が得意な者は舞い、酒を呑む事が得意な者はおおいに呑む。

先程の揺れに気がついた者は誰もおらぬようだ。

時は夜半過ぎだが、アマテラスの庭園はまるで昼の様に明るい。

ツクヨミが今宵の満月に少々手を加え、アマテラスの宮限定で明るく照らしているからだ。

いつもこの様な事をしている訳ではない。

今宵は特別な夜だ。

ツクヨミは周囲の空気を壊さぬよう、履物に何か不具合が起きたかのような素振りをしつつ身を屈めると、さり気なく地面に触れた。

そして軽く目を閉じ意識を手元に集中させると、やはりわずかにではあるがスサノオの気を指先に感じ、その顔を微かに曇らせる。

折しもそのスサノオの婚姻を祝う、アマテラス主催の宴の最中だ。

宴の会場となっているアマテラスの宮の庭園には、高天原に住まう者達のほとんどが昨夕のアマテラスの演説を聞いて駆けつけていた。

今ここにいない者は遠方に旅立っている者くらいだろう。

だが、主催者であるアマテラスは宴の開始時に皆の前で挨拶をした後、宴に参加する事なく庭園に面した自室に籠り、ツクヨミの『目』である月の鏡を見続けていた。

月の鏡というのはツクヨミの仕事道具だ。

空に浮かぶ月が見つめるものをそのまま写す事が出来、ツクヨミは毎夜月の見る風景を鏡を通して見、つつがない月の運行を計っている。

一方アマテラスはと言うと、日中は日の鏡を通じて日の見た風景を見る事が出来るが、特定のものを詳細に見たい場合や日が沈んだ後はそうはいかない。

そのような場合はアマテラスは妖術を使い用を足しているが、遠方の特定の人物に関して妖術を使う場合は、その対象者の身体の一部が必要となる。

だが、今はそれが無い…。

昨夕その目と目の基となるスサノオの身体の一部だったものを、スサノオ自身に全て潰され炭と化してしまったからだ。

その為アマテラスはツクヨミの仕事道具である月の鏡を借り、スサノオのオロチ退治の様子を盗み見ていた。

そしてスサノオに動きがある度にその様子をツクヨミに伝え、ツクヨミがその内容を皆に伝えるとその度に歓声が上がり、その度に乾杯が行われていた。

皆が弟の婚姻を祝ってくれている事が何より嬉しい。

ツクヨミはその空気を壊さぬよう、そっとその場から離れた。



庭園に面したひとつの部屋に近づくと、ツクヨミは開け放たれた円形の窓から中を覗いた。

部屋の中では灯りを灯されてはいなかったが、窓の外から差し込む月の光は部屋の主の姿を美しく浮かび上がらせている。

恐らく月を司る者の意を汲んでの事だろう。

この部屋の主であるアマテラスは脇息にもたれかかりながら、ゆるりとした様子でツクヨミの月の鏡を眺めていた。

もう皆の前に出る気がないのか、簡素ではあるが上質な布地で作られた部屋着に着替え、先程まで見事に結い上げていた髪も今は下ろされ、アマテラスの身体に沿うように緩やかに波を打っている。

(いつ見ても美しいな、我が姉上は…)

ツクヨミは一枚の絵の様に佇むアマテラスを部屋へ訪れた理由も忘れ、しばし見入っていた。

(我が姉である事が誇りでもあり恨めしくもあるが、姉上と親しく接せられるのも弟であるが故…)

アマテラスに密かに想いを寄せるツクヨミの胸にいつもの葛藤が起きる。

「何か用か」

月の鏡から目を離す事なく掛けられた声で、ツクヨミはハッと我に返る。

そしてようやくここへ来た用件を思い出し、アマテラスに問う。

「そうそう、先程スサノオに何かありましたか?姉上」

「先程…?」

アマテラスは眉をピクリと動かすと、ゆっくりと月の鏡からツクヨミに視線を移動させる。

そしてツクヨミの問いには答えず逆にツクヨミに問うた。

「何ゆえ」

ツクヨミはアマテラスの問いを聞き、少々違和感を覚えた。

(姉上ともあろうお方が先程の揺れに気が付いてはいなかったと?)

ツクヨミは疑問を抱きながらもその事には触れず、先程の揺れについて説明する。

「先程足元を突き上げる様な揺れを微かに感じた上に、地にスサノオの気を感じましたゆえ…」

アマテラスはしばし考えの読めない目でツクヨミを見つめた後、唐突にツクヨミに尋ねた。

「酒は足りておるか」

ツクヨミは少々面を食らいながらも答える

「えぇ。いつもよりも盛り上がっておりますよ。皆、スサノオの婚姻を大層喜んでくれております」

二人は口をつぐむと、しばしの間庭園から聞こえる愉しげな歓声に耳を傾けた。

(あの鼻つまみ者だったスサノオの婚姻を、皆がこんなにも祝ってくれている。これ以上に嬉しい事はあるだろうか?)

ツクヨミは胸に込み上げてくるものを堪えきれず、思わず鼻をすすった。

「良い夜にございますな。スサノオにも聴かせてあげたいものです」

「『良い夜』、か…」

アマテラスはフッと鼻で笑う。

「え?」

その皮肉めいた口調にツクヨミは思わず聞き返した。

だがアマテラスはツクヨミの様子を気にも留めぬ様子で話を変える。

「ツクヨミ、そう言えばお前は呑んではおらぬのか」

「今宵は皆をもてなす側ですから」

ツクヨミは一目見た者すべてを魅了する素晴らしい笑顔を浮かべると、酒の入った器を持ち上げアマテラスに向かって振って見せた。

アマテラスはその様子を見、片方の唇の端を上げてニヤリと笑うと、

「お前も呑め」

とだけ言い、再びその視線を月の鏡に戻す。

そして左手を一度だけひらりと翻すと、ツクヨミに宴に戻るよう促した。

ツクヨミはアマテラスの態度を気にする様子も見せずに一礼すると、再び皆をもてなす為に宴に戻って行った。

(結局、揺れについてははぐらかされてしまった)

アマテラスがツクヨミに隠し事をするのは初めてではない。

高天原での二人の立場の違い故に、アマテラスがツクヨミに言えぬ事など山ほどある。

いくら姉弟でも、いくら三貴神ともてはやされようとも、線引きは明瞭だ。

アマテラスはツクヨミに言えぬ事は言わぬだけだ。

(まぁ先程の揺れは気にするなと言う事だな…)

宴に戻ったツクヨミに気がついた者から拍手と歓声で迎え入れられたツクヨミは、手を上げてその声に応えた。



ツクヨミを迎える歓声はアマテラスの耳にまで届いた。

この喜ばれようはひとえにツクヨミの人徳ゆえだろう。

姉にも弟にも気を配り、二人に足りぬところを無意識に補い、そして立場も退き際もわきまえている。

時々向けられる熱い視線を少々鬱陶しく思う事もあるが、それ以外は我が弟ながらよく出来た男だとしみじみ思う。

だがその察知の良さ、そしてその根底を成すツクヨミの優しさが、治政の場においては命取りになり兼ねない。

そして月の鏡に映るもうひとりの弟はと言うと、憤怒の形相でアマテラスを睨みつけていた。

アマテラスがツクヨミの月の鏡を通して己を見ている事を見越して、月を睨みつけているのだろう。

スサノオのあまりの形相にアマテラスは思わずくつくつと笑ってしまう。

先程ツクヨミが尋ねてきた揺れは、スサノオの創り出した炎がアマテラスの張った結界に阻まれた際の衝撃で起きたものだった。

予め張っておいた結界ではあったが、予想以上にスサノオの攻撃が激しかった為、その衝撃が高天原まで届いてしまった…。

スサノオの攻撃は見る者によっては、高天原に対する反逆行為とみなすだろう。

だが、それはまだ早い。

スサノオにはこれから葦原中国で成すべき事が山程あるのだ。

本人は預かり知らぬ事だが、それは巡り巡って高天原の糧となる。

故に先程の揺れを何人たりとも知られてはならない。

高天原に住まう者全員参加の宴を設けたのはこの為だ。

興奮状態を引き起こし判断力の鈍る薬草を酒に漬け込み、薬効を抽出したものを今宵の酒に混ぜておいた。

故に揺れに気がついた者はいないだろう。

だが、ツクヨミに至っては主催者として酒を呑まずに接待に回っていたようだが…。

「律儀な男だ」

そう呟きながらアマテラスは脇息から身体を起こすと、自分用に用意しておいた薬効の入っていない酒をあおる。

この酒はツクヨミ特製の飲み口の軽い酒であるが、その飲みやすさ故に酒が進んでしまう為、飲み過ぎに注意しなければならない。

アマテラスは目線を杯から月の鏡に戻すと、声の届かぬ憤怒の表情のスサノオに話し掛ける。

「スサノオ、お前は炎も考察もまだまだだ。だから私はいつもお前に詰めが甘いと言うておるのだ」

そしてカチリと小さな音を立てて杯を置くと、再び脇息にもたれかかり頬杖をついた。

「それではいつまで経っても真の『スサノオ』にはなれまい」



*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜・*:.。.*.。.:*・☆・゜



今回は「その時高天原は?」回でした。

ところで、今回描いている牛頭てんですが、テーマソングが無くて描きにくいな~と思っていたのですが、最近になってテーマソングが出て来まして。

それはサザンの「TSUNAMI」です。

震災以降にカラオケに行った時に「TSUNAMI」を歌った事がありましたが、その時に物凄い罪悪感に襲われたものです。

だから聴く事も歌う事もなかったのですが、最近になってそれが無くなったようです。

やっぱり傷ついていたんだろうなと思いました。

で、amazon musicで購入して聴きながら歌詞を読んでいたら、2番のサビのところで突然胸に込み上げるものがあり、号泣寸前まで行ってしまいました。

その歌詞はと言うと、


「身も心も愛しい女性しか見えない

張り裂けそうな胸の奥で

悲しみに耐えるのは何故?」


というものです。

私自身はこんな激しい恋情を抱くような恋愛は残念ながらしていないので、なんか変だな~と思っていたところ、どうやらこれは稲田姫物語のスサノオ君の想いのようです。

お話のキャラクターに過ぎない存在の感情を受けるってすんごい体験ですが、こんな風に共感しながら書き進めて行けよと言われたような気がしました。



ところでyoutubeで「TSUNAMI」を検索したところ、ご本人の映像がありませんでした。

代わりに見つけたのがコレ、演歌の前川先生が歌唱する「TSUNAMI」です。

じゃん!


なんか、なんかすごいですよね・・・。

思わず聴き入ったと言うか直立な姿勢を見入ってしまいました。



それでは本日も良い一日を~。







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by garoumusica | 2018-11-12 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(4)
お久し振りの稲田姫物語です。

前回ちょっとだけ載せていた分も今回一緒に載せました。

ので、前半はデジャヴを覚える方もいらっしゃるかと思いますが、まぁどんまいです。





天の叢雲。

その名を聞いたスサノオの眉がピクリと動く。

スサノオは剣を降ろし、訝しげな表情を浮かべながらゆっくりと視線を男へと移すと、

「天の?」

と、問うた。

『叢雲。この剣が舞い降りた際にその熱で雨が雲と化し、その雲が地に群がった様子を表したものだ』

男はスサノオの「天の」という呟きを受け、その剣の名の由来を伝える。

だが、スサノオは足元に置いた愛用の剣に視線を移すと、男の言葉を遮るように言葉を発した。

「いや、そちらではない」

『は…?』

スサノオは足元の剣から視線を男へと戻すと、怪訝な表情を浮かべた男を見つめ言葉を続けた。

「『天の』。天の叢雲の『天の』とはどういう意味だ?」

『天の?』

男はスサノオが何故「天の」という部分を気にするのか、全くもって分からぬといった様子だ。

スサノオは男の表情の変化を気にする事なく、己の疑問を投げつけた。

「何故ここで『天』の名が出てくるのだ?」



「天」という言葉には、少なくともスサノオの知る限りでは三つの意がある。

一つ目は天、天空の意だ。

天の叢雲の「天」という名が、天空から落ちて来たという意味で使われているならば、成る程、流星から作られた剣だけあると言うものだ。

何の問題も無い。

二つ目は森羅万象を示す「天」だ。

こちらは此度の意味には当てはまらないだろう。

だが、最後の一つの意味で使われているならば、スサノオは違和感を覚えずにはいられない。

それは「高天原」を意味する「天」だ。

高天原の者達は高天原を「天」、葦原中国を「地」と呼ぶ事がある。

そして高天原の者達は何かにつけ、高天原で作られたものに「天の」と名付けたがる節がある。

スサノオの愛用の剣を取ってみてもそうだ。

ただの十拳の剣であるのに対し「天の」とわざわざ名付け、なにやら大層な代物のように見せたがる。

もしこの天の叢雲の剣の「天」が「高天原」という意味だとしたら、スサノオは疑問を抱かずにはいられない。



何ゆえ高天原と名のつく剣が今、己の手の中にあるのか。

何ゆえアマテラスが高天原という名を持つこの剣を所望したのか。

それも、高天原のものであるという事をスサノオに隠した上で…。

恐らくアマテラスはこの剣の名を、この剣の由来を知った上で、スサノオに所望したはずだ。

スサノオは思わず己の手の中にある天の叢雲を強く握り締める。

夕べ、クシナダに手当てをしてもらった傷が痛む。

それでもスサノオは剣を握る力を緩める事はなかった。

何ゆえ高天原の叢雲の剣を持った男がオロチに喰われたのか。

何ゆえ高天原の叢雲の剣を喰らったオロチに、クシナダの姉達が喰われたのか。

果たしてこれらの一致は偶然に過ぎないのか?

それとも…。

この妖しき剣に付けられた「天」という名に、スサノオの与り知らぬ何か重大な事が隠されているように思えてならず、スサノオは眉間の皺を深めずにはいられない。



一方、亡者達の間では困惑の色が広がっていた。

オロチから解放してくれたスサノオに対し出来る限りの感謝の気持ちを示したつもりだったが、当のスサノオは受け取った剣の名を聞いた途端、何故か険しい顔をして黙り込んでしまった。

勿論、亡者達はスサノオに何らかの反応を求めていた訳ではない。

ただ自分達が礼を言いたいが為に再びスサノオの元に自ら集ったのだ。

だが、まさか難しい顔をして黙り込まれるとは思いもよらず、亡者達はただただ困惑するのみだった。

そして彼らの中で最も複雑な思いでスサノオを見つめていたのは、天の叢雲の剣をスサノオに贈った男、本人だろう。

代々受け継いで来た一族の誇りでもある剣を贈ったにもかかわらず、喜ばれるどころか険しい表情をされた上に黙り込まれてしまったのだから。

しかもその理由というのがよく分からない。

どうも天の叢雲という名の「天の」という部分が気になるらしい。

この男にとって「天」は「天」に過ぎない。

男はこの剣の所有者であったにもかかわらず、スサノオの様にその名にもその由来にも疑問を抱いた事が無かった。

だがこの目の前の大男には、所有者であった自分達には見えていなかったものが見えているようだ。

その事実はスサノオよりも自分達の方が劣っていると伝えているようで、少々面白くない。

『今まで何の疑問も抱いた事はなかったが、この剣が流星と共に舞い降りた事から考えると、「天」は「天空」の「天」であろう』

男は剣を与えたという優位な立場を保とうと、半ば思い付きでスサノオに助言した。

その思い付きで行動をするというその短慮さが、自らをオロチの餌食にしてしまったという事実を、この男はこれから先も気付く事はないだろう。

その言葉を聞いたスサノオは男をギロリと睨みつけた。

矢のように鋭く放たれたその視線は、男のみならず事の成り行きを見守っていた亡者達の身をも竦ませる。

「で、あろう?」

スサノオは男の発した言葉の語尾を唸るように繰り返した。

(推測か…、つまり分からぬと言うのだな。推測では意味が無い)

スサノオは男を睨みつけたまま、チッと舌打ちをする。

男はスサノオの射抜くような視線を受け、思わず取り繕う様に言葉を発した。

『何しろ古い伝えであるから…』

スサノオは男の言葉を遮り、苛ついた様子で男に問う。

「では聞く。この剣は初めからこの剣の姿でそなたの祖先の前に現れたのか?」

スサノオは一旦言葉を切ると天の叢雲の剣を横向きに構え、男に向かって差し出し言葉を繋いだ。

「それとも、そなたのクニの祖先が流星から作ったものか?」

『は…?』

男はスサノオの言葉の意味を図りかねていた。

と言うよりも、そもそもスサノオが何に対して苛立っているのかすら分からない。

男が言い淀んでいるとスサノオが再び口を開いた。

「ではこう聞こう」

その瞬間、スサノオの身体から激しい炎が噴き出し、亡者達は思わず身を竦めた。

実際にはオロチを燃やす炎と犠牲者達の亡骸を包む炎の揺らぎによって、そのように見えただけかもしれないが、男には、スサノオと男のやり取りを見守っていた者達には、スサノオの内から激しい炎が噴き出したかの様に見えた。

今はただ、そのふたつの炎に照らされているだけだが、炎に照らされ浮かび上がるスサノオの姿は、見る者にある種の畏怖の念を抱かせずにはいられない。

「そなたのクニには流星から剣を作り出す法が残っているか?」

(これ程の剣だ、秘密裏であれその製造法が何らかの形で残っているはずだ)

この男の一族に代々伝わってきたと言うのなら、当然その所有者に大まかであれ何らかの製造法が残っているものだ。

例え残っていなかったとしても、古代にはその様な技術があったという伝えが少なからず残っているはずだ。

だが、その程度の伝えすら残っていないとするならば、それはかつてこの剣を誰かから与えられたからに過ぎない。

この男の言う流星と共に空から落ちて来たなどという話は、到底有り得る話ではない。

あるとするならば、天を支配する力を持つ者が何らかの意図を持って仕組んだはずだ。

それは誰か?

それはこの剣に「天の」と名付けずにはいられなかった人物であろう。

それは誰か?

…それは天津神、すなわち高天原の最高神である人物だ。

男はスサノオの剣幕に圧倒されつつも、辛うじてその問いに答えた。

『…いえ、残っておりません』

その答えを聞いた瞬間、今度はスサノオの身体から激しい炎が噴き出した。

(姉上!)

スサノオが天を、姉の居る高天原を睨みつけると、スサノオを取り巻いていた炎は目にも留まらぬ速さで天へと向かって駆け昇って行く。

オロチの餌食となった者達も、その炎の勢いに身を竦ませながらも炎の行方を目で追う。

その炎はさながら激しく燃え盛るオロチの様であった。

自分達を喰らった、あの憎きオロチだ。

だが、天を駆け昇るその姿は目を離せぬ程に美しい…。

オロチの姿をした炎は天のある高さまで到達すると、まるで見えない壁に遮られたかの様に横へと広がり、そして瞬く間に消えていった。

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スサノオから噴き出た炎が消え去った今、天に残るのは美しく輝く月と星、そして恐ろしいまでの静寂だけだ。




という訳で、ようやく書く事が出来ました。

今までは古臭い雰囲気の日本語にこだわってきましたが、今回は日本語に直すのが大変で、そんな事にこだわっていられませんでした。

挿絵を描くのは一瞬(嘘)、日本語に直すのは数か月。

あ”ーーー!!!日本語って難しい!!!

でも!気になるところだらけなので、ちょこちょこ訂正していきます。

そしてこのビッグウェーブに乗るしかありません!

ちょっと短いですが、次回も稲田姫物語の予定です!(`・ω・´)

すごいじゃん!私!!!

やっぱり次々回くらいになるかもです。



という訳で、本日も良い一日を~。



スーさん 「我が裸身の賜物か」

musica 「コメント欄で応援していただいたお陰です!ありがとうございました」








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by garoumusica | 2018-10-31 05:55 | 稲田姫物語 | Comments(0)
今回の稲田姫物語はちょっと短いです。

以前これで良いのか逡巡していると書きましたが、今だ逡巡しているので、中4日目ですがその逡巡している部分まで載せました。

なので今回は「その16-1」としました。

次回の更新の時にこの続きが載せられるように頑張ります(`・ω・´)。




天の叢雲。

その名を聞いたスサノオの眉がピクリと動く。

スサノオは剣を降ろし、訝しげな表情を浮かべながらゆっくりと視線を男へと移すと、

「天の?」

と、問うた。

『叢雲。この剣が舞い降りた際にその熱で雨が雲と化し、その雲が地に群がった様子を表したものだ』

男はスサノオの「天の」という呟きを受け、その剣の名の由来を伝える。

だが、スサノオは足元に置いた愛用の剣に視線を移すと、男の言葉を遮るように言葉を発した。

「いや、そちらではない」

『は…?』

スサノオは足元の剣から視線を男へと戻すと、怪訝な表情を浮かべた男を見つめ言葉を続けた。

「『天の』。天の叢雲の『天の』とはどういう意味だ?」

『天の?』

男はスサノオが何故「天の」という部分を気にするのか、全くもって分からぬといった様子だ。

スサノオは男の表情の変化を気にする事なく、己の疑問を投げつけた。

「何故ここで『天』の名が出てくるのだ?」



「天」という言葉には、少なくともスサノオの知る限りでは三つの意がある。

一つ目は天、天空の意だ。

天の叢雲の「天」という名が、天空から落ちて来たという意味で使われているならば、成る程、流星から作られた剣だけあると言うものだ。

何の問題も無い。

二つ目は森羅万象を示す「天」だ。

こちらは此度の意味には当てはまらないだろう。

だが、最後の一つの意味で使われているならば、スサノオは違和感を覚えずにはいられない。

それは「高天原」を意味する「天」だ。

高天原の者達は高天原を「天」、葦原中国を「地」と呼ぶ事がある。

そして高天原の者達は何かにつけ、高天原で作られたものに「天の」と名付けたがる節がある。

スサノオの愛用の剣を取ってみてもそうだ。

ただの十拳の剣であるのに対し「天の」とわざわざ名付け、なにやら大層な代物のように見せたがる。

もしこの天の叢雲の剣の「天」が「高天原」という意味だとしたら、スサノオは疑問を抱かずにはいられない。



何ゆえ高天原と名のつく剣が今、己の手の中にあるのか。

何ゆえアマテラスが高天原という名を持つこの剣を所望したのか。

それも、高天原のものであるという事をスサノオに隠した上で…。

恐らくアマテラスはこの剣の名を、この剣の由来を知った上で、スサノオに所望したはずだ。

スサノオは思わず己の手の中にある天の叢雲を強く握り締める。

夕べ、クシナダに手当てをしてもらった傷が痛む。

それでもスサノオは剣を握る力を緩める事はなかった。

何ゆえ高天原の叢雲の剣を持った男がオロチに喰われたのか。

何ゆえ高天原の叢雲の剣を喰らったオロチに、クシナダの姉達が喰われたのか。

果たしてこれらの一致は偶然に過ぎないのか?

それとも…。

この妖しき剣に付けられた「天」という名に、スサノオの与り知らぬ何か重大な事が隠されているように思えてならず、スサノオは眉間の皺を深めずにはいられない。








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by garoumusica | 2018-06-28 06:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
はい、本日は稲田姫物語の続きです。

キリがいい所まで続けたのでちょっと長いです。

なのでお暇な時に読んでいただけると良いかもしれません。




スサノオはその場に居る亡者達の視線を全て受け止めると、勢い良く頭を下げた。

するとスサノオを取り巻く気が、即ち亡者達の思念が揺らぐ。

恐らくスサノオの行動が亡者達の予想に反したものだったのだろう。

意表を突いた行動を目の当たりにすると人は狼狽えるものだ。

スサノオはその姿勢のまま言葉を発する。

「皆の意見を伺う事もせずに勝手に火を点けて申し訳なかった!」

スサノオは高天原で数々の悪事をしてきたが、この様に謝罪をしたのは初めてかもしれない。

この度は悪事をした訳ではないが、以前とは違い素直に己の過ちを認め頭を下げる事が出来たのは、やはりクシナダという存在が大きいだろう。

スサノオは顔を上げると、亡者達を見渡した。

皆、少々面を食らったかのような表情を浮かべている。

スサノオは少々その表情に引っかかるものを覚えたが、構わずに続けた。

「私は皆のあの様な姿を人目に晒したくなかった」

スサノオはオロチの身体から取り出した、あの無残な犠牲者達の塊を脳裏に描く。

あの理性も何も残っていないかの様な、おぞましき姿を。

「善かれと思って火を点けたのだが、結果として皆を迷わせてしまった。本当に申し訳ない」

スサノオはそこまで言うと、しょんぼりと俯いてしまった。

しかし次の瞬間、スサノオを取り巻く気が柔らかく軽やかなものへと変化したのを肌で感じ、スサノオは思わず顔を上げた。

すると目に飛び込んで来たのは、微笑みを浮かべる亡者達だった。



(皆が笑って…)

スサノオは不思議な面持ちで皆を見つめていると、ひとつの気配がスサノオに近づいて来た。

そちらに顔を向けると、そこには剣を手にした、いかにも手練れといった様相の男がスサノオに向かって歩いて来ていた。

この辺りの者ではない。

年の頃はスサノオよりも二十は上だろうか。

いや、美しく整えられた髭の所為で、実際の年齢よりも老けて見えているかもしれない。

髭というものは男に貫禄を与えるものだ。

故に高天原追放の際に抜かれた髭が未だ生えてこない事を、スサノオは不満に思っていた。

密かにアマテラスが何かしたのだろう。

その意図は分からぬが、次に接した時には返却を求めるつもりだ。

男には貫禄が必要だ。

スサノオはそう思っている。



男に話を戻そう。

背はスサノオの方が遥かに高いが、その男の圧倒的な存在感はスサノオに劣らない。

生前は部族の長やクニの王、もしくはそれに近い立場であっただろう。

その様な印象を初対面の者に与えられるだけの雰囲気を醸し出していた。

男はスサノオの前まで来ると歩みを止め、スサノオを見つめた。

スサノオも眼前にやって来た男を見つめる。

同じ剣を扱う者同士、この様に対峙するだけで相手の剣の腕前は分かるものだ。

スサノオは高天原においては右に出る者が居らぬ程の腕前だが、この男はそれに劣らぬだろう。

いや、実際の戦いの場においてはこの男の方が場数を踏んでいる分上手かもしれない。

スサノオの心には、早くもこの男に対しどこか尊敬の念に似たものが生まれていた。



二人はしばし見つめあっていたが、男はフッと頰を崩し、スサノオに話し掛けた。

『我々は迷うてここにいるのではない、君に逢いに来たのだ』

男の口は動くものの、そこから発せられるのは空気を震わせる声ではなく、頭の中に直接響く声だった。

同じ場に立っているからだろうか?

それはイザナミとの間の交流よりも遥かに明確な意思の交換だった。

スサノオは口を動かさずとも男に意思を伝える事は出来たが、口を動かし意思を伝えて来た男に合わせ、実際に声に出して返事をした。

「私に逢いに?」

『そうだ』

男は首を傾げ不思議がるスサノオを見つめる。

この大男には似合わぬ動作と表情だ。

どこか親愛の情が湧く。

それは周りで見守る者達も同じだった。

これだけの犠牲者を出したオロチを退治した男には余りにも不釣り合いな言動が、かえって親近感を覚えさせていた。

『名を聞いても?』

スサノオはハッとした表情を浮かべると、背を伸ばしてその名を告げる。

「これは重ね重ね失礼を致した。我が名はスサノオ。葦原中国のタケハヤスサノオと申す」

葦原中国の、という部分でスサノオは自慢気に胸を張った。

高天原のスサノオであった時よりも、葦原中国のスサノオである事の方が自慢であるかの様だ。

実際には、葦原中国の人間にとっては高天原の者である方が自慢出来る事なのだが…。

『スサノオ…、スサノオノミコト』

男はスサノオの名に尊称を付けて呼び直す。

他の者達もスサノオの名を口々に呟いている様だ。

『スサノオノミコト、我らは迷うて今この場に居るのではない。スサノオノミコトに礼を述べる為に戻って来たのだ』

「私に礼を?」

スサノオは訳がわからぬという風に先程とは逆の方向に首を傾げる。

この大男には余りにも似つかわぬ動作に、皆ついつい頰を崩す。

だが、男は表情を引き締めると胸に手を当て、スサノオに告げる。

『我らをあの忌々しきオロチの体内より解放してくださった事に対し、感謝の意を申し上げる』

亡者達も各々のやり方で感謝の意を態度で示す。

「えっ…」

スサノオは思いもよらぬ突然の感謝の言葉に狼狽えた。

てっきり亡骸を勝手に燃やしてしまった事を咎められるとばかり思うていた。

『スサノオノミコトが我らを解放して下さらなければ、我らは今尚あのおぞましき姿のまま、分別もつかぬ獣の様な御霊のまま、オロチの養分として生きなければならなかったはず』

他の者達も皆、この男と同意見だと言わんばかりにそれぞれに頷く。

スサノオはそれは違うと首を横に振る。

そしてバツが悪そうに、言い澱みながらも事の真相を告げた。

「私は皆を解放しようなど、そんな大それた事を考えて行動した訳ではない。…私はただ、愛しきおなごをオロチから護る為に行動したまでなのだ…。だからその様に礼を言われる様な事は何ひとつしていない」

それがスサノにとっての事実だ。

愛しきクシナダを喰らおうとしていたオロチの息の根を完全に止める為に、その肉体を切り刻んでいたら、胴体の部分から犠牲者達の塊が出て来た。

ただそれだけだ。

感謝される事は何ひとつしていない。

そう告げられた後も亡者達はスサノオをじっと見つめていた。

男は困惑の表情を浮かべるスサノオに一歩近づくと、改めて告げる。

『それでもだ、スサノオノミコト』

スサノオは男を見つめ返す。

『それでも我らは今なお、あなた様に感謝の念を抱いている』

男は一呼吸置いた後、再び言葉を紡いだ。

『ありがとう、スサノオノミコト』

その言葉に続き、他の者達も口々に感謝の言葉をスサノオに伝えた。



スサノオが再び否定の言葉を口にしようとすると、男はそれを遮るようにスサノオに剣を差し出す。

スサノオはその差し出された剣を見つめた。

受け取れという事なのだろうか?

差し出された剣は男と同じ様に微かに透けて見える。

恐らくこの剣も、もうこの世には存在しない物なのだろう。

亡者達も人の姿と同じ様に見えるものの、微かに透けて見える。

それがこの世に生きる生者とあの世に生きる亡者の違いだ。

この世に生きているスサノオが差し出された剣を触れられるのかどうか、スサノオには分からなかった。

だがまったく受け取ろうとしないのもまた、失礼であろう。

そう考えたスサノオは剣を受け取る形を取る事にした。

スサノオは手にしていた天の十握剣を足元に置くと、透き通る剣を掴もうとする素振りをした。

そしてスサノオの手が透けた剣に触れたかの様に見えた瞬間、透き通っていた剣がスサノオの手を中心にしてスッと実在を帯びる。

スサノオが驚きの表情を浮かべたのと同時に、剣はスサノオの手の中に重さと感触と共に収まった。

(重い…)

愛用の天の十握剣の半分程の長さにもかかわらず、その重さは同じくらいだ。

スサノオが剣を受け取ったのを合図に、他の者達もスサノオに近づくと口々に感謝の意を伝え、スサノオの足元に半透明の剣や装飾品を置いていった。

もはやスサノオにはそれらの行為を見守るしかなかった。



全ての者達がスサノオに感謝の意を伝え終わると、再び男がスサノオに話しかけた。

『我らからの贈り物だ。これが今、我らに出来る精一杯の感謝の印。どうか受け取って欲しい』

スサノオが受け取れぬと口を開こうとした瞬間、それを見抜いたかの様に男は再び口を開く。

『その剣は我らのクニに代々伝わる物だ』

スサノオはその言葉につられ、ついつい剣を見てしまう。

少々古い時代のものだが、その剣の柄や鞘に美しい細やかな彫りが施されている。

彫金の技術はなかなかのものだ。

「鞘を抜いても?」

『勿論』

スサノオはゆっくりと鞘を抜く。

そしてその鞘から出てきたのは、銅製のスサノオの天の十握剣とは違う鋼で出来た刀身あった。

(何だ?この剣は…。姉上の作られる鉄製の剣とも違う様な…)

スサノオは初めて見る鋼で出来た刀身にそっと触れてみる。

「熱い?」

その指には微かに熱を感じた。

スサノオは片膝を突きその膝の上に剣を置くと、地面に置いていた己の剣を手に取って鞘を抜き、その刀身に触れ温度を確かめた。

スサノオの天の十握剣の方が微かに冷たい。

(やはりこの剣の刀身は僅かではあるが熱を帯びている様だ)

スサノオは再び天の十握剣を地面に置くと、膝の上に置いていた剣の刀身に触れた。

その様子を満足気に見ていた男が口を開く。

『その剣には古よりの伝えがある』

「伝え?」

スサノオは片膝をついたまま男を見上げた。

『そうだ。天より落ちたる星と共に我が大地に舞い降りし剣』

「天より…」

スサノオは思わず空を見上げる。

「流星…、流星で出来ているのか、この剣は」

男はスサノオを見つめながら話を続けた。

『草木が眠りし頃、天は我が大地を削る程泣きに泣いていた。

だが突如雲が裂け、眩い光が世界を覆ったかと思った次の瞬間、全ての者の耳を閉じさせる程のけたたましい轟音と、大地が裂けたかの様な巨大な揺れが大地を襲った。

その揺れが収まった後、我が祖先がその場所に近づいて行くと、辺り一面に凄まじい程の熱気を帯びた雲が群がっていた。

やがてその熱と雲が霧散すると、そこには今まで無かった巨大な円形の窪地が現れた。

そしてその中心には割れた流星と共に、一本の剣が大地に突き刺さっていた』

男はスサノオの手に収められた剣を見つめた。

『今、スサノオノミコトの手にあるのがまさに、流星と共に空から舞い降りし剣だ』

「では、その時の熱を今なおこの剣は閉じ込めて…」

スサノオはしばしの間剣を見つけていたが、ふとこの剣と夜空に瞬く星々とを重ねて見たいと思い立ちゆっくりと立ち上がると、天に向かって剣を突き出した。

オロチと亡者達を焼く炎を受け、その剣は美しいまでの妖しい輝きを放つ。

その輝きと相成って、これだけの犠牲者を生んだオロチを倒すという偉業を成し遂げた大男の剣を天に突き出すその姿は、亡者達の目には余りにも神々しく映った。

本人からしてみれば、何の意図も無いただの思いつきの行動なのだが…。

男はその姿を見、まるで尊いものを見ているかのように目を細めると、その剣の名をスサノオに告げた。

『故にその妖しき剣の名を、天の叢雲と言う』

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稲田姫物語その15にしてようやく、スサノオ君が妖しき剣を手にする事が出来ました。

妖しき剣編の山場を越えました(`・ω・´)+

まだまだ続きますが・・・。

妖しき剣編が終わったら、オロチ退治後編→ちょっとした小話編→高天原編へと続き、スセリヒメとオオクニヌシさんの出て来る黄泉の国編まで続きます。

実際もう、脳内では黄泉の国編も終了しています。

これ全部文字化するのに何年かかるんだろう・・・。

こんな感じで、それでは良い週末を~。








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by garoumusica | 2018-03-30 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
はい、お久し振りの稲田姫物語です。




スサノオは岩陰から姿を現すと、己の亡骸を燃やす炎を前にする亡者達を改めて見つめた。

オロチに喰われ、とうの昔に死んだ者達。

その肉体はオロチの体内にて異形化し、オロチの死後スサノオの手によって取り出され、そして火をつけられた。

それは弔いの意を込めての事だったが、実際には黄泉へと渡る事も出来ず、また、帰る肉体を失った亡者の御霊を迷わせただけであった。



(彼らは今何を思い、何故迷うておるのか。

彼らは今何を思い、己の亡骸を見つめているのか)

スサノオは己の亡骸を見つめる彼らの心情を、自分自身に置き換え、慮る。

(いつの日にか私もこの命が尽きてこの世を去らねばならぬ日が来る。

その時に私は何を思うだろうか)

それはスサノオにとって初めて考える内容だった。

そもそも己が死ぬ可能性があるという事に気がついたのも、オロチ退治を申し出、起こり得る限りの可能性を考えた末に、ようやく思いついた程だ。

それ程までに、死とはスサノオにとって縁遠い出来事であった。

(私は何があれば迷わずに黄泉へと旅立てるだろうか)

ふとスサノオは、昨日クシナダに抱きしめられた時のあの温もりを思い出した。

あの、母の腕に抱かれているかの様な安心感を。

(あぁ、そうだ。

あの安らぎ中で息絶える事が出来たなら、私は至福のうちに黄泉へと旅立てるだろう。

きっとあのオロチの犠牲となった者達にも、その様な存在がいるはずだ。

その存在を彼らに思い出させる事が出来れば、母上の御手を煩わせずに黄泉へと送る事が出来るかもしれない)



そう思いついた瞬間、スサノオの胸に再び母の温もりが広がった。

(母上?)

スサノオは唐突に宿った温もりに違和感を覚えた。

(何か仰りたい事でもあるのだろうか…)

スサノオとイザナミの間では、スサノオとアマテラスとの間で行う様な明確な意思の疎通が出来ていなかった。

しかし、それは無理もない事だ。

スサノオとイザナミが交流し始めたのは、つい先程の事なのだから。

スサノオとアマテラスの間を繋ぐ縁が巨木の幹の様な太さだとすると、イザナミとの間に結ばれた縁は蜘蛛の糸の様なものだ。

交流を繰り返すうちにその糸は巨木の幹の様になるだろうが、一朝一夕にという訳にはいかない。

今はどちらのものともつかぬ程の、肉体・感情の微かな変化のみが頼りだ。



スサノオはイザナミのもたらした温もりの意図を探る為に、すべての感覚を胸に集中させる。

(温もりと共に微かに感じるのは、何か焦れる様な感覚だろうか…)

何故イザナミが焦れる様な感覚を送って来たのか。

スサノオはその感覚が訪れる直前に考えていた内容を手繰り寄せる。

(私が直前に考えていたのは、母上の御手を煩わせずに彼らを黄泉へと送れないだろうかという事だった。

あの感覚がそれに対する返答だとすると、母上は己を頼れと仰っているのか?)

再びスサノオの胸に温もりが広がる。

その反応にスサノオは思わず笑みをこぼしてしまった。

何故ならば、この温もりはその解釈で合っていると言いたいが為にもたらされたものだと、直感の内に理解したからだ。

(姫君といい、姉上といい、そして母上といい、私の周りのおなごの心根はなんと勇ましく、なんと心強いものか)

そう思い苦笑いを浮かべた次の瞬間、スサノオはハッと重大な事実に気がついた。

(いや、違う。私の周りに限った事ではない。

おのこはおなごから産まれ、おなごに育てられ、おなごに愛され、おなごに支えられ、おなごに子を産んでもらい、おなごの元へと還る。

そう考えると、総てのおのこは総てのおなごに頭が上がらぬではないか)

初めて気がついたその事実に、スサノオは脳天を突かれたかの様な衝撃を受けた。

そしてその衝撃には、得も言われぬ感動も含まれていた。



新たな気づきがもたらした衝撃の大きさに、暫しの間固まっていたスサノオだが、やがてその表情を引き締め前を向いた。

(私がおなごに勝るのは図体だけだ。ならばその責を果たすのみ)

スサノオは万が一の事態に備え、愛用の剣・天の十握の剣(あまのとつかのつるぎ)をしっかりと握り締めると、いよいよ燃え盛る二つの炎に向かって歩み出した。

己の為すべき責を果たす為に。

スサノオは一歩、また一歩と迷える亡者達に近づいて行く。

彼らもスサノオが近づくたびに、ひとり、またひとりとスサノオの方へと顔を向ける。

そしてその場に居る亡者達総ての視線がスサノオへと向いた時、スサノオは足を止めた。

亡者達を照らすふたつの炎は、スサノオをもまた照らしている。



*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*゜*:..。o○☆○o。..:*



本日の内容はチャネリング初歩講座という感じでした。

今回の内容はどうしても挿絵を描きたかったのですが、羽生選手の絵に時間をとられて描く暇がありませんでした・・・。

だって時間が無いんですもん!。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。

ひどいよ、スーさん!←八つ当たり。

画像はしっかりとあり後は絵にするだけなので、そのうちこっそりと投下しようと思います。

それでは本日も良い一日を~。









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by garoumusica | 2018-02-27 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
稲田姫物語の続きです。




スサノオは先刻、己の手によって火を着けたあの肉体の塊を脳裏に思い浮かべた。

オロチに喰われた者達が重なり合い、同化し、そしてひとつのものとなったあの塊だ。

あの無残な姿を誰の目にも触れさせぬとした以上、せめて己だけでも彼らの姿を憶えておこうと、自分なりの弔いの意を込めてひとりひとりの顔を見たはずだった。

にもかかわらず、彼らをスサノオは敵と見誤ってしまった。

それはオロチの犠牲となった者達を侮辱する行為ではないか。

スサノオは目を強く瞑ると同時に拳で額を叩きつけた。

(私は愚かだ!

何が己に出来るせめてもの弔いだ!

洗い流したオロチの血と共に、彼らの姿をも記憶から流してしまっているではないか!)

スサノオは約束を違えてしまった己の愚かさに憤る。

(彼らを迷わせたのはこの私だ。

このままでは彼らに申し訳が立たぬ。

あの中には姫君の姉君達も居たのだ、姫君にもアシナヅチにも皆の者にも顔向け出来ぬ)



しかしスサノオには何をすれば彼らを弔う事が出来るのか、彼らを黄泉へと導く事が出来るのか、皆目見当がつかない。

実際、スサノオは弔いの場を経験した事が無かった。

死を軽んじていた為に、死者を弔う必要があるなど露にも思っていなかったからだ。

だから二度も人を殺める事が出来た。

スサノオは必死になって高天原での死について思い出す。

本来高天原の者は不死に近い。

普通に生活をしていれば、病む事も老う事も無い。

だが、高天原の者が命を落とす事もある。

それはより力のある者が殺めた場合だ。

スサノオが二つの尊い命を奪ったように、イザナミが火の神カグツチを生み出した際にその火に焼かれて死んでしまったように…。

(母上…)

スサノオはパッと目を開けると額に当てていた掌を顎へと移動させた。

(そうだ、黄泉の国の母上を頼ればこの者達を弔う事が出来るかもしれぬ)



幼き日、幾度となく求め、幾度となく呼び掛けても応えて貰えず、いつの間にか求める事をやめてしまっていた母。

アマテラスなどは、

「阿呆かスサノオ。我らは父のみから生じたのだ、イザナミの要素など爪の先ほども無い。その位分からぬのか?たわけ。故にイザナミがお前の呼び掛けに応える義理も無いわ、大馬鹿者」

などと言っていたものだが、そうではない。

スサノオは何故母が己の呼び掛けに応えてくれなかったのか、今なら分かる。

呼び掛けを無視していたのではなく、応えたくても応えられなかったのだ。

生者と死者の違い故、高天原に生きる者と黄泉に生きる者の違い故に。

両者を隔てる壁は厚い。

だが、今やその壁は無くなった。

スサノオが自ら国津神と宣言したからだ。

天津神である者が自ら国津神と宣言する、スサノオが高天原の最高神であるアマテラスに対して己は国津神だと宣言する、それは高天原に生きる己の死を宣言したのと同じ事だ。

故に今やスサノオとイザナミの立場は同じとなっていた。

(そうでしょう?母上)

スサノオは目を閉じ、心の中でイザナミに話し掛けた。

その途端、胸の真ん中に温かいものが広がる。

スサノオは目を閉じたままフッと笑う。

(初めてだな…、母上をこんなにも近くに感じたのは…)



泣き喚き、大地を割る程に求めても得られなかった母の温もり。

それが今や己の内にある。

スサノオはその母の温もりをしばし堪能した後、イザナミへ乞う。

(母上…、我が愛しき姫君の大切な家族が、姫君の家族と同じ境遇の者達が母上の王国へと辿り着けずに、そこで迷うております。

どうか母上の民達を母上の御力で御許へと導いてくだされ)

そう乞うた瞬間、スサノオの胸に再び温かいものを感じた。

それが母の応えだ。

(言葉など無くともこの温もりだけで十分だ)

スサノオはゆっくりと目を開いた。

そして掌にある妻櫛を胸元へ持って行くと、心の中でクシナダに語り掛ける。

(姫君、行って参ります)

スサノオは濡れた髪に妻櫛を挿すと、今度は口に出してイザナミに話し掛けた。

「では参りましょう、母上」



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



今回は特に絵に描きたいシーンではなかったので、挿絵はありません(`・ω・´)+。



寒かったり噴火したり。

日本色々ありますけど、それでも今日も良い一日を~。









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by garoumusica | 2018-01-24 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
稲田姫物語の続きです。




ヌイと水中で話している間に幾らか川下に流されていた様で、幸いにも炎の周りに集まっている連中はまだスサノオの存在は気づいていない。

スサノオは己の剣を置いている岩の周辺を確認する。

誰もいない。

幸い皆炎に注目し、岩の上のスサノオの剣にも気がついていないようだ。

(まずは剣まで辿り着く事だな…)

スサノオは目だけを水面から出し、そのまま音を立てぬよう細心の注意を払いながら水中を移動し始めた。

川面が浅くなるにつれ半ば這うようにして移動し、砂地へ辿り着くや否や足音を消して走り出した。

そして岩影目掛けて飛び込むと、音を立てぬよう回転しながら着地し、それと同時に素速く手を伸ばし愛用の剣を掴み取るとサッと岩影にその身を潜め、いつでも走り出せる様にと立てた片膝の上に剣を置いた。

これだけの動きをしてもスサノオは息ひとつ乱していない。

オロチ退治をした後でもまだまだ戦えそうだ。



スサノオは袂から妻櫛を取り出すと、無意識のうちにその唇を妻櫛に寄せる。

そして顔にかかる濡れた髪を乱暴に耳へと掛けると、妻櫛をそっと挿した。

(さて、これからどうしたものか…)

スサノオは腿に乗せていた剣を手に取り鞘を抜くと、刃を月の光の下で確認をした。

オロチを切り刻んだ剣の刃には欠けが多く出来ていたが、切っ先は辛うじて残っている。

だがこの刃では突くか叩く程度の攻撃しか出来まい。

それでもスサノオの力を持ってすればかなりの打撃を与える事は出来るだろうが、恐らく全ての者を攻撃するより先に剣が折れてしまうだろう。

愛用の剣を過信し、短剣しか用意しなかった己が腹立たしい。

短剣だけではなんとも心許無い…。

だが、今更後悔しても無駄だ。

(知恵を絞らねば…)

スサノオは正確な人数を把握する為に、こっそりと岩影から頭を出して様子を伺った。

70…、80…。

炎の加減で把握しにくいが、100は下らないかもしれない。

しかも武装している者に加え女子供も居る。

(部族総出か?)

スサノオは再び岩影に頭を隠した。

(多勢に無勢だ、効率良く攻撃を仕掛けねば…)

ポタポタと髪から滴り落ちてくる水滴を顎の下で拭う。

(考えろ、考えろ、考えろ…)

呪文の様に繰り返しながら、スサノオは髪から滴り落ちてくる水滴を再び顎の下で拭った。

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スサノオは炎の周りの者達の姿を思い描く。

あの者達の出で立ち、風貌、髪型…。

そして首を捻る。

(おかしい…)

どこか統一感を感じられない上に、アシナヅチに聞いたこの辺りに住む部族の特徴に当て嵌まらない者達がほとんどだ。

(彼奴らは何処からやって来たのだ?)

そしてスサノオの頭に真っ当な疑問が生まれた。

(川の中に居たとはいえ、これ程の人数の移動に気がつかないものか?)

それ程長い間、水中に潜っていた訳ではない。

だが気配を全く感じなかった…。

おまけにヌイも慌てている様子はなかった。

(何か引っ掛かる)

スサノオは考えながら無意識に妻櫛を指で優しく撫でる。

(何だ?この違和感は…)

眉間に皺を寄せながら考えていたスサノオだが、ふと己の指が無意識に妻櫛を撫でていた事に気がつくと、苦笑いを浮かべながら妻櫛を手に取った。

(意識せずに姫君を撫でていたとは…、かなりの重症だな)

スサノオは笑みを浮かべながらしばし妻櫛を見つめていたが、突然その笑みを消し、何かに気がついたかのような表情を浮かべた。

そして再び岩影から炎の周りに集まっている者達を見た。

男達の年齢はバラバラだが、ほぼ皆武装している。

女達はまだ乙女とも童女とも呼べる年齢の者達。

その童女達が今から侵略をしようかという集団の中に混じっているのは、明らかに不自然だ。

そして何より違和感を覚えずにはいられないのは、その風貌や服装が余りにも異なる点だ。

(まさか…)

スサノオは再び岩陰に身を隠し、その手の中の妻櫛をじっと見つめた。

そして目の前に広がる暗闇に視線を移すと小さく呟いた。

彼らの共通点を挙げるとするならば、それは恐らく、

「オロチの犠牲となった者達…」



(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ



それでは本日も良い一日を~。


時間が出来たので挿絵を描いてみました。

服を葦原中国風にするか高天原風にするか迷いましたが、追放された時の服をいまだに来ているという設定にしました。

あと爪の形がおかしいのは、剥がされた爪がようやくあそこまで伸びたよ!というイメージで描いたからです。

画廊musicaの微妙なこだわりでした。



次回の稲田姫物語は、まだ何も書いていないのでいつ載せるかは未定でっす(`・ω・´)+








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by garoumusica | 2018-01-09 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(2)
『稲田姫物語 妖しき剣編』の続きです。

稲田姫物語 妖しき剣編 その1。



スサノオは後ろ手でヌイに手を振ると、そのまま振り返りもせずに岸辺を目指した。

その間、頭に浮かぶのは掌の中のクシナダの事だけだった。

(11…、まだ11だったのか…)

クシナダはその齢らしい幼さを微塵も感じさせなかった。

スサノオは初めてクシナダを見た時の事を思い出す。

ただひたすらまっすぐに、己の目を見つめ返して来たクシナダ。

凛とした佇まいでそこに在りながらも、それと同時に己が護らなければならぬと強く思わせる、その存在の儚さ。

それは全て、その境遇ゆえ。

今もこの目にありありと映るその姿が、余りにも美しく、そして悲しかった。

(私が強くあらねば、姫君は安心して弱さを出せまい。その齢らしい弱さを)

昨日赤子扱いをされた時に見せたクシナダの、その歳に不釣り合いな母の様な包容力を思い出す。

(今の弱い己のままでは…)



スサノオは川面が腰の辺りになった所で足を止めると、妻櫛を握る掌を胸の鼓動の上に置き、目を閉じた。

そして改めて誓う。

(姫君が安心して己を出せる様、私は強くなろう)

そのまましばし目を閉じていたスサノオだが、次の瞬間、全身の毛が逆立つ様な感覚を覚え、咄嗟に目元まで身を沈めた。

そして妻櫛を袂に入れると同時に腰に携えていた短剣を抜く。

先程まで穏やかに拍を刻んでいた胸が、今や早鐘を打っている。

水の中に居ながらも冷や汗が溢れ出るのが分かる程だ。

(何だ?この感覚は…)

スサノオは素早く辺りを見渡し、その原因を探る。

そして今だ煌々と燃え上がる二つの炎に目をやると、その明かりに照らされた大勢の人影を見つけた。

ここから確認出来るだけで、アシナヅチの部族の者達が皆戻って来たのではないかと錯覚する程の数だ。

(やはり炎に引き寄せられたか…)

スサノオはチッと小さく舌打ちをし、苦々しく呟いた。

「まるで虫だな」

それからちらりと月を見、その位置を確認する。

(夕餉の刻まで残っていた者達が此処まで戻って来るまで、今しばらく掛かるな…)

アシナヅチの部族の者達総てが居住地を長時間留守にする事は余りにも危険だと判断し、部族は幾つかに分けて退避させていた。

女子供と老人、そしてそれらを守る者達は最も遠く離れた安全な場所へ。

ある程度力のある者達は、月が山の頂に隠れる迄に居住地に戻れる場所へ。

そして見張りを兼ねた戦闘力の高い者達は、オロチ退治当日も刻限ギリギリまでスサノオと行動を共にし、辿り着ける場所まで退避。

そして狼煙を確認次第引き返すという手筈であったが、それでも山を幾つか超えている筈だから、残念ながら今しばらく援護は期待出来そうにない。




次回は年が明けてからです。

本日の本館ブログで、スーさんの後ろ姿の映ったピーターサイトの特集をしました。

良かったらご覧ください!


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それでは良いお年を~。










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by garoumusica | 2017-12-30 05:00 | 稲田姫物語 | Comments(0)
本日でヌイ君編はラストです。




ヌイはスサノオの放つその光を、眩しそうに目を細めて見つめていた。

スサノオの目に宿った光は、スサノオの意思の強さに比例するが如く輝きを増し、今やスサノオの肉体全体を包む迄になっていた。

しかし、その光を見つめるヌイの顔はどこか寂し気だ。

ヌイは先程迄その身に触れられる程近くに居たスサノオが、いや、実際には距離は変わっていないのだが、触れられぬ程遠くに行ってしまった様な気がしていた。

それはまさに、川の底から天の日を仰ぎ見ている時と同じ感覚だった。

本来であればスサノオは、川の底に住むちっぽけな存在である自分が言葉を交わす事など有り得ない、まさに天上の存在だ。

そんなスサノオに気安く接して貰い、簡単な助言をする機会を得、自分は少々勘違いをしていた…。

己の勘違いぶりに恥ずかしさを覚えたヌイは、スサノオを見つめながら少しずつ距離を取り始めた。



しかし次の瞬間、突然スサノオの腕がヌイの首を捉えたかと思うと、スサノオは一人で何やら納得したかの様な声を上げた。

『そうか!そういう事か!』

『なんだよいきなり!びっくりするじゃねぇかよ!』

驚きのあまりヌイはスサノオの腕の中で暴れ、悪態を吐く。

スサノオが光を放ち始めてからは、スサノオの思考がヌイに伝わらなくなっていた。

圧倒的な能力の違い。

理由はそれだけだった。

故にこのスサノオの突然の抱擁に、ヌイはただ戸惑うばかりだ。

『ハハハ!姉上にしてやられたな』

『だから何がだよ!』

ヌイは苛立ちを隠そうとせずに言った。

対して、スサノオはそんなヌイを気にする事なく言う。

『姉上の不可解な行動の理由だ。私は疑問を抱いていたのだ』

『疑問?』

『そうだ。姉上はなに故ヌイに箸を流す様頼んだのか。なに故ヌイに我々の会話を聞かせたのか』

『どうせ都合が良かっただけだろ!?都合がいい場所にたまたまおいらが住み着いてただけじゃねぇの!?』

ヌイは乱暴に言い放つ。

『…なんだ?ヌイ。随分と乱暴な言い草ではないか』

スサノオはヌイの苛立ちにたった今気が付いたと言わんばかりだ。

『そんなとこだろ…』

ヌイはスサノオの腕に捕まったまま、尾びれを大きく上下させる。

(どうせおいらなんて、高天原の連中からすれば便利な駒に過ぎねぇんだろう)

スサノオはヌイの苛立ちの理由に気が付く素振りも見せずに続けた。

『姉上はこの地に私の理解者を用意してくれたのだ』

その言葉を聞き、ヌイははたと動きを止め、スサノオの言葉を繰り返した。

『理解者?』

『そうだ』

『駒じゃなくて?』

『駒?何の駒だ?』

ヌイはスサノオの邪気の無いその鈍感さに呆れた。

(これだから育ちのいい奴ぁよ…)

『…なんでもねぇよ』

ヌイの溜息交じりの言葉に首を傾げながらも、スサノオは話を元に戻す。

『私の過去を知った上でも、現在の私の状況を知った上でも、何も変わらずに接してくれ、更には良き助言を与えてくれる存在。それを良き理解者と言うのだろう?』

スサノオの口から再び出たその言葉の意味をようやく理解したヌイは、思わずスサノオを振り返る。

『良き理解者?…それっておいらの事だよな?』

『そうだ』

『おいらがおめぇの…?』

(高天原の最高神の良き理解者が、おいらって言いてぇのか?こいつは…)

スサノオの言葉を信じられぬといった様子のヌイの目に、不思議そうな面持ちを浮かべたスサノオが映る。

『…違うであろうか?』

そう言うと、目の前の光り輝く大男は首を傾げた。

ヌイはそのスサノオの様子を呆然と見つめた後、それから思わず噴き出してしまった。

スサノオはそんなヌイの様子を理解出来ぬと言った様子で、茫然と見つめていた。



ヌイはスサノオの腕に捕まったままひとしきり笑い転げた後で言葉を発した。

『ばっか、おめぇそういうのは理解者って言うんじゃねぇよ』

『では何と言うと?』

『そりゃあおめぇ…』

ヌイはそこまで言うと一旦言葉を切り、そしてスサノオを再び振り返ると少々乱暴に言った。

『友って言うんじゃねぇの?』

その言葉は照れ隠し故の疑問形だった。

スサノオは驚いた様に目を見開くと、おそらく初めて発したと思われるその言葉を繰り返した。

『友…、友か…。姉上は私に初めての友を授けてくれたのか…』

スサノオはアマテラスの用意周到さ、そして面倒見の良さを改めて感じていた。

『えっ!?何?おめぇ、友達が出来たのって初めてなのかよ?』

『あ、あぁ…』

スサノオは思わず視線を外す。

『は〜…、おめぇのやんちゃぶりってそこまでだったのか…』

ヌイは心底呆れた様子で言った。

『人って変わるもんだなぁ…』

たった一人の憐れな乙女との出逢いでこの鼻つまみ者は改心し、そして誰にも真似出来ない光を放つ迄になった。

(それもこれも、この姫さん故か…)

ヌイはスサノオの手の中にある妻櫛をしばらく見つめていたが、ハッと思い出したかの様に身を固くした。



ヌイのその只ならぬ様子にスサノオは思わず声を掛けた。

『どうしたヌイ』

ヌイはその言葉に応える様に、ためらいがちに口を開く。

『あー…』

ヌイは言い淀んだ後しばらく口を噤んだが、意を決した様に再び口を開いた。

『あー…、これから初夜を迎えるであろうお二人にとって、重要な事柄をお伝えします』

『ん?何だヌイ、妙に改まって』

スサノオは「初夜」という言葉の意味を分かっていない様子だ。

『えー…、この地では乙女が子を宿す行為を致すのは、その身に月の物が訪れてからという事が通例となっています』

『あ、えっ!?子!?』

スサノオはヌイの言わんとする事を今だ掴めてはいない。

ヌイはそんなスサノオの様子を見、溜息を吐いた。

『スサノオよぉ、おめぇはこれからクシナダとの初夜を迎える。部族の者は今誰もいねぇ。今夜はおめぇのやりたい放題だ』

スサノオはハッと気がつく。

(まさか…)

そんなスサノオの肩をヌイは黙って掴むと、おもむろに口を開いた。

『姫さんはその定め故に、その歳よりも大人びて見えたかもしれねぇが…』

ヌイは言葉をここで一旦切り、溜息を吐いた。

そしてスサノオの目を見つめながら言った。

『スサノオ、残念だが姫さんはまだ童女だ…。おめぇはまだ姫さんとまぐわえねぇよ』



『なっ…!』

スサノオはその身を硬くした。

少なからず衝撃を受けた様子だ。

『ちなみに歳の頃は11だ』

『11…』

『ちなみにスサノオ、おめぇは幾つだ?』

『21です…』

スサノオは何故か丁寧に答えた。

『そうか…。知らなかったとは言え、スサノオ、随分と幼い娘に求愛したものだな』

『…』

『その年齢差は年若な叔父と言ったところか…』

『それはさすがに無いだろう。兄と言ったところでは?』

スサノオは慌てて訂正を促す。

『スサノオ、おめぇの兄ちゃんの年は幾つだ?』

『同い年です…』

『ちょっと厚かましいんじゃねぇの?おめぇ』

『…』

二人の間に嫌な沈黙が流れた。



ヌイはちらりとスサノオを盗み見る。

その表情には困惑している様子がありありと伺えた。

ヌイは内心、面白くてしょうがない。

(からかい甲斐のある奴だ)

そしてヌイは込み上げる笑いをなんとか堪えると、呼吸を整え再び口を開いた。

『権力の有る者ん中には、月の物が来ていない童女を穢す事を趣味としている者も少なくねぇ。だからおいらはおめぇが姫さんに何をしようと止めはしねぇ…』

「私はそんなっ…!」

スサノオは思わず水中で声を上げてしまい、結果として大量の水を気管に送り込んだ。

そして慌てて水面に顔を出すと、盛大に咽せ始める。

「懲りねぇなぁ、スサノオはよぉ」

その様子をヌイは面白そうにニヤニヤと笑いながら眺めていたが、不意に岸辺を見つめ目を凝らす。

「あれは…」

ヌイは何かを見つけた様子で呟くと、スサノオを振り返った。

ようやく咳が収まりかけたスサノオは、岸辺の変化に気づいていない。

ヌイは慌ててスサノオを水の中に引き摺り込んだ。

『おいおい、ヌイ。一体何事だ?』

『…いや、そろそろスサノオは屋敷に戻った方がいい頃合いだなぁと思ってよ』

『ん?…あぁ、そうだな』

スサノオは先程の会話を思い出し、切れの悪い返事をする。

『じゃあスサノオ、この川の主として礼を言う。姫さんを救ってくれてありがとよ』

スサノオは礼を言うヌイの様子を見、フッと笑った。

『何だ?改めて』

『川の主として当然の事だ。あー、今夜は部族の集落の中で二人きりという事で、蛇の生殺しって奴だろうけどよぉ、まぁゆっくり休めよ』

ヌイはスサノオの肩をポンと叩く。

スサノオはその精悍な顔付きに複雑な表情を浮かべると、何も言わずにヌイに背を向け、その背中越しに手を振った。



ヌイは黙ってその背を見送る。

『一難去ってまた一難、か…。スサノオもなかなか落ち着けねぇなぁ…』

と呟くと、スサノオとは反対の方向を向いた。

光の主が去った後の川底には、いつもの月夜の風景が広がっているはずだった。

が、ヌイはいつもとは違う何かを感じていた。

(何だ…?)

ヌイはその違和感の元を探す。

(何かが違う、何かが違う…)

ヌイはその場でくるくると回っていると、ふと自分の尾びれが目に入った。

『あっ!』

ヌイはようやく、スサノオほどではないものの、自分自身の身体が仄かに光り輝いている事に気が付いた。

その光はまるでスサノオのそれを彷彿とさせるものだった。

ヌイは自分がスサノオに言った言葉を思い出した。

(日の神は周りを照らす。その内から放たれる光で皆を照らす。

だが光はその反面、影を作る。光に近づけば近づくほどその影は濃くなる)

そしてヌイは先程自分が抱いた劣等感を思い出した。

スサノオが光り輝けば輝く程、自分が抱いた劣等感。

それはスサノオが放つ光故だったのだ…。

(参ったな…、これ程迄のものだったのか…)

ヌイは内心舌を巻く。

しかし、自分の光輝く腕を見ながらこうも思う。

(影を作る間も無く近くにいて、共に光り輝く)

スサノオの光には、その光を浴びた者をも輝かせる力がある様だ。

それはおそらく、その光が生み出す劣等感に耐える事が出来ればだろうが…。

『すべてはスサノオ自身が鍵という訳だな…』

ヌイは昼間の日の光を思い出し、スサノオを思う。

『スサノオよ、天に輝く日は孤独だ…』



○・v・◎・v・●・v・○・v・◎・v・●・v・○・v・◎



それでは本日も良い一日を~。

musica 「このままでは旅に出る迄に妖しき剣編を終わらせる事が出来ないという事で、大慌てで文章にしました。なのでいつも以上に文章に問題があってもそこはスルーで☆」

スーさん 「(溜息)」




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by garoumusica | 2016-09-30 05:13 | 稲田姫物語 | Comments(0)
なんだかちょっとばたばたしていたので、前回から間が空いてしまいました。




『いいか?スサノオ。おめぇは強い。誰よりも強い。ただおめぇは、自分がどんな時に強くなれるのか、気がついてねぇ』

『どんな時に?』

スサノオはヌイの言わんとする事がいまいち掴めぬと言った様子で繰り返した。

ヌイはスサノオの肩に置いた手を離すと、いきなり水中でくるりと後ろ向きに一回転をした。

そしてその唐突な行動に驚きの色を隠せないスサノオの目を見つめると、少々得意げに言った。

『おいら、おめぇを見ていて気がついたんだ。スサノオ、おめぇは誰かの為に何かをする時、無条件に強くなるんだって』

そう告げるヌイは何故か嬉しげだった。

その様子は、まるで自分しか知らない秘密をそっと打ち明ける子供の様であった。

『誰かの為に…』

『そうだ。姫さんの為に、アシナヅチの為に、アシナヅチの部族の為に…。おめぇはそういう時に己を無にして動ていた。ただ相手の為を思ってよ』

そのヌイの言葉に、スサノオはこの地に辿り着いてからの己を振り返った。

クシナダに出会いその命を救う為に、ただただ己の成すべき事をしていた事。

そのうちにアシナヅチやその部族の者達から質問を受ける様になり、持てる知識を総動員し少しでも役に立てたらと思い対応してきた事。

『おめぇが高天原でやんちゃしてたっていうのはよ、おめぇが自分の為だけに生きていたからじゃねぇの?』

その瞬間、スサノオはハッと気が付いたような表情を浮かべた。

確かにこの地に来て皆の為に動くようになってからは、高天原でひたすら我を前面に出していた頃とは異なる満足感があった。

ただただ己の欲の為だけに生きていたあの頃とは違って…。



『おめぇは誰かの為になら強くなれる男だ』

ヌイはスサノオの目を見つめながら続ける。

『スサノオ、姫さんは生き残ったこれからが正念場だ』

『これからが?』

『あぁ』

ヌイは眉間に皺を寄せて言った。

『あの娘は今迄ただ死ぬ為だけに生きて来た。だからこそ先に死んだ姉達に対して何の後ろめたさも無かった』

スサノオは握っていた掌を開くと、その手の中の妻櫛をじっと見つめた。

『だが生き残ったこれからは違う。明るい未来に照らされれば照らされる程、その心に影が生まれる』

『…』

『だからスサノオ、おめぇは姫さんの為に強くなれ。心を強く持て。じゃねぇと姫さんを支えられねぇ』

スサノオは顔を上げるとヌイを見つめた。

『姫君の為に…』

『そうだ。おめぇ、日の神なんだろう?』



「ヌイ!」

スサノオは思わず声を上げると、その顔に焦りの色を浮かべた。

(姉上はあの時周囲に結界を張っていなかったのか!?

己でさえ信じられぬ事を他者に、ましてはこの地の者に知られてしまうとは…)

『あー、別においら見たくて見た訳じゃねぇよ?おめぇがおいらの庭で姉弟喧嘩なんかおっ始めるのがいけねぇんだ』

ヌイは耳の後ろをポリポリと掻きながら弁解した。

『ヌイ…』

スサノオはヌイの耳聡さに呆れつつも、再びアマテラスに疑問を抱かずにはいられなかった。

(なに故姉上は結界を張らずにあの様な会話をしたのか…)

そしてふいに気が付く。

(まるでヌイにわざと話を聞かせたかの様ではないか)



『安心しな、誰にも言わねぇからよぉ。それにおいら自身はおめぇが何者でも気にしねぇからよ』

スサノオの疑惑を知ってか知らでか、ヌイはその事には触れずに会話を続けた。

『ヌイ…』

スサノオは困惑しつつも、何も言わぬと言うヌイの言葉にホッ胸を撫で下ろした。

『だけれども、おいらが誰にも言わなくっても、日の神は周りを照らす。おめぇがそうしようと思っても思わなくっても、その内から放たれる光で皆を照らす。その光を最も受けるのはおめぇの最も近くに居るだろう姫さん、クシナダだ』

スサノオは思わず手の中の妻櫛をぎゅっと握り締める。

『そして光はその反面、影を作る。おめぇが姫さんの側に居れば居る程、姫さんは濃い影を作る。光に近づけば近づくほどその影は濃くなるからよぉ』

『それが一体何だというのだ?』

スサノオはヌイが言わんとする事を推し量れずにいた。

『さっき生き残った姫さんの心に影が生まれると言っただろう?影は影を産む。いや、引き寄せると言った方がいいかもしれねぇな。日の神のおめぇが姫さんの側に居ると、姫さんは自分の産み出した影とおめぇが生み出した影に飲み込まれちまうだろうよ』



『そんな・・・』

スサノオはあまりの事に絶句した。

(己の存在が姫君に取っては毒となると言うのか?)

スサノオは再びヌイに問う。

『では私はどうすれば良いのと言うのだ?姫君に近寄らぬ方が姫君の為となると?』

ヌイは2度3度首を横に振ると、その顔に笑みを浮かべながら言った。

『違うよ、そんな事じゃねぇ。なに、簡単な事だ。姫さんが影に飲まれそうになる度に、おめぇが引き上げてやりゃあいいじゃねぇか』

『引き上げる…』

『おめぇの高さまで引き上げてやれ、スサノオ。影を作る間も無ぇって程に近くにいて、共に光り輝きゃあいいんだ』

瞬きもせずにスサノオは微笑むヌイの顔を見つめていた。

『でも、その為にはおめぇは強くねぇといけねぇ。どんな時でもおめぇの中にブレねぇ軸を持って、姫さんを支えてやらなきゃいけねぇ。だからスサノオ、おめぇは過去に縛られてる暇は無ぇんだ、姫さんを助けちまった今となっちゃあよ』

そこまで言うとヌイは一拍置き、それからスサノオを睨みつけて言った。

『だからスサノオ、姫さんの為に前を向け』

『姫君の為に…』

そう呟きながらスサノオはクシナダを見つめた。

そして再びその大きな掌でクシナダを優しく包み込むと、真っ直ぐに前を向き、今度は誓いを立てるかの如く力強く言葉を放った。

『姫君の為に』

そのスサノオの目には、今迄見る事の出来なかった強い光を宿していた。

その光はまさしく、日の神のそれであった。



(゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ(゚∀゚)ノ (゚д゚)ノ(´x`)ノ(゚_っ゚)ノ(・v・)ノ



それでは本日も良い一日を~。

musica 「あー――、今日は頑張ったのにヌイ君編が終わらなかったーーー。スーさんちょっと長過ぎですよーーー」

スーさん 「でもようやくスサノオの目が開いた」

m 「スサノオ君の覚醒が見られましたね」

ス 「自分の為に生きやりがいを見つけられなかった者が、他者の為に生きやりがいを見つけた」

m 「漢(おとこ)になりましたねw」




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by garoumusica | 2016-09-29 05:05 | 稲田姫物語 | Comments(0)

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